Episode06 Side‐Ira『エース』
・2013年10月2日~2014年6月7日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。
・古き戦乱の時代で剣王の志を知った瑞紀と、何かのために戦い続ける魔導部隊〔魔導師事務捜査隊〕エース陣との関わりの話です。
短編なのに長編みたいでかなり長く、専門用語連発、シリアス展開続出、戦闘シーンばっかりですが、楽しんで頂けたら幸いです。。
総文字数は、8,682字です。
だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。
「ふむ……そういえば」
開口一番、イヴェルさんがドリンクバーでアイスコーヒーを淹れつつそう言った。
何かを思い出したかのような口調だ。
何か重大なことなのだろうか?
「? なに?」
同じく不審に思ったのか、同席するイラヴェントも首を捻り、訊ねた。
彼女の手元では、アイスコーヒーに大量の砂糖とミルクを投入し、スプーンで掻き混ぜているという作業が繰り広げられている。
――研修四日目、現在私たちは午後の空き時間で、休憩室で束の間の休息を満喫中だ。
私が訓練を終えて一息ついていたら、仕事が一段落ついたという二人がテーブルについたのである。
休息室内にあるドリンクバーで各々飲み物を用意して、今に至る。
「瑞紀、あの質問の答え、用意出来たぞい」
「えっ? あ、ありがとうございます! ……それで、誰ですか?」
「ふむ、それはのう……」
余談だがイラヴェントは蒐さんの時みたく、興味を示すわけでも会話に横入りしてくるでもなく、我関せずを装ってアイスコーヒーを吟味していた。
こういう質問があったと事前にイヴェルさんから説明されていたのか、はたまたどういう内容なのか察しているのか。
「――ヴェスリー殿じゃ。善戦……とは行かぬが、そこそこ互角に戦えるじゃろう」
「へっ? ヴェスリー訓練司令官ですか?」
そんな馬鹿な。
ヴェスリーさんは、ド素人が出世した程度の私に勝利を譲るはずなんかない。
確かに、才ある不屈のエース・オブ・エースや大魔力を保有するイヴェルさん、真竜を召喚出来る双剣士たるイラヴェントといった、特異な存在と比較すれば弱く頼りなさそうな感じだ。
だが、それでも魔導師としては一流の部類に入る。
吸い込んだ者を酩酊・錯乱状態に陥れる、悪夢の魔導法〝毒の靄〟ターテングロが発動すれば、大して抵抗力のあるわけではない私なんて一瞬で終わりだろう。
魔力変換資質自体才能の塊と比喩されるこの現代で、格別かつ異質な特別魔力変換資質〝毒〟を保有し、一時期は『一網打尽の毒靄』と畏怖され、蝋燭色の光が煌めくだけでも他者の戦慄を呼んだというのだ。
年を重ね、老い衰えたとはいえ、そんな凄いエースが、私と互角? 冗談じゃない。
「……もちろん、〝毒の靄〟を使わねば、の話じゃがな」
「あっ……、はい、そうですよね」
一瞬、安堵してしまった自分がいる。
普通ここは悔しがるべきだろ。
『Master.』
と、突然イラヴェントの魔導端末から警告音が響いたかと思えば、無感情の機械音声が主を呼んだ。
普段イラヴェントが肌身離さず持っている、龍の姿が刻まれた不思議なアクセサリの表面上に、『Warning』という文字が浮かんでいる。
最初に鳴り響いた警告音の大きさからして、これは尋常じゃないなと私は直感的に思った。
案の定、モニタが表示され、未歌さんからの映像通信を受信している。
『イヴェル、イラヴェント、それに瑞紀ちゃん、至急隊長室まで来てくれる!?』
いつもは間抜けな笑顔を浮かべている未歌さんの顔が、剣呑な雰囲気に包まれ、真剣みを帯びた顔つきへと変化していた。
要件を伝えるだけ伝えて、返事も聞かずに通信を切ったことから、よっぽどの事なのだろう。
残念、もっとイヴェルさんとイラヴェントの二人と雑談に興じていたかったのだけれど。
非常事態なら仕方が無い。
私は大人しく二人を見送るべきだろう。
「何をしておる! 早く行くぞい!」
「瑞紀、君も呼ばれているんだよっ!?」
注いだばかりのコーヒーを倒してしまわんほどの剣幕で、二人がまくし立てた。
イラヴェントに至っては、強引に私の手を引いて引き摺って行くほど。
あれ? 私なんで呼ばれたの?
戦力になんかならないと思うんだけど……。
「総大将! 何事ですか!?」
バァン!とドアを殴り飛ばしかけてしまうほどの力で押し開き、隊長室内へ。
すると、そこにはもう戦闘服を纏ったアールグラスさん、蒐さん、そしていつもの制服のヴェスリーさん、未歌さんが待っていた。
「さっき、市街地の方で爆破テロが起きてね、人質も取られているっていう事件が発生したんだ。近隣の魔導部隊も出動しているけど、決定的な戦力が欲しいって。
で、アールグラス・ヴィンゼル一等空尉、微雨壕蒐陸曹、イヴェルティシィス・ジュリィンヅメルト空戦提督に出撃要請が出ている他、イラヴェント・テシェール・ソンティアル空曹長に待機命令が出されてる。みんな、いいね!?」
「「「「はっ!」」」」
テロって、アレだよね。反政府組織による、政治妨害行動的なやつ。
なんでそんなもの市街地でやる必要があるのだろうか。
あれかな、『俺の力を見せつけてやるぜ!』みたいな? 前哨戦ってやつ?
――ていうか、みんな階級高すぎ笑えない。
「香高三等空佐、あなたは?」
「うん? 私? 私はイラヴェントやヴェスリーと一緒に隊舎で待機。
一応こちらの方で合わせて捜査班を派遣するから、なるべくエレガントに戦ってね」
戦いにエレガントもクソもないと思うが。
ま、まあ……要は、他の犯罪組織や危険な〔禁忌の遺産〕が関与していないか捜査する必要があるから、その証拠を鮮明に暴き出す為、余計な力を振るって破壊とかしたりしないでね、ということだろう。
現場に居合わせたのは普通の一般人で、爆破したのは近辺にあった〔禁忌の遺産〕だった、っていう可能性もあるしね。
それだと、ただ現場に居ただけの通行人が、市街地を混沌へと招き入れた悪人扱いされちゃうし。
「では、アールグラス・ヴィンゼル、出撃します!」
「ふむ……儂も、行こうかのう」
「同じく、微雨壕蒐、行ってきます!」
元々戦闘服に身を包んでいたアールグラスさん、そして一瞬にして戦闘服を纏ったイヴェルさんと蒐さんが一斉に隊舎から飛び立った。
因みに、陸戦魔導師である蒐さんは、空中での戦闘が不得手というだけで、直線的な飛行移動は可能なようである。
私なんて宙に浮くことすら出来ないのに……羨ましい。
ひっそりと羨望の感を抱く私はさておき、何だか一変してピリピリとした緊張感に包まれた隊長室。
ヴェスリーさんは落ち着きなく部屋をうろうろと動き回ったり、椅子に腰かけている未歌さんは規則的に机をトントンと叩いたりしている。
イラヴェントは例外で、何やらモニタと睨めっこをしていたので、気になった私は背後から覗き込んでみた。
「イラヴェント、何をしてるの?」
「あ、瑞紀。いや、この事件のリアルタイム映像だよ。ホラここ、犯人グループが暴れまわってる」
「ホントだ……。三人……いや、四人?」
「五人だね。一人はどっかでサポートしているっぽい」
派手で無駄に煌びやかな戦闘服(?)を纏い、好き放題魔力砲やら魔力刃やらをぶっ放している犯人グループの四人。
一人はどこかでサポートをしているので姿は確認出来ないが、イラヴェント曰く五人いるようだ。
「ん? これは……人質?」
「だね。ま、こうした方が要求通るし」
画面の向こうでは、犯人グループの一人、ド派手な金色の戦闘服を着崩している大男が、バインドで拘束された女性の襟首を絞め上げていた。
お決まりの台詞『こいつがどうなってもいいのか!?』というチンピラっぽいことを言っている。
その場には一般人も紛れ込んでいたが、その男が特に強く当たっているのは警察関係の人間や、ピシッとしたスーツを着こなしている局員らしき人たちだ。
――重ねて言うが、ぶっちゃけただの人間に魔導師や悪夢師に対抗する術は無い。
勿論、魔導文化で栄え、栄華を誇ったサヴィスク島に住まう人間に魔力が無いはずは無い。
私のように本人たちが自覚していないだけなのだが、それでも訓練された人間とそうでない人間の差というものはある。
哀しきかな、これが現実だ。
ある意味、最も残虐な時代と酷評された古き戦乱の時代と何ら変わりない現状。
力のある者が、力の無いものを蹂躙する。今も昔も、変わっていないではないか。
現代に生きる者は皆、古き戦乱の時代は無差別な殺戮が行われた、覆すべき過去だと言っているけれど、やっていることは皆同じ。
違うのは、正義を名乗り大義を盾に、同じく力で蹂躙している魔導師たちが現れたということだ。
「……瑞紀? どうしたの?」
思考の海に揺蕩っていたら、イラヴェントに心配された。
そんなに深刻そうな顔をしていただろうか。
「いえ、何でもないよ。……あ、蒐さんたち、来たっぽいよ!」
話題を逸らすべく、映像に淡い琥珀色の光が映りこんだことをイラヴェントに伝えた。
凄まじい、新幹線並みのスピードで接近した淡い琥珀色の光は、一瞬にして停止、人質を用意し局員や警察官を脅していた大男をバインドで拘束する。
続いて、人質の女性のバインドを素手で一掴み、
『錬鉄霧散っ!』
との一声で千々に砕け散らせた。
恐るべし、破滅の王の破滅法。
魔力で構築されたものすら破壊するのかよ。
害のあった拘束具から、無害の魔力素へと分解された赤色(恐らく、先の男性の所有色だろう)の光。蒐さん凄ぇな。
『ぐぁあっ!?』
私が素直に歓声を上げていると、別のモニタから悲鳴が聞こえた。
不審に思った私とイラヴェントがモニタに視線を移した、その刹那、銀色の雷光が煌めいた。
映像を観ているだけの私たちにでさえその迫力が伝わるほどの雷鳴を轟かせ、落雷を降臨させている。
先ほどの悲鳴は、その落雷に直撃した哀れな犯人のものだろう。
だが、悲鳴こそ上げているが、ダメージはそれほどでもないらしい。
すぐに飛行し、破壊活動を続けていた。
『ふむ……頑丈じゃのう。――ならば!』
悪役のようにほくそ笑み、口の端を釣り上げているイヴェルさんは、再度指を弾いた。
すると、銀色の雷が犯人の一人を追うように連続して落ちていく。
下り坂で巨大な大岩に追いかけられているような焦燥感を煽る、連続追尾雷撃。
イヴェルさん容赦ねえな。
犯人の一人は、私たちがつい吹き出してしまう程の必死の形相で逃げ惑っていたが、大魔力を保有するイヴェルさんとの長期戦ではどうやっても不利である。
銀色の落雷に二、三度直撃し、丸焦げになったばかりか、もう立ち上がる体力も気力もないのか地に伏していた。
そこにすかさず淡い琥珀色のバインドで束縛する蒐さん。
彼女は脅されていた一般人(警官やら局員やらいるが、私たちから見れば皆一般人なのである)を解放し、現場から離れさせていたのだが、イヴェルさんが敵を撃墜させたことを察したのだろう。
イヴェルさんは蒐さんが拘束したところを見てはいないが、仲間が処置を施したことを同じく察したのか、他の犯人確保に専念していた。
素晴らしいコンビネーションだ。
『にゃごうっ!?』
同じく、間抜けな悲鳴か響いたことから、イヴェルさんは二人目の撃墜に成功したようだ。
これで現場には一人、他の場所で工作作業をしていると思われる一人の、残す二人となった。
現場の一人はイヴェルさんが数十秒も要さず撃墜させると思うから心配ないのだが……。
そういえば、アールグラスさんは?
現場に鉄色の光がないことから、後者の一人を相手しているんだろうけど……。
『こ、のぉ……! っおらァ!』
同じようなことを思ったのだろう、イラヴェントが三つ目のモニタを表示させると、犯人グループの抵抗の声が聞こえてきた。
遅れて届いた映像では、全然違う場所の屋内で近接戦が行われていた。
男が拳を振り上げ、右ストレートの姿勢を取る。
打撃型の魔導師なのだろうか。
魔力を拳に集束し打撃に移ろうとしたその瞬間、光速で飛んできた投槍に制される。
魔力を一点に集束していたことが被害の拡大に繋がってしまった。
何故なら、飛んできた投槍もまた、拳と接触する部分に魔力を集束させていたからである。
――皆さん、ヤシの実をガムで割る映像をご覧になったことはあるだろうか。
極寒の地サヴィスク島にはない、南国のヤシの実。
その表面は人間で割れそうにないほど堅く、とてもガムという柔らかな物質では割れるようなものでは無い。
だが、ガムを円錐状に先端を尖らせ、人間が持ったヤシの実をその上に振り下ろすことによって、割れてしまうのだ。
今回は、そんなヤシの実とガムと同じような現象が起こったのである。
魔力の大爆発が起こり、男の手を覆っていた金属の籠手が砕け散った。
無論投槍も粉微塵に破壊されてしまったが、彼はいくらでも、それこそ魔力が尽きるまで無限に投槍を構築することが出来るから何の問題はない。
『くそっ! くそぉっ!!』
武器を失った男は悔しそうに地団駄を踏んだ。
その様子を同情するでもなく冷静に見つめるは、百戦錬磨の投槍使い、アールグラス・ヴィンゼルさん。
皆様に誤解されそうなので補足しておくが、今回の犯人グループは、とても私では太刀打ち出来ないほど強かったりする。
それでも圧倒的に打ち負かされているのは、単に〔魔導師事務捜査隊〕エースたちが強すぎるからなのだ。
打撃型らしいこの男も、私と真っ向で戦ったら、逆に私が一方的に打ち負かされるだけだろう。
それほどまでに強く手ごわいことを、ここに追記しておく。
『市街地での無許可の魔法使用、魔法による無差別な破壊活動、地域局員への脅迫行動、及びテロ活動! 公務執行妨害の疑いで、逮捕します!』
キィンッ!という音と共に男を拘束し、現行犯逮捕するアールグラスさん。
別に私は彼に恋慕の感情を抱いている訳では無いが、今この瞬間に限っては惚れてしまいそうなほど格好良かった。
『ふむ、意外に呆気なかったのう』
別のモニタでは、犯人グループの中の四人を見下ろしているイヴェルさんが感想を述べていた。
私が戦っていれば逮捕にもっと時間がかかるどころか、負けてしまいそうなほど強かったのですが、それについて感想は?
つーか蒐さんっ! なに呑気に欠伸してんだよ!
え!? 『暴れ足りない』!?
未歌さんからエレガントに戦えって言われていただろ!?
私に対する皮肉なのかな!? ねぇ!?
「……終わりましたね」
私の心中によるツッコミはさておき、イラヴェントが安心したように安堵の溜息をついていた。
未歌さんは対照的に、残念そうに嘆息している。
「結局私の出番は無しか~。つまんないねえ」
「総大将が活躍なさるとなれば、それはもういつぞやの事件ほどの大規模なものでなければ……」
いつぞやの事件、についてはツッコミ無しという方向で行こう。
一度興味を示して訊いてしまったが、私にとっては記憶から消してしまいたいほどの大事件だ。
訊いたら破滅するよ、私が。
「捜査別隊からの報告は?」
「あー、うん。さっき報告あったけど、やっぱり今回の事件はあの五人が犯人で間違いないって。一応、あの五人を取り調べたりはするけど……。
仲間は居たとしても、別の犯罪組織と手を組んでいたりとか〔禁忌の遺産〕が関与していたりっていうのはまず無いってさ」
「そうですか……」
二人の会話に違和感を覚えたので、私も参加してみる。
「あの、犯行動機は? 取り調べの時に訊いたりしないんですか?」
「にゃはは、そんな面倒なコトすると思う? そもそも、何か重大な使命とか、どうしても成し遂げなきゃいけない宿命とかがあったら、もっと慎重に行動するはずだしね。
ああいう安っぽ――ゴホン、ああいう安直な手段を取るってことは、そんな大した理由は無いってことだよ」
この辺は数々の魔導事件を解決に導いてきたエースとして学んだことなのだろう。
要するに、チンピラが誰彼構わず喧嘩を売るようなことだ。
本当に何か重大な理由があって正義に反する行動を取っているのであれば、本拠地を構えたり周辺にある魔導部隊の戦力調査とかをするはずだからだ。
本当に強いものが誰にも喧嘩を売らないのと同じ、能ある鷹は爪を隠すのと同じで。
……あと未歌さん、安っぽいって言いかけたな。
「良い例が、〔呪縛の鎖〕だよ。あいつらは神出鬼没、目的のものが無いとみれば同じ場所に長居はしたりしない。
……まぁあいつらみたいなのが増えたら、私の仕事も余計増えちゃうから、今回のこれみたいに多少馬鹿っぽい方が、愛嬌があるようにすら感じるんだよねぇ」
「…………」
化け物ですか? この人たち。
「それはさておき。あっちの方はあっちの三人が上手い事やってくれるだろうし、私たちの出動待機命令ももう少しで解除されるだろうし……。ちょっと仮眠するね」
「あ、どうぞ」
どこまでもマイペースな未歌さんを隊長室に残し、私とイラヴェントは廊下に出る。
余談だが、私たちがモニタを前に盛り上がって(?)いる間に、ヴェスリーさんはどこかへ姿を消していたらしい。退室する際に初めて気が付いた。
どこにいるのだろう?
「あのさ、イラヴェント。こういうの、結構あることなの?」
「結構……っていうか、最近は少なくなってきた方だよ。昔は凄かったから」
何故か遠い目をしているイラヴェント。
これについてはツッコまない方が良さそうだ。
「確かに犯罪組織は増えてきたけど、魔導部隊も増えてきたから、昔みたいに〔魔導師事務捜査隊〕頼りっていう状況は少なくなってきたかな。それに、北との連携も取れてきているし」
「北?」
「昔は南北ですっごい仲が悪かったんだけどね、最近は仲良くなってきているんだ。それは魔導師も然り。その恩恵に与れるって訳」
私はサヴィスク島全体でみて西の方の地域に住んでいて、北との交流も活発だったから、あんまり仲が悪いって実感はないあ。
南北で仲が悪い、って話は聞いたことはあるけど。
まあその辺の話は難しくなるからやめておこう。
「……〔魔導師事務捜査隊〕って、魔導師の頂点に君臨する部隊、なんだよね……」
しみじみと呟いてしまう。
私は何度か〔魔導師事務捜査隊〕を魔導師の頂点に君臨する部隊と表現しているけど、どうしても実感というものは沸かない。
何故かって?
私みたいな素人に分け隔てなく接してくれるばかりか、訓練だってマンツーマンで指導してくれるし、イラヴェント相手に至ってはタメ口かつ呼び捨てで接することが出来ているから。
歴戦のエースと畏怖畏敬の対象になっている人たちとごく普通に接していると、普通の魔導師なのではと錯覚に陥ることもしばしばあった。
「うん、そうだよ? それがどうしたの?」
「いや……そんな凄い部隊に研修出来ているって、凄いなって思って……」
だけど、今回の件で痛感した。
この人たちは誰よりも強く優しい、文字通りの“エース”なのだと。
今回の事件について、やることは乱世でも現代でも同じ、力のある者が力のない者を蹂躙すると言ってしまったけど、同じなのは悪い部分だけではない。
かつて、紅蓮を纏った宝剣を手に猛威を振るった百獣王、剣王ローズアグスト。
威圧感と圧迫感を周囲にふりまき、貫録に満ち溢れた英雄。
だが、物々しい出で立ちと歴史に反して、性格は茶目っ気溢れる、悪戯好きの子供のようなものだ。
――そして誰よりも優しく、強い。
エースとは、ただ強いだけの傲慢者ではない。
他人を慈しむことが出来、その為なら己の身さえ犠牲にすること憚らない人たちのことを言うのだと思う。
今までは単に、歴戦を勝利で飾ってきた英雄たちと一緒の隊舎に居られて凄いと思っていたけど、意識が変わった。
圧倒的な強さを誇っても尚、その力に驕らず、人を思いやることが出来る優しさを持つ人たちと居れて、私は幸せなのだと思っている。
私には出来ないな、強さを持って尚人に優しく出来るっていうことは。
情けないけど、多分出来ないと思う。
だって、いざとなれば敵味方構わず蹴散らすことが出来るんだよ?
世界さえ滅ぼせてしまうかもしれないんだよ?
悪用はしないかもしれないけど、その力に縋るくらいはしてしまうかもしれない。
……まぁ、これが“弱い”ってことなんだろうけどね。
「私は、この部隊が凄いって思ったことないけどなー。
昔いたエースたちが面白い、ユーモアな人たちばかりで、むしろ身近に感じたかな」
まるで家族みたいにね、とウィンクしながら付け足すイラヴェント。
家族みたいに、か……。そういうの、良いなぁ……。
「あ、出動待機命令解除されたよ。お茶会の続き、する?」
「ごめん……これから訓練なんだ」
「あっ。そうだったね。じゃ、また今度」
エースとお茶会っていうのも、普通は経験出来ないような凄いことなんだろうなぁ……。
誘ってくれるイラヴェントに甘えてしまいそうになったが、ぐっと堪える。
自分に優しくしてばかりじゃ、人に優しくするなんて不可能に近いしね。
(※当時のあとがきより抜粋)
今回は、〔魔導師事務捜査隊〕のエースの“優しさ”に瑞紀ちゃんが気が付く回です。若干シリアス?
っていうか、未歌さんとイラヴェントの喋り方、ちょっと被っちゃってるな。
次回は今回ちょこちょこと出てきた、ヴェスリーとのガチンコバトルの回です。
今回言っていたように“毒の靄”ターテングロは使用しないので、ガチンコと表現していいか迷いますが……。