Page 19 渡りに船
ゲームを始めたけど、せっかくの夏休みがそれだけっていうのも味気ない。そう思うよね?
それに、ゲーム資金や交遊資金を稼ぐのにバイトとかもしてみたいんだよな。……ってことで、アルバイトに関する学校の規則はどうなっているのかな? って聞いてみたところ、
・保護者の許可を得てすること
・制服のまま働くのは禁止
・指定職種に限定
・就業時刻に制限
・学校に届け出と報告をすること
という条件をクリアすれば、しても構わないとのことだった。
短期でやるならどんなアルバイトがいいのかな?
昼間できそうなやつ。飲食店とか? 確か駅周辺にはいろいろな飲食店があったはずだ。この人生になってからは、まだあの辺りには行っていない。男女比の変化のせいで、以前と同じとは限らないよな。ちょっと様子をチェックしてみるか。
*
駅前の飲食店は、 一部ガラッと異なっている店もあったが、案外、以前と似たような店も多い気がした。
表通りには、ラーメン屋に焼肉屋、宅配ピザに中華料理屋、この辺りは店の雰囲気がかなりカジュアルに変わっている。でも、蕎麦屋と寿司屋には、なんとなく見覚えがある。
ここは、今の俺である武田結星にとっては、引越してきたばかりの街になる。でも、以前の俺にとっては、小さな頃から住んで育った街のはずだ。
そう思ったら、ふっと記憶が浮き上がってきた。
確か、俺が2-3歳くらいの時に、この街へ引越してきたんだよな。休みの日になると、普段は忙しい両親と手を繋いで、この辺りにあった喫茶店に甘味を食べにきたんじゃなかったっけ?
「好きなものは全部頼んでいいよ」って言われて、欲張った俺が幾つも注文してしまう。でも当然食べきれるわけがなかったから、仕方ないって言いながら両親が残りを片付けてくれた。
その時の両親の顔は思い出せないが、ぼんやりとその光景だけは浮かんできた。
バナナジュースにパンケーキ、チョコレートパフェにプリンアラモード。イチゴシロップのかかったカキ氷。
あの店はどこにあったんだっけ?
しばらくウロウロ歩いて探してみたが、見つからない。表通りに、大手チェーンが経営するカフェができていたから、もしかしてなくなっちゃったのかな?
それだとガッカリなんだけど。
でも、なんだか心残りで、念のため、一本裏の通りもチェックしてみることにした。
すると……。
あった! あれだ。あの煉瓦タイルの建物。緑色の看板。そうだよ、間違いない。ようやく記憶に合致する店を見つけて、嬉しくなった。
よし! 行ってみよう。
その喫茶店の入口には、昔ながらのショーケースが置いてあって、蝋細工でできたメロンソーダやナポリタン、そして、記憶にあった通りのパンケーキとプリンアラモードが飾られていた。
せっかくだし入ってみるか。
店のドアをそっと引く。と同時に、カランカランとドアベルが鳴った。小さな店なので、入口から店内が一望できるが、お客さんは1人もいなかった。
やってる? よね。
外の日差しが眩しいせいか、店内はやや薄暗く静閑な空気が漂っている。お店の人、いないのかな?
不審に思って数歩、中に進むと、
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
壁際にあった衝立の影から、白い調理服を身につけたおじいさんが1人現れた。どうやら厨房から出てきたようだ。
「1人です」
「こちらの席にどうぞ」
案内されたのは、窓際の明るい4人がけの席だった。しばらくして、メニューとお冷を置きにおじいさんがテーブルにきた。
「すみませんねえ。ウェイトレスが急に休みを取ったので、今、1人で店をやってるんです」
「それはお忙しいですね。ウェイトレスって、いつもいるおばさんですよね? どうかされたんですか?」
「お客さん、ご存知でしたか。そうです。おばさんっていうか、婆さんですけどね。家内なんですが、自転車に乗って買い物に出かけたら事故に遭いまして」
「えっ! 事故に?」
ちょこまか動く、小柄なお婆さんだったはずだ。大丈夫なんだろうか。
「ええ、幸い大事には至らなかったんですが、ちょっと背骨を傷めてしまって。1カ月はコルセットを外せないし安静だそうです。リハビリも必要だってんで、当分は無理させられないんですよ」
「大変じゃないですか。お大事になさって下さい」
「ありがとうございます。婆さんに伝えておきます。カッコいい学生さんがそう言ってたって聞いたら、すぐに元気になりそうだ」
注文は、プリンアラモードとアイスティーにした。子供っぽいかもしれないけど、プリン好きなんだよ。
テーブルに置かれたプリンアラモードは、見た目も味も、記憶の中のものとそっくり同じだった。以前の俺の存在が確かめられたようで、なんだか少しホッとした。
また時々こよう。そう思って、出入口にあるお会計に向かった。
レジで精算をしていると、店主のおじいさんの背後に目がいった。さっきは気づかなかったけど、あるじゃないか。「急募! ウェイトレス募集!」の貼り紙。
「アルバイトを募集してるんですか?」
「ええ、そうなんです。駅前にカフェができてから、以前ほど忙しくはないんで何とかなっていましたが、これから氷も始めるし、暑くなってきたから、涼を求めて入ってくるお客さんも増える。それだと日中は1人じゃ回らないんで」
「ウェイトレスってありますけど、女性じゃないとダメなんですか?」
「いえ。性別に決まりはありませんが、通常、この時給だと女性しか応募してこないので」
ああ。男性は未成年なら給付金があるしね。あまりサービス業にはつかないのかも。
「俺じゃダメですか? ちょうど、夏休みにできる短期のアルバイトを探していたところなんです。家はこの近所なので、歩いて通えます」
「本当ですか? だったらとても助かります」
「ウェイターは未経験ですが大丈夫ですか?」
「喫茶店だし、接客パターンは決まってるので、配膳さえ慣れてしまえば大丈夫かな」
「早く仕事を覚えるように頑張りますので、よろしくお願いします」
渡りに船ということで、これで夏休みのバイトが決まった。基本的には昼前から午後にかけての勤務。水曜日が定休日で、日曜日は元々お客さんが少ないそうなので、お婆さんが復帰するまでは、しばらく休業日にするそうだ。
明日から早速勤務することになった。
服装は、上は白っぽいシャツ、下は黒っぽいズボンなら私服で構わないそうだ……っていうか、制服は女性用しかないそうです。なので私服にカフェエプロンが俺の仕事着。
よし。バイトも決まったし、あとは遊びの予定かな?