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絶海の孤島と魔導少女 -短編集-  作者: 羽柴和泉
〔魔導師事務捜査隊〕の日常
7/21

Episode02 Side‐Al『魔導訓練』

・2013年10月2日~2014年6月7日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。


・古き戦乱の時代で剣王の志を知った瑞紀と、何かのために戦い続ける魔導部隊〔魔導師事務捜査隊〕エース陣との関わりの話です。

短編なのに長編みたいでかなり長く、専門用語連発、シリアス展開続出、戦闘シーンばっかりですが、楽しんで頂けたら幸いです。。


・(イラヴェとイヴェル、アールグラスと蒐がどちらも同じ「I」と「A」なので、イラヴェは「Ira」、アールグラスは「Al」と表記します。尚、Side‐Alというのはアールグラスが主に出てくるという意味で、アールグラスしか出てこないという訳ではありません。

登場キャラクターの横にある文字は、題名というよりテーマみたいなもので、その内容を大まかにざっくりとまとめたものです。ご承知下さい。)



総文字数は、13,034字です。


だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。

「…………」

「…………」


茫然自失(ぼうぜんししつ)、という四字熟語がある。

そして、私たちは今その極みにいた。


頭の中は混乱とか錯乱を通り越して空白である。

言葉すら失い、その光景をただただ眺めていた。


――事の起こりは、〔魔導師事務捜査隊〕で研修し始めてから、三日が経過した今日この頃。

自分の実力を確認する為に、色々な人と全力全開の模擬戦をやろう、と思い立ったことからだ。

圧倒的な力の差に絶望することなく、猛然とその力に立ち向かえるか、自分を試すという意味合いもある。


研修初日に未歌さんに(けし)けられてイラヴェントと手合わせをしたことはあるが、あれは彼女が私に怪我を負わせぬよう手加減をしてくれていたのもあるし、そもそもお互いが魔力自体あまり多用していなかったということから、少なくとも全力全開の模擬戦とは言えないだろう。

そんな訳で、丁度仕事を終えて暇だったというアールグラスさんを捕まえて屋外訓練場に入ったのだ。


すると、そこには既に先客がおり、ご丁寧に結界まで囲っていらっしゃる。

どんな魔導師であろうと模擬戦をしているのであれば、業を盗んだり実技の参考になるということで高みの見物を決め込んでいたのだが……。

事もあろうに――いや、空色の結界という時点で薄々想像はしていたが――模擬戦をしていたのは未歌さんとイラヴェントだったのだ。

広範囲殲滅(せんめつ)のエキスパートが二人揃えば、途端にその場所は地獄絵図へと早変わり。

ビルでさえ消し飛ぶ威力を誇る大魔法を放つ二人相手には、例え見学であっても安全な箇所というものがない。

よって、アールグラスさんが設置した記録装置で、離れた場所からその映像を観ているのだが……。



「…………」


「…………」


そして、冒頭へ戻る。



「ハァッ!」


『Splash star shoot.』


鋼鉄の弾丸並みの密度に圧縮され、威力を凝縮した誘導操作弾を放つ未歌さん。

誘導操作弾というだけあってその追尾性は中々のもので、高速機動で空を舞うイラヴェントに追いつくどころか追い越し、精密な操作で四方八方から襲撃する。


イラヴェントはそれを華麗なステップでかわし、尚も追ってくるものには二双の白刃で斬り裂いた。



「よいしょーお!」


『Splash star――』


勿論、それを黙って見ている未歌さんではない。


イラヴェントが誘導操作弾の対処をして一瞬動きが止まったと同時に、空色の魔力素を集束する。



『――Buster.』


有り得ない速度で集束された直射砲。

ほぼ即行で練り上げた魔力砲のはずなのに、魔力密度は先の誘導操作弾と変わらず、むしろ優っているくらいである。


イラヴェントも空色の怒涛の存在に気付き、愛機アーストヴァドを一振りし応戦。

頭上で双剣を交差させ、空中にバツを描くように振るって衝撃刃を生み出した。



「――ッ」


そして、衝撃刃で迎撃するや否や、自身は高速機動を使用して後退。

牽制の為構築した衝撃刃だが、万が一の時に備えたのだろう。


流石は歴戦を駆け抜け、勝利を得てきた〔魔導師事務捜査隊〕エース。

咄嗟の判断でさえ完璧だ。



「ノーヴェンヴァー!」


『Convergence stop.(集束中止)』


風神ばりの機動力がウリのイラヴェント相手である、衝撃刃にいつまでも悠長に時間を使っていられない。

それが消滅してもどうせ、集束砲撃の際の使用可能魔力が僅かに増える程度のものなのだ、魔力浪費に繋がる行為はそのまま撃墜に直結する。

こちらも伊達に不屈のエース・オブ・エースと呼ばれているだけはある、見事な判断だ。


……さっきから私、上から目線だけど、これくらい許されるよね?



「っだぁああああ!!」


「――!?」


『――Barrier.』


烈風の如き疾さで未歌さんの背に回り込み、躊躇(ちゅうちょ)することなく双剣で斬りかかるイラヴェント。

隣に銀を置けばその銀の方がくすんで見えそうな、見事な白刃に竜胆色の魔力刃を構築しての斬撃。


そもそも機動力と連続攻撃のし易さが長所の双剣を、一撃必殺の大勝負に使用することはちょっとアレだが、その反則技によって得られた勝利というのも多い。

イラヴェントは今回それに賭けているようだ。


そして――



「にゃあっ!?」


――彼女は未歌さんのバリアを斬り裂くことが出来た。


元から準備万端で全力の攻撃が出来たイラヴェントとは違い、未歌さんは魔導端末(デバイス)ですら把握しきれないほどの疾さで迫り来る斬撃を、条件反射の魔法陣バリアで防いだのだ。

どちらが有利でどちらが不利だったのかは、火を見るより明らかだろう。



「しゃあああッ!!」


『Dragon crowe.』


来た。

裂空鋼牙(れっくうこうが)の称号を頂く、『紫双の喚び手』の切り札、ドラゴンクロー。


天神竜(てんしんりゅう)』真正の魔竜、〝龍の双牙〟アーストヴァドを顕現(けんげん)させていない為威力は落ちているが、それでも魔導師一人を相手にするには十分な威力を誇っている。

仰け反ってバランスを崩した未歌さんに降りかかる第一波。

威力が激減しているので、普段の未歌さんなら魔法陣バリアで相殺するのだが……。



「っうわ!?」


如何せん体勢の関係で防御は不可能となっていた。

回避しようにも、いくら空戦機動に長けた未歌さんと言えど、高速機動の達人相手には敵わないだろう。

かと言って迎撃することも叶わず、音速で繰り出された斬撃を喰らってしまった。



「あちゃー……」


反射的に身体を捻っていたから良かったものの、そのまま直撃していたら、皮膚が斬り裂かれ鮮血が飛び散るところだった。



「――ん?」


その時、違和感が生じた。

隣のアールグラスさんもその違和感に気が付いたようで、訝しげに首を捻っている。


この正体は何だろう――と考えているうちに、一つの答えに行き当たった。


普通、未歌さんは高速機動や空戦機動戦を得手とする相手の場合(今でいうイラヴェントや、過去に(さかのぼ)れば魔王アルクトゥルスが当てはまる)、無駄に魔力を消耗してしまう集束砲撃や直射砲は多用しない。

せいぜい、一瞬の隙をついて瞬間構築型砲撃を放つか、誘導操作弾や徹甲(てっこう)狙撃弾を展開させながら空中戦を繰り広げるかだ。

でもそれじゃ未歌さんは防戦を強いられ、戦況的には不利になってしまう。


だから彼女は多種多様な罠を仕掛ける。

設置固定型の拘束魔法とか、死角からの捕縛、相手が斬りかかってきた際に魔法陣バリアで捕らえてからほぼゼロ距離で拘束する、などなど。

しかし今回はそれをしなかった。


となると正解は一つに絞られる。


『Concealment release.(隠蔽解除)』


感情のこもっていない機械音声が空に響く。

異変に気が付いたイラヴェントはドラゴンクローによる高速機動を止めるが、それが仇となった。


『Ring bind and Chain bind.』

「え、バインド!?」


空色の鎖が絡みつき、さらに四肢を空色の輪が二重に拘束する。

うわ、容赦ねえ。

未歌さんマジ悪魔。


ちら、と隣を見ると、アールグラスさんが重い溜息をついていた。

もう見慣れ過ぎている光景で、厳しく叱責したり反省させたりといったことすら面倒に感じているレベルなのかな。



『Splash star breaker.』


「よいっ――っしょぉお――――!!」


ローズアグストの紅蓮の炎を見た時と同じような威圧感と圧迫感を感じる、ビルすら覆う巨大な空色の集束砲。

それが、轟音(ごうおん)と共に発射される。


世界の終わりって、こんな感じなのかな……とひと時の絶望を味わうほどの大威力を誇る未歌さんの切り札、スプラッシュスターブレイカー。


先ほど未歌さんの戦闘スタイルについて述べたが、アレは直接見た訳ではなく、過去の事件の映像を資料室から借りパク――もとい、閲覧して得た情報だ。

勿論この何倍もの破壊力と殲滅力を(もたら)す悪魔の集束砲撃も見た訳だが、その迫力まで伝わる訳は無く、その時はただ凄いなと感嘆しただけだった。

彼女はこの上にもう二つ集束魔法を所有しているのだから末恐ろしい。

つくづく彼女が味方で良かったと心から思う。



「――!? 羽柴さん、耳塞いで!!」


と、何かを察したらしいアールグラスさんが、切羽詰まった表情で警告してきた。

その緊迫さが尋常じゃないので、言われた通り大人しく耳を力強く塞ぐ。

耳に穴が開くのでないかというぐらいまでに指をねじ込み、外界の音を全て遮断した。


――その瞬間だった。



「――――ッ!?」


言葉じゃとても表現出来ないほどの咆哮(ほうこう)が空気を震わせ、耳を塞いだままの私にさえその音量がダイレクトに伝わった。

続いて感じる、私一人なんか簡単に消し飛ばしてしまいそうな大魔力の鼓動。

最後に分かったのは、未歌さんの猛攻は、イラヴェントがアーストヴァドを顕現させることにより防がれたということだ。


元来強固な魔力フィールドで全身を覆われており、分厚い鱗で物理的な攻撃の対策もしている真竜アーストヴァドである、未歌さんのスプラッシュスターブレイカーと言えども、あまり堪えはしなかったのだろう。



「お、来たね! そんじゃ早速行くよ――」


『Convergence start.(集束開始)』


最初の誘導操作弾、次の瞬間構築型直射砲、そして周囲にあった高層ビルを木端微塵に折り砕いた大集束砲撃で、使いきれずにばらまいてしまった魔力、イラヴェントの手により分解されてしまった魔力を集束し始める未歌さん。


元々集束系の先天的スキルがあったのか、導かれた魔力素が面白いように集まっていく。

熟練の魔導師でさえ三分はかかる集束砲撃の構築を、まるで早送りで見せられている気分だった。

挙句の果てにドラゴンクロー発動の際に使用されなかった竜胆(りんどう)色の魔力素すら回収し、一つの集束砲ですら構築・発射が困難なものを二つ展開し始める。


……もう、未歌さんの二つ名、不屈のエース・オブ・エースじゃなくて神出鬼没の魔神でいいんじゃないかな。



「アーストヴァド! お願い!」


恐怖と戦慄しか呼ばない巨大な集束砲を前にし、イラヴェントはアーストヴァドの制御に専念するようだ。

召喚者からの魔力供給を受けた真竜は、肩慣らしとばかりに厚い皮膜で覆われた翼を羽撃(はば)たかせる。

発生した烈風により、周囲のあらゆる建造物や人工物が甚大な被害を受けていることには、ツッコまない方がいいのだろうか。



『Wall layer breaker.』


「バスタ――――――ッ!!」


「――ヴェルファイア!!」


一瞬の無音、そして大気の振動、鼓膜が破れんばかりの大音量。

どこの世紀末伝説だよとツッコみたくなるほど、結界内では縦横無尽な破壊活動が行われていた。


未歌さんの大集束砲撃、アーストヴァドの口から発射された炎熱を伴う集束魔法、その二つが直撃した高層ビルや建物は塵レベルにまで粉砕され、(うずたか)く塵の山がその場に積もるほどだった。


大地震にも耐えうる耐震設計のビルを余波がブチ壊し、道路を粉微塵に爆砕する。

信号機を根元から折り砕き、電信柱の半分から上を紛失させ、美しい街路樹たちは巨大な台風が通過しても、こうはならないだろうと言う程無残な姿を晒していた。


キャンバスに描かれたような綺麗な青を魅せていた空には暗雲が渦巻き、汚い粉塵(ふんじん)が舞い、地獄だってもう少し綺麗なんじゃないだろうかという思いを私に抱かせる。



「……終わったかな?」


完全に、怒りよりも呆れが顕わになっている顔で、アールグラスさんが呟く。

そうだ、私はアールグラスさんと模擬戦をする為にここに来たんだった。

いつの間にか観戦気分に浸ってしまっていた。

……でも、世紀末戦争みたいな戦闘を見せられた後だと、なんかやる気起きないなぁ……。



「およ? アールグラス……それに瑞紀ちゃん? ……居たんなら声かけてよ~」


声をかけてもかき消されそうな爆音やら轟音やらを立てていた張本人が、しれっと言った。

念話越しに呪詛(じゅそ)の念を送りつけてやろうか。



「アールグラス、もしかして瑞紀の模擬訓練の時間だった?」


「……そのはず、だったんだけどね……」


「えっ!? ご、ごめんっ!!」


ゴゴゴゴ……というオノマトペが見えそうな程、どす黒いオーラを背負うアールグラスさんと、慌てて手を合わせて謝罪するイラヴェント。

なんかシュールだ。


このまま平伏しかねないイラヴェントを諌め、アールグラスさんが事情説明をしている光景を眺めつつ、ふと未歌さんに視線を移す。

すると、指先に空色の魔力を僅か集束させていた。


まさかイラヴェントにトドメを刺す気か――と危惧する間もなく、それらは空に拡散し、目視出来ないほど細かい光の粒となる。



「――!?」


その瞬間、私は目を疑った。


見る影もなく塵レベルまで粉砕されたビルの破片が独りでに動き、その姿を取り戻し、根っこごと引っこ抜かれズタズタに幹を削がれた樹木も、自然の摂理に逆らって再び地に腰を下ろす。

暗雲と黒煙が立ち込めていた空は、瞬く間に悠々と綿雲を泳がせる美しい青空に早変わりし、亀裂が走り所々大穴があいていた道路は、ヒビ一つ残さず見事に修復された。


ここサヴィスク島では海底を震源地とする地震が発生し、度々その天災に見舞われた不幸な街の写真を私はたまに目撃する。

その街がまた地震発生前の姿を取り戻すには、何年もの年月を必要とするし、もちろん街の役割を備え、人々が変わらず行き交うようになるまでには、最低でも五年ほどかかる。

その五年という月日の流れを早送りで見せつけられているようだった。

さっきの集束砲撃の時も思ったけど、未歌さん、私に早送りを見せつけすぎ。


ビデオの逆再生のように元の姿を取り戻していく訓練場を唖然と見つめる私に彼女は気が付いているのだろうが、見ないふりをしていた。

私がこの現象について何も知らないのではなく、仕組みやその用途について知識はあるけれど頭が追いつかないという状況だということを即座に見抜いたのだろう。


……この人、戦闘面では不屈のエース・オブ・エースという肩書きを匂わせる、超人並みの判断力と洞察力を持ち合わせているのに……。

日常面でもその鋭さを発揮してほしいところだ。



「ごめんね、瑞紀。今日アールグラスと模擬戦やる予定だったんだね……。ホントに、訓練場占拠しちゃっててゴメン」


そんな私を現実に引き戻したのは、無粋な未歌さんの一言ではない。

本当に申し訳なさそうに謝るイラヴェントだった。


そもそも彼女は、魔導師の頂点に君臨する部隊〔魔導師事務捜査隊〕が誇るエースなのだから、抱えている魔力量も少ない雑魚の研修生たる私に、そんな頭を下げなくてもいいのに。

寧ろ偉そうに踏ん反り返っても、別に支障はないと思うんだけどなぁ……。

フィリスといい、冥王といい、イラヴェントといい……。

どうして私の周りの偉い人は謙虚な性格ばかりなのだろう。



「ああ、いや、別にいいよ。元々、アールグラスさんともついさっき口約束を結んだぐらいだし……。

 っていうか、未歌さんとの模擬戦、凄かったし……。参考になったよ、うん!」


ローズアグスト曰く口下手な私に、うまい慰めの言葉が言えるはずがない。

とりあえず事実を並べ立て、尚も頭を下げようとするイラヴェントを諌める。

案の定、顔を上げてくれた。



「そ、そうだったんだ……。あ、じゃあ、今度は私がアールグラスとの模擬戦、見学しても良い?」


「あ、それは私も見たいかな」


突然の申し出に困惑してくると、何事も無かったかのようなすまし顔で未歌さんが横やりを入れてきた。

でも伊達眼鏡の向こうの瞳が心なしかキラキラと輝いている辺り、悪意や茶化し、冷やかしの類ではない辺り憎めないが。



「えー……っと?」


「あ、僕は別に構わないよ。羽柴さんはどう?」


「いや、別に私も構わない……っていうか、模擬戦の動きを見て、何かご指摘頂けるのであれば万々歳ですし」


そうは見えないとはいえ、未歌さんは激戦を勝ち続けてきた猛者であり、戦闘技術やその手の知識に関しては右に出る者がいない程である。

イラヴェントも、私とほぼ同じ型であるし(普通の高速機動は、何年か修練したら習得できる代物であるらしいし)、良いアドバイスを貰えるかもしれない。


それを聞いて、元より罪悪感を抱いていたらしいイラヴェントは二つ返事で了承し、未歌さんも教導官になったように訓練用モニターを表示させていた。



「行きますよ、グルスミン氏」


『準備は万端ですかな、アールグラス・ヴィンゼル君?』


「――もちろん!」


訓練着を着てブロードソードを構えているだけという私とは違い、アールグラスさんは自身の魔導端末(デバイス)と息のあった遣り取りをしていた。

私は戦闘服を纏えないので、必然的に彼も訓練着のままなのだが、彼は何も手にしていない。

……ハンデをくれたつもりなのだろうが、強固な投槍を一瞬にして構築出来る彼相手には全く役に立たないハンデである。



「やぁ!」


――気の抜けた私の掛け声が訓練場に響き渡ると共に、開戦の火蓋が切って開かれた。



「っはぁ!」


誘導操作弾などは構築すら出来ない私であるし、空を自由自在に飛び回ることも出来ない。

出来るのは、ただ上擦(うわず)った声を出して、ブロードソードを構えて相手に突撃することだ。

それを見、アールグラスさんは文字通り一瞬で投槍を構築し応戦する。


比較的素早い動きで袈裟(けさ)斬りを叩き込むと、彼は攻撃の軌道に対して垂直になるよう槍を合わせ、斬撃を弾こうとする。

もちろんそれで動きが止まってしまうほど私は素人ではない。

彼が構築する投槍が何の装飾も施されていない、ただ先端が鋭く尖っているだけという簡素な構造を利用し、刀身を銀の投槍の上で滑らせた。

もし木で出来ていたのならば一緒に削いでしまうかのような速さで離脱し、その勢いを殺さぬよう身体全体を利用して彼の脇腹を薙ぎ払おうとする。


しかしまたもや投槍に阻まれ、上手く攻撃が入らない。

そこで私は、アールグラスさんが両腕で投槍を縦に構えている(身体の横で剣を受け止めている、非常に力の入りにくい体勢)状態なのに気が付き、今まで踏ん張っていた足で彼の足を払った。



「あっ!?」


面白いように体勢を崩すアールグラスさん。

すかさず、ガラ空きの脳天に渾身の一撃をお見舞いする。

だが流石は天下のエース、膝をつきながらも投槍を横に構え、私の斬撃を受け止めた。



「ちっ!」


やはり、一筋縄ではいかない。


悪態をつきながらも、刀身と投槍が触れ合う箇所で魔力を爆発させ、その衝撃を利用して後退する。

魔力を一点に集束して一気に拡散させる(凄腕の魔導師ともなると、遠目からは大爆発が起きたかのように見える)のは斬撃型魔導師にとって必須のスキルだ。

これくらいは出来なくちゃ、アールグラスさんのみならず〔魔導師事務捜査隊〕のエースたちとはまともに戦えない。



「っ!?」


と、自己評価しているとアールグラスさんが体勢を整え、投槍を投擲(とうてき)してきたのが見えた。

頭が思考を開始するより早く、身体が動く。


ブロードソードの刀身に魔力を滾らせ、集束した魔力を魔力波として放出する。

これも、凄腕のエース級並みな魔導師が放てば、投槍の一つや二つくらい軽く消滅させてしまうほど強力な魔法となるんだけど……喜ぶべきか悲しむべきか、彼の放った投槍の速度を緩めるぐらいの効果しか得られなかった。

幸いにして誘導性は無かったため、横に回避したら後方にあったビルが優しく受け止めてくれた(比喩)。思いっきり崩壊してますやん。



「っはぁいや!!」


呑気に、ビルなんかに黙祷を捧げていたのが悪かった。

先ほど私が集束した魔力とは桁違いの密度を以って凝縮されたそれを伴い、銀槍が私の視界に現れる。


間違いない、主に斬撃型魔導師を相手している際に発動される斬撃魔法『フランベルジュ』だ。

鋭利な矛先で繰り出される斬撃は私などが対処出来るレベルではない。

それでもその業を以って全力で斬りかかってきてくれたということは、それだけ私を高く見てくれているという証だ。


雑魚だと見下され、下手に手加減された魔法を放たれるよりかはよっぽどマシである。

こうなったら張り切って迎え撃つしかあるまい。



「だぁっ!!」


こちらも刀身に魔力を滾らせ、槍と激突する。

鉄色と亜麻色、双方の魔力素の色が煌めき、空を踊るように舞っていた。

刺突の瞬間はとても苛烈且つ強烈で、疾風が戦場が駆け巡ったくらいである。

双方の武器からは火花が舞い咲き、両者の顔を明るく照らしていた。


……と描写すればロマンティックになるが、実際の情景はロマンスの欠片もない真剣勝負の鍔迫り合いである。

獰猛な獣が牙をむき出して唸るような顔をしている両者に、恋情など芽生えるはずもない。



「っだぃや!!」


力強く足を一歩踏み出し、力が入りやすい姿勢を作る。


だがエースだとか一般的な魔導師だとかいう以前の問題で、衝撃波で地面が捲れ上がってしまうほど壮絶な鍔迫り合いを、今ここで繰り広げているのは、長身の恵まれた体躯を持つ男性と、比較的小柄で力も弱い女性である。

どんなに力を込めて踏ん張ったとしても力が尽きるのはやはり女性の方で。

徐々に私は押されつつあった。



「――ッ!」


躊躇している暇はない。

切り札を切らないことも作戦のうちだが、万が一の時に備えて温存していたものを今ここで使わねば後で絶対後悔する。


普段はちょっとしか使用していない脳がフル稼働され、一つの結論を導き出した。

それ即ち――



「だ、ぁあああ!!」


――炎熱を伴う斬撃魔法の発動。


……前も説明した通り、私は魔力変換資質など持ち合わせていないし、未歌さんのような集束スキルや、何時ぞやの質量変換という先天的な固有スキルも、残念ながら保有していない。

もちろん魔力変換資質や固有スキルなど無くとも、魔力で炎熱を模った攻撃魔法を構築することが出来るが、魔力変換資質保有者と比べると消費する魔力は二倍以上で、私みたいな凡人は余計なことは一切せず、魔力集束や魔力凝縮の基本的スキルを磨いていればいいのだ。

無理に炎熱変換や氷結変換を行ったとしても何の被害も(こうむ)らない、イヴェルさんのような大魔力の保有者なら作戦の一つとして使えるけど、私の魔力量は魔導師としては普通な、標準的な量である。


ならば何故、その行為に利益一つすらない炎熱変換を行ったのか。

答えは一つしかない。



黄裂一斬(おうれついちざん)(仮)!!」


亜麻色の火の粉が舞い上がり、灼熱の業火が激しく燃え盛った。

私が取った行動が意外だったのだろう、驚き後退するアールグラスさんに追撃をかける。


あの紅蓮の炎の迫力には負けるし、威力だってあまり無いけど、ローズアグストの切り札を模した魔力流だ。



「っ、ふぅ――」


深く息を吐き、集中させ続けていた神経を少しの間緩める。

油断をしている訳では無い。


むしろアールグラスさんが誇る反撃魔法、『ゾーガの(こう)』の襲来を待っているぐらいだ。

いつ来てもおかしくないように、腰をかがめて迎撃体勢をとる。



「――――?」


だが、いつまで経っても『ゾーガの哮』どころか魔法一つ、魔力集束の気配すら感じられなかった。

歴戦の猛者たるアールグラスさんが、まさか私のしょぼい炎熱魔法を喰らって悶絶しているということはあるまい。

ローズアグストの業を模した攻撃魔法を放った時点で反撃魔法(カウンター)が来ると思っていたのに、と拍子抜けしてしまう。



「そこまで!」


訝しんでいると、急に未歌さんの声が聞こえた。

――戦闘終了の合図? 


でも、どうして? 


数々の疑問が脳内を駆け巡る。


彼は絶対に撃墜(げきつい)していない、どうせ訓練着の一部が少し焦げた程度だろう。

私だって慣れない炎熱変換を行ったせいか魔力を幾許か消耗してしまったが、戦闘継続に支障を来すものではない。

それなのに戦闘終了の合図を響かせた未歌さんの意図は?



「アールグラス、瑞紀ちゃん、お疲れ! 瑞紀ちゃんは、アールグラスに今回の評価を渡しておくから、二人で話し合っててね」


「瑞紀、良かったよ! お疲れ様!」


「――え?」


全く意味が分からない。

二人はまるで恋人同士の語らいを邪魔しないよう配慮する友人のような態度を取り、そそくさと訓練場を後にする。

彼女らの意図が掴めない私はただただきょとんとするばかりだ。



「お疲れ様、羽柴さん。さっそく、反省会と行こうか」


『君の反省点も振り返るのですぞ、アールグラス・ヴィンゼル君?』


「え? あぁ、は、はい?」


予想通り、煤一つ付いていない訓練着を纏ったアールグラスさんが白煙の中から現れた。

そのまま彼らのペースに言われるがまま付いて行く。



「じゃ、開戦当初の動きから――」


「あっ、え、ちょ、待って下さい!」


「――?」


とは言え何も言わないままでいると、文字通りの反省会が始まってしまう雰囲気だったので、慌てて口を挟む。

彼は何故私が慌てているのか分からないといった、きょとんとした表情で私を見る。

彼の耳で眩い銀を放つピアス型の魔導端末(デバイス)怪訝(けげん)そうな声を漏らした辺り、未歌さんの突発的な終戦合図の意味は彼らには分かっているのだろうか。


これはもしかして分かって当然のことなのではと不安に駆られる。



「あの、何で未歌さんはいきなり戦闘を中止させたのでしょう? アールグラスさんだって撃墜された訳じゃありませんし、私も魔力消耗が著しかったものの戦闘の継続に支障は無かったのに……」


その言葉を聞いて、アールグラスさんは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。

数瞬後には心中で私の言葉を反芻しているのだろう、真剣な表情で考え込む。

やがて結論を得たのか、真面目な顔で向き直った。



「〔魔導師事務捜査隊〕が、ド素人に近い魔導師でも知っている有名な部隊だっていうのは知ってる?」


「え? はい……」


「そのせいか知らないけど、他の魔導部隊と比べて出動回数が多いんだ。

 しかもその大半が緊急、つまり休息中だろうが仕事中だろうが任務に駆け出される。

 僕は違うけど、エース級の魔導師ともなれば緊急出動は日常茶飯事だろうね」


「あ……」


アールグラスさんは私が理解したことを察したのか口をつぐんだ。

もちろん私はその後の言葉を聞かずとも納得出来た。


要するに、訓練如きにいちいち全力を出していたらいざと言う時に動けないからだろう。

私は違うが、〔魔導師事務捜査隊〕に勤める者は常に待機状態だ。

オフシフトの時に全力を出すのと待機状態の時に全力を出すのとでは訳が違う。


最初の未歌さんとイラヴェントの模擬戦だって、傍目からは世紀末戦争のように凄絶なバトルに見えたけど、当人たちにとっては全力を出していなかったのだろう。

今思えば、確かに未歌さんは奥義たるエイリアライトスマッシャーではなくウォールライアブレイカーを放っていたし、イラヴェントも心なしか力をセーブしていたように見えた。



「分かってくれたかい?」


『では、反省会を始めますかな』


〔魔導師事務捜査隊〕の現状を把握していれば一瞬で分かったこと。

そんなことを理解していなかったのだから、何で分からないのかと心底不思議そうな顔をされるのも当然だ。

だがアールグラスさんは私の無知を責め立てたりせず、何事も無かったかのように振る舞ってくれた。


……優しいな。

ハッ! ほ、惚れたりなんかしてないんだからねっ!!



「開戦当初の剣戟については何も言うことは無いよ。ただ、それからのことなんだけど……。

 打撃型や斬撃型と戦う時はなるべく魔力を多用しない方が良いかな。

 特に、慣れないうちは無理に炎熱変換とか行わないように」


「は、はい……」


分かりきっていた叱咤(しった)

でも模擬戦でくらい格好つけたかったんだ。



『――ふふっ』


と、アールグラスさんの叱責にうな垂れていると、彼のピアスから懐かしむような笑い声が聞こえてきた。



「……なんですか、グルスミン氏?」


『ふふ、いや、まさか君がこのように誰かを指導することになるとは、と思ったのですぞ。十年前の君となら考えもしないことですな』


「な!?」


魔導端末(デバイス)の、恐らくはからかいであろう言葉を受け、アールグラスさんが温厚な顔立ちを怒りに歪めた。

逆鱗には触れていなかったようで、諦めたように笑い、振り上げかけた拳を下ろす。


彼らについて何の知識もない私にはその遣り取りの意味はさっぱり分からない。

だから、気が付かなかったふりをして、別の話題を持ちかける。



「あ、そういえばですね、ヴェスリーさんに指導して頂いていた時に――」


私は彼らに、持って生まれた力に驕り、最強と過信していたショートヘアとポニーテールの二人組の女性の話をした。


同じような話を(あかね)さんにした時はからからと笑い飛ばされ、『そんな奴もいるもんさっ!』と励まされたが、アールグラスさんは違った。

困ったように眉をよせ、何かを思い出して溜息すらついている。

しまいには、私が話し終えたと同時に顔を手で覆ってしまった。



『フハハハ、耳が痛い話題ですな、アールグラス・ヴィンゼル君?』


グルスミンと言うらしい魔導端末(デバイス)が大笑いする始末である。


……もしかして、彼の過去とかに関係することなのだろうか。

そうなると非常に気まずい。

すぐに話題を変えなければ。



「あ、あぁ……いいよ、そんな深刻なことじゃないし……。ちょっと、恥ずかしい過去を掘り返された、くらいの認識だから……」


そう言うアールグラスさんの顔は、とんでもなく疲れ切っていた。

訊いてもいいことなら是非聞こうと、グルスミンさん(?)に尋ねる。



「何かあったんですか?」


『何かあったと言われましても、ありもあり、大有りでございますぞ。彼は昔、〔魔導師事務捜査隊〕に入隊したての頃――』


「わー!! わー!! 言わなくていいから、言わなくていいんですよグルスミン氏!?」


グルスミンさんが朗々と昔話を語るように切り出すと、アールグラスさんが大声でそれを制した。

……どうやら相当聞かれたくない類のものらしい。

羞恥に顔を赤らめている辺り、恥ずかしい思い出なんだろうけど……。


人間、興味を持ってしまったらもう後には戻れない。

アールグラスさんの耳に近づき、グルスミンさんの話を間近で聞くべく更に問いただす。



「昔、何があったんですか!?」


『ふふ、ではお聞かせしましょうかな。彼は昔から才能に恵まれておりましてな、世界の広さも分からぬまま自身の力こそ最も――』


「星と消えろ、〝琵穹(びきゅう)(かん)〟グルスミン!!」


『――何をしているのですかなアールグラス・ヴィンゼル君? ――え、あ、ちょ!?』


余程恥ずかしかったのか、茹蛸(ゆでだこ)のように顔を真っ赤にしたアールグラスさんは、グルスミンさんが蔵されたピアスを耳から外し、凄まじい腕のスイングと共に空へ投げつけた。

彼の虚しい悲鳴が響き渡り、後に残るのは、ぜーはーと荒い息をついているアールグラスさんとぽかんと口を開けている私。


唖然としている私の両肩をガシッと力強くつかみ、凄まじい形相でアールグラスさんが語り掛ける。

先の温厚なそれとは違う、やけに殺気立った声音で。


「そ、そんなどうでもいいこと良いから! 羽柴さん、絶ッ対にこのことは誰にも聞かないように!!」


――怖い。

私は素直に、そう思った。

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