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絶海の孤島と魔導少女 -短編集-  作者: 羽柴和泉
〔魔導師事務捜査隊〕の日常
6/21

Episode01 Side‐V『魔導訓練』

・2013年10月2日~2014年6月7日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。


・古き戦乱の時代で剣王の志を知った瑞紀と、何かのために戦い続ける魔導部隊〔魔導師事務捜査隊〕エース陣との関わりの話です。

短編なのに長編みたいでかなり長く、専門用語連発、シリアス展開続出、戦闘シーンばっかりですが、楽しんで頂けたら幸いです。。



総文字数は、9,307字です。


だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。

相変わらずヴェスリーさんの訓練はハードだ。

こちらが肩で息をしていようと、容赦なく蝋燭(ろうそく)色の魔力弾をぶつけてくるし、魔力分断とか魔導分解とかを行わず、ただブロードソードで一振りして跳ね返すと怒鳴ってくる。

そろそろ喉とか枯れかけてくる頃合いなんだけど、そんな気配を微塵(みじん)も感じさせない。


そもそも、訓練とは言えレディを散々汗だくにして、疲弊困憊(ひろうこんぱい)状態にさせるのは如何(いかが)なものかと思う。

ローズアグストを越えると大胆な宣誓をした手前、それを取り消したり訂正したりすることは出来ないし、するつもりも毛頭無いが、ちょっとくらい文句を言う権利くらいある気がする。

……とは思っても、口には出さないが。



「おら、何してんだ羽柴ァ! きりきり動け!」


その理由は、お(とが)めが怖いからではない。

そうやって怒鳴り、容赦無く魔法をぶつけてくるのにも関わらず、顔は笑っているからだ。


いたずらが成功して楽しそうに笑っている子供を見て、怒るに怒れないのと同じで、そんなにキラキラした顔を向けられると、毒気を抜かれて文句を言う気すら無くなってくる。

特別魔力変換資質〝毒〟を保有しているくせに、という皮肉は、同じく心にしまっておく。



「んじゃ、朝はこんくれエだなァ。あんま無茶させっとあンのダメガネがうっせエし、嬢ちゃんにブッ倒れでもした日にゃ、俺ァ神竜の餌になってるだろうしな」


簡素な杖で肩をトントンと叩き、訓練場に拡散した蝋燭色の魔力弾や、オートスフィアを回収するヴェスリーさん。

ダメガネって……流石の私もその呼称はどうかと思うよ。



「……ホレ、水だ」


「あ、ありが……と、うございま……す……」


あんなに声を張り上げていたはずなのに喉が健在なヴェスリーさんとは違い、こちらは声を上げてすらいないのにカラッカラだ。

まるで地に放られた魚のように酸素を求めて喘ぐ私を見て、少し同情してくれたのか、冷水が入ったボトルを渡してくれた。

夏ということもあって日差しも強く、今まで激しい運動をしていたせいもあり、私は汗だくというよりもう身体の半分ぐらいが汗で出来てるんじゃないか、ぐらいにまで汗をかいている。

水分補給の大切さが、骨身に染みた瞬間だった。



「っぷはぁ。……それで、昼からはどうするんですか?」


「んア? 今やったことと大して変わんねエよ。当面は基礎基本を多少荒っぽくでも良いから叩ッ込むって言ってンだろォ?」


至極当然といった表情で、あっけらかんと答えるヴェスリーさん。

あなたは今「多少」という単語の意味について、少し調べた方が良いと思うのは私だけだろうか。


「てめエの特性は純粋な斬撃型だァ。

 下手に射撃魔法やら防御魔法やらを教えるより、もう型は出来てンだから、魔力を付加したり魔力弾を分断、魔力素レベルまで分解、あわよくば吸収って流れに漕ぎつけさせる方が楽だしよォ、そっちの方が実用的だしなア」


「……つまり、当分は新しいことを一切教えてもらえない、と?」


「あたりめェだ。俺の訓練は所詮(しょせん)、地味で過酷な基礎基本の反復作業ってこった。

 派手で真新しい教導が良いンなら、蒐やイラヴェにでも教えてもらえ」


自身の教導スタイルについて悪く言われた過去でもあるのか、苦虫を噛み潰したような顔で毒づくヴェスリーさん。


確かに一日二日ヴェスリーさんの訓練を受けた私にだって分かる、彼の訓練は過酷以外の何物でもない。そのくせ成果を得られたという感触すら無く、進歩しているのか分からない永久的な反復作業だ。

でも、それを言うなら意味も無く、何往復も肉体労働を強いられ、何の労いも無く次の作業を言い渡される、というローズアグストの無慈悲な行動の方がヒドい。


私の特性をキッチリと見抜き、助言をしてくれたばかりか、将来のことまで考えてくれているヴェスリーさんが人に誤解されるのは、多分その部分を伝えていないからだと思う。

まあ、仮がつくとはいえ歴戦のエースにアドバイスなんて出来る立場じゃないから、黙っておくけど。



「いえ、大丈夫ですよ。ローズアグストもそのタイプでしたし」


私が事実を織り交ぜた言葉をかけると、それまで愚痴を垂れていたヴェスリーさんが立ち直って、意外そうな顔を向けてきた。


「そうなのか? 剣王ローズアグストっていやァ、派手にドンパチやりやがる、バカみてえに魔力持ってる王サマたちの代表格じゃねエか。

 戦場で大迫力かつ大胆な攻撃仕掛けてきやがる癖に、人に教えッ時は俺みてエに地味な教導すンのかァ?」


「……たぶん、ヴェスリーさんよりヒドいと思いますよ? 

 明らかにそれ、基本的なことじゃないってことを教えるばかりか、『こんな些事(さじ)も出来ぬのか?』とか、『我が幼少の頃はもう少し上手く出来たものだが』とか、憎まれ口ばっかり叩くんですよ。

 若者の希望を挫いて何が楽しいんだ、っていう愚痴を今ここで零したいぐらいです」


私がローズアグストの声真似をして大仰な演技をすると、ヴェスリーさんは豪快に大口を開けて笑い飛ばした。

顔全体に皺が刻まれ、老いてしまった歴戦のエースという、どちらかと言うと暗いイメージを抱いてしまうような憂いはサッパリと消え、まるで別人のように楽しそうに笑う。

つられて、私もつい吹き出してしまった。


階級も年齢も魔導師としての素質すら違う二人が、こうして笑い合う。

傍から見れば些か不気味な光景だが、その渦中にいる私たちは間違いなく楽しかった。


笑い、笑いすぎて、思わず咳き込んでしまうほどまでに笑い終えた後、ヴェスリーさんが何かを思いついたかのように呟く。



「……あれ? 羽柴の譲ちゃん、ひょっとしておめエさんの中での、俺と剣王の立ち位置ッて、同じくれえなのかィ?」


「あー……まぁ、そうですねぇ。ローズアグストは恩師で、ヴェスリーさんは恩師になるかもしれない人、ですかね?」


「そうかィ……。あの英雄豪傑と謳われた紅蓮の獅子と、しょぼくれた爺に成り果てつつある俺が同格、かァ……。こそばゆいッたらありゃしねエ」


再度ボトルに口をつけつつそう言うと、彼は嬉しそうに顔を綻ばせる。

そんなに嬉しいものかな?という疑問が頭をよぎったが、自分の身に置き換えてみると、やはり嬉しいどころかそれを通り越して畏れ多いという感情が出るくらいだ。


接近戦最優の王、騎士と獅子を束ねる英雄、紅蓮を繰る最強の剣士――謳い文句や賞賛の言葉が絶えないくらいの伝説を残し、現代の魔導師すら敬意を払う乱世の豪傑。

そんな歴史上の偉人と、貧弱で平凡な雑魚である私と同格だと誰かに言われたのなら、例え冗談でもたまらなく嬉しい。


ヴェスリーさんの立場は非常に複雑だ。

私から見ても凄いと思うし、多分並みの魔導師くらいなら数十人くらい、余裕で相手に出来るほどの強さだと言うのに、

傍には天地魔闘(てんちまとう)の大集束砲撃というスキルを持つ不屈のエース・オブ・エースやら、

土地を守護する神竜の喚び手やら、頑丈な建造物すら拳一つで崩壊させる人間兵器やら、

挙句の果てには神と同等の力を振るい、神雷(じんらい)を導く王の子孫やらがいるのだ。


常に彼ら彼女らと比較され、必死に頑張っても後ろ指を指され続け、若い新人に先を越され、自分よりも幼い少年少女らに殺されかけたこともあるのだろう。

どんなに努力をしても、批判や罵倒しか向けられない人生を送ってきた、と言っても過言では無い。

私なら賞賛の言葉を、自分より弱く幼い者に言われても単なる世辞か皮肉か、くらいにしか受け取らないけど、彼にとってはそれこそ小躍りしたくなるほどの言葉だったのだろう。



「ヴェスリー訓練司令官! 『グローニル』04、アイシャ・グランワード、参りました!」


「同じく『グローニル』05、プランツ・ロンドマッシャーツ、参りました!」


と、色々な憶測を漂わせていると、下方からそんな明朗な声が聞こえた。

不審に思い下を見ると、そこには訓練着に身を包んでいる若い女性の二人組――と言っても、私よりは上かな――がいた。っていうか、『グローニル』ってなんやねん。



「おお、遅エじゃねえか! ……まア、そりゃいい。今回はこいつ――」


「ほへ?」


「――と2on1で模擬戦(もぎせん)をしてもらう! 良いなァ!?」


「「はいッ!!」」


あれ? なんかいつの間にか模擬戦相手に選ばれちゃったよ? 

そしてなんかブロードソードを握らされたよ? 

つーか、2on1って何!? 二人vs一人ってこと? そんなん無理じゃね!? 私死ぬくね!? 

……と、私が心中でぼやいていると――。



「ふん、あんなの、私たちが負ける訳無いじゃない」


「そうよねー。あのクソじじい、私たちをナメてんのか、って話よね、ホント」


明らかに不機嫌そうな顔でぶつくさ文句を垂らす女性二人がいた。

……ふむふむ、なるほどナルホド。

ヴェスリーさんを馬鹿にしたということは、ローズアグストを馬鹿にしたも同然! 

ここは本気で殺っちゃってイイっすよね、ヴェスリーさん!



「羽柴瑞紀、行きます」


あくまでも平淡に、そして冷静に。

戦場で有利に事を運ぶためには、感情を出さないことだとローズアグストに教えられた。


そして、その教えが今、役に立っている。



「……っ、ファイア!」


若干狼狽えたような声で叫び、魔力弾を構築するポニーテールの女性。

名前? そんなのどっちか覚えてないよ。



「ハアッ!」


威勢のいい掛け声を一つ、そして鋭く軌跡を描いて斬撃を一つ。

ヴェスリーさんの蝋燭色の魔力弾が、割と上位の方に位置していたのだな、と感慨深げに思ってしまう程、その魔力構築はド下手で、まだ泥団子の方が威力あるんじゃねーの?並みだった。


続いてショートヘアの女性が、無駄に装飾が煌びやかな長剣を振り上げて斬りかかってくるが、こんなもの私の手にかかればどうってことはない。

ブロードソードを頭上に持っていきそこで剣を受け止め、馬鹿みたいに腹を無防備にさらけ出しているので、そこに蹴りを一つお見舞いしてやった。

そしたらアホみたいに咳き込んでやんの、あのバカ。



「くっ……つ、強……!」


……君たちが弱すぎるだけだよ、というツッコミは、しない方が良いだろう。



「っこの!」


懲りもせずまた魔力変遷(へんせん)が下手っぴな魔力弾を撃ち込んできたので、それらを全て弾き飛ばした後、防戦一方では日が暮れてしまうと判断しポニーテールの女性に斬りかかった。

正面から斬りかかると見せかけて、女性の眼前でしゃがみ込み、下腹部を狙うフェイント。

私と同じく魔力で何かを構築するということは苦手なのか、碌に魔力フィールドすら張り巡らせておらず、簡単に懐に入ることが出来た。


剣が届いてしまえばこちらのものだ。

そのままの流れで、横腹を剣の柄で突き転倒させ、首筋に剣尖を押し当て射撃型の方を失格にさせる。

この間にショートヘアの斬撃型が不意を突いて先手を切ってくるかと思ったが、遠くの方で呆気にとられたように口をぽかんと開けて佇んでいた。


あまりの間抜けさに、もしかしてこれは演技なのでは、と不安に思ってしまう程。



「……ハッ」


思い出したかのような感じで我に返り、慌てて斬り込んでくるショートヘアの人。

でももう遅い。急襲をかけるタイミングなど今まで何回もあったのに、それを自分で潰していた馬鹿な奴には――



「ッシュ!」


――剣尖が身体に触れてしまうその数瞬前に身を素早く翻し、背後から斬り伏せてしまうのが一番良い。

雑魚には必ず辻斬りで倒れるっていう法則があるのだよ。

正確に言うとコレ辻斬りじゃないけど。



「くっ……案外、強いわね……」


「そうね……油断してたわ……」


あれ? もしかして、ツッコんだら負けって遊びですか? 

そんな不安に駆られヴェスリーさんを見ると、もう彼は考えることすら放棄したのか模擬戦終了の合図を響かせていた。


……慣れてるな。



「…………?」


そもそもツッコミなんか入れたら無駄にデカい声で罵倒されるだろうし、屁理屈並べられてもう一回模擬戦って流れになるのは目に見えてるから、とりあえずヴェスリーさんの出方を見る。

――見ようとしたのだが、何か彼の挙動がおかしい。

声をかけようとしては口をつぐみ、声をかけるかかけまいか迷っている、というよりむしろ声をかけた後の対応に迷っている、というような感じである。


二人で向かい合ってあれこれ、自分たちの反省点ではなく、私への不満やヴェスリーさんの悪口をひそひそ言っているし、開戦前のあのやり取りからして、彼女らの性格は簡単に予想がつくのだけど……。

とは言え、私には残念だけど何も出来ない。

出来るのはこうして物事を観察して何かを推察したり、憶測や推測を出すくらいだ。


だからヴェスリーさんが動けない以上私も動けないし、彼女たちから接触してくるのを待つくらいである。

と思っていたら、その好機は案外早くに訪れた。



「ねえ、アンタ、まともにやる気あんの!? 

 魔法使用アリの模擬戦なのに、魔力を全然使っていないなんて、マジ意味分かんないんですけど! っていうか意味フなんですけど!?」


私の推測通り、先の模擬戦での不満を私にぶつけてくる、という形で。

このままだと本当に二回模擬戦をする羽目になるので、それを回避する為冷静に切り返す。



「貴女方が、魔法を使うに値しない人物だから……と言ったら、どうしますか?」


「なっ!? な、なんですってぇ!?」


淡々とした、抑揚も無ければ強弱もない平淡な声でそう答える。

案の定、ポニーテールの方が耳障りな金切り声でつっかかってきた。


私が本気を出しきれない程、呆気なかった模擬戦後の反応から察するに、きっとヴェスリーさんの教導スタイルにすら不満を抱いていたのだろう。

確かに彼の教導スタイルは普通の魔導師とは違う、過酷な労働作業と言っても過言では無いほど地味なものだが、もし彼女らが前だけを見て進む魔導師を志しているのならば、それくらいで堪えるはずがない。

常に自分たちは強いと己惚れ、最強と自負し、下の者を見下してきた傲慢な人間だからこそ、今日たった数分手合わせした程度の私にすら不平不満を零す。



『……ダメガネが送り付けてきやがるのは、大体がこういう人間性すら欠落しちまッてる輩さ。

 こんな奴ら、正直言って魔導師どころか人間社会で生きていくべきじゃねエ。

 俺ァそういうとこも教えてやりてえンだが……、如何せん俺にゃア無理つうっことだィ』


金切り声で罵詈雑言(ばりぞうごん)を早口で並べ立てている愚者を適当にあしらっていると、不意にそんな念話が届いた。


なるほど、未歌さんがか……。

自分では対応しきれないから、他人に押し付けちゃってもいいよね☆と、舌を出す伊達眼鏡の女性がありありと幻視出来る。


そんなのちょっと考えたくらいでも分かるのに、あの人は分からないのかな。

不屈のエース・オブ・エースですら解決出来ない無理難題を、エースになり損ねた訓練司令官には手をつけることすらままならないということを。


でも、川が常に上から下から流れるように、理不尽な命令や指令も上から下に流れていく。

責任転嫁とは、そういうことだ。

そしてヴェスリーさんはそんな川の流れを必死に押しとどめようとする大岩だ。

皆を支え、何事もそつなく解決していけるように傍からは見えるから、更に問題を押し付けられる。

押しつけられるからやるしかない、そしてまた問題を押し付けられる……。


絵に描いたような悪循環だ。



「……そんなに不満でしたら、もう一度やりましょうか?」


無遠慮な未歌さんを見た時に感じた怒りが、またふつふつと込み上げてくる。

正直、怒りに任せて弱き者を蹂躙(じゅうりん)するなんて馬鹿げているとは思う。

怒っているから周りに八つ当たりしていいなんて法律は無いし、そもそもそんな法律誰も望みやしない。


でも、今この瞬間においては、やるせない気持ちを誰かにぶつけたかった。



「……へ?」

「……は?」


今まさに斬りかからんとしていたショートヘアの女性が口をぽかんと開けた。

後ろで威嚇射撃を打ち込もうとしていたポニーテールの人も同じく、呆然としている。

その顔は信じられないというような顔では無く、寧ろ事が上手く行き過ぎていて笑えてしまうという一歩手前の表情だ。

それが更に私の怒りを助長していく。


「……決まりね。行くわよ!!」


再び、模擬戦の火蓋が切って開かれた。



――とはいえ、状況は先ほどと何ら変わりない。


私は泥団子並みの威力を誇る射撃の嵐を掻い潜り、時折隙をついて(いるつもりなのだろう、うん)一筋の剣戟が襲い掛かってくるのを打ち払い、防戦に集中して反撃のチャンスを窺っている。

と、そこに本日何度目かの緩い斬撃。

これをブロードソードで受け止め、弾こうとし――違和感が働いた。


それは今までの緩い攻撃ではなく、仔犬が獰猛な狼に変化したかのように、威力や質量が桁違いに倍増されたそれであった。

ゆるゆると低速走行中の自転車を受け止めるのと、全速力で爆走する大型トラックを受け止めるのとでは訳が違う。

突然の変化に私は目を白黒させることしか出来ず、情けなく跳ね飛ばされ、近隣にあった電信柱っぽいものに凭れ掛かる。

背骨が折れてしまったかと危惧(きぐ)したが、幸いそれは杞憂に終わった。



「やりぃ!」


指をパチンと鳴らし、子供のようにはしゃぐショートヘアの人。

……どうみても私は五体満足、魔力だってそれほど消費している訳でもないのに、何故そう勝ち誇った顔が出来るのか、私には理解出来ない。


とにかく、戦況を把握する為に見渡すと、幾何学(きかがく)的な模様を描く、複雑な魔導式を編んでいるポニーテールの人が遠方に見えた。

魔導式とは――分かりやすく噛み砕いて説明するなら――魔導法を発生させる為に展開するものであり、炎陣構築や反射の魔導式展開等ポピュラーなものから、未歌さんの〝隠蔽(いんぺい)の殻〟やヴェスリーさんの〝毒の靄〟など常人の想像を絶するものまである。

あからさまに複雑な魔導式を展開しているポニーテールの女性、そして明らかに威力と質量が倍増したショートヘアの人の攻撃。


ここから導き出される答えは単純明快。

質量変換、もしくは高密度の魔力構築による威力増幅という荒業だ。

泥団子並みの威力しか出せない魔力弾を操る魔導師にしては、単純な魔力で威力増幅を行うには高度過ぎる。

よって質量変換という一択に絞られる訳だが……。


見たこともない幾何学的な紋様、極めて難解かつ複雑な魔導式、そして恐らくは大量に消費されているだろう魔力――。

間違いない、これは努力や勉強で掴み取ったものでは無い、先天的な潜在能力による、俗にいう固有スキルというものだ。

魔力を大量消費してしまうのも、質量変換という固有スキルを持ったと言う優越感に酔いしれ、鍛錬を怠ったことから見せてしまう失態だろう。



「……よ、っと」


ネタが分かれば怖いものなどない。

種明かしをされたマジックをもう一度見せられても大して驚きはしないように、相手に一度効いた攻撃は二度通じることはない。


それでもポニーテールの人は、額に玉のような汗を滲ませながらも、愚直に魔導式を編んでいた。

私はそれを一瞥し、



「っだぁ!!」


立ち上がり、魔力を全身に滾らせる。

攻撃のチャンスは一回だけだが、私にはそれを成し遂げるつもりだ。

ショートヘアの人が、獲物が罠にまたかかったと言わんばかりに、嫌味ったらしく侮蔑(ぶべつ)の顔を向けてくるが、私が攻撃する対象はあの人ではない。

狙うは、魔力が尽きかけているのか、ぜえぜえと苦しそうに喘ぐポニーテールの砲撃型の人だ。



「っ!!」


「え、はぁっ!?」


垂直跳びの要領で空中に飛び上がり、足元に魔法陣を展開させる。

勢い余ってかなりの高度にいるが、この場合はむしろ好都合だ。

高層ビルの屋上に佇む人を狙うのに、障害物は少ない方が良い。


「っ、だぁあああああああ!!」


亜麻色の魔力素が白刃を覆いった剣を、勢いよく振り下ろすと剣尖から伸びた魔力流がポニーテールの人を直撃した。


私に魔力変換資質〝火炎〟は存在しないが、それでも魔力で無理やり構築した炎熱。

魔力もその分無駄に喰ってしまうが、まぁ威力は折り紙付き。

この先イラヴェントとかに教えてもらって効率の良い魔導運用が出来るようになってきたら消費魔力も少なくて済むだろう。



「い、いやぁあああ!!」


爆発とそれに伴い発生した白煙、そしてその直後に劈いた哀れな断末魔。

それを見て、聞いて、ショートヘアの人は剣を放り投げて膝をついた。

親友の敵!と私に呪詛(じゅそ)の言葉を吐きつけるでもなく、魔力を無駄に浪費した愚か者に斬撃を繰り出すでもなく。

戦意よりも恐怖というものが先に込み上げてきてしまったのか、顔には絶望を貼り付け、戦慄(せんりつ)している。悪魔というものを見たのなら、人は必ずこういう顔をするだろうと私は思う。


自分たちが最強と信じてきたその糧、それすら砕かれたのだ。

その先に残るものなどなにもない。

あるのは深い絶望か、虚無に支配された心か。



「……そこまで」


私たちが勝手に再戦を始めたのにも関わらず無口を貫いていたヴェスリーさんが、重苦しい声音で終戦を告げた。


「……完膚(かんぷ)なきまでに叩きのめられちまッた連中が、地獄の底から這いあがってきた回数なんて、そう多くねエ。

 自分の無力に嘆き、ありもしない運命を呪い、現実を叩きつけた奴を恨むだけさァ。

 そうじゃねエ連中とそういう連中を選り分ける為に、あのダメガネは最初の教導に総大将たる自分と新人とのガチンコバトルを行う。

 自分の集束砲撃を受けても、尚立ち上がってきた連中に教導すッ為になア……」


そういう方法は俺にゃア出来ねえけどな、と自嘲気味に哂い、ヴェスリーさんは性根(しょうね)の曲がった二人組を見、そして私を見て、こう言った。


「俺はおめエを完膚なきまでに叩きのめすこたァ出来やしねエ。

 出来るのは、地味で過酷な反復訓練を押し付けるだけだ。

 それでもおめーは、俺についてくんのかイ?」


その問いには、素早く返答を考え、繰り出すことが出来た。

即ち、


「はい。ついていきます」


という肯定の返答を。

(※当時のあとがきより抜粋)


理不尽な世の中とか魔法の基本とか訓練の内容とかをいっぺんに詰め込み過ぎたせいでなんかゴチャゴチャしています。すみません(;´・ω・)

次回からはもうちょっとスッキリさせます……。

次回は魔導訓練のSide‐A、次々回は魔導訓練のSide‐Iと続き、それが終われば更に物語が分岐していく予定です。

お世辞にも上手とは言えない文章力と国語力ですが、これからも乞うご期待を!

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