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最後に溜息一つ

作者: 青野菜穂

 何とも言えない空気が流れる。白けたような、冷めたような、停滞した空気。無意味に沈黙が続いて、仕方なく口を開く。


「あー、うん。ごめんね」


 そっと視線を逸らしてへらへら笑う。びっくりするくらい、何も感じなかった。きっと泣かせてしまうとわかっているのに、どうでもよかった。

 じりじりとした太陽の熱を感じる。むき出しの首や腕がヒリヒリとして、多分今夜風呂に入ったら染みるだろう。空を見上げると、ひたすらに青くて憎らしい。夏は好きだが、面倒くさいところが嫌いだ。暑さを感じて、じんわりと汗が滲んできた。身体から水分が抜け出ていくのを感じる。炭酸が飲みたい気分だ。甘ったるいのがいい。後から喉が渇くような、身体に良くなさそうなのが。


「あ、そ、そっか……いや、こっちこそごめんね!」


 隣に座っている彼女に向き直すと、明るい顔を見せていた。元気良く手を左右に振って笑う。悲しい、辛い感情を押し殺した笑顔は、痛々しいのにとても綺麗だ。いつの間に彼女はこんな笑顔を覚えたのだろう。

 わたわたと身振り手振りをして、彼女は言葉を探している。気を紛らわせようとしているのかもしれない。笑顔を浮かべているから、まるでピエロのようだ。その笑顔からは彼女の意思やプライドを感じた。涙を見ることは無さそうで、安心した。


「あのさ! えっと、こ、こんなことになったけど! これからも友達で、いてほしいなって、思ってたんだけど……」


 彼女は最初、元気良く話していたのに、だんだん勢いが無くなって俯いてしまった。膝の上では拳が握りしめられて、さらりとした髪が彼女の顔を隠している。髪も、だいぶ伸びていた。前は短くて、首が隠れるかどうかだったのに。今は胸くらいまでの長さだ。手入れが行き届いた艶のある黒髪は、純粋に綺麗だと思った。

 ぶわっと風が吹く。彼女の髪を後ろに流して、スカートを揺らす。彼女の服装は白のノースリーブに薄手のカーディガン、淡いピンク色のロングプリーツスカート。足元は黒のサンダル。女の子らしい、ふわふわとしたかわいい格好だ。前の彼女なら絶対にしなかっただろうコーデを、今は自然に着こなしている。白が眩しくて、思わず目を細めた。それを感じたのか、彼女はより俯いて、ぎゅっとスカートを握りしめた。


「気まずい、よね。というか、私が友達でいられないよ。振られても友達でいれたら、なんて思ってたのが恥ずかしいや……全然そう思えないよ、今は」


 小さく呟く彼女から、彼女の鞄に視線を向ける。その鞄は小さくて、きっと財布とか必要なものしか入らないに違いない。かわいらしいデザインで、今の彼女が持つのに似合っている。彼女は本当に女の子らしくなった。それは自惚れではなく、この時のためだったのだろう。報われなかった努力は、目を背けたくなるほど滑稽で眩しい。

 もう一度空を見上げると、太陽の光が目を突き刺した。どこもかしこも眩しくてしかたない。責められているようで、一気に憂鬱になった。夏の暑さをより感じる。


「私、馬鹿みたいだ。ごめんね、本当にごめん」

「なんで、謝るの。何も悪くないし、振ったのはこっちなんだから、文句くらい言えばいいんだよ」


 自分を笑いながら謝り続ける彼女に、思わず顔をしかめる。彼女が謝る必要はどこにも無い。むしろ、素晴らしいことをしたのだから誇ればいいのだ。好きな人のために自分を磨いて、告白する自信を持って行動を起こした。どうしようもなく真っ直ぐで、薄暗い人間には眩しい。

 当事者でなければよかったのに。きっと彼女の文句や愚痴につきあうことができただろう。慰めることもできて、これから先友達でいることもできたかもしれない。


「あはは、ありがとう。ねえ、最後に一つ良いかな」


 顔を上げた彼女は、とても綺麗に笑っていた。太陽の光に照らされて、輝いている。その顔に、薄っすら化粧がされているのに気がついた。前の彼女ならしない化粧。前の彼女ならしない笑顔。いつの間に、彼女はこんなに変わったのだろう。

 前の彼女はガサツで不器用で、豪快だった。男みたいな格好をして、無邪気で純粋だった。仕草も、今のようにおしとやかではなかった。顔全体を使って、ぐしゃっとした不細工な笑顔を見せていた。底抜けに明るくて、おかしくて、飽きない笑顔だった。もう見ることは無いのだとやっと理解した。あの笑顔の方が好きだった。綺麗でなくともよかった。前の彼女が好きだったから。

 前の彼女を愛していたのかと聞かれても、もうわからない。でも、前の彼女が告白してきたとしても、応えることはなかったと思う。笑い飛ばして、友達を続けていただろう。どうしたって、彼女は報われない。努力を否定するつもりは無いが、少しだけ可哀想だった。だから、思わず彼女の最後の願いに頷いてしまったのだ。


「かわいいよ」


 彼女を傷つけるだけとわかっていながら、笑顔を浮かべて告げた。彼女がかわいいことに変わりはない。前も今も、彼女は本当にかわいい。ただ、今の彼女を愛したいと思えないだけ。

 かわいくて可哀想な彼女は初めて、疲れたように力なく笑った。そして、最後に溜息一つついて去っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく共感しました。 好きと愛しているの違い。夏にそれを知ったのですね。 設定がお上手だと思いました。 名前をあえてつけない所がリアルでした。 [気になる点] しいて上げれば会話、でしょう…
[良い点] 友達でいた時の方が良かった。好きだった。何となく憧れに似た感情とでも言いましょうか。付き合ってしまうと好きだった彼女がいなくなるような、気持ち分かります! [気になる点] わたしがラノベよ…
2017/06/30 23:16 退会済み
管理
[良い点] 切ない青春の一コマですね。 何かをきっかけに変わる彼女と、変わることのない彼の心。 そんな微妙なすれ違いに、胸がキュッとしました。
2017/06/27 19:38 退会済み
管理
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