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第14章

 近頃私は、積極的に外へ出かけるようになった。


 よく声をかけてくれるようになったステラと、流行りの帽子を買いに町へ出たり。

 エルバートお兄様や、そのお友達と一緒にお茶をしたり。

 舞踏会や晩餐会のお誘いがあれば、ほんの少しでも顔を出すようにしている。


 最初は少し、苦痛だった。

 自分の家の中で一人好きなように過ごすことに慣れ過ぎていたから。

 しかし、一歩外へ出てみれば、思った以上に心は弾み、誰かと時間を過ごすことの楽しさを実感できるようになった。


 ただ、セルダン伯爵とは、会わなかったけれど。

 ……というか、会えなかった。


 あの日、私が彼に思い切り怒りをぶつけた後も、セルダン伯爵は変わらず屋敷にやってきたが、もうこれ以上は会わないほうがいいと思った。


 最初の頃のように、セルダン伯爵と真正面から張り合おうという気にはなれない。

 考えてみれば、うまく張り合っているつもりで、実際は今までずっと相手の思い通りに踊らされていただけだったのだ。そうと気付いてしまえば、もはや気持ちが奮い立たない。それに、少しずつセルダン伯爵という存在に頼り始めている自分も怖かった。


 セルダン伯爵の方も、さすがに無理強いしてまで私と会おうとは思わなかったらしく、訪問の度に見舞いの品を置いて立ち去った。色とりどりの果物が入ったフルーツバスケットや、両手で抱えるほどの花束。別に私は寝込んでいるわけでもないというのに、あの人は一体何を考えているのだろうか。分からないけれど、セルダン伯爵は己のプライドのためなら、どんなまめなことでもやってのけるのだということはよく理解できた。


 彼はまだ、あの賭けのことを諦めていないのだ。


 私としてはもういい加減なかったことにしたいというのに、向こうにその気はないらしい。もはやこれは嫌がらせだ。心のこもらないプレゼントを贈られ続ける女の身にもなってほしい。私がどんな気持ちで、あの人から贈られたバラの花束を眺めていると思うのか。決して、ときめきなんてものはない。湧き上がってくるのは、苛立ちと悔しさ。……そして、悲しさ。


 セルダン伯爵にとって、私は「茶番」の中で思いのままに動かすことのできる人形にすぎないんでしょう。反発しながらも、あなたからの贈り物で心を揺らす、馬鹿な小娘だと思っているんでしょう。――そう思うと、無性に悲しくなってくるのだ。


(もう、十分じゃない。それとも、茶番だろうとなんだろうと、決着ははっきりつけたいというのかしら)


 かつての私がそう考えたように。


 あのときの私は――セルダン伯爵がもう来ないと一方的に知らされたときの私は、ただ彼の投げやりな対応が許せないのだと思い込んでいた。でも、本当は違った。

 私、淋しかったんだ。セルダン伯爵にとって、私は掃いて捨てる程度の存在でしかないという現実を突きつけられてしまったから。本当に、ただからかいの対象として私に接していたに過ぎなかったのだと。そう実感して、淋しかったんだ。


 期待していた。

 いつの間にか、私はセルダン伯爵の中でそれなりの存在になっているのではないかと、勝手に考え始めていた。私のところにやって来るのは、本当はただからかっているだけなのではなくて、父を亡くし義母とうまくいかない私のことを、多少なりと心配してくれているからなのだと。そして、私とのくだらないやりとりも、それなりに楽しいものと感じてくれているのだと。


(きっと私、セルダン伯爵に惹かれ始めている)


 名家の長男で、スラッとした長身の美青年。博識で、誰にも優しく紳士的で、その甘い笑顔だけでどんな女性でも腰砕けにしてしまう――。


 実際は、彼からはいつも、腹の立つ言葉しかもらえなかった。

 口説き文句すら、私をからかうための小道具にしか過ぎなかった。


 でも、だからこそ、私は彼を心底憎むことはできなかった。私にだけは、取り繕わないそのままの彼自身を見せてくれているのではないかと、心のどこかで考えていたのだ。


 それすらも、彼の策略のうちだったのかもしれないけれど。


 私は本当に馬鹿だ。


 あんなに嫌悪していたはずのセルダン伯爵を、好きになりかけている? セルダン伯爵が私に向ける何もかもが作り物で、全ては賭けに勝つためなのだと承知した上で、それでも私は彼の一挙一動に目を惹かれてしまう?


 茶番、茶番、茶番――。

 かつて彼があざけりながら口にしたその言葉が、頭の中に幾度となく響いてくる。どこからが茶番? どこまでが茶番? 今こうして一人悩み、苦しんでいる私の姿も、やっぱり茶番でしかないのだろうか。自らを変えようとして、戸惑い、もがく姿さえも、やっぱり、つまらない茶番に過ぎない――?


 いいんだ。

 それでも構わない。


(他の誰にとっても茶番でも、私にとっては、とても大切なことなのだから)


 私は窓の外へ目をやった。

 夜はますます深まり、窓から差す月の光が部屋の中を優しく包んでいた。私はそっと窓辺によって、深い色をした夜空を見上げる。満天の星空は今日も美しかった。


 大丈夫、私はまだ、頑張れる。

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