閑話2 ステラ=エリソンの独白
私は、自分が美しいということを知っている。
それはいつからだったのか。
分からない。物心がついた頃には、すでに私は自分が美しいと知っていたから。
幼い頃から、私を取り巻く大人たちはこぞって私を褒めそやした。
宝石のような瞳だと、絹のような金髪だと、花弁のような唇だと。鈴の音のように可憐な声に、人形のように小さな顔。天使そのものだと称されたこともある。
鏡を見ても、実際私は愛らしかった。
親の欲目でもなければ、子供のみに許された特権でもなく、事実私は美しいのだと理解するのに、難しい過程は一切必要なかった。
これまでに、一体何人の男たちから求婚を受けただろう。もはや数を憶えていない。少なくとも、その中に本気で私が結婚したいと思えるような相手はいなかった。皆それぞれ、何かが秀でて、しかし何かが足りなかった。けれど私は、どうせならば、完璧と思えるような相手を見つけたかった。
しかし案外簡単にはいかない。
私は自分が完璧に近い存在であると自負していた。だが、同じものを殿方に求めることは難しく、何人もの求婚者たちとデートを重ねたが、結局満足のいく結果は得られなかった。このままいけば、私の気持ちとは関係なく、両親が用意したどこかの誰かと結婚する未来が待ち受けている。分かっているから、焦りが募った。
そんな中で出会ったのが、キースレイ=セルダン伯爵だった。
彼はまさに、私の思い描いていた理想の男性そのものだった。
整った顔立ちに、気品のある立ち居振る舞い、それに身分だって申し分ない。
ただ一つだけ、女性との付き合いはあまり誠実なものではないという噂は聞いていたが、それは仕方のないことだと理解できた。きっと彼も、自分に見合うだけの女性を探し求め、それが叶わぬがゆえに、嫌な噂ばかりが独り歩きしてしまうのだろう、と。
事実彼は、私に対していつも紳士で優しかった。
彼の運命の相手は、きっと私に違いない。そう確信するのに長くはかからなかった。すぐに彼は私に夢中になり、私との結婚を望み、私たちは幸せな結末にたどり着くのだと。そう信じて――いつしか本気になっていたのは、私の方だった。
彼はいつも優しかったけれど、それが上辺のものだということには、心の底では気づいていた。なぜなら、私がいつも「そう」だったからだ。どうでもいい殿方に、私はいつもそんな風に接していた。下手に冷たくあしらうよりも、適度に愛想よく振る舞っておいた方が、結果的には都合がいいのだ。
私は、キースレイ様にとっての自分がその程度の存在であることが我慢ならなかった。
他の女たちを出し抜いて、彼に一番近い場所を必死に確保してみせても、当の本人がまるで私に執着しない。甘い言葉は、あくまで上辺だけのもの。その事実が私の自尊心をひどく傷つけた。
彼が三十路すぎの未亡人と婚約したと聞いた時も、驚きはしたが、絶望する必要はなかった。なぜなら、彼が本気ではないという確信があったからだ。私は、確かに彼に近い人間だった。彼の気持ちがよく分かるから、私はその時も平気だった。
ついに雲行きが怪しくなったのは、それから間もなくのことだ。
キースレイ様が、婚約者の「娘」のもとへ通っているという噂が流れ始めた。
母親の再婚に反対しているという「娘」を説得するために、あのセルダン伯爵が自ら進んで彼女との時間を作っているという。それを真に受けて、彼を誠実な青年だと評価する者もいれば、きっとまた女遊びの一環なのだろうと斜に構えた評価をする者もいた。
後者の方が、真実に近かったのだと思う。けれど何故だか私は、それだけでは済まされないという嫌な予感を覚えた。キースレイ様にそれとなく彼女のことを聞いてみても、彼は多くを語らない。それでもどうにか得ることのできた断片的な情報はどれも取るに足らないものではあったが、それを語る彼自身の様子から、いつもと何かが違うのだと察することはできた。
彼に、他の女の影がちらつくことなんて、いつものことだったのに。
私は我慢ならずに、「娘」――フィーリア=アーヴィングのもとへと乗り込んだ。そして更に打ちのめされた。彼女は特別器量がいいわけでもなく、家柄が秀でているわけでもない、ごく普通の娘だったからだ。キースレイ様には釣り合わない、そんな風に感じて憤ったのではない。むしろ、例えば彼女が私以上の美女であればまだ心は穏やかだっただろう。
そして、喧嘩腰でしか接したことのないフィーリアという娘を、嫌いになれない自分がいた。ああ、こんな形でも、キースレイ様の心情を察することになるなんて。
私はもはや、余裕ぶった振る舞いでキースレイ様と駆け引きをする「余裕」を失っていた。彼からの真心の告白をただ待ちわびるのは限界だった。公爵令嬢が彼にアプローチをしているという新たな事実も、私の焦りに拍車をかけた。
ついに私は、生まれて初めて、自ら男の人に本気の告白をした。
――そして、生まれて初めて、本気の想い人にふられたのだ。
そんな折だった。
キースレイ様の親友、ベックフォード侯爵が私に声をかけてきたのは。
彼らは、歳も近ければ家柄も背格好もよく似ていて、女性とも気軽にお付き合いをするという多少の欠点も共通している、いわゆる「悪友」といえる二人だった。
そのベックフォード侯爵が私に声をかけたのは、私自身に興味があったからではない。彼が興味をひかれたのは、フィーリア=アーヴィングの方だという。かの「悪友」が近頃ちょっかいを出しているフィーリアという娘が、彼にとってどんな存在なのかを知りたいと。そのために、私に協力をしてほしいと――こともあろうに、ベックフォード侯爵はそんな馬鹿げた連絡を寄越してきたのだ。
彼は恐らく、私がキースレイ様を想っていたことを知っている。そして、その想いが成就しなかったことさえも。それなのに、傷心の娘を掴まえて、彼と他の女の橋渡しをしてくれなどと、よくも言えたものである。
ベックフォード侯爵によれば、キースレイ様の彼女に対する様子は、他の女性に対するそれとは明らかに違うということだった。今までずっと、どんな女性に対してもどこか壁を作っているところのあった彼が、フィーリア=アーヴィングのこととなると、今までになく熱心で、楽しそうに見える。果たして、フィーリア嬢はただの暇つぶしのおもちゃに過ぎないのか。そうでないのだとすれば、彼にとって彼女は一体何なのか。きっとその答えを、キースレイ様自身もまだ掴みかねている――と。
そう言われてしまえば、私も無関心ではいられなかった。
私自身、その答えを知りたいと思った。
あの二人の関係性を。そして、あの二人の行く末を。
だからあの日、私はキースレイ様を無理やりサンクローゼの庭園まで呼び出したのだ。渋る彼をあそこまで連れ出すのには苦労した。一度袖にした女性には、二度と気を持たせるような態度を取らないという噂は本当だった。
そうして苦心して整えたあの場で、まさかあのような一触即発の状況に陥るとは夢にも思わなかったけれど。
一触即発――そう感じたのは、私だけだったのだろうか。
あの時彼らは、それぞれ何を思っていたのか。
まだ答えは霧の中。
けれどその霧が晴れるのは、そう遠くない未来に違いない。