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不安

 雪香との電話が切れた後、私はすぐに教会に駆け戻った。


 もう大分離れていたけれど、距離が気にならないくらい夢中で走り、教会の前にたどり着いた時には、すっかり息が上がっていた。


「雪香!」


 休む間もなく、大声を上げて雪香を探し回る。

 雪香なんて居なくなればいいと思っていたはずなのに、私はどうしてこんなに必死になっているのだろう。

 自分でも分からないまま、急き立てられるように、雪香の姿を求め続けた。




 結局雪香を見つける事は出来なかった。

 辺りはすっかり暗くなっている。疲れ果てた私は、うっすらとしか見えなくってしまった、大きな鐘を見上げていた……雪香は間違いなく、ここにいたはずなのに。


 諦めてのろのろと駅までの長い道のりを歩き始めた。



 雪香は、何故仲良くもない私に電話をして来たのだろうか。


 他の人にも、連絡したのだろうか。許されないとは何の事だろう。


 私以外にも、雪香を憎んでいる人がいるということ?

 だけど、そんな事信じられなかった、雪香は誰からも愛されてると思っていたから、逃げ出さなくてはならない程、追い詰められていたなんて想像出来ない。



『雪香はかなり悩み弱っていたんだ』


 ふと蓮の言葉を思い出した。


 聞いた時は有り得ないと思ったけれど、雪香は本当に悩んでいたのかもしれない。慕っていた蓮にも話せない何かに怯えて。


 それは一体何なのだろう。雪香はどこに行ったのだろう。沢山の疑問が頭の中を、グルグルと回っていた。


 直樹は何も知らないようだった。私と同じように、悩んでいた事にすら気付いてなかったのかもしれない。


 雪香の事を一番分かっていたのは、婚約者でも双子の姉でもなくて、鷺森蓮だった。


 雪香と蓮はどんな関係なのだろう。かなり親しい事は分かるけど、具体的にはどんな関係だったのだろう。少なくともただの友達には見えなかった。


 そこの事を直樹は知っているのだろうか。

 取り乱していた直樹の姿を思い出しながら、私は歩道橋の階段をゆっくりと上がった。


 さっき迄止んでいた雪がまた降り出して、私の体にも落ちて来た。寒さが急に増した気がして、少し早足になりながら歩道橋を渡ったり階段を下りようと、一歩足を踏み出した瞬間、


「……きゃあっ?!」


 背中を強く押されて、私の体は宙に浮くように前に飛び出し、そのまま落下しそうになった。咄嗟に腕を伸ばして、手すりにしがみつく。けれど勢いがついていたせいですぐには止まらずに、何段か滑り落ちてしまった。


「う……」


 突然の出来事に対する驚きと恐怖に、すぐには立ち上がる事が出来なかった。擦りむいて血の滲んだ足が、ガクガクと震えている。それでも辺りを見回し、誰かいないかを確かめた。


 背中を強く押された感覚が有ったから、誰かが私を落とそうとしたのは間違いなかった。


 けれど、歩道橋には誰もいない。


 静かに雪が降り積もる中、私は独りきりだった。


 強い恐怖が込み上げて来て、急いで立ち上がった。


「痛……」


 落ちた時捻ったのかぶつけたのか、鋭い痛みが左足に走った。それでも痛みよりも恐怖の方が強くて、私は足を引きずるようにしてその場から逃げ出した。





 自分の部屋に戻ると、ようやく安心する事が出来た。


 明るいところで痛みを感じる部分を見てみると、階段で擦れて出来た傷から血が滲んでいた。足首は捻ってしまったようで、動かすと激痛が走る。手すりを掴んだ手首にも違和感が有った。


 簡単に手当てをしながら、私を突き飛ばしたのは誰なのか考えた。


 あの人気の無い歩道橋で気配を消して近寄り、そして強い力で突き飛ばして来るなんて……もし手すりに手が届かなかったら、こんな傷じゃ済まなかった。下まで落ちた自分の姿を想像するとぞっとする。


 誰があんな事をしたのだろう、一体何の目的で?


 ただの通り魔的なものなのか、それとも私が誰かを分かっていて狙ったのか。私を狙ったんだとしたら、一体誰の仕業なのだろう。


 いくら考えても誰も思いつかなかった。

 大怪我をさせられる程、誰かに恨まれるような事をした覚えは無い。


 私は雪香のように人々の中心になる事が無かった分、目立たず誰かの妬みの対象になる事も無いと思う。


「やっぱり、通り魔的なものなのかな……」


 捻った足に湿布を張りながら呟いた。


 酷い目にあったけれど、個人的に狙われたんじゃ無いなら、それ程恐れる事は無い。これからは人気の無いところに行かないように気をつければ、二度とこんな事は起きないのだから。少し気が楽になるのを感じながら、薬箱を片付けた。明日になっても、足の腫れが引かなかったら病院に行こう。


 キッチンで温かい紅茶を入れて、クッションに座ると、ようやく寛ぐ事が出来た。


 一息つくと、放り投げたままのバックが目に入った。手を伸ばして、バックを引き寄せる。


 明日は仕事だから、必要な物を通勤用のバックに入れ替えようと思った。財布を出し、次にスマホを手にした瞬間、心臓がドキリと跳ねた。


 歩道橋での出来事のせいで、すっかり頭から抜けてしまっていた雪香の事を思い出した。


 スマホを開き、着信履歴をチェックする。雪香からの電話は、あの時以降かかって来ていなかった。


 胸に嫌な予感が広がっていく。


 怯えているように弱々しい声で戻れないと、許されないと言い、結婚式当日に、姿を消さなくてはならない程追いつめられていた雪香……もしかしたら、さっきの出来事は、雪香が消えた事と関係が有るんじゃないのか?


 知らない内に、巻き込まれてしまったのかもしれない。


 頭に浮かんだ可能性に、血の気の引く思いだった。


 再び大きな不安が襲って来て、ほとんど眠れないまま朝を迎えた。



 怠い身体を無理矢理動かして支度をし、いつもの時間り部屋を出る。


 アパートの外階段を下りきり、青く澄んだ空を見上げた。


 雪が降り薄暗かった昨日とは一転して、光が溢れ眩しさを感じる位だった。


 晴れないのは、私の心だけのように思えて来る。


 昨日から起きた出来事を思うと、気持ちが沈むのが止められなかった。足の痛みもひかなくて溜め息が出る。筋を痛めたのかと気になるけれど、今日は病院に行く時間が取れそうに無かった。


 仕事が終わり次第直樹に会いに行くつもりでいた。


 直樹になんて二度と会いたく無いと思っていたけれど、状況が変わったのだから仕方ない。


 一晩考えた末、私は雪香を探し出す事を決意していたのだ。


 連れ戻すつもりは無いけれど、雪香に会い何があったのかを聞き出したい。そうしなければ、落ち着いて生活していく事が出来ない。


 私の心配し過ぎで何でも無いのなら、それでいい。


 とにかく雪香が消えた事に私が巻き込まれているのか、いないのか。ただそれを確認したくて、その為には、雪香の婚約者である直樹の協力は必須だった。


 駅に着き電車に乗ると、運良く空いている席を見つけ座る事が出来た。


 私はスマホを取り出すと、直樹に宛て手早くメッセージを打ち始めた。


 昨日言った事を丁寧に謝罪し、雪香が心配だから一緒に探そう、その件で今夜会いたいと送った。


 直樹は、あと一週間は仕事の休みを取っているはずだから、時間は空いているはず。きっと私の話に乗ってくる。


 予想通り、電車を降りる直前に了解の返信が届いた。

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