プロローグ
主人公を軽く紹介
「バァーーストォーー!!」
乾いた空気によく響く声。
一瞬震えた空気がまだ落ち着かぬ間に、その声の主は爆発的に地面を蹴り、大きな白い鎧の塊は地を駆ける。
荒野にも似た乾いた地面が煙を上げる。
まるで足がエンジンにでもなったように熱を発し、今度は空気を歪ませている。
極限まで体を前に倒し、倒れる直前で片足を踏み出す。その繰り返し、だがそれが恐ろしく速い。
その大男の両手に握られているのは身の丈ほどもある大刀。
腰のあたりに構えた手から伸びるその剣の切っ先は既に標的を捉えている。
その男から発せられる熱に呼応するように、男の先端が赤く染められた短髪も、淡い光を帯びる。
一見、流星にも見えるその男はどんなに熱くなろうとも 視線を 25メートルほど先に立つ人物から 決して離さない。
「アガァァーーーー!」
奇声ともとれるその怒号はやはり対峙している人物に向けられる。
その声に
空気が震える
剣が共鳴する
視界を震わす
その半狂乱の相手を前にしても、表情一つ変えないもう一人の人物。
周りと共鳴して勢いを増しているように見える赤髪の短髪とは打って変わって、その周りには微かな振動すら存在しない。
「・・・・・・」
フード付きのマントを目深くかぶっている様子からは、はっきりと表情は読み取れない。
だが、その中性的な顔立ちとフードから見える深蒼の長髪を有すその人物は小柄な体格と相まって どこか 可憐な雰囲気が感じられる。
その青い髪の人物は、どこか遠くを見ているようであったが、ふと視線を足元に生えていたタンポポに向けた。
みればその人物の周りには無数のタンポポの花が咲き広がっている。
タンポポを見るその視線の隅に、愛用しているのだろうか、少し古びた しかし 汚れたようすのない短剣を捉えている。
「ぅグァァーーー!」
赤髪の短髪が荒野から緑に溢れる地面へ侵入し、足を踏み入れようとした瞬間、目の前で青い髪が揺れた。
(!!!)
赤髪が視界に捉えていた、標的までの残り10メートルの道のりは一瞬にして消え失せ、代わりにその道ではタンポポたちが道を作るかのように風圧で両脇に激しく押し倒されている
慌てて切っ先を目の前に人物にに突き立てようとしたが、相手の剣で切っ先は地面に押さえつけられる
(まずぃって、うおぁ!?)
対応を迫られている時には既に、男の視線は自らの意思など関係無しに、右横へと落ちていっていた
ワンテンポ遅れて気づく
( 蹴られた⁉︎)
赤髪は体ごと勢いに持ってかれ、腰のあたりを支点としてその場で横に回転する
下がった頭に、すかさず相手の左足から追撃の蹴りおろしが迫る
だが、
「ぁアマぁい」
浮いた足が上に持ち上げられる勢いを利用して、そのまま回し蹴りのモーションに入っていた
左足を振り上げていた相手は回避すら出来ない
赤髪の足は、ガードのつもりか青い髪の横に構えられた短剣ごと、相手の頭を蹴り飛ばす
「っつぅー」
青い髪の人物が一瞬に苦痛に顔を歪め、赤髪の視界からフェードアウトする。
「かはっ」
5メートルほど空を飛んで背中から荒野にたたきつけられた相手は、肺にある空気を全て吐き出した
赤髪自身も頭から地面に落ちるが不思議と痛みはない
(どうする、一度立て直すのも有りだが ぅーーーん)
「攻める以外なし!!」
(明らかに優勢、いける)
赤髪は距離を詰めるべく、再び足に力を込める
「バースト!」
足に熱い何かがこみ上げ、爆発的な瞬発力が生まれる感覚
これがたまらないと言わんばかりの本能むき出しの笑み
そのあまりの勢いから勝負が決したと思ったその時
(!!?)
赤髪が膝から崩れ前のめりに倒れこんだ
「なんで、・・・やばっ」
一瞬、訳も分からず呆然としていたが、先ほどの相手の素早さを思い出し 我にかえる
「いったいなんだってn ... 」
「魔法陣だ」
透き通った綺麗な声が聞こえた
赤髪は驚いて顔を上げるとすぐ目の前に小柄な青い髪の人物が立っていた
「すべての異能の力を打ち消す魔法陣だ。先ほど貴様がアホみたいに回ってる間に地面に仕込ませてもらった」
フードが外れたその顔はどこか少年のような無邪気さを醸し出していたが、疑いようもなく女の子の顔だった
「貴様の反撃の速さには少々面をくらったが、私が魔法陣を書き上げるには十分すぎる時間だっだよ」
その華奢な体つきには、先ほど赤髪の大刀を押さえつけたほどの力を連想させる余地などない。
「まぁ、私が貴様の一撃をくらったのも事実。曲芸じみたみのこなしと、その戦闘センスだけは認めよう」
青い長髪は後ろでひとつにまとめられていて、風が吹くたびに風になびいている。
「どうせ今の貴様は、完全に異能の力を封じられている。立ち上がることすらできまい」
美しかった。そして恐ろしく強い。もう既にこの時、赤髪には生き残ろうとする意志さえなかった。
生存本能さえも押さえつけるそのいで立ちを、ただただ視界にとらえていた。
「同情の余地などない。逝け」
青い髪の少女は愛刀を振り上げた。
その可憐な容姿とは対照的に、少し濁ったしかし気後れしている様子もないその剣は 音もなく宙を滑り 大きなライトエフェクトを伴いながら、赤髪の体をその光の中に沈めた。
長い沈黙
その太刀筋の美しさのせいか、刃が体の中に入ってくる感覚すらない
(ん、んーうんーー?)
必殺技っぽい雰囲気を醸し出していた剣は赤髪の肉を切らず、肩にのっかっていた。
しかし、剣からは押さえつける力を感じる。
つまり、赤髪の肉を切れずにいた。
(あーれーー、まさかーー?)
嫌な予感
「ねぇ!」
不満そうに、かつ威圧的に少女は言い放った。
「今、切ったんだk...」
「えっ、なに?聞こえない」
ないやらもごもごと呟いていようだが聞こえない。肩にかかる力が強くなる。
「だーかーらー、今のひっさつゎz...」
「聞こえないって言ってんじゃん!」
なにやら、ぷるぷると震えている
そして口をパクパクさせ始めた後
「だから今のが必殺技だって言ってんの!さっさとぶっ倒れなさいよー!!」
「えー、お前掛け声も何もないじゃん!分かんねーよ、バーカ‼︎」
「キィーーー‼︎‼︎」
あの美しかった少女の顔は、真っ赤に茹で上がり 目をせわしなくキョロキョロさせながら、愛刀で俺の肩をガンガン叩きまくった。
「さっ察しなさいよー!、完全にアンタの負けだったでしょう!」
「まだ決着は早いだろ、いつも急ぎすぎだってー。あとガンガンやめろ」
ご立腹の様子の少女は全力で愛刀を振りおろしているが、赤髪の男はうるさそうに顔をしかめるだけで、痛そうな様子はない。
「素振りにしたってなってないよー、もっと腰を入れろ」
「うるさい!!」
「そもそもお前が言い出したんだろ、チャンバラしよってさー」
「チャンバラじゃない!戦闘訓練!」
「この世界に魔法陣なんて存在しねーから」
体についた泥を落としながら赤髪の男は、小さな子供を諭すようにその少女に言葉をかける。
「お前がいきなり”魔法陣”とか言い出した時は思わず笑いそうになっちまったよ」
(でもちょっと可愛かったなぁ)
「あ、やべ、思い出すと、また、ふっ,...ふふっ」
「いーでしょー、そういうのが好きなんだから。そもそもあんたも”バースト”とか叫んで全力疾走してたんだから にたようなもんでしょ!」
「そんなこといったら、二人だけの妄想の世界に入り込んでチャンバラしてる二人の高校生だかんな、俺ら。傍目に見たらやばいよ...」
あたりにさみしいかぜがふく
二人は一緒に視線を足元に落とした。
そこにあるのは荒野もとい小学校の校庭。少し先には踏み荒らされたタンポポとブランコがあった。
急に訪れる様々な感情
羞恥
虚無
脱力感
カラスのあほうな鳴き声がよく聞こえる
少女はしばらく虚空を見つめた後、大きく天を仰いだ。
赤く色づいたおおきな、おおきな雲が ゆっくり、ゆっくりと夕方の寂し気な空を渡っていた
「そろそろ帰ろうぜ、腹減ったし・・・」
男のよびかけにおおきく反応することなく、青みがかった髪の少女はてくてくと歩き出した。
その方向には彼女が生活している家がある
男は大きな体をゆらゆらさせながらその後に続いた。
同じ方向に彼の家もあるのだろう。
二人には帰る家がある、きっと家族が待っている。
天変地異がない限り、ちょっとやそっとじゃ壊れない普通の日常がそこにある。
じつは少し前にこの世界にちょこちょこっと異変が起きていて、みんなちょっと驚いたけど
なんだかんだ普通に生きている。
それは二人にとっても同じことで、普通に生きて、普通に遊んで、ふつうに帰っていく。
人間というのはなかなかに図太い。
二つの影がゆっくりと校庭の上を動き、学校に面した少し道幅のひろい道路へと到達したとき、
残された校庭に動くものはなく、その静けさが一日の終わりを伝えていた。
ブランコから長い影がしずかに伸びる
景色がだんだんと青く、黒く色づく
時間が静かに流れる
それはそれは静かに
んーー、でも、ブランコのすぐ隣でなにかがもぞもぞ動いているような・・・
ガバ!!っと男が起き上がる
「えっ・・・、なにg、えっ・・・」
きょろきょろしてる
「いまなんじ・・・?えっ・・・」
平日の昼間から眠りこけ、日が落ちるまで全く起きる気配もなかったこの気の抜けたような男
平時であれば高校生ぐらいの年頃である
せわしなく左右に首を振り、何が起こったのだとびっくりびっくりしている
バタバタとたちあがる様はなんとも間抜け
「二人においていかれちゃったのかな・・・???」
こんなぱっとしない男がこのお話の主人公だというのだから、これがなかなかおもしろい。