Episode10 Side‐I『集団戦技講習』
・2013年10月2日~2014年6月7日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。
・古き戦乱の時代で剣王の志を知った瑞紀と、何かのために戦い続ける魔導部隊〔魔導師事務捜査隊〕エース陣との関わりの話です。
短編なのに長編みたいでかなり長く、専門用語連発、シリアス展開続出、戦闘シーンばっかりですが、楽しんで頂けたら幸いです。。
総文字数は、9,612字です。
だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。
あの後すぐ、未歌さんはエントランスホールへ、アールグラスさんは仕事に戻って行ったので、手持ち無沙汰となった私たちは適当にぶらぶらするか――と言いかけて、ふと思い出した。
『紅蓮の射手』と会えてすっかりご機嫌になって忘却の彼方にあったけど、よく考えたら今日も訓練あるんだろうなぁ……。
昼食を終えてすぐ、か……。
そういや、彼女はどれくらい滞在するんだろう。
一ヵ月とは言わずとも、一週間くらいは居て欲しいな……チラッチラッ。
「今回、〔魔導師事務捜査隊〕に寄ったのは、エースどもに近況報告をする為だ。暇を持て余しに来た訳では無い」
ですよねー……。
彼女だって命をかけて悪夢師を狩っていることだし、のんびりと訓練を受けている新参者に構っている余裕はないのだろう。
分かっちゃいたけど……。なんだろうこの寂寥感は。
「……ふむ、だが、貴様の訓練を見てやるのも悪くないな。剣王流の剣技だと言うし、私と刃を合わせた時にもなかなかの者だと感じたし……。……なにより、ヴェスリーのアホ面が拝めるだろうしな」
あれほど申し訳なさそうに陳謝していたにも関わらず、今はまるで自分の弟子のように扱ってくれている。
相変わらず、山の天気よりコロコロと変わる感情は健在のようだ。
イラヴェントや蒐さんに聞いた『紅蓮の射手』のイメージと合わない代わり、まるでローズアグストと再び会話出来ているようで、私も楽しくなってくる。
……実際は怒るべきところなんだろうけど。
それに、彼女の言動がいちいち面白くてつい吹き出してしまう。
私としては、ヴェスリーさんは尊敬するに値すべき魔導師なのだけど、彼女にしてみればその程度の認識なのだろう、と納得すらさせられる。
つーか、アホ面って。この雰囲気だとエース全員分の悪口ありそうだな。
未歌さんだったら……なんだろう、ダメガネ?(by ヴェスリーさん)
「さて、訓練場に向かうぞ――、うん?」
ぐぎゅるるる……。
そんな私の間抜けな腹の声は、意気揚々と歩き出しかけていた『紅蓮の射手』の耳にも届いていたようで……。
さてどんなからかい文句が繰り出されるかと冷や冷やしていた私だが、意外にも『紅蓮の射手』は慈愛に満ちた眼差しを向けてくれた。
「腹を空かせているのか? くれてやるぞ」
どこから取り出したか見当もつかないが、何かを手渡してくれたのかは知ることが出来た。
手のひら大の瓶に詰まっていたのは、オニネズミの燻製。
思わず、涙が出かけてしまった。
それほどまでに感動してしまった。
乱世に放り込まれた時、オニネズミの丸焼きを、有無を言わさず差し出した“彼女”が、フラッシュバックする。
そして、二人が重なり合って――。
「さっさと食え。言っただろう、私は暇ではない」
口調こそ冷たいが、言葉の端々に滲み出る優しさは本物で。
面倒くさいからと二つに結えられた髪は降ろされ、今は紅蓮を纏ってはいないものの――かの英雄、ローズアグストの風格を匂わせる。
私にオニネズミin小瓶の燻製を強引に渡すや否や歩き出した後ろ姿にも、戦場へと赴く戦士の貫録が溢れ出ていた。
実際はただ隊舎の廊下を歩いているだけなのに凛冽としていて、威圧感と圧迫感を周囲にふりまいている。
重々しい、猛々しい、勇ましい――少ない語彙力を活発にさせても、今の彼女に相応しい言葉が見当たらない。
――いや、それは単に、私に国語力が無いだけなのだが……。
「――どうした? 私に、見惚れていたのか?」
流石にその言い方は誤解を招くからやめて欲しい。
女同士の愛情など、成立してたまるものか。
私はただ、ローズアグストを敬愛、尊信、そして敬畏しているだけだ。
恋情? 恋慕? 馬鹿じゃないの?
……いや、その言い方は一部の特殊な感性をお持ちの方に失礼か。
「……ふん、まぁ……そんなことはどうでも良い。いいから、さっさと食え。空腹では満足に動くことすら出来んぞ」
ここでの動くとは、歩行や走行の意ではなく、戦場でそれらしく振る舞えないということだろう。
彼女の分かり辛い好意を受け取り、多少行儀悪くとも仕方ない、と自身に言い訳がましいことを言い聞かせつつ、オニネズミの燻製にパクついた。
うん、懐かしい味だ。
現代に戻ってからオニネズミなんて滅多に口にしなかったからな……。
中途で『紅蓮の射手』が無造作に手を差し出してきたので燻製をわたしたり、二言三言会話しているうちに、訓練場に辿り着いた。
辿り着いた、のだが……。
「ん?」
『紅蓮の射手』が不審そうに声を上げたので、つられてキョロキョロすれば――。
いつもいるはずの影がおらず、代わりにいつもはいないはずの影がそこに立っていた。
しかも、一人では無い。
私が確認出来る限りでは、二人いる。
――もしかして、他の人が訓練場を使用するのだろうか、と心配していると、その可能性は呆気なく消えた。
普通の魔導師ならば、『紅蓮の射手』の姿を見ただけで恐れ慄き、酷い者になると叫び、泣き喚く者もいるのだ。
それが普通の反応というもの。
しかし二つの影は全く怖じないどころか、一人は親しげに手を振っているではないか。
それに……よく見るとあれは――
「イヴェルさん!? 蒐さんも!?」
何度も目をこする。
それぐらい有り得ないことなのだ。
これが例えば――、そう、未歌さんがいるのなら、その可能性は有り得る。
多忙とはいえ、未歌さんが所属するのは魔導師教育部。
新人を鍛えるのに屋外訓練場に足を運ぶことだってあるだろう。
だが、この二人は、緊急時に活躍する〔禁忌の遺産〕管理部所属である。
こんなところで油を売っている暇はない。
二人で模擬戦をしていた、とかだったら有り得ない話ではないが……そんな感じは全くしないし。
「久しいな。この名で会うのは初めてか」
「ふむ、そうじゃのう」
「『紅蓮の射手』な~んて堅っ苦しい通り名使ってないで、名前考えたら? アタシも協力するっさ!」
彼女とイヴェルさんたちは初対面ではないのか。
それどころか、軽い冗談を言い合う仲っぽい。
ま、そりゃそうだよな。
だって、共に世にその名轟かす英雄だし。
「ところで、私はヴェスリーのアホ面を拝みに来たのだが、あ奴の姿が見えんな。それに、何故貴様らがここに?」
「ああ……そのことなんじゃが……」
一旦そこで会話を打ち切り、何故か私の方を向くイヴェルさん。
「瑞紀、過日の約束を覚えておるか?」
「はい?」
てっきり『紅蓮の射手』との世間話を続けるかと思っていたが、私に話題が降りかかろうとは。
それに……何? 過日の約束?
イヴェルさんと交わした約束なんて、そんなに思い当たらないのだが……。
私でも喰らいついていけるような、名のある魔導師か悪夢師は誰、と問いたことに答えるという約束はもう果たされているし……。
他に何があっただろうか。
「……忘れておるのか。まぁ、無理はない。そもそも、約束なぞしておらんしのう」
一点の曇りすら無い銀眼を細め、意味ありげに腕を組むイヴェルさん。
怒られるのではと危惧したが、隣にいる『紅蓮の射手』や破顔している蒐さんの反応を鑑みるに、そういうことではないらしい。
怒られるようなことをした覚えはないしね。
「いつぞやか……其方が儂に集団戦における戦術を乞いに来たじゃろう。そのことについてじゃ」
「……? ……あ、はい、そうですね」
何のことかと思案すること数瞬、すぐに答えが導かれた。
確か、未歌さんとイラヴェントの模擬戦を観戦して、アールグラスさんに手合わせをしてもらった後のことか。
一時間ほど暇が出来て、何をするでもなくぶらぶらしていて、イヴェルさんに会って、というより私が彼女の許にお邪魔して。
その時に、賢者と名高い彼女に集団戦の戦闘法をご教授頂こうとしたのだ。
其方を甘えやかしとうはない、と断られてしまったのだけれど。
「さきほど、総大将から通信があっての。かの『紅蓮の射手』が〔魔導師事務捜査隊〕を来臨なされた、とな。
それに、イラヴェントから吉報も受け取ったしの。甘えやかしても大丈夫と判断したのじゃ」
「それって――?」
「うむ、その通りじゃ。じゃが、初代雷帝のような鬼才ぶりは期待してくれるな。
それに、儂もヴェスリー殿と同じく、基礎的なことを叩き込むだけじゃしのう」
楽しげに含み笑いをするイヴェルさん。
なんだか、ローズアグストと同じ雰囲気があるな。
って、そうじゃない!
それだと、蒐さんがいる意味が無くなるじゃないか!
彼女はどうしてここに?
「そこでのう……良い機会じゃ。この先、『紅蓮の射手』と共に戦うことはなかろうと思うての」
「ふん、そういうことか。私もこのところ存分に力を振るえてなくてな。久方ぶりに大暴れできそうだ」
共に戦う――?
力を振るう――?
大暴れできそう――?
一体何のこと?
「あっ、それ賛成~! アタシも、中々暴れられなくってさ~。ド派手にブチかまし合おうぜぃっ!」
状況が呑みこめず呆けた顔をしていると、蒐さんがノリノリで腕を天に突き上げていた。
そればかりか、戦闘服を纏ってすらいる。
ピョンピョンと跳ねるたびに、彼女が羽織るマントがビラビラして、少しうっとうしい。
「単刀直入に言うなら、集団での模擬戦じゃな。まあ……集団と言うにはちと人数が少ないが……。ま、基礎としては問題なかろうて」
「そっだね~。基礎だしね~」
最近、あなたたちは『基礎』という言葉を使えば何でもアリだと思っていらっしゃいません?
確かに、雷帝式ツインジャスティスをカウンターするよりかは元に忠実だとは思うけど。
出来ることなら『紅蓮の射手』と背中を合わせて戦ってみたいし、エースとも張り合いたい。
だけど、それは私の単なる願望、叶わぬ欲求に過ぎない。
考えても見て欲しい、例えるならば野球の強豪校に素人が一人ポツンと加入するようなものだ。
邪魔以外の何物でもない。
「貴様が役に立つも立たぬも関係ない。だが、一つだけ言うぞ。――我の足手まといになるなよ!」
我、という一人称は、古き動乱を駆けた英雄・ローズアグストのもの。
そして、舞い咲く紅蓮も、彼女のもの。
「――――」
その途端、目頭が熱くなった。
気を抜けば泣いてしまうかもしれない。
彼女の性格上、私を本当に邪魔者扱いしているのなら、いくら模擬戦闘訓練とは言え共闘なんてことはしないだろう。
憎まれ口を叩きながらも、共に戦おうとしてくれるのなら――。
私が踏鞴を踏んでいる暇など、無い。
「っほれ!」
開戦の合図たる神雷が、煌めいた。
空中戦担当の二人――『神雷の導き手』イヴェルティシィス・ジュリィンヅメルトと、『紅蓮の射手』は一瞬にして高層ビルの頂までの高度に飛び上がる。
一方、地上戦を得手としている『破滅の齎し手』微雨壕蒐、そして私――羽柴瑞紀は、お互いに距離を取るのみ。
「んなっ!?」
そんなまさか。
驚愕の言葉が、危うく口から出るところだった。
開戦早々、銀色の落雷が降臨したのである。
それだけならまだしも、その衝撃を伴って、大地を砕く戦慄の破滅法が唱えられたのだ。
空と地、双方からのダブルパンチを喰らい、それでも私は撃墜しないように足掻く。
足手まといになるなと、彼女に言われたから。
「っはぃや!」
覚えたてのバク転で、まずは落雷を回避する。
ちょっと離れた程度では余波を喰らってしまうから、魔力で強化しつつ、だ。
それから、地上にのみ被害を齎す破滅法には、空中に上がることで退避する。
流石に、空を自在に飛び回るなんてことは出来ないけど、長時間宙に浮くくらいは出来るもんね。
「にぉお?」
九死に一生を得たとばかりに一息ついていると、遥か頭上にて紅蓮が燃え上がった。
それが狙うは、拳を地に突き立て次なる破滅法を喰らわせんとしていた、蒐さんである。
この所作にサポートをするのは、阿呆のすることだ。
蒐さんは『紅蓮の射手』に任せて、私はイヴェルさん目掛けて徹甲狙撃弾を数発、発射させる。
それと共に、高い建造物のない区域に降り立ち、戦況を窺う。
「っう、うわ!? 『紅蓮の射手』――い、いや、呼びにくいから、グレンちゃんでいいや! 君、本気出し過ぎ――うひゃあっ!?」
元々蒐さんの仕業で地面がズタズタにされていたのに、更に砲丸の如き炎弾で無残な大穴を空けさせている地上にて、間抜けな悲鳴が響いてきた。
最初、この隙を狙って斬りかかるべきか――と策を巡らせたが、『紅蓮の射手』なら私がそんなことをする必要はない。
となれば、私が相手すべき敵は一人。
「イヴェルさんッ! おりゃッ!!」
先より密度の高い徹甲狙撃弾を五発、空中で何やら雷を喚ばんとしていたイヴェルさんに撃ち放つ。
これは、剣技は何ら問題は無いとして、ご褒美にヴェスリーさんから教えてもらっていたものだ。
直射砲や集束砲など砲撃魔法に悲しいほど才能が無いのと引き換えに、射撃魔法ならある程度素質はある。
魔力を惜しみなく消費して構築したこの魔力弾――、さて、イヴェルさんはどう出る?
「――っふ」
とは言ったものの、足止め程度にしかならないだろうなぁ、と諦観していると。
そんな私の唯一の希望すら折り砕く選択を取ったイヴェルさん。
なんと、落雷を導き、いとも容易く五発まとめて撃ち落としたのである。
驚きはしたが、かといって愕然としている余裕などない。
すぐさま戦法を変える。
「破滅・滅墜塵!!」
地上にて、そんな詠唱が唱えられたのを、逆手に取る。
普通なら、アスファルトがめくれ上がり、舞い上がり、左右上下どこからでも迫る来る有り得ない現象に慄くことだろう。
だが、私はそれを利用して――。
地下深くにあったのだろう大岩が噴き出す際、それに飛び乗り移動する。
まあ、移動と言っても上にしか行けないのだけど。
「誓眼烈斬ッ!」
私が空中に再び飛び上がるのとほぼ同時に、紅蓮の熱塊が炸裂した。
耐熱性のあるビルをマグマの如く熔解させるほどの威力だが、蒐さんにはそれほどのダメージではない様子。
ヤバい……蒐さんもスイッチ入っちゃったか!?
「っだぁあああああ!!」
っと、私は彼女らに気を向けていられるほど強くない。
イヴェルさんとの交戦に集中せねば。
とりあえず、遠隔での射撃魔法展開では魔力消費が著しい上に、彼女には一切通用しないことが分かったので、突撃しての斬撃魔法展開に切り替えてみる。
これで好感触を得れば、斬撃一点で、後は魔法や戦法を変えるだけだ。
「――っ!」
私の必死の突撃は、やはりと言うべきか、イヴェルさんに防がれてしまった。
高速機動の使い手で、空戦機動戦を得手とする魔導師ならば、私の貧弱な腕でも押し切れるほどの紙装甲なのだが……。
イヴェルさんは広域補助型――後方で味方の支援や補助をするのが主な仕事なのだ。
防御は堅いに決まっている。
「ほいっ!」
このまま魔法陣相手に突撃し続けていても意味が無いので、早々に離脱する。
それに、同じ場所に何秒も留まり続けているということは、斬撃型魔導師にとって死すら意味するというし。
(……これは、ちょっと――いや、だいぶヤバい、かな……)
視界の端に移る、淡い琥珀色と、力強い紅蓮の刺突を眺めながら、この状況を整理する。
魔力弾を放てば、落雷で撃ち落とされる。
私の斬撃魔法じゃイヴェルさんには、この刃は届かない。
もたもたしていれば、今の私のレベルじゃ一撃で瀕死に追いやられる雷が襲い掛かる。
保有する魔力量が桁違いなので、魔力切れを狙うどころか、逆にこちらが魔力切れを狙われる。
(――なら、『紅蓮の射手』の手を借りるのが得策。でも……)
でも彼女は、模擬戦ということをすっかり忘却の彼方に追いやった蒐さんとの交戦で、いっぱいいっぱいのはずである。
いくら味方とはいえ、援護している段ではないだろう。
私も参戦して、二人で蒐さんを撃墜させるべく動いていても、その間にイヴェルさんが棒立ち状態で大人しく待っていてくれるはずもない。
それに、私程度の参入じゃ、戦力になるかすら怪しいし。
カウンターを狙えば、鉄壁の防御陣を貫き、イヴェルさんにダメージを与えることが出来るだろうが、それくらいじゃ決定打にはならない。
彼女もそれを予測してか、開戦当初に落とした雷以外に攻撃魔法というものを私に向かって使用してこない。
――こうして考えている間にも、無情にも時間は過ぎ去っていく。
それなら、玉砕覚悟で突撃した方が、時間稼ぎも出来て良いのではないだろうか。
私はそう前向きに考え、再びイヴェルさんに斬りかかった。
愛剣に亜麻色の魔力素を纏わせ、力の奔流を刀身に流し込む。
あの輝きには及ばぬものの、かなり眩い亜麻色に発光するブロードソードを握り、逆袈裟の構えで突撃する。
剣を振り上げ、鋭い軌跡を描――こうとした、その刹那。
一筋の流星が、空を斬り裂いた。
いや、あれは流星では無い。
あれは――紅蓮の炎弾!?
「っ!?」
それはイヴェルさんに迫り、その存在に気が付いた彼女が慌てて防御陣を展開した。
私が渾身の一撃を放とうとしていたその瞬間に現れた、ということは。
「ッ、爆斬刃ァ!!」
息を思い切り吸い込み、業を吼える。
イヴェルさんの驚愕の表情は、今でも忘れられない。
「っだ!!」
「っおりょん!!」
多少は手を抜いてくれていただろう彼女を撃墜した私の耳に聞こえてきたのは、獅子の咆哮と、やや阿呆臭い掛け声。
恐らく、私がイヴェルさんと対峙していた時からずっと聞こえてきているのだろうが、私は自分のことに精一杯でそこまで気を回せなかった。
それでも尚、『紅蓮の射手』は、私の援護をしてくれた。
今度は、私の番だろう。
「はぁっ!!」
「とりゃ!」
先ほどから、あのような気合の入った声を響かせている。
その声量に比例して、消費する魔力もだんだん多くなってきている。
それだけ、両方が本気を出しているということだ。
正直、真正の炎が顕現され、地面が引き裂かれ、擦り砕かれ、もう滅茶苦茶になっている上に、ドデカい岩盤やら土塊やらがそこかしこに鎮座している、これを地獄と呼ばずになんと呼べと言うのか、という光景に入り込むには多少の度胸を要したのだが。
まあ、半ばヤケクソで私は死地に降り立った。
「黄裂一斬ッ!!」
多少苦戦を強いられたからと言って、ローズアグストはあの切り札を安易に切ったりはしない。
それなのにこの業を発動させているということは――。
残すところ、もうあの奥義しか打つ手は無いってことか。
「やぁああああ!!」
でも、頑丈な建造物すら無残に燃やし尽くし、熔け尽くす紅蓮の炎は、魔力で強化された土塊によって防御されている。
無差別な破壊と殲滅を齎す『紅蓮の射手』は、延々と消耗戦を繰り広げさせられているのか。
ふむふむ、なるほど、大体把握した。
「だ、っああああああああ!!」
先より強力な斬撃魔法を繰り出す。
要は、さっき『紅蓮の射手』が私にしてくれたことを、規模を大きくしてそのままやればいいことなのだ。
新作故に魔力消費が大きいが、蒐さんの隙を突いて、彼女が勝利するのなら構わない。
「うおうっ!? ミズキチ!?」
意表を突かれた蒐さんの叫び声など、聞こえないフリだ。
持てる力の全力を、今愛剣に注ぎ込むのみ!
「――蒼牙」
『紅蓮の魔剣』を模し、ブロードソードの刀身や幅を倍以上にさせ、大剣と変化させる。
亜麻の光を宿すどころか、火花すら散っているので、これでちょっと斬りかかっただけでも大威力を誇るだろう。
だが、私は魔力がゴリゴリ削れていくのも無視して、更に力を振り絞る。
「暴麗撃ッ!!」
物理的な盾として構築されていた土塊を斬り薙ぎ、
咄嗟に展開された魔法陣バリアを貫き砕き、
蒐さんを中心とした円状に大爆発を起こさせる。
凄惨な姿を晒していた地表が更にめくり上がり、
ビルが雪崩の如く倒壊していき、それに伴って濛々と黒煙が上がった。
粉塵が舞う最中、保有する魔力を全て使い果たしたと言っても過言ではない私は、意識を失いかけていたが――。
私を覚醒させるほど眩い、とても眩い閃光が迸った。
「――滅鬼炎雷灼蓮斬――!」
古き戦乱の時代では戦法万能型且つ接近戦最優の王として、
現代では悪夢師狩りを行い事件解決も手掛ける英雄として、
千年という長き歳月を紅蓮に彩ってきた、獅子王ローズアグスト・フロット・ヴェヴィアンニュ。
同朋からも畏れられ、また信頼されていた彼女の、爆発的な、まさに爆発的な、全力が奔る。
それは、撃墜されかけたものの、まだ戦機を窺っていたイヴェルさんの視界を紅蓮で埋め尽くすほどのものだったという。
――そして私たちは、どちらからともなく、背中を合わせた。
今日初めて出会って、今日初めて共に戦ったはずなのに、幾年も付き従ってきたような感じがするのは――きっと、気のせいでは無いだろう。
私はそう、己惚れることが出来た。
「えっ!? もう行っちゃうんですか!?」
流石に二度も全力を出した後では、疲労の色も濃い。
でも、戦闘の事後処理(屋外訓練場の修復等)を終えた『紅蓮の射手』の言葉には、黙っていられなかった。
「初めから言っておろう。私は暇ではないと。まぁ、私も貴殿と別れるのは少し寂しいが……」
いつの間にか、私の呼び名が貴様から貴殿に変わっている。
小さなことなのに、彼女の信頼を得られたことに大きな喜びを覚えてしまう。
比較的ダメージの小さかったイヴェルさんはこの場に同伴していて、別れの言葉を口にした。
「今日は、〔魔導師事務捜査隊〕に顔を出しに来てくれて……感謝するぞ、『紅蓮の射手』。
またいつか、会おう――と言えればいいんじゃが、其方と会う時は大概事件の時じゃしな。一概に喜べん」
「まあ――それもそうだな。……ところで、貴殿は名をなんと言う?」
イラヴェントとか未歌さんから聞いているはずなのに……。
ここで名を訊いてくれる辺り、私はどうやら彼女の目に適ったようだ。
「――羽柴瑞紀です」
「そうか。瑞紀、今日は、その……ありがとうな。
良い経験をさせてもらった。貴殿の将来に、神の御加護があるように……祈っているぞ」
苦々しく笑う『紅蓮の射手』。
神の怒りを買い、罰を受けた罪人の分際で、と皮肉っているのだろう。
ここで、はいそうですか、ありがとうございますと返すのはあまりにも品がない。
だから――
「訂正してください。私の将来に、紅蓮の導きがあらんことを、と――」
いつか、この日のように彼女と――ローズアグストと、背中を合わせて戦える日が来るのかもしれない。
その日に思いを馳せつつ、私はそう言った。
(※当時のあとがきより抜粋)
書き切った――ッ!! そして燃え尽きた――ッ!!(・ω・´;)
いやー、やっぱり主役二人の共闘戦は燃えますね!! 私が!!(おまえがかよ)
本当はもうちょっとコンパクトに仕上げたかったのですが、もうね、手が勝手に動く動く(*'ω'*)