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あり得ない申し出

 ミドリと会ってから、一週間が過ぎた。

 今のところ雪香達が見つかったという連絡は無く、私は変わりない生活を送っていた。



 ミドリから聞いた話は、その日のうちに蓮に話した。蓮はかなり驚いていたし、納得出来ない様子だった。蓮の性格を考えると、ミドリのところに直接話に行ったかもしれない。


 でも蓮からもミドリからも、私には何の報告も無かったし、私からも聞き出そうとはしなかった。


 気にならないと言ったら嘘になるけれど、これ以上雪香の問題に深入りしないようにしようと考えた。


 それよりも雪香が戻ってからの生活を考えなくてはいけない。


 あと一月で次の派遣契約更新の時期になるし、なるべく早い内に安定した仕事を探したい。


 けれど、探してもこれだと思う求人は見つからなかった。


 自分の経歴を考えれば仕方ないかと、妥協して数社に申し込みをする日々。

 

 そんなある日、久しぶり直樹から電話がかかって来た。


 直樹には、雪香の事で何か分かったら知らせると約束していた。でも判明した事実は、婚約者である直樹には、とても言えるような事じゃなく、気になりながらも、連絡する事が出来ないでいた。


 直樹は、何の連絡も無い事で苛立ってかけて来たのかもしれない。


 雪香の事、何て言おうか……私は憂鬱な気持ちになりながら、応答ボタンを押した。


「……はい」

「沙雪? 俺だけど……」


 怒っているだろうと予想していたのに反して、直樹の声は戸惑いを感じる程穏やかだった。


 雪香の事で文句を言おうとしたんじゃないの?


「どうしたの?」


 直樹の用件が分からなくなり、私は用心しながら尋ねた。


「明日空いてるか? 話が有るから会いたいんだけど……」


 直樹は私の様子を伺う様に、遠慮がちに言う。


「話って何? この電話じゃ駄目なの?」


 出来れば直樹には会いたくなかった。


 蓮に感情をぶちまけた事で、大分すっきりはしていたけれど、まだ直樹に会って冷静でいる自信が無かった。


「大事な話なんだ。明日用事が有るのか?」


「今、就職活動してるから忙しくて……」


 実際は動き回ってる訳じゃ無いけど、断る口実にしようと思い言った。


「就職活動? 今の仕事を辞めるのか?」


 直樹はなぜか私の転職話に、敏感に反応して来た。


「……別に直ぐにって訳じゃないけど」


 私の事なんて、もう何の関心も無いと思っていたから意外だった。


「直ぐじゃ無いなら、明日なんとか空けてくれよ。大事な話なんだ……沙雪の転職話にも少し関係して来る」


「私の仕事に?」


 ますます直樹の意図が分からなくなる。


「ああ、悪い話じゃ無いし心配しなくていいから」


「……今言えないの? 気になるんだけど」


「大事な話って言ったろ? 都合つけろよ」


 直樹は苛立ったような声を出した。


「何その言い方、頼んでるのは直樹の方でしょ?」

「……ごめん、でもどうしても早く話したいんだ」

「……」


 直樹がこれほど急ぐ話とは何なのだろう。


 雪香に関する事だとは思うけど、私の就職に何の関係が有るというのだろう。


 悪い話じゃ無いと言われても、今までろくな目にあって無いせいか、信用する事が出来ない。


「沙雪?」


 考え込んでいると、しびれを切らしたのか直樹が呼びかけて来た。今夜の直樹はいつも以上にしつこい。別れてからこんな事は初めてだった。


 断っても、しつこく食い下がられそうな気がする。



「……分かった。仕事帰り、前に会った店で」



 溜め息をつきたくなる気持ちを抑えながら、私は力無く答えた。





 仕事を終えると、直ぐに直樹と待ち合わせをしている店に向かった。


「お待たせ」

「あ、思ったより早かったな」


 今日の直樹は機嫌が良いようで、私にも爽やかな笑顔を向けて来た。


「……最近あまり残業しないから」


 言いながら直樹の前の席に腰掛けた。こうして直樹と向き合っていても、予想していたよりも気持ちは落ち着いていて、自分でも少し驚くくらいだった。


 別れてから直樹に会う度に感じていた、悲しみや悔しさ、そういった激しい感情が今日は湧いて来なかった。


「それで話って何?」


 直樹にも変に構える事なく話しかけられる。


「あ……言いたい事はいろいろ有るんだけど、まずは雪香の話だ」


 私よりも、直樹の方が落ち着かない態度に思えた。


 雪香の事で何か有ったのだろうか。私には連絡は無いけど、ミドリのお兄さんが見つかって緑川家から何か連絡が有ったのか。


 考えを巡らす私の前で、直樹は憂鬱そうな溜め息を吐いてから口を開いた。


「雪香とは婚約解消になった」

「え?!」


 直樹の言葉に私は驚き、高い声を上げた。まさかそんな事になっているとは、予想もしていなかったから。


 雪香の気持ちが直樹に無い事は分かっていたけど、直樹は雪香に夢中だったから、婚約解消なんて簡単に認めないと思っていたのに。


「……どうして? もしかして雪香から連絡が有ったの?」


 直樹から断ったとは考えられない。そう思ったけれど、直樹はあっさりと否定した。


「一昨日雪香の実家に行って、お義父さんと話し合って決めたんだ」

「……でも、どうして」


 思いもしなかった展開に戸惑う私を、直樹は少し気まずそうな表情で見た。


「それで……俺は沙雪とやり直したいと思ってる」

「……!」


 直樹の言葉に大きな衝撃を受け、私は言葉を失った。


「沙雪、話聞いてる?」


 黙り込んだ私の様子を窺うように、直樹が声をかけて来る。


「……聞いてるけど、驚き過ぎて言葉が出てこない」


 私の言葉に、直樹は納得したように頷いた。


「沙雪が驚く気持ちは分かるよ、沙雪にとっては突然の話だろうし。でも俺は前から考えてたんだ」


「前から考えてたって……私との復縁を?」


「ああ」


「……いつから?」


「沙雪と一緒に雪香の友達に会った日から、あの日の事覚えてるだろ?」


 私は険しい表情のまま頷いた。直樹の言っているのがいつの事だかは、すぐに分かった。


 あの日、雪香の思いの外乱れた異性関係を初めて知り、直樹はショックを受けていた。その時直樹の様子がおかしかった事には気付いていたけれど、まさかそれが原因で婚約破棄する気になるとは思いもしなかった。


 結婚式当日に姿を消されても、直樹は雪香を信じて待っていたんだから。


 それ程好きだからこそ、雪香の異性関係が許せないのだろうか。


 少しは直樹の気持ちが分かる様な気がするし、婚約解消するのも直樹の自由だから、その事について私には何も言えない。


 でも雪香と別れるからって簡単に私のところに戻って来ようとする態度に怒りを感じた。


 私を都合良く扱おうとする事が許せなかった。


「はっきり言っておくけど、私は直樹とやり直す気は無いから」


 睨んで言うと、直樹は動揺したように視線を泳がせた。


 私が断るとは思ってもいなかった?


 そんな直樹の態度に、更に自尊心を傷つけられた。


 胸に広がって行く痛みが、私を更に攻撃的な気持ちにさせていく。

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