Page 20 いっぱい遊んだ
「ふー暑い暑い。ちょっと冷たいものでも飲まない?」
「そうだね。でも、きっとカフェは芋洗い状態だよ。せっかくお店に入るなら座って飲みたくない?」
「裏通りに、穴場の喫茶店があるよ。いつ行っても座れるし、パフェとかパンケーキとか甘味メニューもあったはず」
「本当? じゃあ、そこにしようか」
*
「いらっしゃいませ」
女性のお客様2人か。座席は……あそこがいいかな。
「座席にご案内致します。こちらへどうぞ」
「ほわっ? あっいや、違った。すぐに座れてよかったです。今日は混んでるんですね」
「いつもご利用ありがとうございます。このところ特に暑いせいか、昼間はだいたいこのくらいの混み方ですね」
バイトを始めて1週間。
そうなんだ。このところ、思っていた以上に混んでいる。この辺りで、ちゃんとしたカキ氷を食べられる店が他にないせいか、やはりその注文が多い。カキ氷を運ぶ際には、結露で器がつるんと滑ることがあるので、かなり気をつかっている。
春先は、駅前のカフェに客を取られて、だいぶ集客力が落ちていたみたいだけど、この暑さじゃカフェも混雑しているみたいで、こちらにもかなりお客さんが回ってくるようになった。
忙しいけど、せっかく働いているんだから、ガラガラよりはいいよね。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい。イチゴ練乳カキ氷をひとつと……」
「私はプリンアラモードをお願いします」
プリンアラモード……プリン好き? 同士だ。なんだか嬉しくなる。
ここのプリンは、店主の手作り。昔ながらのカスタードプリンで、濃い卵とバニラの風味が効いたしっかりめのプリンに、ほろ苦いカラメルが染みていて、俺のお気に入りだ。
「はい。イチゴ練乳カキ氷とプリンアラモードですね。承りました」
セットするのは長いスプーンと短いスプーンにフォークだな。
「ヤバい。何あれ〜」
「めちゃカッコよかったね。いつからここでバイトしてるんだろう?」
「高校生かな? 背が高いけど、大学生って感じじゃなかったよね?」
「夏休みだし、臨時アルバイトかも。いや、気づかなかったわ。最近、駅前のカフェにばっかり行ってたし」
「今度からここにする。冷房もキッチリ入っていて涼しいし、座れるし、何より眼福♡」
「ここ甘味も結構美味しいよ。最近は、水着対策でダイエットしてたから来てなかったけど」
「それは楽しみ。ウェイターさん、プリンアラモードって言った時に、嬉しそうに笑顔炸裂してたし、間違いなく美味しい気がするわ」
「あれは効いた。私も次はプリンアラモードにする」
◇
◇
◇
バイトが終わり、家に帰ってきた。風呂場に直行して、シャワーを浴びてサッパリする。それでも、まだあまり時間が経っていない。やっぱりバイト先が近いっていいね。
さて、身体も冷えたことだし、ログインするか。
*
今日は、パーティを組んで、いよいよ浮島の外にある次の町に移動することになっている。でも、約束の時刻まではまだ3時間くらいあるな。集合する前に、夕飯をとるために一旦ログアウトする予定だけど、それでも2時間くらいは遊べる。近場で狩りでもしてるか。
ログイン。
ログイン場所は、冒険茶屋の中のホールを登録してある。中途半端な時刻のせいか、周囲に人はほとんどいなかった。その数少ないプレイヤーが、慌てたようにこちらに近づいてきた。
「あの、もしかして武田くん?」
「あれ? 小早川さん? ……と立花さんに鍋島さんかな?」
確かそうだよね。ログイン初日に偶然会った時に、クラスの女子たちとはフレンド登録をしている。でもあの時は、次から次にだったから、個人の区別があまりついていなかった。
アバターだから、髪や目の色がカラフルな配色になってるけど、リアルの面影が少し残っている。みんな、色違いの巫女っぽい服を着ていて、よく似合っていた。
水色のストレートヘアをポニーテールにしているのが小早川夕子さん、ヒヨコみたいな黄色い髪をクルクル巻いているのが立花陽菜乃さん。マリンブルーのボブカットで小柄な子が鍋島美佳さん。よし、確認終了。女の子は、髪型が変わっちゃうと識別がちょっと難しくなるから要注意だ。
「当たり。先週、チラッとすれ違ったよね。今日は、他の男子はいないの?」
「今日は、パーティで動くのは夜から。今は1人だよ」
「よっしゃ!」
ん? なんの気合い?
「武田くん、これから何か予定はあるの?」
「いや、特にないよ。暇だから、1人で近場に狩りに行こうかなって思ってたところ」
「本当に? じゃあ、よければ私たちと臨時パーティを組まない? 私たちも、今3人しかいないの。同じく狩りに行くつもりだったし。武田くん、侍でしょ? 前衛できる人がいたら凄く助かる」
なるほど。メンバーが足りなくて困っていたのか。そういうことなら、入れてもらおうかな。
「2時間くらいしかできないけどいいかな?」
「私たちもそのくらいの予定だから、ちょうどいいかも」
ということで、クラスの女子3人と臨時パーティを組んで狩りに出た。
パーティなら何もスライム草原に行く必要はないので、西門から出てハイパーラビットとクレバーフォックスを狩ることにした。
「そっちに行ったよ! 武田くんお願い!」
小早川さんの火華法を回避したハイパーラビットが、こちらに突っ込んでくる。ハイパーラビットは、大型の白いウサギで、額に生えた一本角を武器にした突進攻撃を得意としている。
身体を丸めて角を突き出しているウサギを刀でいなして躱す。ウサギがバランスを崩してよろけて着地したところを右上から袈裟斬りにした。
返す刀でもう一回。それが致命傷になったのか、体力を削りきったウサギは宙に溶けるように消失した。
残りのウサギも倒し、一旦休憩。
「ウサギも群れになると結構大変だね」
「でも、ドロップはその分多いよ」
白兎の毛皮に、兎の一本角、お金も結構多めにドロップした。
女子3人は、小早川さんと立花さんが華師で、それぞれ火と水を得意としていて、鍋島さんは僧侶だった。前衛をしているメンバーが、あと2人いるらしいんだけど、今日は予定が合わなかったんだって。女子は前衛職よりも後衛職希望者のが多いらしくて、そういう状況も度々あるらしい。
「じゃあ、またメンバーが足りない時は声をかけてよ。このくらいの時間帯は、割と1人でいることが多いから」
「うん。今日はありがとう。また一緒にできそうな時は是非お願いね」
女の子たちと別れてログアウト。こういう知り合いと臨時パーティっていうのも楽しいね。
*
「そこの裏切者3人。仲間を置き去りってひどくない? 随分とお楽しみだったみたいだし」
武田と別れた女子3人組に、どんよりとした声がかかった。そう、都合が合わなかったはずの、残り2人のパーティメンバーである。
「ごっめーん。悪い悪い。マジ謝る。だから許して」
「待ち合わせをぶっちぎったと思ったら、王子とデートかい。この貸しは、とてつもなく大きいよ。どう返してくれるつもりなのかしら?」
「分かってる、分かってる。王子とまた臨時パーティを組もうって、しっかり約束を取り付けたから、今度こそ一緒に行こうよ。王子と並んで前衛するんだよ、どう? いいでしょう。上手くいけば他の男子も誘えるかもだし」
「王子と並んで……ちっ。そういうことなら仕方ないか。絶対だからね。今度は絶対一緒に行くんだから」
「キョーちゃん、シズちゃん本当にごめん。他にも王子に声をかけようとしていたグループが接近してきてたから、焦っちゃったんだ」
「ユー子が言うと、信憑性が下がるんだけど」
「いや、マジ。出遅れたら、きっと掻っ攫われてたよ」
「ひながそういうなら、そうなんだろうな。分かった。特別に許す」
「そういうことで。あっ、そうそう、夜にまたログインするって王子が言ってた。男子パーティと一緒に浮島を出るんだって」
「夜? 何時だか聞いた?」
「もち。7時集合って言ってた」
「うちらどうする?」
「露骨について行くと、結城くんと斎藤くんは嫌がるでしょ、きっと」
「だよね。じゃあ、先に待ち伏せとかどう? ゆっくり狩りしながらこの辺りを移動してました、とか」
「あり。それが無難かも」
「じゃあ、みんなもそれでいい? 集合は6時半とか?」
「だね。ログアウトして急いで休憩を取ろう。水分補給とトイレは必ず済ませておくこと」
「了解。じゃ、また後でね」
◇
◇
◇
楽しかった夏休みはあっという間に終わった。そう、終わっちゃったんだ。
ゲームの攻略は、のんびりやろうってことでみんなの意見が合って、全員の都合がいい時に集まるようにした。それ以外の時は、クラスの女子が誘ってくれて臨時パーティを組むことが度々あって、彼女たちとも仲良くなれた。
そして、せっかく仲良くなったわけだから、ゲームだけじゃつまらないってことで、どこかに行こうか? って話をしていたら、なんと、今川くんが海の側にある別荘に招待してくれた。もちろん奥様公認だそうだ。
「すげえ。まるでリゾートホテルみたい。これが個人の別荘?」
「ロケーション最高だね。泳ぎ放題じゃん」
別荘か。やっぱり上流階級は違うなって思い、ありがたくお誘いに乗った。行ってみたら凄いのなんの。南欧風の白い漆喰にオレンジ色の瓦屋根。広いプールにプライベートビーチ。
……そこは別世界だった。
「波くるぞ。行こうぜ」
「きゃー。水着がずれちゃう」
「やだ。砂だらけ。でも楽しいね」
楽しかったです。
女の子たちの水着は大胆にも可愛かったし、水遊びも凄く面白かった。ボディボードっていいね。初心者でもかなり遊べる。砂だらけのビキニ女子の姿にはドキッってなったけど。
女子のみんな、めちゃめちゃスタイルがいいんだ。
ちょっと恥ずかし気に「似合うかな?」とか聞いてくるから、つい遠慮なくガン見しちゃったけど、幸い嫌がられなかった。セーフ。みんな超可愛かった。それに、どことは言わないが、思っていたより皆さん大きい。着痩せするんだね。
バイトにも励んだし、クラスのみんなとカラオケやボーリングにも行って遊んだ。バイトをしていることをポロッと話したら、バイト先にクラスの女子がチラホラ来てくれたりしたんだよね。
そして、夏休みの締めは花火大会。夜空に大きく打ち上がる花火を、いつもより大人っぽい、華やかな浴衣姿の女子たちと眺める。みんな可愛い。これぞ青春だね。
「うわー。きれい」
「今打ち上がったの大きいね」
「連発! すごーい。これ何百発? 滝みたい。豪華」
夜空に浮かぶ大輪の花。その光に照り映えて、みんなの顔が楽しそうに輝く。いっぱい遊んだ。何人ものクラスメイトと仲良くなった。絵日記の宿題とかあったら、いろんな絵を描けるだろう。
《描きますか?》
……いや、いい。記憶にしっかり刻んだからね。
そして、明日から2学期が始まる。
◇
◇
◇
「玉屋〜鍵屋〜。赤・青・緑、綺麗だねぇ、花火。でも最近、赤が少ないんだよな。緑や青ばっか」
湾岸で打ち上がる花火を、ひとり高台から眺める人物がいた。
「これじゃあ、暇で暇で困っちゃうよなぁ。あ〜あ。どっかにいないかなぁ。赤の……所有者」