鷺森蓮との会話
「どういうつもり?」
雪香の家から出てすぐに、私は蓮を睨みながら言った。
「何が?」
とぼけた蓮に腹が立つ、顔を見てるとイライラしてしまう。言い争っても無駄だ。早く別れてしまおう。
「もういいです、じゃあこれで」
私は蓮に背を向けて、駅に向かって歩き出そうとした。けれど、蓮に腕を掴まれ、動けなくなってしまった。
「何なの?」
「車で送っていくから、こっち来いよ」
そう言いながら私の腕を引き、雪香の家の隣に有る純和風の家に向かって歩き出した。
「ちょっと離してよ、送ってなんてくれなくていいから」
抵抗しながら私が言うと、蓮は面倒そうな溜め息を吐いた。
「話が有るんだ、そのついでに送る」
「話?」
不審に思い蓮を見ると、蓮は真剣な顔をして言った。
「ミドリの件だ、聞いた方がいい」
蓮と車で二人きりなんて危険としか思えない。でもミドリの話は気になった。
「……変な事したら許さないからね」
悩みながらも私は蓮の話を聞く事に決め、強い口調で言った。すると蓮は馬鹿にしたような薄い笑いを浮かべた。
「安心しろよ、手を出す気なんて無い。あんたは完全に対象外だからな」
「……それは良かった」
蓮の言葉が胸に突き刺さったけれど、私は何でも無い風を装い、蓮に付いて歩き出した。
蓮の家は雪香の家よりも大きく、広い敷地の端に数台の車が止めてあった。私は車に興味は無いけれど、前面に有るマークで高級外車だという事は分かった。
蓮はその中の一番端に有る黒の車に近付き、私を振り返った。
「早く乗れ」
偉そうな言い方に腹を立てながらも、私は黙って助手席に乗りこんだ。蓮は私がシートベルトをするのも待たずに、車を発進させた。
思わず睨みつけると、その横顔は私と同じ位不機嫌で、彼も強い苛立ちを感じている事が伝わってきた。
「……話って何?」
さっさと聞いて、途中でも降りてしまおうと思いながら言った。よく知らない上に、機嫌の悪い男と車内という密室に二人きりなんて居心地が悪すぎる。蓮は私を横目でチラッと見てから、怠そうに口を開いた。
「なんでミドリと会う必要が有るんだ?」
蓮の言葉に、私は思い切り顔をしかめた。
「さっき言ったでしょ? 聞きたい事が有るって。まさかやっぱり会わせないって言う気?」
「聞きたい事が有るなら、俺が変わりに聞いて来る。何が知りたいんだ?」
「は? 何言ってるの!」
約束をあっさり破ろうとする蓮に怒りを感じた。
「お母さんの前では、いい顔してたくせに、私と二人になった途端これ? もったいぶらないでミドリと連絡とってよ!」
感情的になって言うと、蓮はうんざりしたような顔で私を見た。
「連絡しないとは言ってないだろ? ただあんたはミドリとは会わない方がいい」
「どうして?」
「あいつが、どんな人間か知らないだろ? 危ない目に合いたくなかったら止めておけ」
蓮の言葉に、私は戸惑いを感じ口を閉ざした。
「あいつには俺が会って、ちゃんと話を聞いて来るから、何が知りたいのか話せよ」
蓮は私の身を心配しているのだろうか。イライラする気持ちが、少し鎮る。
「ミドリがストーカーだって事は知ってる。それでも直接会って話を聞きたいの」
私の言葉に、蓮は疲れたような溜め息を吐いた。
「あいつは異常な程雪香に執着していた。雪香と双子のあんたに会ったら何をするか分からない、あんたの存在は奴に知られない方がいい」
もうとっくに知られている。
「私は大丈夫だから、とにかく会わせて。 ミドリは雪香の失踪に関わってるはずだし、どうしても自分で会いたいの……それに、仮に私がミドリに何かされたって、あなたの責任じゃないんだし、余計な気は回さないでいいから」
本当は心配してもらった事が少し嬉しかったけど、突き放すように言った。蓮はムッとしたように、顔をしかめたけれど、少しの間を置いた後、静かな声で言った。
「なんでそこまでして雪香を探したいんだ? 雪香を恨んでるはずだろ?」
「……雪香にどうしても確かめたい事が有るの」
蓮から視線をそらしながらそれだけ言った。
「その内容を教える気は無いって事か?」
「そう、言いたくない」
流れる景色に目を遣りながら答える。
「なんで言いたくないんだよ? 俺が信用出来ないのか?」
「嘘ばっかり言ってる人の事は、信用出来ない」
私の言葉に反応して、蓮は不機嫌そうに眉をひそめた。
「嘘ってなんだよ?」
「この前、嘘を言ったでしょ? 私、あの後雪香の友達に会って聞いたの。あなた雪香と付き合ってたんだってね、それに雪香の通ってた店で働いてる事も聞いた。私が聞いた事と大分違うからびっくりしたわ」
蓮は嘘がばれたというのに慌てる事もなく、私の話を無表情で聞いていたけれど、話が終わると軽蔑したような目を向けて来た。
「あんたは、その話を聞いて俺が嘘を言ったと決めつけたのか」
「事実でしょ?」
私がそう言うと、蓮の瞳に怒りが宿った。
「違う、嘘を言ってるのはその友達って奴の方だ」
「どうして彼女達が嘘つくわけ? そんな事しても意味無いでしょ?」
私が言い返すと、蓮は一瞬黙り込んでから答えた。
「……そうだとしたら、誤解してるだけだ。実際は俺の言った事が真実なんだからな」
きっぱりと言い切る蓮の態度に、私は戸惑い視線を落とした。
蓮の言ってる事は、本当なんだろうか。今、嘘を言ってるようには見えないけど……。
「……じゃあ……雪香が通ってた店とは何の関係も無いの?」
私がそう問いかけると、蓮はその表情から怒りを消し、少し考えてから答えた。
「その店ってのは、リーベルの事だと思う。俺の店だ」
「は? 俺の店って何?」
「だから、俺の店なんだよ。たまに様子を見に行ってるけど、働いてるわけじゃない」
蓮の話を私は唖然として聞いていた。まさかオーナーだったとは。
「……店の事は分かったけど、雪香と付き合ってたって話は?」
「それも誤解だ、雪香とは本当にただの幼なじみだからな」
蓮は顔色を変える事もなく、あっさりと答えた。けれど、簡単に信じる事は出来ない、蓮に疑いの目を向けながら言った。
「さっき雪香のアルバムを見たんだけど、あなたの写真ばかりだった。雪香はとても楽しそうな笑顔で、婚約者の直樹との写真よりずっと幸せそうだった。どうしてだと思う?」
「どうしてって……」
蓮は困惑したように、口籠もった。
「雪香があなたを好きだからに決まってる……本当は気付いてるんでしょ? 私が雪香を嫌ってる事を一目で見抜いたくらいだものね」
私の言葉に、蓮は顔を強張らせた。睨むような強い視線を向けて来る。
「そうだとしてもあんたには関係無い。余計な詮索するな」
やっぱり蓮は雪香の気持ちに気付いていた。付き合ってないというのは本当の事かもしれないけど、少なくとも二人はただの幼なじみなんかじゃなかった。
「確かに二人の事は私と無関係だけど、あなたを信用しない理由にはなると思うけど?」
私がそう言うと、蓮は舌打ちをした。
雪香は、こんな短気な男のどこが良かったのだろう。
「とにかくミドリと会えるように手配してよ、約束したんだからね」
蓮は仕方無さそうに頷いた。
「分かった、段取りがついたら連絡する」
「なるべく早めにお願いね」
私はホッとしながら、念を押した。これでうまくいけば、雪香の居所が分かるかもしれない。
もしミドリが雪香の失踪と無関係でも、私のところに来た手紙はミドリが出した可能性が高いから、その件だけでも解決する。早くスッキリとした気持ちで、生活出来るようになりたい。
煩わしい事から解放されたい。
どうして雪香は私の邪魔ばかりするのだろう。直樹を奪っただけでなく、消えてからも面倒に巻き込んで。
雪香の考えが、何一つ分からなくてイライラする。
窓の外を見ながら考えこんでいた私は、
「―――おい!」
蓮の大声に、ビクッと体を振るわせながら振り返った。
「何? いきなり大声出さないでよ」
「さっきから呼んでるのに、無視してるからだろ?」
「そうなの? 全然気付かなかった……で、何の用?」
蓮は何か言いたそうな顔をしながらも、用件を話し出した。
「アドレスを教えてくれ、ミドリと会う日が決まったら連絡する」
「……」
「……まさか、教えたくないとか思ってないよな?」
あからさまに嫌そうな顔をした私に、蓮が凄みの有る声を出してきた。
実はその通りだったけれど、蓮をこれ以上怒らせるのも良くない。
私はバッグからスマホを取り出し、蓮に番号を伝えた。