雪に消えた花嫁
雪香が消えた。
そう聞いた時、思わず顔が綻んでしまった。
ついに望みが叶った。
たった一人の妹の身を案じる事もなく、ただただそう思った。
知らせに来た雪香の義理の父親は、そんな私の態度を不快と思ったのかあからさまに顔を歪めて言った。
「君は心配じゃないのか?」
責めるようなその声に、私は顔から笑みを消すと神妙な顔をして俯いた。
側から見れば妹を心配しいるように見えるはず。けれど義父の私に対する不信感は拭えないようだった。
「結婚式は中止になった、でも君は残ってくれ、身内で話し合いをする」
固い口調でそう言うと、私の返事を待つ事なく建物の中に消えて行った。
今日結婚式を挙げる予定だった花嫁。双子の妹の雪香とは、両親が離婚した事によって十一年前に別れたきりだった。
私は父に、雪香は母に引き取られ、その後会う機会もなかったからだ。
再会したのは、今からちょうど一年前のこと。
父の葬儀に雪香がやって来た事で、私達は十年ぶりに顔をあわせた。
私達は双子だから、姿形は当然良く似ていた。
昔は、学校の先生にも見分けがつかないと言われていたっけ。
だけど、十年の年月は私達の間に大きな隔たりを作っていた。
再会した雪香は、私とは似ても似つかなかった。
顔立ちは同じはずなのに身に纏う雰囲気や、立ち振る舞いの全てが違っていたのだ。
華やかで美しく成長した雪香。
私達を間違える人はきっといない。流れた時の長さを実感した。
環境が人を育てると聞いた事が有る。
聞き流していたその言葉を、優雅なしぐさで挨拶をする雪香を見ながら思い出していた。
私達の母は、父と離婚した後、すぐに資産家の男性と再婚した。
何不自由の無い、贅沢な暮らし。
当然、雪香もその恩恵を受けて育ってきた。
対して私は、母との離婚で精神を病んでしまった父と、経済的にも不安定な生活を強いられて来た。
その生活の違いは、残酷な程はっきりと二人の身に滲み出ていた。
胸の中を、暗い感情が渦巻いていた。
その感情が妬みだと言う事に、自分でも気付いていた。
幼い頃からあまり親しくなかった妹の事を、私はこの日から更に疎ましく感じるようになっていた。
けれど関わりたくないだけで、憎んだりはしていなかった。
雪香の裏切りを知らされ、大きな屈辱を受けたあの瞬間までは。
控え室には親族が既に集まっていて、遅れて入った私に何か言いた気な視線を送って来た。
端の席に座ると、雪香の義父が不満そうな目で私を見てから口を開いた。
「心当たりは全て連絡したけれど雪香はどこにもいなかった。これから警察にも連絡するが、当然結婚式は延期する事になった」
義父の言葉を聞きながら、その隣で青ざめている正装姿の若い男に目を遣った。
雪香の夫となるはずだった人。
彼は血の気の無い顔で、落ち着き無く視線をさ迷わす。その姿は、豪華な衣装にも関わらず存在感無く惨めに見えた。
まあ、無理もないけれど……。
結婚式当日に花嫁に逃げられたのだ。受けた屈辱は相当なものに違いない。
けれど、少しも可哀想だとは思わなかった。
雪香を選んだから、こうなるんだと言いたいくらいだ。
自業自得だし、私はもっと大きな屈辱を受けた。
様々な想いを込めて見つめ続けていると、視線を感じたのか花婿の目がゆっくりと動き私で止まった。
惨めな姿を見られて決まりが悪いのか、それとも助けを求めているのか、複雑そうな顔をして、私を見つめて来る。
そんなかつての恋人を、私は冷め切った目で見つめ返した。