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再会

 土曜日、私は雪香の家を訪ねた。

 雪香が居なくなって心細いのか、母は私を歓迎してくれた。


「沙雪……良かった来てくれて」


 母は顔色が悪くやつれて見えた。雪香の失踪が相当堪えているようだ。


「お母さん、大丈夫?」


 長い間離れていたから馴染みの薄い母親だけど、それなりに心配では有る。


「警察からは何の連絡も無いの。本当に探してくれてるのかしら……今頃あの子がどんな目に有ってるかと思うと夜も眠れないわ」

「どんな目って……雪香は自分の意志で姿を消したのかもしれないし……」


 私がそう言っても、母は血の気の無い顔を横に振るだけだった。


「雪香が出て行く訳が無いわ、あんなに幸せそうにしてたのに……何か事件に巻き込まれたに決まってるわ」

「……」


 母の様子を見る限り、雪香は実家にも連絡を入れてないようだった。


 どうして私にだけ電話をして来たのだろうか。私なんかより、雪香を心配している人は沢山いるのに。


「お母さん……私、雪香を探してるの。何か手掛かりが有るかもしれないから、雪香の部屋を見たいんだけど」


 母はあっさりと雪香の部屋に案内してくれた。私が雪香を探しているという事に、期待しているようだった。


 なんだか気持ちが重くなった。雪香からの電話を黙っている事は、間違いなのかもしれない。


 直樹も母も本当に雪香の身を心配している。


 だけも、今更言い出し辛かった。あれから何日も過ぎてしまったし、黙っていた事を責められるに決まってる。


 電話が有った日に、すぐに皆に話せば良かったのかもしれない。自分の行動に自信を失いはじめながら、雪香の部屋に入る。


 部屋は、横に長い長方形の作りで、モノトーンのインテリアの洗練された雰囲気だった。


 革張りのソファーや、壁際に置いてあるチェスト等、全体的に黒が多く使われているけれど、大きな窓から冬の柔らかな光が差し込んでいるせいか、暗くは感じなかった。けれど意外だった。


 私が持つ雪香のイメージと、この部屋の雰囲気とが、かけ離れ過ぎていた。勝手な思い込みだけれど、雪香はもっと柔らかで女性らしい雰囲気を好むと思っていたのだ。


 本当に私は雪香という人間を理解していない。

 それは、お互い様だろうけど。


 気を取り直し、部屋の隅に置いてある机に近付き、手掛かりになりそうなものを探し始めた。


 今のところ雪香に関する手掛かりは三つ。ストーカーミドリ、常連の店、そして鷺森蓮。


 この部屋を調べたら、ストーカーの身元が分かるかもしれないし、他の手掛かりも見つかるかもしれない。


 残念ながら、有効な情報は見つからなかった。


 考えてみれば、部屋を調べるなんて事は、しっかり者の雪香の義父が済ませているのだろう。


 がっかりしながら溜め息をついた私は、何気なく目を遣った本棚に、数冊のアルバムを見つけ興味を惹かれ手にとった。静かにページを捲っていく。


 アルバムの中の雪香は、今より少しだけ幼い。恐らく二年位前のものだろう。


 明るく輝くような笑顔の雪香は幸せそのもので、そんな雪香の隣には必ず蓮の姿があった。


 私は複雑な思いになりながら、アルバムを閉じた。


 雪香は蓮の事を本当に想っていたように思える。それなのにどうして、直樹と結婚する気になったのだろう。


 出会って間もなく……私から奪ってまで。


 本棚に戻りアルバムを仕舞おうとした私は、奥の方に白い封筒が折れ曲がった状態で押し込められている事に気付きそれを引っ張り出した。


 中には紙が何枚か入っていた。


 見覚えの有るそれを、嫌な予感でいっぱいになりながら取り出した。



ーーお前を許さないーー



 白い紙の中央に印刷された文字は、私に宛てられたあの手紙と同じもので、背筋が冷たくなるような感覚に陥った。


 しばらくの間呆然としていた私は、気を取り直し封筒の中に残ってる中身を取り出した。


 この手紙の差出人の、身元がわかるようなものが有ればいいのに。


 そう思ったのに、肝心な手掛かりなど何も無かった。けれど、一つだけははっきりと分かった。やっぱり私は、雪香の抱えていた問題に巻き込まれている。


 強い苛立ちがこみ上げた。

こんな事へ巻き込んだ雪香に対する怒り、状況が把握出来ない事への不安。


 私は手紙を乱暴に鞄に押し込むと、忌々しい雪香の部屋を後にした。


 階下に降りると、母が不安と期待の入り混じったような顔をして、待ちかまえていた。


「沙雪……雪香の事、何か分かった?」

「何も手掛かりは無かった」


 母はがっかりしたようにため息をついた。


「……ごめんなさい、役にたてなくて。私はこれで帰るから」


 落胆する母の横を通り抜け玄関に向かおうとする私を、母は慌てて引き止めた。


「沙雪待って、もう少し居て欲しいの」

「え……」


 母に懇願するように言われ、私は立ち止まり眉をひそめた。


「でも……」

「沙雪、お願い……」


 帰りたかったけれど弱っている母を突き放せなかった。


「じゃあ、少しだけなら」


 私は母に促され、リビングルームに向かった。母は私にコーヒーを出すと、雪香の話を始めた。


 コーヒーは昔から苦手で、あまり飲めない。一口だけ飲んで、後は黙って母の話を聞いていた。


「どうすればいいのかしら。このままじゃ婚約破棄されてしまう。そんな事になったら無事に帰って来れても雪香は傷付いてしまうわ」


 母は苦しそうに嘆くけれど、私はたとえ婚約破棄になったとしても、雪香が傷付くとは思えなかった。


 雪香は鷺森蓮が好きなんだから。


……そういえば、彼は雪香と家が隣同士だと言っていた。それも嘘かもしれないけど、念の為母に確認してみようか。本当に隣に住んでいるなら知っているはずだ。


「お母さん、鷺森蓮って知ってる?」

「蓮君? 知ってるわよ、お隣だもの」


 隣に住んでいるって事は本当だった。


「彼がどうかしたの?」

「……結婚式で話しかけられたの。雪香の事聞かれたんだけど」


 私の言葉に、母は納得したように頷いた。


「そうね、蓮君も雪香を心配してるわ……ここに越して来てからは、兄妹のように仲が良かったから」

「そうなんだ……」


 母は雪香と蓮の関係を知らないようだった。


「そうだ、蓮君も呼びましょう」

「えっ? いや、ちょっと待って!」


 私が止めるのも聞かず、母は蓮に電話をし、彼に家に来て欲しいと頼んでしまった。


「ちょうど家に居たみたいで、すぐに来るそうよ。彼も雪香を探してくれてるから、沙雪も話を聞いてみて」


 母は少しの可能性にも縋りたいようだった。精神的に弱っているはずなのに、自己中心的な行動は相変わらずだと嫌な気持ちになった。


 しばらくすると、蓮がやって来た。出迎えた母と一緒に部屋に入って来た蓮は、私が居る事に驚いたようだった。それでも騒ぐ事無く、一人掛けのソファーに腰を下ろした。チラッと私に目を向けて来たのでつい睨み返すと、蓮は僅かに顔を歪めた。


 母は私達の間に有る、冷え切った空気には気付かずに、蓮に私を紹介した。


「蓮君、一度会ってるみたいだけど改めて紹介するわ、雪香の双子の姉の沙雪よ。雪香を探しているから、蓮君が知ってる事が有ったら教えてあげて欲しいの」


……なんて余計な事を。母の勝手な言動に、私は苛立ち顔をしかめた。


 蓮は母の前だからか、穏やかな口調で話しかけて来た。


「何か聞きたい事が有るのか?」


 今更普通の態度をとられると胡散臭く感じる。でも、良い機会だと気持ちを切り替えた。


 鷺森蓮には聞きたい事がいくつか有ったから。母に刺激を与えない程度に聞き出してしまおう。


「雪香の知り合いで、ミドリって呼ばれてる人が居るでしょ? その人について教えて欲しいんだけど」


 私の発言に、蓮は一瞬で顔色を変えた。さっきまでの穏やかな表情は消え去り、険しい目で私を見据えて来た。


 その鋭い視線に、思わず怯みそうになる。けれど、蓮の反応はミドリを知っている何よりの証拠だと思った。


「雪香が卒業間際の頃、よく手紙を貰っていたみたいなんですけど、その人の連絡先教えて貰えませんか?」

「……聞いてどうするつもりだ?」


 蓮が低い声で言った。


「連絡を取って、出来れば会って話を聞きたくて……」

「駄目だ!」


 私の言葉を蓮が厳しい声で遮った。


「蓮君どうしたの?」


 これには私より母のが驚いたようで、怪訝な顔で蓮を見た。


「……いえ、何でも」


 母の声に、蓮はハッとしたようで、気まずそうな表情になった。それから私の方を向き言った。


「ミドリには会わない方がいい」


 何で鷺森蓮が決めるわけ?ムッとした私が言い返すよりも早く、母が口を開いた。



「沙雪、その人に会いたいのは雪香を探す為なのよね?」

「え……そうだけど」


 私が頷くと、母は蓮に必死の様子で頼みはじめた。



「蓮君、その人の連絡先を沙雪に教えてあげて」


 蓮は困惑したように眉根を寄せて考えてこんでいたけれど、諦めたような口調で言った。


「分かりました。でも会うときは俺も同行します、それでいいですよね」


……いいわけない。すぐに断ろうとしたけれど、母が勝手に了承してしまった。納得いかないまま、私は母と蓮の話を黙って聞いていた。


 ミドリと会う段取りがついたら、蓮から連絡を貰う約束を取り付けると、私はソファーから立ち上がった。


「そろそろ帰るから」

「え? もっとゆっくりしていけばいいのに」

「……この後予定もあるから」


 本当は何の用も無いけれど、早く帰りたかった。


「送って行く」


 蓮が言いながら、自分も立ち上がった。


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