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第7章

 それから数日、セルダン伯爵は姿を見せなかった。

 所用が立て込んでいて忙しいと、詫びる手紙を代わりにもらった。


 さて、次に彼がやって来るのはいつになるのだろう。

 どうせならば、もう二度と来なければいいのに。


 ――なんて、考えていたからだろうか。


 ある日、久しぶりにティータイムの来客があった。

 セルダン伯爵――ではなく、彼の使者である。


 彼は軽く会釈をして、大きな花束と共に、ぎこちなく部屋に入ってきた。


「主人からフィーリア様にと、この花と伝言を預かっております。長らくお顔を拝見できず、大変残念だと申しておりました」


 あたかも当事者であるかのように、なんとも申し訳なさそうな表情である。そんな顔をしなくても、別に私の方は残念でも何でもないんですが。まるで私の毎日の喜びは、セルダン伯爵の訪問であったのだろうとでも思い込んでいる様子だ。


「そうですか。お気遣い、ありがとうございます」

「もう一つ、こちらはフィーリア様へ、主人からの手紙でございます」

 なんだなんだ、仰々しい。

「なにか、大変なことでもあったのかしら?」

「いえ、あの。実は主人は、さる公爵のご令嬢に、ダンスを指導することになりまして」

「まあ、セルダン伯爵が?」

 思わず目を見開いた。

「はい。近々開催される国王主催の舞踏会にて、そのご令嬢が、社交界デビューをなさいます。そこで、ご令嬢の父君から、主人に指導の依頼があったということでして……」

 そんなに心苦しい様子で弁明されたら、なんだかこちらが悪いことをしているような気分になるではないか。

「あの、別に私はなんとも思っていませんから。ただ少し、驚いただけですわ」

「は、はい」

 同情心に溢れた瞳を、軽く伏せる使者。


 ――これはつまり、新しい火種に火がついた、と考えていいのだろうか。


 社交界デビュー間近の令嬢に、ダンスの指導だなんて。恐らくは、セルダン伯爵もその舞踏会に出席するはずだ。そして、そこでその公爵令嬢と踊らないわけにはいかないだろう。依頼を引き受けたということは、そういうことだ。

 新たな女性との出会いで、セルダン伯爵の関心はそちらに移った。

 私にはもう用はなく、ここを訪れることは恐らく二度とない。だから、せめて最後くらいはと、花や手紙で私への義理を果たそうとしているのだ。

 なるほど、そういうことだろう。


「わざわざお知らせくださってありがとう。事情はよく分かりましたから、私のことはどうぞ気になさらずにとセルダン伯爵にお伝えください」


 使者は深々と一礼すると、最後まで申し訳なさそうな様子で部屋を後にした。


(……ふう)


 ぼす、と私はソファーに体を預けた。


 もう、セルダン伯爵は、来ない。

 突然の決別だった。


 まさか本当に、こんなことになるなんて。

 肩の荷が一気に取り払われた気分だわ……。

 でも、言葉を変えれば、なんだか胸にぽっかりと穴が開いたような気分とも言えるのではないだろうか?


 ―――いやいやいや。

 私は首をぶるぶると横に振った。


 やっと変な来客がなくなって、今までの楽しい楽しいティータイムが戻ってくるのだ。すがすがしい気持ちでいっぱいのはずじゃないか。


 でも、すがすがしいとは程遠いところにいる自分が、ここに。


 ―――いやいやいや。

 私は首をぶるぶると以下略。


 そんなふうにしばらく一人で怪しい行動をとっていると、いきなり乱暴に扉がノックされた。いったい誰だというのだ、――セルダン伯爵はもう来ないんだから。


「失礼しますわ」


 意外も意外なことに、乱暴に扉を開けて入ってきたのは、かのステラ=エリソン嬢だった。うちのメイドが続かないところを見ると、どうやら振り切って単身乗り込んできたらしい。

 繊細で可憐な彼女の頬には赤みが差し、興奮した、というよりは憤慨した様子で、いきなり私に詰め寄ってくる。


「本当に、今日はキースレイ様はいらっしゃってないのね」

「いきなりなんです?」

「ご存じでないの? キースレイ様が、今度はドラモンド公爵家の一人娘に目をつけていらっしゃるという話!」

 一応敬語ではあるが、なかなか明け透けな物の言いようである。

「目を、というか。公爵家からダンス指導の依頼があったと聞きましたけど」

「そうですわよ、公爵家の娘がキースレイ様とお近づきになりたいと父親にねだって、そのような話を持ち出したのですわ。そして、それをキース例様が受けたということは、……そういうことですわよ」

 うっ、と涙で言葉を詰まらせて、ステラはうつむいた。


 あんまり騒がれて、メイドたちがいぶかしんで様子を見に来ても面倒だ。私は部屋の扉を閉め、とりあえずステラに席を勧めた。


 うながされるままに席についた彼女は、しばらく黙って気持ちを落ち着かせていたけれど、不意にこちらをぎらりと睨んだ。美女がすごむと迫力があるものだが、彼女の場合、可憐でかわいらしい類の美女だったので、あまり怖くはない。


「どうして、もっとちゃんとキースレイ様を惹きつけておかないのよ!」

「はあ?」

 ついこの間、セルダン伯爵が私ばかりをかまっていると怒っていたくせに、一体どういう発想の転換だ。

「あなた程度の人なら、敵でもないと思っていたのに。公爵家の娘が相手じゃ、敵わないかもしれない……」

 うるうると、瞬く間に涙が浮かび上がる。どうしてここまであんな男を想うことができるのか、私には一生理解できそうにもない。


「そんなにお綺麗な方なの? ドラモンド公爵家のご令嬢は」

 私は社交界とはほぼ無縁の生活を送っているので、公爵レベルの娘とはいえ、まるで顔を知らないのだ。

「顔は普通よ。でも、ただ美人なだけなら、キースレイ様も遊びのつもりなのだろうと思えるけれど。公爵の娘よ? あのドラモンド公爵よ? 王族に継ぐ高位なのよ。今度こそ、キースレイ様は本気で結婚を考えているのかもしれないわ」

「まあ、とりあえず、落ち着いてちょうだい。セルダン伯爵だって、十分立派な家系の方じゃない。財産目当てで結婚する必要なんてないはずよ」

「分からないわ。確かにお金は必要ないかもしれない。でも、ドラモンド公爵家を吸収すれば、巨大な権力も手に入るわ。王政に口を出せるほどの」

 そう言われてみると、そういう野心のない男だとは言い切れない。

 私の沈黙で、ますます自分の考えに確信を持ったのか、ステラはわぁっとテーブルに突っ伏した。ああもう、私にどうしろというのだ。

「仮にそうだとして、それが許せないのなら、セルダン伯爵に会いに行って直接話し合えばいいじゃないの。私のところへ来たって、なにも変わらないわよ」

「あなたは平気なの? セルダン伯爵、きっともうあなたのところへは来ないわよ」

「だって、私たち別に特別な付き合いがあったわけじゃないし」

「嘘よっ。じゃあなんで毎日毎日逢っていたのよ」

「……なんて言えばいいのかしら。まぁ、賭けをしていた、ってところかしらね」

「賭け?」

「詳しく話すのも馬鹿らしいから言わないけど、とにかく、好いたとか好かれたとかは全然関係ないの」

 賭けの内容を考えると、全然関係ないとは言い切れないかもしれないが。


 コンコン

 またしてもノック。――今日は、変な来客が多すぎる。


「お嬢様、お手紙が届いておりますが」

 メイドからの声掛けに、私は少しうんざりしながら答えた。

「どなたから?」

「ベックフォード侯爵でございます」


 またあの人か……。

 私の大好きなローディスクの全集をくれたりと、いい人であるような気もするが、セルダン伯爵と同類の彼は、やっぱり苦手だ。


「あなた、ベックフォード侯爵まで」

「彼もそういうんじゃないの!」


 じとりとしたステラの視線を振り払うように、私は立ち上がってドアを開いた。メイドから手紙を受け取って、その場で封を切る。本当はステラが帰った後に開けるべきなのだろうが、この手紙が話題を変えるきっかけになってくれるかもしれないと思ったのだ。これ以上、セルダン伯爵がらみで彼女の相手をするのは疲れる。


「あら、お茶のお誘いだわ」

 なんでも、面白い絵を手に入れたから、見に来ないかということだった。

「やっぱり」

「だから、違うってば。私もベックフォード侯爵も、芸術に深い関心を持っていて、そういう点では気が合うの。だから、今回も絵を鑑賞しようという、ただそれだけのお誘いですわ」

「そういうのを、デートのお誘いというんじゃないの」

「誓ってそういうのではないの。考えてみれば分かるでしょ? 彼ほどの人が、私を相手にするはずがないじゃない」


 ベックフォード侯爵も、セルダン伯爵と並ぶほどに浮名を流している人物だと聞いた。実際、若いながらに自信のある、威厳に満ちた雰囲気が、彼の端正な顔立ちに精悍さまでを加えている。……まあつまり、かっこよくてモテまくりだろうということだ。


「……」

 まだ赤い目をしたステラが、無言でじっとこちらを見つめていた。

「なに?」

「意外だわ。そんなふうに自分を見下した言い方をするなんて。この間会ったときは、もっと自信たっぷりで嫌な感じの女だと思ったのに」

「それは、売り言葉に買い言葉というか。あなたがけんか腰で話しかけてきたから」

「本性は、自信のない根暗女というわけね」

「なっ……」


 嫌味な傲慢女よりはマシだと思うけど!

 と、喉まで出かかった台詞をなんとか押しとどめる。ステラの泣きはらした瞳を見ていると、なんだか傷ついた白ウサギでも見ているようで、とてもなじる気にはなれなかったのである。やっぱり美人って、絶対絶対得だ。


「見た目なんて、問題にならないときがあるのよ」

 ステラは、独り言のように続けた。

「今だって、そんなふうに自分を卑下する気持ちを捨ててベックフォード侯爵に会いに行けば、恋愛対象として関係を発展させることができるかもしれないのに」

「まさか」

 私はせせら笑った。別に恋愛対象になりたくもないし。

「見た目がどんなに良くたって、それだけで本当の愛は手に入れられないの」

 ぽつり、と呟いた彼女は、どこか遠いところを見つめていた。……美女は美女なりに、思うところがあるのかもしれない。


「――私、やっぱり諦められないわ、キースレイ様のこと。彼に、会いに行くわ!」


 すっくと立ち上がり、彼女はこぶしを握り締めた。

 その瞳は、今は激しく燃え上がっている。


 一体何しにここへ来たのだか私にはさっぱりわからないが、これ以上つっこむのも面倒なので放っておくことにした。


 ――私は、どうしようか。

 せっかくだから、ベックフォード侯爵のところへでも遊びに行こうか。


 私はメイドを呼んで、一週間後に彼の屋敷に伺いたい旨を伝えるよう頼んだ。

 なぜだか少し、罪悪感のようなものが胸にうずく。私は、ベックフォード侯爵を、セルダン伯爵の代わりにしようとしているのかもしれない。もし、セルダン伯爵がいつものようにここへ来ていたとしたら、私はこの誘いを受けていたであろうか。


「複雑な表情ね」

 騒いで少し元気になった様子のステラが、ちくりと一言、刺すように言った。

「あなたもキースレイ様のところへ行って、私を捨てないでとすがってみたら?」

「やめとくわ」


 もう、これで決着はついたんだから。

 私を落とす前にセルダン伯爵の方がここへ来なくなったということは、私の勝ちよ。思ったよりも早く、そしてあっけなく終わったけれど、それこそ万々歳ではないか。


 めでたしめでたし。

 これで、おしまい。

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