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絶海の孤島と魔導少女 -短編集-  作者: 羽柴和泉
すみれ色の恋模様(完結)
16/21

どう転ぶかなんて、分からないから

Attention


・2016年12月8日~2017年3月30日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。


・久々に書いた小説なので、ちょっと、いやだいぶ腕が落ちてます。


・夏目漱石の「こころ」を読んでいる途中で「書こう」と思い至りましたが、その要素は皆無。


総文字数は、11,586字です。

だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。

「めんどくさいなぁ」


他人にはどうしようもない、ただひたすら気まずい雰囲気。

これを打ち破るべく、私は(つと)めて大きな声を出した。


考えるのが面倒くさいというか、私には何の利害も関係もないことだからというか、思考を巡らしてどうにかなる問題ではないと確信しているから……。

まあ、要するにどうでもいいし、めんどうくさいのだ。


「何よ、その言い草。こっちは真剣に悩んでんのよ?」


うん、まあ。

やはりというべきか、想定していた通りの反応が返ってくる。


眉間に(しわ)をよせ、噛みつくように話すのは、我が戦友の『輝硝(きしょう)()き手』ミヤラ・グロートモング。

前のめりになったせいで肩にかかったレタスグレーンの髪を、苛立ったような仕草で払った彼女は、はあ、まあ、と曖昧な返事を繰り返す私を見て更に食って掛かってきた。


「何なのその態度!? 考えるふりくらいはしたらどうなの!」


その言葉を受けて、いわゆる『考える人』のポーズを取った私は、彼女の逆鱗に触れたらしい。


「もう!! いっつもいっつもそうやって私をからかうのね!? 楽しいの!?」


ミヤラが猛獣じゃなくて良かった、と私はぼんやり思った。

もし彼女が猛獣だったなら、今ごろ首を食いちぎられていただろう。

ありえない妄想だが、今はこうして別の事を考えていないとやってられない。

ヒステリックになった彼女には、もう誰の言葉も届かないのだから。


「はあ……」


気付かれないように、極めて小さくため息をつく。

顔を真っ赤にして息巻いているミヤラは気が付かなかったようだが、隣で同じくうんざりしていた私の同僚、『狂瀾(きょうらん)の押し手』レオランス・ダーロンウィルは気付いたらしい。

あきらめようぜ、という言葉が聞こえてくるくらい、彼は諦観した表情で首を振った。


まだミヤラの激昂(げっこう)は収まらない。

げっそりした顔でうんうんと適当に相槌(あいづち)を打ちながら、私はなぜこのような事態に至ったのか、経緯を思い出すということで現実逃避を試みた。



何気ない一日だったはずだ。


いつも通り、朝早くに起きて、昼までヴェスリーさんの訓練を受けて。

昼御飯の後は、イラヴェントと新人三人で、3対1の模擬戦をやったりもして。


ミヤラの様子がおかしくなったのは、夕方、シャワーを浴びていつもの休憩室で集まった時からだっただろうか。

いつになくそわそわしていて、ああ何か話したいことがあるんだなと付き合いの長い私たちが察して、言葉を促して。


どうせいつもの愚痴だろう、と侮っていた部分もあるのかもしれない。

彼女の口から飛び出た言葉に場が凍り付いたのは、今でも鮮明に思い出せる。


「アールグラスさんと、デートすることになったの」


重々しく開かれた唇から発された言葉。

最初聞いた時、私は意味が分からなかった。

横に座るレオの顔も、見なくてもぽかんとした顔になっているんだろうな、と薄ぼんやりと思ったくらいである。


唐突すぎて、二人して固まっていると、彼女は恥ずかしそうに顔を(うつむ)かせて、事情をぽつりぽつりと話し始めた。


「任務、なの。でも、デートなのよ」


わけがわからないよ。


思わずそう言いかけた。

慌てて口を噤んで、身振りで話の続きを促す。


「エース、と、新人で、ペアを組んで。今追ってるテロ組織の仲間が、とあるエリアで見つかったって。

 どのような動きを、しているか、調べろ、って、任務で……」


ああ。ようやく合点がいった。


要するに、潜入調査というものだ。

私服刑事みたいな感じで、一般人のふりをして、ターゲットを追跡または接触し、情報を得る仕事だ。


恐らく当初は新人三人でやらせるつもりだったのだろうが、誰かがそれは危なすぎると指摘したのだろう。

だから、エース一人と新人一人でペアを組ませて、新人に経験を積ませる狙いもあったのだ。

ただ、誰かが――これは秒速で顔が思い浮かんだ――アールグラスとミヤラなのだから、恋人のふりをすれば問題ないと悪ふざけ的なノリで提案した。


生真面目なアールグラスさんが了承するのを見て、よもや新人のミヤラが嫌ですなんて言って断れる訳もなく。

とんとん拍子で話が進み、じゃ、よろしく、となったところで、ようやく事態を呑み込めて、期待と不安が交じり合った感情を抱いたのだろう。


私とレオが納得したところで、最初は予想通り愚痴から始まった。


何でよりにもよって私とアールグラスさんなの、とか、アールグラスさんは絶対仕事だと思っているから、恋愛に発展することはないって分かり切っているのが辛い、とか。


この程度の愚痴なら可愛いものだ。

二人して、ジュース片手に、幼子を宥める様に慈愛のこもった表情でうんうんと頷いていた。


ああ、そうだ。

ここで、余計な一言がかかったんだ。

仕事が一段落して、休息を取るために休憩室に降りてきた、恐らくは事の発端であろうその人の一声が。


「ピンチはチャンスに変えるものだよ」


なんて。


ぐずぐずと愚痴っていたミヤラがはっと顔をあげると、そこには伊達眼鏡をなぜか額に載せている未歌(みか)さん。

総大将に醜態(しゅうたい)を晒していることが分かったミヤラが慌てた様子で取り繕っているのを横目に見ながら、元凶はこの人だと確信しきっている私たちが質問したのも、今思えばまずかったのだろう。


「なぜミヤラとアールグラスを、あんな風に仕向けたのか」と問うと、


「だって、ミヤラちゃんアールグラスのことが好きなのに、その恋がいつまで経っても報われないって可哀想じゃない。

できることなら手助けしたいって思って、行動した結果だよ」


とけろりと言ってのけた。

余計なお世話、とはどのような状況かと言われたら、私は今の未歌さんの言葉を録音して、それを聞かせるだろう。


「がんばれ!」


と腹立たしいほど輝いている笑顔を見せて、親指を立てている未歌さんに心中で舌打ちしてからミヤラに向き直ると、

そこには目を爛々(らんらん)とさせている彼女が。


興奮したように質問を矢継ぎ早にぶつけてくるのを、適当な言葉で流していたら、面倒な酔っ払いに匹敵するレベルのしつこさで絡んできた。

しびれを切らした私がばっさりと「めんどうくさいなぁ」と発言した。


……うん。そういや、こういう経緯だったわ、確か。



「はぁ~……」


先ほどの、ミヤラに気を遣って極力小さくしたため息とは違う、

表情どころか身体全体で疲れを表しているような、風圧の凄い大きな重い溜息を吐く。


流石にこれには気が付いたらしい。

彼女が目を吊り上げたのが横目でも分かる。


何か言う前に、遮るようにレオが発言した。


「落ち着けよ、ミヤラ。別に、その任務で特段仲良くなれとか、恋仲にまで発展しろとか言われてる訳じゃないんだ。

 それに、仕事熱心なアールグラスさんのことだ、お前が変な行動したら好かれるどころか逆に好感度を下げかねない。生温い任務ってことでもなし、真面目に取り組むべきなんじゃねえの」


口調自体はひどく投げやりだが、言っていることは至極真っ当である。

その正論を聞いて、弾かれたように彼女は立ち上がったが、少し考え込んだ後、大人しく椅子に座った。


「……そうね。レオの言う通りだわ」


ミヤラは自分の非を認めた後、激情にかられて発言したことを詫びた。

こういうところは律儀というか、さすが令嬢サマだよなぁと感心しつつ、いいよ、気にしてないよと手を振ると、彼女は安心したようにほっと息を漏らした。


やがて、頭を冷やしてくると言い残して何処ぞへと消える。


「……ていうかさ」


ようやく訪れた静寂の時間。

重苦しい空間からやっと解き放たれたと大きく伸びをしてから、レオに話題を振る。


「例のテロ組織って、あの?」


「ああ、噂の爆弾魔だろ」


彼は残り少なくなったジュースを、じゅこじゅこと汚く音を立てながら吸った。

何の感慨もなく返事を返すということは、別段興味もないのだろう。


だが、私は嫌な予感に駆られていた。

風の噂に聞いたところでは、確か。


「あの爆弾魔って、確か超長距離型魔導師じゃなかったけ」


「あ゛」


がり、と氷が砕ける音と共に、レオの苦い声が聞こえる。


「特殊な型で、戦闘方法も前例になくて、人数もどれくらい居るのか分からなくて、

 一言で言えばとにかく厄介だから、広域殲滅(せんめつ)型のエースたちで手を打つ、ってこの前の会議で言ってたような……」


「…………」


心地よい静寂の間が、重い沈黙に変わった。


この分だと、レオも気付いただろう。

潜入調査と言えど、もし犯人に勘付かれでもすれば、即座に戦闘に移行する。


相手は超長距離戦を得手とする爆弾魔。

対するは、近~中距離を主な戦闘領域とする魔導師二人。

ミヤラはともかく、アールグラスさんはエースだし、百戦錬磨の投槍使いという称号もモノにしている。

まさか死ぬようなことはないだろうが、苦戦を強いられるであろう事は明白だ。


「未歌さんェ……」


通夜のような面持ちで、ぼそっと呟く。

脳裏に、殴りたいほど良い笑顔をした呑気な総大将の顔が浮かんだ。


どうしようもない状況下におかれ、私たちは生気のない顔でミヤラを待ち続けたが、ついぞ彼女は帰ってこなかった。


とりあえず脳内の未歌さんは殴っておいた。



◆◆◆



袖口と裾に控えめなフリルがついた白のブラウスに、薄桃色のカーディガンを羽織った私は、銀色の腕時計を見て、憂鬱(ゆううつ)ぎみに表情を曇らせた。

普段穿いたことのないミニスカート(フレアスカートと言うらしい)に違和感を覚えて、タイツを履いた脚を擦り合わせる。


――どうも、ミヤラです。

デートに来たとです。

なんか、5分早めに来た彼女と、予定より5分遅めに到着する彼氏という設定らしいとです。

「遅れてごめん」と済まなさそうに謝る彼に、「大丈夫、私も今来たところだから」と微笑む彼女の役だとです。


正直、こんな糞みたいなプラン立てたヤツを思い切り助走をつけてぶん殴りたいとです。

ミヤラです……ミヤラです……。


一人漫才をしていると、予定通りきっちり5分遅れてやってきた彼氏役のアールグラスさんがやってきた。

「遅れてごめん」と決められたセリフ通りに彼が言う。


セリフこそ指定されたものだけど、顔は心底済まなさそうな表情を張り付けていた。

5分前行動が身に沁みついている彼にとって、例えそう指示されたからと言えど、遅れるのは本当に申し訳なく思っているのだろう。


「構いませんよ、任務ですから」


私は早々に演技を捨て、彼を気遣った。

この任務で一番迷惑しているのは、アールグラスさん自身だろうから。


ひとしきりお互いに謝ったあと、さて、とどちらからともなく呟いて、行動に移し始めた。


言葉を放った、ではなく、行動に移した、というのは、文字通り彼が「恋人同士」という設定で動き始めたからである。

おずおず、と擬音が付きそうなくらい不器用に、彼が私の手を取った。

絡められた手と、そこから伝わる彼の体温にどきりと胸が高鳴る。


普通の手繋ぎじゃなくて、指の股に自分の指を挟みこむ……(ぞく)にいう恋人繋ぎってやつだ、これ。

ぶわっと湧き上がる疚しい感情に、こういう設定だ、こういう設定だから、と理性が必死に抑え込んだ。

ほら、やった方の彼だって顔を背けて恥ずかしそうにしている。


世間一般の「恋人」が取るべき行動として、まず手を繋いでみたものの、恋人どころか友人ですらないヤツの手なんか繋いだせいで、どうしようもない羞恥(しゅうち)心に襲われたのだろう。


かわいそうに。

我が事ながら、アールグラスさんに心から同情する。


「ご、ごめんよ、僕、あんまりこういう経験ないから……」


「へっ? い、いや、それっぽく見えますって! ……たぶん」


私が何も言わないのを、演技が下手だと遠回しに指摘されたと思ったらしい。


それは思い違いだ。

私はぶんぶんと音が出るくらい首を振って、根拠のない理由で彼を励ます。

途中で自信をなくして、余計な言葉を付け足してしまったが。


「……いっ、意外ですね、こういう経験ないの。ほらっ、アールグラス先輩、大層おモテになるじゃないですかっ」


焦るあまり、中途半端な敬語を使ってしまってまるで皮肉を言ったみたいになってしまった。


まずい、何かフォローする言葉を紡がなければと脳をフル回転させるも、唇から漏れ出る言葉はあっ、えっと、あのっ、という何の意味ももたないものばかりだった。


「ふふ、ありがとう。確かにたくさんの女性から告白されたり、ラブレターを貰ったりすることはあるけど、恋仲にまで発展したことはなかったんだ。それに、そういう映画や小説にも縁がないし……」


「……? そうなんですか? 私が読んでいる本、かなり面白いですよ。読んでみます?」


「あ、いや、そういう意味の縁がない……って意味じゃなくて」


空いている方の手で唇を抑え、もごもごと言葉にならない声を漏らすアールグラスさん。

目は泳ぎ、顔はどことなく赤くなっている。


期待していた展開じゃないけれど、これはこれで眼福だ。


そうだ、これでいいのだ。

どうせ私の期待しているようなことは起こらないのだから、こういうものだと割り切ってしまおう。


「ほら、僕はずっと魔導師として活動してきたから……」


「あー……」


なるほどね。

恋愛に縁がない、という言葉はそのままの意味だった。


普通の男の子だったら経験するであろう初恋も、恋をするうえで味わう葛藤(かっとう)も、何一つ経験してこなかったのだろう。

記憶に手繰れば、女性に告白された際、「僕には甲斐性がないから」といつの時代の男性だと突っ込みたくなるような理由で断っていた気がする。

全く触れないから、いつの間にか苦手意識すら持っていたのだろうな。


「あー……え、えーと」


次の言葉が思いつかなくて、私は思わず沈黙した。

とりあえず、この話を続けるのは彼の精神衛生上良くないだろう。

話題を変えなければ。


「…………?」


ふと、足を止めた。


私が止まったままだのに、彼だけ先行するのも設定上まずいだろうと判断したのか、アールグラスさんも立ち止まる。


「どうかしたのかい?」


「いえ……ええと、なんて、説明したらいいか分からないんですけど……」


声がするんです、と小さく言った。


アールグラスさんは首こそ傾げたが、どうして?とか、それがどうしたの?なんて間抜けなことは訊かなかった。

どこから、と冷たく言い放つように質問する。


「どこから……? え、ええと」


音の発生源を発見すべく、全神経を耳に集中させた。

彼も倣って、辺りを警戒するように見渡しながら、耳を欹てている。


二人が完全に無防備になった、その瞬間。


ぴかっ、というより、ビカッという目を焼くような閃光が煌めいた後、何かの爆発音が辺り一帯に響き渡る。

別に、威力自体は大したことはない。

店先に飾ってあったガラスケースにひびが入り、中の商品が吹き飛ばされただけだ。


だが、音が何より凄まじい。

一般通行人がきゃあきゃあ悲鳴をあげながら耳を抑え、地べたに這いつくばった。

何の警戒もしていない彼らがそうなるのだから、耳をすませていた私たちは、その音に(もだ)え苦しむ羽目となる。


「ぐぅぅっ……!」


音がしたのは一瞬、だがこの後遺症はだいぶ長引くようだ。


何しろ、音が全く聞こえない。

よほど大きな音を立てられないと反応できないような魔導式が、あの音に仕組まれていたのだろう。


やばい、やばい、やばい。

先ほどとは別の意味で、心臓の音が五月蠅(うるさ)い。

早鐘のように打っている。


この危機的な状況に、でもあるが、まず第一に作戦が遂行すらされなかったことに焦燥(しょうそう)感を抱いていた。

いつから気付かれていたのだろう、何の情報も得られないどころか、私のせいでもし〔魔導師事務捜査隊〕の機密が漏れでもしたら――!

後悔と自責の念が心中を渦巻く私は、ただじんじんと痺れるように痛む耳を抑えながら、しゃがみ込むことしかできなかった。


「大丈夫かい、ミヤラ」


かたかたと震えていると、包みこむように肩を抱きながら、冷静な声をかけてくれるアールグラスさんが目と鼻の先にいた。

心配げだったり、気遣うようではないのは、そうすると余計不安がらせると心得ているからだろう。


ただ、私はその近さに、場の状況を考えることもできずときめいてしまっていた。

こんなことをしている場合じゃ、ないっていうのに。


「…………とりあえず」


ぐるぐると自分の世界に籠っていると、アールグラスさんが切羽詰まった顔で胸ポケットに手を突っ込んだ。

彼の常とは大違いな所作で、乱暴に取り出されたものは、一対の銀色のピアス。

その片方を耳につけると、彼は鋭く手を振った。


刹那(せつな)、彼の魔導色たる鉄色の線が、地を裂く断層のように駆けて、広がっていく。


――ああ、結界か。

彼の胸の中で、私は他人事のようにそう思った。


こういう状況じゃないと絶対に味わえない体温に、揺蕩(たゆた)いながら。


「ミヤラ!」


不意に、彼のものではない、普段よく聞きなれている女性の声がした気がした。

おかしいな、()()は今日、余計な世話を焼かれると困るからという理由で連れてきていないというのに。

でもその声が、いつまでも行動に移さないどころか彼の邪魔ばかりしている私を責めているような気がして。


「アールグラスさん、今の……例の、ですかね」


震えると思っていた声は、案外しっかりと響いた。

私の様子を見て、落ち着きを取り戻したと思ったらしい。

彼は、依然厳しい表情で周囲を警戒しながら、答えてくれた。


「うん。間違いない。結界を展開したから、じきにこちらに気付くと思う。戦闘準備を、頼むよ」


はい、わかりました、という返事を返しながら、私は黙考した。


恐らく先程の爆発は、陽動か挑発だ。


たまたまこの時間に、

たまたまこのエリアで、

たまたま私たちの前で爆発が起きたとは信じがたい。


たまたま、このエリアを狙っていただけならば、相手は無差別テロの常習犯だ、

ちまちまとした威力の爆弾ではなく、物どころか人や建物すら吹き飛ばすようなものを使ってくるだろう。


――確実に、気付かれている。

しかし、どうしようもない。


私は一瞬にしていつもの戦闘装束に身を包むと、宝具『ラッグシャール』を構えながら推測した。


だって、相手はテロ集団。

しかも、人数や戦闘パターンすらもこちらで掴めないほどのやり手。

身を隠すのもうまいだろうし、いくらアールグラスさんが歴戦の古強者だとしても、彼一人では確実に尻尾を掴むことはできないだろう。


「……ダメだ、エリアサーチにもひっかからない」


隣で、アールグラスさんが吐き捨てるように言った。

温厚な彼が珍しい、明らかな怒気を(あら)わにしている。


「目視でもダメ、魔力による広域探査でもダメ、となると……。打つ手がないですね」


もしこれがイヴェルさんなら、神雷を召喚してデタラメに周辺の建物を攻撃して、炙り出すこともできるのだが。


「そもそも、敵は何が目的なのでしょう? 

 私たちの拉致、および尋問ならばさっさと姿を現してひっ捕らえようとするでしょうし、隠れたいなら私たちの前でこんな小芝居打たないですよね?」


「挑発したいだけ……とも捉えられるけど。うーん、難しいな」


先程の爆発以降、敵が全く仕掛けてこない。

もしや、私たちが何かアクションを起こすのを待っているのか? 


でも、私だって〔魔導師事務捜査隊〕に所属する魔導師だ。

新人とはいえ、何をしでかすか分からない敵の前で無闇に仕掛けようとするほど愚鈍(ぐどん)ではない。



◆◆◆



それからしばらく、彼と一緒にエリアサーチを続け、厳戒態勢を解かないままでいた。


さすがにおかしい。

もう結界を張ってから、30分も経っている。

それだのに、何ら動きを見せていない。


「……一度、結界を解いてみますか」


「えっ!? それは……」


危険だ、とアールグラスさんが言う。


私たちが焦れて先に仕掛けて、手痛い反撃を喰らったらどうする、と彼が言う前に、私がこの30分間考えていた推論を口にした。


「もしかしたら……彼らは、魔導師ではないのかも」


「――!?」


彼が驚愕の表情を張り付けている。

想像もしていなかったことなのだろう。


「アールグラスさん、最初に襲撃があった時、その後すぐ結界を展開しましたよね」


「あ、ああ……うん、そうだね」


「巷で噂の無差別テロ集団の犯行と予測がついたから、かなり広範囲の結界を」


「…………」


流石に彼は察しが良い。

私が皆まで言わずとも、気が付いたようだ。


「……まさか、結界展開時に?」


普通、魔導師同士の決闘場として展開するのが『結界』だ。

一般人を巻き込まないようにするため、もし結界を展開する範囲内に『魔力を保有していない一般人』がいた場合、問答無用で別の閉鎖空間に飛ばされる。

その閉鎖空間内では時間が流れないし、結界が解ければ元いた場所に帰れる。

そういう仕組みになっている。


つまり、犯人たちは魔力を保有していなくて、結界展開時に閉鎖空間内に飛ばされたのだろう。


今まで数々のエースたちが取り逃してきた訳である。

その戦場に立たないのではなく、立てないのであれば、尻尾を掴むどころか認識することすら不可能なのだから。


「分かった」


アールグラスさんは、展開した時と同様、腕を鋭く振った。


ビデオの逆再生のように、結界が解けていく。

同時に、私たちの戦闘装束も解除した。


「っはぁ――……」


ピリピリとした緊張感からようやく解放されて、身体の脱力感を覚えた。

思わず深い安堵のため息をついてしまう。


「とりあえず、魔導戦では通用しない、ってことが分かっただけでも大収穫です。今日は一旦……」


帰りませんか、と次の言葉を紡ごうとして、はたと気付いた。


周りのざわざわとした視線。

何故だろう、もう戦闘装束は着ていない。

異世界転生モノでよくある、ようやっと解放されたかと思いきや全裸だった、という展開でもない。


はてどういうことだろうとアールグラスさんに質問しようとして、そこでようやく事態に気付いた。


「あっ……え、えーと」


顔が、近い。


そうだ、彼が私の肩を抱いて、厳戒態勢を取った状態から、ずーっとこのままだったのだ。

あの時は状況が状況だったから、対して気にしていなかったというか、気にする暇が無かったけれど。

冷静に考えたら、これ、やばいんじゃ……。


「ご、ごめんっ!!」


「すみませんっ!!」


二人ほぼ同時に顔を背けて、思い切り距離を取った。


途端触れる外気の冷たさに、思わずくしゃみをしてしまう。

そっか、何気ずっと彼に触れられていたんだよね。

うわ、思い出すとすっごい恥ずかしい。


「あ。あの……」


未だなお赤面している彼に声を掛ける。

彼は大げさなくらいにびくっと肩を跳ねさせた後、壊れかけの機械人形のように、ぎぎぎ、と音が鳴るぎこちなさでこちらを振り向いた。


それが何だかおかしくて、その微笑ましさに後押しされ、私はこう口走った。


「あの、デートの続き、やりませんか?」


言い終わった途端、ぴしり、と空気が凍り付いたような気がする。

いや、確実に凍り付いた。


やばいやばいやばい、どうしよう。

思わずなんか変なことを言ってしまった。

撤回せねば、私が変な子だと思われてしまう。

あ、いや、散々今までの痴態(ちたい)や醜態やらで、変な子だとは思っているんだろうけど。


「……よ」


あせあせと、行き場のない手を必死に動かして弁明しようとしていると、彼が小さな声で呟いた。

しかし小さすぎて何を言っているのかが分からない。


え?と聞き返すと、

彼は茹で蛸のように顔を真っ赤にしながら、


「いいよ」


とだけ言った。


ん?いいよ?

それは何に対しての「いいよ」なのかしら。


困惑しているのが分かったのだろう、彼は更に言葉を続ける。


「今日は、その……僕の不手際で、色々危険な目に合わせちゃったし……」


言いながら、そろそろと腕を伸ばしてくる。

え!?まさかの壁ドン!?と一瞬そわそわしかけたが、ここは路上のど真ん中だということを思い出した。

妄想猛々しい私がしょぼんと項垂(うなだ)れていると、その頭に腕が添えられた。

そこで止まるのかと思いきや、更に彼が私の肩にもたれ掛かり、体重を掛けて抱きしめてくる。


頬と頬が触れ合う距離、数値化すればすなわちゼロだ。

そのまま顔の角度をちょっと変えるだけで、口づけを交わすこともできる。


だが、私はそれをしない。

臆病だから、というのももちろんだが、彼はたぶん、()()()()()()で抱きしめてくれたのではないと分かっているからだ。


恐らく彼は恋情とかより、陳謝(ちんしゃ)の意味を込めているのだろう。


だから、恋人ごっこをしているうちは、これでお終い。

いつか、本当の恋人にいつの日にかなれたなら。


口づけ以上の愛情表現をしよう。

零れるくらいの「好き」をぶつけよう。


そう私は、私の中の私は誓って、同じように彼を抱きしめた。

身体いっぱいに伝わる彼の体温と、鼻腔(びこう)をくすぐる彼の匂い、男性らしい厚い胸板の逞しさに浸りながら。



――まるで天国でも見ているかのように、幸せそうな恍惚(こうこつ)の表情を浮かべて、完全に自分の世界へと入った私は気が付けなかった。

彼もまた、安心したように笑い、同じように幸せそうに、嬉しそうにしていたことを。



◆◆◆



「ええ!? それでそれで!?」


瑞紀が机をバンと叩いて、身を乗り出して、鼻息荒く聞いてくる。

隣のレオも、平静さを装っているものの、目はキラキラと輝かせていた。


「それで、ちょっと買い物して、デートっぽいことして、それで終わりよ」


その時の高揚感を思い出して興奮しないように、私は努めて淡々と説明した。


「うわっ、それ、それさ、絶対に脈ありだって! 

 アールグラスさんも満更でもない感じだって!」


「嘘言わないで頂戴。そんなことあるわけないでしょ」


普段他人からの恋慕の情には疎いから、恋愛事には興味がないのかと思いきや、他人の恋愛話には嬉々として突っ込んでくる。

ほんと、この子何なのかしら。


アールグラスさんが私のことを好き? 

嘘よ嘘、そんなことあるはずないわ。


「えー、そんなことないと思うな。だって、私、午前アールグラスさんと模擬戦したんだけど、ミヤラのこといっぱい聞かれたもん」


「はっ!?」


絶対意識してると思うなー、とにやにや気持ち悪い顔を浮かべる戦友を小突いて、私は思わず二人に背を向けた。


自然に赤らんでくる顔と、思わずにやける口を手で押さえ、悶々と考えを巡らせる。


嘘、嘘よ、きっと。

信じない、私は信じないわ……。

アールグラスさんが私みたいな、魔導師としても一人の娘としても微妙な私なんかを……!


「あっ、アールグラスさん」


「こんばんは、お疲れ様です」


今一番聞きたくない言葉が聞こえて、バッと音が出る勢いで振り向く。


そこに、彼がいた。

一番見たくない顔で、一番会いたくない人だった。


彼は普段と変わらない様子で、二人の応対をしている。

そうよ、絶対瑞紀の勘違いに違いないわ。

彼は、いつも通りだもの。


「やあ、こんばんはミヤラ」


私が彼の顔を見たせいで、彼もまた、ふわりと柔らかな微笑みを浮かべて挨拶をしてきた。

その声が、微かな色気を含んでいたことは、彼氏いない歴=年齢の私でも、嫌でも分かった。


勘違い、じゃない、なんで?


「こ、んばんは」


私は彼を『男』として認識しているものの、二人の立場としては結局『先輩と後輩』だ。

後輩の私が、先輩の彼を無視する訳にはいかない。

無理にしぼりだした声は、無性に乾いていた。


「……? ミヤラ、風邪かい?」


訝しげに彼が私を見る。


やめてよ、見ないで。

余計に意識しちゃうじゃないの。


とにかく、その場を何とかして凌ごうと、一芝居打つべく勢いよくお腹を押さえて呻こうとした私の努力を無に帰すように、瑞紀が信じられない爆弾発言をした。


「アールグラスさん、知ってます? 風邪は人に移すとすぐ治るらしいですよ」


「う、うん。知ってるけど……」


「口の中って菌の温床なんですよ。ウイルス取ってあげたら、治るんじゃないですかね?」


バカ言わないでよ、と罵詈をぶつけようと瑞紀を見やると、物凄い悪人面をした彼女がにんまりと嗤っていた。

ああもう、未歌さんといい、瑞紀といい、悉くお節介の範疇(はんちゅう)を超えてるんですけど!?


「……そうなのかい? 初耳だ」


ってちょおおおおお!! 

何アッサリ信じてんのアナタ!? 


初耳ですって? そりゃそうでしょうよ! 

今でっちあげた、瑞紀の真っ赤な嘘ですからね!! 


と、とりあえず、こんな人生最悪の初キスをされる前に、びしっと釘を刺しておかないと!!


「あ、アールグラスさん! 瑞紀の言うことなんて真に受けなくていいですからね!? 

 キスっていうのは、お互いの想いが通じ合って、お互いが愛し合った時にするものですから! 

 だから、」


後の私がこのセリフを聞いていたなら、ここで止めておけ、と取り押さえてでも言うのをやめさせただろう。

だけど、これからどんなことが起こるのか知りもしない今の私は、その続きを言ってしまった。


「まだ早いんですよ!!」


ボッと音を立てて赤面する彼と、


「ほーう、まだ、ね?」


と、にやにやと気色悪い笑みを浮かべる親友たち。


――人生最大の波乱を自ら巻き起こしてしまう羽目になった私は、久しぶりにやってしまった、と心から後悔した。

(※当時の後書きより抜粋)

ここからお互い意識していって、ゴールインします。

気が向いたら書きますが、いつになるかはわかりません。


途中の、手を繋ぐ描写だけでも恥ずかしくなってしまって、

その後のふれあいも書こうと思っていたのに結局ハグどまり、キス寸前というヘタレに終わりました。


ちゃうんや、アールグラスがヘタレやないんや、作者がヘタレなんや(床ダン)



てなわけで、おそまつ!!

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