聖女と悪女は紙一重 2
「キョウスケ大丈夫か?」
「やっぱ囮作戦も限界があるんだって……。俺はお前みたいに強くないし体も丈夫じゃないんだ」
「まさか聞いていた話よりも数が多かったとはな。倒すのに時間がかかってしまった――」
朝の決闘を負けた俺はその後受けた依頼で毎度の事ながら囮をすることになった。依頼内容は街の近辺で騒ぎを起こしているゴブリン達の討伐だったのだが、協会で聞かされていたよりもゴブリンの数が多かったのだ。騒ぎを起こしていたゴブリンを討伐しようとすると、森の奥から増援がやってきて一気に俺達は囲まれてしまった。
逃げ出すことも出来ずになんとか持ち前の短剣とカンナの刀で全てを討伐することに成功はした。成功はしたが、弱い俺は腕に切り傷を負ってしまった。そこまで深い傷ではないがとても痛いし血も出ている。前世でもここまでの傷を負ったことはない。
取り敢えず応急処置だけしてはいるが気休めでしか無い。
「病院だ病院。病院ねえのか」
「病院はあるが治療費が高い。その程度の傷なら教会の方がいい。タダで治療してくれる」
「じゃあ教会だ。案内してくれ頼む」
「すまない、私が未熟なばっかりに……」
「それ何度も聞いたって。別にお前が悪いわけじゃねえから。それよりさっさと行こうぜ、貧血起こしちまうよ」
街に教会があるのは初めて聞いた。この広い街に一ヶ月暮らしてきて商店街や屋台の並ぶ大通りや街と街を繋げる列車等様々なものが存在しているが、教会は初めて聞いた。まあ今まで行く理由もなかったから当然といえば当然とも言えるか。
教会で治療もしてくれるとはなんとも便利な場所だ。俺の中の教会のイメージと言えば静かでシスターやら神父がいて、結婚式でしかほとんど訪れない場所だ。
だがカンナに連れられて訪れた教会は俺のイメージとは違い、思っていたよりも大勢の人間で賑わっている。教会の入り口に小さな行列ができているほどだ。
行列の横をすり抜けて教会の中に入っていく。中に入って飛び込んできた景色に俺は少し見惚れてしまった。
「すっげえ……」
教会の中は意外と小じんまりとしていて豪華絢爛な装飾がされているわけではなく、受付と思われる机とランプが柱に掛けられている。奥には大きな女神像と女神像に向かって長椅子が何脚も均等に並べられている。
俺たちは受付にいたシスターに話しかけた。
「あの、仲間の治療を願いたいのだが」
「それではこのの用紙にお名前と冒険者番号をお書きください。書き終えましたら用紙をこちらに提出して椅子に座ってお待ち下さい。順番で番号をお呼びしますのであちらの治療室の中にお進みください」
俺は用紙を書き終えると空いていた長椅子に座った。周りには俺と同じように順番待ちの冒険者が何人かいるようで、本格的な治療施設では無いからか擦り傷を負った子供や足を震わせた老人が座っている。
周りを眺めながら暫く待っていると俺の名が呼ばれた。
「キョウスケさん。3番の治療室にお入りください」
「はい」
番号が書かれた扉の奥に進むと丸椅子が二つとベッドが置かれた部屋だった。ベッドと言ってもこじんまりとしたもので柔らかそうには見えない。椅子の一つにはシスターが一人座っていた。
シスターは俺を見ると微笑んで椅子に勧めてきた。
「それではこちらにお掛けください」
「うっす」
「今日はどうされましたか?」
「あの、コボルトに襲われて腕を負傷してしまって」
「分かりました。それでは傷口を見せてください」
俺は袖を捲くって傷口を見せる。傷口は相変わらず血が滲んでいる。
「そのまま腕を出したままでお願いしますね」
そう言ってシスターは傷口に手をかざすと呪文を唱え始める。すると掌から淡い緑色の光が降り注ぎ傷が照らされるとゆっくりと傷口が塞がっていく。塞がっていくと同時に腕の痛みも引いていく。
ものの2、3分で傷が完全に治ってしまった。治療魔法ってすごい。
「教会でどんな治療をするのかと思えば魔法だったんすね。シスターさんすごいな!」
「まあこれが私達の努めですから。今度からは気を付けてくださいね」
そう言ってシスターさんに額を突かれて笑われた。フードに包まれて全貌はわからなかったがとても綺麗な笑顔だった。
待合場に戻ってカンナと合流する。
「傷はどうだ?」
「いやまじでびっくり。痛みもすぐ引いたし痕も全然残ってない。治療魔法ってすごいんだな」
「みせてみろ――こいつはすごいな。治療魔法でもある程度の痕や痒みが残ったりするものなのだが完全に治ってる。よほど腕の良いシスターに当たったのだろう」
「怪我をしたのは運が悪かったがあんな美人な人に治してもらえたのは不幸中の幸いだったな」
また怪我した時はこの教会で治してもらおう。
俺は上機嫌で教会から出ようとすると出入り口で箱を抱えたシスターを見かけた。どうやらお布施を募っているらしいが中々金を出す人はいない。まあ冒険者はその日その日を必死に生きているので誰かに分け与えるという余裕が無いのは分かる。
だが今日の俺は機嫌がいい。治療費の代わりとしてお布施をする余裕もある。
「治療助かりました。これ少ないですが」
「ん? なっ、貴様それは私が貰ったはずの報酬だぞ!」
俺はすきを見てカンナからぶん取った金の入った袋から幾つか取り出して箱に入れた。後ろでカンナが必死に文句を言っているが教会とシスターの手前いつものように強くは言えないようだ。
「貴様いつの間に盗んだんだ! 返せ!」
「んだよお布施ぐらい良いだろ別に。お前心小せえなぁ――ん?」
袋の金を鳴らしながらかき混ぜていると何かが指先に当たった。小銭ではない紙のような手触りだ。俺はそれをつまんで取り出した。
取り出した細長い紙切れはピンク色の文字で何か書かれている。怒鳴っていたカンナもそれを見て顔を近づけてきた。
「なんだそれは」
「いや俺も知らねえよ。んーと……チケットみたいだな。ダンスコンサートかなんかみたいだな」
「あの二人の忘れ物か。探しているかもしれない、返しに行こう」
「いや待てカンナ。返す必要はねえ。あいつらは報酬としてこの袋を渡したんだ。つまりこの中に入っているものは全て俺たちへの報酬だ。このチケットも報酬なんだよ」
「しかし……」
あとひと押しだな……。
悩むカンナに対して俺は肩を叩いて説得する。
「いいんだいいんだ。これは言うならば神からの贈り物だ。このところずっと俺たちは食い扶持を稼ぐだけで精一杯で娯楽というものを堪能していないじゃないか。俺たちだって年頃の男女だ。たまには遊びに夢中になってもいいだろうよ」
「……それもそうだな! 実は私も気になっていたのだ。この辺りの舞踊に興味があってな。私は里では一番舞が上手くてそれはもう褒められたものだ」
「あーはいはい。そうかいそうかい」
カンナの自慢語りを聞き流してチケットをもう一度眺める。店の名前の下に住所と時間が追記してある。どうやら丁度本日8時に開演らしい。
「8時に開演だってよ。それまで適当に時間潰そうや」
「ならまずは飯だな。今回は私が奢ってやろう。怪我をさせた責任もあるしな」
俺とカンナは夜のダンスコンサートに胸を膨らませながら教会を後にした。