Episode05 Side‐A『休暇の怨敵』
・2013年10月2日~2014年6月7日までの間に投稿した短編を纏めて再投稿したものです。
・古き戦乱の時代で剣王の志を知った瑞紀と、何かのために戦い続ける魔導部隊〔魔導師事務捜査隊〕エース陣との関わりの話です。
短編なのに長編みたいでかなり長く、専門用語連発、シリアス展開続出、戦闘シーンばっかりですが、楽しんで頂けたら幸いです。。
総文字数は、6,151字です。
だいぶ長いので、作業の合間にでもどうぞ。
いくら歴戦を潜り抜け、最強と謳われ無敵と慄かれたエースと言えども、越えねばならぬ壁というのは存在する。
時に、武力のみでは解決を図れないものもあるのだ。
――それを私は今、改めて痛感させられていた。
「うぐぅ……」
休憩室のテーブルに突っ伏し、アホ丸出しの唸り声を上げている私。
机上には書類の山……ではなく課題の山が積み重なり、明日の遠さを物語っている。
いくら短い夏季休暇と言えど、やはり課題というものは存在しているのだ。
普段私は、夏季休暇中特にやることも無いので、苦労することなく一週間くらいで課題を終えているのだが、今回は訳が違う。
〔魔導師事務捜査隊〕に研修しているという立場上、私の一日のスケジュールは訓練で埋め尽くされている。
食事や休憩以外の休息時間は、専ら体力回復等に使用しており、課題なんぞに時間を割いている場合じゃない。
今回、午前中という制限はあれどこうして私が課題に集中出来ているのも、教官として教導頂いているヴェスリーさんに急用が出来てしまったからである。
「はぁ~……」
最初の頃はせっせとシャーペンを動かして解答を導いていたのに、今は溜息を連続して四回ほど吐くほどまでになった。
――要は、集中力が切れてきたのである。
最後に自分の苦手なものを残すとロクなことが無い、と過去の経験から学んだ私は、古典を最初に回して母歴史を最後に持ってきたのだが……。
古典ワーク→専門教科まとめワーク→数学Aときて、化学で詰まっている。
残すところあと二十ページ。
母歴史の問題集が大した厚みではないことが、不幸中の幸いと言うべきか。
「…………」
かれこれ六時間ほどここに陣取っている訳だが、当然ここ休憩室は〔魔導師事務捜査隊〕隊員の憩いの場である。
隊員たちが物珍しげに、私の奮闘を観察するなどはしばしばあった。
中には、『大変だろうけど、頑張ってね』と応援してくれたり、
『私も課題の扱いには困っていたわ』との共感の声、
『こんなんやんのか、最近の学生。マジかわいそうじゃん』と同情してくれた人もいたりした。
甘いものを食べれば脳が活性化するさ、と何処からか仕入れてきた知識を披露し、キャラメルを二、三個プレゼントしてくれた人もいたほどである。
皆様の優しさが心に染みて……なにこれ泣きそう状態になったりした。
なんかのドキュメンタリー番組ですかこれ、ってほどの声援を受け、二週間かけて終わらせるはずの課題を一日で終わらせる勢いにまでなったりもした。
だが、やる気はいつまでも続くとは限らない。
ご覧のとおり、私はすっかりやる気を無くして、集中力も欠け、今ではペン回しに興じるほどである。
「やーやーミズキチ。何をしているのかネ?」
くるくると華麗にペンを廻していると、背後から蒐さん登場。
研修では度々お世話になっているけど、短編ではあまり表に出していなかったな、そういや。
なんてことを考えていると、彼女は相変わらずの飄々とした雰囲気で、手を後ろで組んで興味深げに机上を覗き込んできた。
「おや、宿題かいっ? 大変そうだねぇ~。私でよければ手伝ってあげるよっ?」
「あ、いえ、大丈夫です。自分の宿題ですし」
「そっかそっか。――あれ? そういやチミ、どうしてこんなトコに? 休憩かい?」
あ、蒐さんは知らないのか。
「いえ、ヴェスリー訓練司令官に急用が入りまして、午前は急遽空いてしまったんですよ。だからこうして、宿題を片付けているんですけど……」
「あと少し、ってことかい? チッチッチ。いいかい、宿題でも戦闘でも何でも、あと少しって思っちゃったら負けさっ! 思っちゃったら、油断しちゃうし、気の緩みとかも出ちゃうしさっ! まっ、それでも思っちゃうのが人ってもんだけどねっ!」
蒐さんは未歌さんと同じくバカみたいに楽しく振る舞っているけど、決して本当にバカな訳ではないのだろう。
手伝いを断ったことを今更後悔しつつ、前々から思っていたことを口にする。
宿題? 後でいいよそんなの。
あと化学と母歴史しかないし。
「そういえば、魔法ってこういう場面で活躍出来ないんですか?」
戦闘方面では、この力を使って悪事を働く人に危うく共感しかけたほど、便利で強力な魔法の力。
ビルを爆砕・粉砕したり、街路樹を根こそぎズタズタにしたり、壊れてしまったそれらを元の姿に戻したり、傷ついた人間を治療したり……。
その利便性は計り知れない。
それならば、別の方面でも使用出来たりはしないだろうか?
例えばそう、勉強とか。
「ん~。私も今年で20くらいなるけど、そういう話は聞いたことないかな~。
そもそも、頭の良い悪いって人の努力の賜物な訳だしっ? 何でもかんでも魔法で解決すると思ったら大間違いだよ、ミズキチ?」
「うぐぅ……」
痛いところを突かれてしまった上に、完璧な正論だ。
これじゃ何も言い返せはしない。
「で、でも、魔導世界に介入していない、普通の一般人は、魔法って言われたらそういうことを思い浮かべたりしますよ?
動物の言葉が分かったり、キラキラ光ったり、お金持ちになったりとか、そういうの……」
「んう? 光るのは魔法でも光るじゃないか」
確かに光りますね、死兆星が。
「たっはっは! まっ、そういうメルヘンなのはおとぎ話の世界だけさっ!
アタシも一応、事務仕事が溜まったときとかに思っちゃったりするけど、あったらあったで困るだろっ?」
それこそ、人々が喉から手が出るほど欲しがるに違いない。
そんな便利なものを作ってしまうからこそ、人々は争うことをやめないのだ。
魔法という力も、軍事利用や悪用、違法研究等が絶えない。
絶えてしまったら〔魔導師事務捜査隊〕が組織する理由は無くなっちゃうんだけど……。
それは喜ぶべきか悲しむべきか。
「そういえば、蒐さんはこういうことって無かったんですか?」
「ん? こういうことってどういうことだいっ?」
初めて顔を合わせた時、恥ずかしくて堪らないという理由でさん付けを拒否した蒐さん。
だが私とて譲れない時は譲れない。
頑固な一面もある私は、一向に引き下がることなく交渉を続けた。
その結果、蒐さんは非常に疲れた目で敬語とさん付けすることを呑んでくれたのだ。
そして今では、さん付けに注目することなく質問の内容に耳を傾けている。
「宿題の事です。早めに片付けるタイプでしょうか?」
「たっはっは! アタシは面倒なことなんか後回しにするっさ!
学力もそんなに無かったね! そもそも、面倒な勉強なんかしなくっても良かったし!」
「……あの、じゃあ……事務仕事は?」
「んむ、人に任せる!!」
断言したぞこの人。
任された人不幸だなぁ……。
「……魔法では解決できないこともあるのでは?」
たった今、私に諭された内容をそっくりそのまま蒐さんに返す。
あんだけ偉そうに胸を張って熱く語っていたんだ、指摘されればその矛盾に気が付き、反省するだろう。
ところが、予想外の答えが返ってきた。
「うん! 魔法なんか使ってないよ、アタシ!」
あれ? 話が噛みあっていない。
私は『学力は無かったが、魔導師の腕さえ良ければ採用する〔魔導師事務捜査隊〕に魔法を用いて入隊した』ということに対してツッコミを入れたのだが、どうやら蒐さんは面倒な仕事は人に任せるのはどうかという意見と解釈したらしい。
誤解を招いてしまったことを反省し、彼女にそのことを伝えようと思ったのだが。
もしかしたらいい話が聞けるかもしれない、と思いとどまった。
先ほど『あと少しって思ったら負け』と話してくれたが、それと同じような、深い話を聞かせてくれるのかもしれないので、その話題を続けることにした。
「じゃ、何を使っているんです?」
「ん? 権力」
身も蓋もねえ。
「権力って! 何気に問題発言じゃないんですか?」
「問題発言なの? ――あっ、いや、違うよ!? 別に拷問とかしているわけじゃないから!」
数瞬考えたのち、慌てふためいて弁明する蒐さん。
何もそこまで考えてねえよ。
何もかもが明後日の方向に向かっていることに薄々気がついた私は、軌道修正へと向かう。
「いえ、拷問をしているって決め付いている訳じゃ――」
「決めて付けてない……ってことは、そういう可能性があるかも、ってちょっとは思っているってことかいっ!?」
「違います! そこまで考えていないってことです!」
「尋問も脅迫もしてないってばぁ!」
「違えよ!! そこまでいってねーよ!! 流石にそこまでいってねーよ!!」
どうして上司が部下に仕事を頼むのに、拷問とか尋問とか脅迫といった物騒な単語が出てくるのだろうか。
そこをまず問い詰めておきたい。
それと蒐さん、いくらなんでも慌て過ぎ。
私がもし〔魔導師事務捜査隊〕がそんな些細なことで非人道的なことを行うような部隊って思っているのなら、そんな部隊に研修するか? 普通。
そこを考えれば分かるようなことなのに……。
結論、この人バカだ。
嫌いではないけど。
「ミズキチ……そんな物騒なこと考えていたのかいっ?」
「どっちがですか!?」
ツッコミすぎて息が苦しい。
まさか日常生活で呼吸に困ることがあるとは思わなんだ。
「ま、まあ……そんなヒドいことは、やってないから。うん、やってないさ」
「ヒドいことって……。例えば、誰彼構わず喧嘩売った後、その人をズタボロになるまで痛めつけた挙句、その上で大量の面倒な仕事を押し付けるとかですか?」
「なんか具体的になったよミズキチ!? 確かにヤンチャしたことは昔あったけど、そこまでじゃない! 喧嘩売ったことはあるけどさ!!」
あるんかい。
あるならそんな大声でいうものじゃありませんよ、蒐さん。
そんなこと大声で叫び散らしたら、どんな輩が食いついてくるか……。
――凄腕のエース、特に天才型の魔導師というのは、称賛や礼賛も多くあるが、一方的な嫉妬や否定的な羨望も多い。
そして才能を妬む人間にロクな奴はいない。
いつもその人の粗探しをしているだろう。
そんな人が今のセリフを聞いてしまったら……!
当人は全くと良いほど気にしていなかったが、私は恐々として冷や汗までかいてしまっている。
なんだこの差。
「当人と他人の違いじゃろう?」
そんな簡単なことじゃねーよ。
ったく、蒐さんはどうしてこう……って、あれ? じゃろう?
……じ●らん?
「儂の台詞の語尾と某旅行雑誌の題名とを違えるでは無い。どちらに対しても失礼じゃろうが」
やっぱり、この特徴的な語尾、そして声――。
「イヴェルさん!?」
「うむ。何やらうるさい声が聞こえてきたからの、軽く注意しようかと思うて来たのじゃが……。やはりお主らじゃったか」
「すみません。……ん? やはり?」
「うむ。やはり」
私ってそんなに要注意人物なの……?
っていうかイヴェルさん。
前聞いた、私でも相手出来そうな魔導師や悪夢師っていう質問の返答まだ貰ってませんよ。
「うむう? そういえば……かのようなこともあったの」
忘れてる!! まさかの忘却の彼方!?
くそ、イヴェルさんだけが頼みだったのに!!
「え? なにそれなにそれ?」
「……蒐殿か。なに、瑞紀が『自分でも相手出来そうな人』と言っておったのじゃ。後から答えると誤魔化しておいたのじゃが……覚えておったのか」
こうも悪びれる様子もなくさらっと流されると、もしかして私が悪いのかという錯覚に陥ってしまう。
イヴェルさんも一流のエースで、仕事の激流に流されてしまうことも多い。
いかに賢者と言えどあまりにも多くの情報を覚えておくことは難しいのだろう。
ならば、大して意味のない私との会話を覚えていないのにも納得が行く。
……いや、何とか自分でそれっぽく言ってみたが……納得はいかないな、これ。
なんか理不尽な感じがして余計悲しくなってきた。
「へえー? ミズキチでも相手出来る相手かー」
ミズキチ『でも』って言いやがったコイツ。
それと言葉が重なってるし。
「もちろん、並みの魔導師や悪夢師なら多少の苦戦は強いられつつも勝利を飾ることが出来るのやもとは思うのじゃが……。
具体的な名を上げてみよと言われてものう……。有名な者は全てエース級じゃからの、中々に難しいのじゃ」
「ふーん?」
そういうことか、びっくりしたよ。
「――チタン」
「んっ?」
「へっ?」
良かった、と胸を撫で下ろしていると、不意にイヴェルさんが小さな声でそう呟いた。
チタン?
私でも相手出来る魔導師の名前かな?
でも、聞いたことが無いし、蒐さんも首を捻っている。
「なにそれ。イヴェル、魔導師の名前?」
「うむ? 違うが?」
あれ、また会話が噛み合ってない……。
……なるほど、これがデジャヴってやつか。勉強になった。
「ほれ、その問題の答えじゃて」
すると、イヴェルさんの方から答えてくれた。
突然話題を切り替えたことに戸惑っている、と察してくれたのだろう。
――問題?
そこの……。
「あ」
「あ」
声が蒐さんと重なった。
そういえば、蒐さんが登場してからご無沙汰の問題集。
あれ以降全く手を付けていなかった為、開いたままの問題集は白紙のままである。
まさか誰かが魔法を使って埋めてくれていたという訳ではないので、これは自力で解かなければならない。
「瑞紀、今そなたは儂との会話を先にするべきかのう?」
――イヴェルさんの言わんとしていることは分かった。
話の持っていき方が彼女にしては強引な気がしたが……。
おっと、こんなことを考えている時間はない。
時刻は11時5分、お昼休みに突入する45分前だ。昼休憩の30分が経過すれば、午後の訓練に行かねばならない。
悠長に雑談なんぞしている暇はない。
せめて化学でも終わらせれば楽じゃろう、とのイヴェルさんの気遣いなのだろう。
因みに、チタンという解答は何げに合っていた。凄えなイヴェルさん。
「さて、儂らは退場しようかの。儂らがおっても邪魔なだけじゃしな」
「あっ、そうだねっ。んじゃミズキチ、さらばだっ!!」
近くのドリンクバーで淹れてくれたジュースと、少しばかりのキャラメルを置いていき、彼女らは去って行った。
確かに蒐さんと話していたせいで宿題は滞っていたが、迷惑だった訳では無い。
むしろ、感謝しているくらいだ。
何故なら、比較的得意な化学でさえ苦戦するほど集中力がなくなっていただけだからである。
つまり、休息を入れれば多少は向き合える。
この辺は、魔法の力を借りなくても大丈夫そうだ。
――さて、二人の気遣いが無駄なものにならないように、いっちょ頑張りますかね。
(※当時のあとがきより抜粋)
うーむ……やっぱり私の本領たる「シリアス」と「戦闘」が両方とも欠けると、文字数が途端に少なくなっちゃいますね……。
この「コメディー欠乏症」はなんとか直さないと……。
あ、ちなみにこの小説のジャンル、「バトルアクション&コメディー」と相成っております。
客観描写ではなく主観(瑞紀ちゃん視点)描写なので、シリアスなシーンでも瑞紀ちゃんがプッと吹き出すようなことを書いてくれるのが幸いです(´-ω-`)