手紙の真相
蓮から連絡が来たのは、それから三日後だった。
深夜一時過ぎに鳴った携帯に、私は気怠い声で出た。
「……はい」
「俺だけど、寝てたか?」
初めて電話をする相手に対する態度とは思えない。
私は呆れながらも、嫌みを言う力もなく、すぐに本題に入ろうと、問いかけた。
「起きてました……ミドリと会う日が決まったの?」
「ああ。ミドリに明後日会う事になった。会社まで迎えに行くから用意しとけよ」
「明後日……どこで会うの?」
「リーベル」
雪香も常連だったという蓮の店。正直、初めて行く場所でミドリに会うのは気が進まなかった。
「他の場所じゃ駄目なの?」
「……適当な場所が他に無い。あまり人に聞かれたくない話だしな」
蓮は私の返事が不満だったのか、一瞬黙ってから言った。
「……分かった」
妥協するしかないみたいだった。
蓮と時間の確認をしてから、電話を切った。
ミドリと会う事が現実的になったせいか、気分が高まり落ち着かなかった。今夜は、眠れそうに無かった。
◇◇◇
二日後、約束通りの時間に会社近くまで迎えに来た蓮に連れられ、リーベルに向かった。私の勤め先から、車で二十分程で着いた。
「ここがあなたの店?」
私は意外な気持ちで、蓮に問いかけた。
「そうだけど、何か問題でもあるのか?」
文句を言われるとでも思ったのか、蓮が警戒したように答えた。
「問題なんて無いけど……」
ただリーベルの店構えが、想像と大分違っていたから驚いた。蓮の店と聞き、勝手に怪しい、いかがわしい雰囲気を想像していたから。
けれど、実際は全く違っていた。リーベルは、明るくライトアップされながらも落ち着いた印象で、入り口の扉も大きく、中の様子が外からでも分かるようになっていた。初めてでも入りやすそうな店だと思った。
「行くぞ」
蓮はぼんやりと突っ立っていた私に声をかけ、先に店の入り口をくぐり、中へ入って行った。
店内は入って右手が大きなカウンター席で、反対側はテーブル席になっていた。程よいボリュームの音楽と楽しそうな人々の話し声。女性が一人で来ても、居心地が良さそうだと思った。
蓮はスタッフと短い会話を交わした後、私を振り返り言った。
「この先の部屋にミドリが居る」
私は緊張しながら、頷いた。
ついにミドリと対面する時が来た。昨夜から頭の中で、何度もミドリとの会話をシミュレーションしてきた。ミドリが言い逃れようとしたって、誤魔化されない自信が有った。
「あの部屋ね? じゃあ行って来るから」
私がそう言うと、蓮は眉間にシワを寄せた。
「俺も行く」
その言葉に、私は目を見開いた。
「なんで?!」
「俺も同席ってのが会わせる条件だったろ? 嫌なら帰れよ」
蓮は退く気が無いようで、私の前に立ち道を塞いでいる。最悪だった。でもここまで来て帰る事なんて出来ない。
「分かったから、通して……」
諦めて言うと、蓮は道を開け奥の部屋に向かって歩き出した。蓮に続いて部屋に入った。
中は八畳くらいの広さで、中央には三人掛けのソファーがガラスのテーブルを挟んで向かい合わせに置いて有った。
私達が近付いて行くと、奥のソファーの中央に、俯き座っていたミドリと思われる人物が顔を上げた。
まともに目が合ってしまい、私は足を止め息をのんだ。この人がストーカーミドリ?……間違い無いだろうけど、とても信じられなかった。
雪香の友達は、ミドリを悪い印象を持っていた。
関わりたく無いと言っていた。
あんな手紙を出したり、待ち伏せしたり……行動もかなり気味が悪い。けれど今、目の前にいるミドリは気持ち悪いストーカーのイメージからかけ離れていた。
細身の体に、ソファーから投げ出された長い足。流行りの服を着て、まるでモデルのようだと思った。少し長めの前髪の間から覗く目は綺麗な切れ長で、はっきり言うとすごい美形だった。直樹より蓮より容姿は整っている……なんでこの人がストーカーを?
用意して来た言葉を出す事も忘れ呆然としていた私に、声がかかった。
「沙雪」
まるで以前からの知り合いを呼ぶような、親しさを含んだミドリの声。戸惑う私に代わり、蓮が素早く反応した。
「その名前どこで知った?」
凄むような蓮の声にも、ミドリは怯む事なく口元に笑みを浮かべた。
「ずっと前から知ってるよ……沙雪、手紙読んでくれた?」
ミドリの美しい目に見つめられ、心臓がドキリと跳ねる。
「手紙って何の事だ?」
蓮が言うと、ミドリは鬱陶しそうな顔をした。
「君には関係無い、またしゃしゃり出て来て、本当に人の邪魔するの好きだね」
「あ? お前、いい加減にしろよ」
蓮が怒りを込めた目でミドリを睨む。けれど、ミドリはそれをあっさり無視して私に言った。
「沙雪、そんな所で立ってないで座りなよ」
「え?……うん」
二人のやりとりを口を挟めず見ていた私は、話を振られ、ソファーに座った。蓮は不満そうに顔をしかめながらも、私の隣に並ぶように座った。
「……手紙の差出人って、やっぱりあなただったんだ」
本当はもっと厳しく追求するつもりだったのに、口から出た声は小さく、迫力のかけらも無かった。
出だしから調子を狂わされたせいかもしれない。まさかあっさり認めるなんて思ってもいなかったから、こんな展開想定していなかったし。
「そうだよ、あの手紙驚いただろ?」
「驚いたって言うか……」
ミドリの問いかけに、私は言葉を濁してしまう。
怖くて、気持ち悪くて、最悪だった。
そう言えばいいのに、強気な発言が出来ない。
ミドリの雰囲気が私は苦手だった。彼のペースにのまれてしまう。
「おい、どういう事だよ」
困惑していた私は、聞こえて来た最高に不機嫌そうな声に隣を向いた……すごく怒ってる。
蚊帳の外にされているのが許せないのか、蓮は必要以上に険しい顔をして私を睨んでいた。
勝手に同席して、話についていけないからと怒るなんて、なんて面倒くさい男。うんざりしながらも、蓮のおかげで自分のペースを取り戻せた私は素っ気なく言った。
「私のアパートに変な手紙が届いていたの、私は差出人がミドリなんじゃないかと思って、今日それを聞きに来たって訳」
「はあ? そんな事、一言も言ってなかっただろ?!」
蓮が苛立ったように、声を荒げた。黙っていた事を責めるような口調に、私が反論しようとすると、ミドリが話に割り込んで来た。
「沙雪、僕の名前は緑川薫って言うんだ。ミドリでもいいけど、出来れば薫って呼んで欲しいな」
「……とりあえず、ミドリで」
もうミドリの印象が強すぎて今更変え辛いし、ミドリと仲良くしに来たわけじゃない。
「そっか、残念だな」
素っ気ない私の言葉に、ミドリは少しも残念そうじゃない顔で答えた。本当に、何を考えているのか分からない。
「どうして私にあんな手紙を寄越したの?」
気を取り直して言うと、ミドリは顔からふざけた笑みを消した。
「警告しようと思ったんだ……あの手紙を見て、身辺に気をつけるようになっただろう?」
「警告って……どういう事?」
穏やかじゃないミドリの言葉に、私は眉をひそめた。
「言葉の通り……沙雪は今危ないんだよ。雪香が居なくなったから狙われている」
「どういう事だ。 雪香がどう関係してる?」
咄嗟に言葉が出なかった私に代わり、蓮がミドリに強い口調で聞いた。ミドリは蓮をチラッと見た後、私に視線を戻しながら話を続けた。
「雪香が、かなり遊び回っていたって話はもう聞いただろ? 結構危ない連中とも付き合ってたし……だらしなく男と遊んでいたせいで本物のストーカーにも付きまとわれていた」
「おい! お前、適当な事言ってんじゃねえぞ!」
雪香を悪く言われたせいか、蓮がミドリに凄むように叫んだ。
今までにない迫力に恐怖を感じ、思わず体が震えてしまう。けれどミドリは顔色を変える事なく、私を労るような目で見た。
「大声出さないでくれる? 沙雪が怯えてるだろ……沙雪、大丈夫?」
「……うん、大丈夫だけど」
答える私の隣で、蓮は冷静さを取り戻したようだった。
「……悪い」
気まずそうな顔をして言った。
「雪香が遊んでいた事と私と何の関係が有るの?」
蓮から目をそらした私が言うと、ミドリは切れ長の目をスッと細めた。
「雪香は遊びの男には、極力身元を明かさなかった。
偽りのプロフィールを用意していたんだ」
「偽り?……偽名を使っていたって事?」
「そう。雪香は家も厳しかったみたいだし、学校も堅い雰囲気だったから、身元は隠したかったんだと思うよ」
どうして、そんな事までして遊ぶ必要が有ったのだろう。幸せそうに見えた雪香にも、周りからは分からないストレスが有ったのだろうか。
「おい……まさか、その偽名って……」
考え込む私の横で、蓮が動揺したような声を出した。その様子に言いようのない不安を感じた私は、次の瞬間蓮の異変の訳に気付き血の気が下がった。
信じられれない事だけれど、ミドリの話の流れでは他に考えようがない。
「雪香は私の名前を使っていたの?」
恐々と聞いた私に、ミドリは静かに頷いた。
そんな事って有るのだろうか。あの雪香が、沢山の男を騙していたなんて。雪香の友人に男関係が派手だったと聞いた時も驚いたけれど、まさか偽名を使って遊んでいたなんて……しかも私の名前。
どういうつもりなんだろう。
騙すのなら全く関係無い人の名前でも良かったはずなのに、わざわざ私の名前を使うなんて……悪意を感じる。
「お前がどうして、そこまで知ってるんだ?」
しばらくの沈黙の後、蓮がミドリに鋭い声で問いかけた。
確かに蓮の言う通りだ。雪香のストーカーでしかないミドリが、なぜ蓮よりも雪香の事情を詳しく知っているのだろう。ストーカーって、そこまで何でも分かるものなのだろうか。
蓮と私が不審な目で見つめる中、ミドリは今までとは違って少し迷う様子を見せた。ミドリは考えこむように視線をさ迷わせた後、ゆっくりと私と目を合わせた。
「沙雪は僕の事調べた時、どんな風に聞いた?」
「え……雪香をつけ回してたって」
ミドリは納得したように頷いた。
「ストーカーだって言ってただろ? 君にも雪香はそう言ったんだよね、雪香に近付くなって脅された事は忘れていないよ」
後半は蓮に向けて冷え切った視線を送りながら、ミドリが言った。
「実際そうだろ? しつこく雪香について回ってたんだからな……それより質問に答えろ。何で雪香の事情を詳しく知った?」
蓮は不快そうに顔をしかめたけれど、もうミドリの話が嘘だと疑ってはいないようだった。ミドリは溜め息をつくと、再び私の方を向きながら口を開いた。
「最初に言っておくけど、僕は雪香のストーカーなんかじゃない。確かに付きまとった事は有るけれど、雪香に興味が有った訳じゃないんだ」
「どういう事? 興味が無いなら、どうして雪香に執着したの?」
ミドリの話に納得がいかず、私は眉をひそめながら言った。
「事情が有ったから。当時、雪香は僕の兄と付き合っていたんだ、雪香はいつもの軽い遊びのつもりだったんだろうけど、兄は本気になった。そして兄には妻子がいた。僕は彼女に身を引くように言う為に近付いた……倉橋沙雪と名乗っていた雪香にね」
淡々としたミドリの言葉に私は、そしてきっと隣の蓮も大きな衝撃を受けた。




