聖女と悪女は紙一重
「――ハッ!?」
再び目が覚めると今度は見慣れた天井が正面にあった。ボロ臭くて今にも崩れてしまいそうな木の板が一定の間隔で並んでいる。ベッドと小さな机にランタンが置かれているだけの狭い部屋もボロボロで少しカビ臭い。ベッドから体を起こして、凝り固まった体を解す。
俺がこの世界に来てから大体一ヶ月が過ぎた。人間の適応能力とはすごいもので一ヶ月もこの世界で生活すれば現地民と同じ生活が出来るし、仕事にも困らない。カンナというパーティー仲間以外の知り合いもできた。
今住んでいるのは街の中にある一番安いボロ宿だ。冒険者で定住する家を持つ人は少ないようで、その理由というのも仕事を求めて街から街へ移動するの冒険者が殆どなんだそうで、宿屋に長期滞在するという、まさに冒険者という名前に相応しい生き方だ。俺には絶対真似出来ない。
俺は机に無造作に置いていた普段着に着替えはじめる。この服も、この世界じゃ珍しくて人目を引いていた学生服の代わりに買ったもので、比較的動きやすくて丈夫な服をカンナに見立ててもらった。前世で来ていたものと比べると質素で生地も薄いが、温暖なこの場所の気候で困ることはなかった。
「キョウスケ! 早く起きろ、もう出るぞ!」
「分かってるから扉を叩くな。お前前に力が強すぎて扉に穴開けたの忘れたのかよ」
部屋のボロ扉を叩くのはカンナだ。こいつも俺と同じく金が無くて同じ宿の隣の部屋に泊まっている。机の横に立て掛けてある短剣は俺の人生で初めて買った武器。最も金がなくてこれしか買えなかったというだけだが。
急かされながら服を着て、短剣をベルトに下げてから机の引き出しに入れているメルツシポネを取り出す。弾がしっかり有る事を確認してベルトに仕舞う。これがないと俺の仕事は始まらない。
廊下に出てカンナと合流する。カンナはいつもと変わらず髪を結って剣道着に身を包み刀を下げている。これがカンナの仕事着ってやつだ。
「今日確かなんか予定はいってたよな」
「ザックとタイカシェンの依頼の報告が入っていただろう。忘れたのか?」
「あー……あの二人か。空気感薄いから忘れてたわ」
今呼ばれた二人は冒険者デビューしてから初めて出来た冒険者の知り合いだ。奴らの方が冒険者として先輩なのだが聞いてみると歳が近いからタメ口にしている。まだまだ駆け出しの俺が言うのも何だが冴えない奴らだ。
先日奴らの代わりにとあるクエストを引き受けた。簡単なモンスターの討伐だったのだが急用が入って二人が受けられなくなったらしい。その代わりとして俺達が引き受けたわけだ。まぁ殆どカンナがやっつけてくれたわけなんだが。
「二人共もうロビーで待っているぞ。お前が起きるのを待っていたんだ」
「まじかよ。じゃあ起こしに来りゃよかったじゃねえか」
「お前の汚い部屋に入りたくはない」
「汚くなるほどの物なんてねえよ!」
宿の一階に降りるとロビーのソファーに二人が座っていた。俺達に気付くと手を振って挨拶してきた。
「おせーよキョウスケ。待ちくたびれたぜ」
「うっせえ、クエストを代わりにやってやったんだから少しぐらい待てよ」
「どうせカンナさんが殆ど倒したんだろ? 羨ましいよなーまったく。美人だし強いし」
「いやそんな、私はまだまだで……」
「照れるなうざったい。全然うれしくねえよこんな馬鹿力女。扉は壊すし、人を平気で囮で殺しかけるし」
「ほとんど役に立たない貴様が活躍できるのは囮ぐらいのものだからな。ザック達の方が技術がある分マシだ」
嫌味を言いながらカンナと睨み合う。
この一ヶ月パーティーを組んできてカンナという女の性格が少しずつ分かってきている。まずパーティーの仲間である俺を平気でモンスターや野生動物の前に押し出す。一度森の崖下に屯しているコボルトを討伐するクエストを受けた時、囮と称して崖下へ蹴り落とされた時があった。当然怒り狂ったコボルトに一斉に狙われ、間一髪で逃げ出せた所をカンナが背後から一網打尽にしていた。
そして金にがめつい。前述の通り今までこなしてきた大体のクエストで俺は囮になるかメルツシポネを一発対象に当てるかしかできない。短剣を持っているとはいえついこの間までただの高校生にすぎない俺はまだまだ上手く使いこなせないのだ。たかが短剣と揶揄する人も居るだろうが、されど短剣。一流シェフと一般の主婦の包丁さばきが違うように、熟練の冒険者の短剣さばきと俺のさばきは全く違うのだ。
話が逸れたが、カンナが金にがめつい。守銭奴と言ったほうが聞こえがいいかもしれない。
まずあいつはのクエスト報酬の分配についてだ。報酬金の分配は俺とカンナ二人組の場合通常の場合折半するのが普通だ。報酬金が二千リールならそれぞれ千リールと分けるべきだ。だがあいつは「実際に手を下しているのは私なのだから私のほうが多く貰うってもいいはずだ」という戯言を抜かしている。確かにあいつの方が獲物を多く倒しているのは事実だ。俺に戦闘力はないからな。
だがあいつが獲物を倒せているのは俺が毎回死にそうになりながら囮を努めているおかげでもある。つまりカンナにいい所を譲っているわけでもある。ならば俺の方が多く貰ってしかるべきではないのかと言いたい。
「まあまあ喧嘩はそこら辺にしといて、取り敢えず代行ありがとう。これ報酬ね」
「三四〇〇リールもか? 簡単な依頼にしては太っ腹だな」
「実は俺の叔母の依頼だったんだよね。だからおまけしてもらったんだ」
「かーコレだから金持ちのボンボンはよお。羨ましいぜ全く。まあ折角だ気持ちに甘えて頂いておこう。ありがとうザック、タイカシェン」
「いえいえ。今度機会があればカンナさんの仕事に同行させてください!」
「私のような未熟者で良ければ喜んで引き受けよう。そこにいる一発限定の無能とは比べ物にならない位頼もしいからな君達は」
こいつ……腹立つなぁ!
そして俺達はリールの入った袋を受け取って二人と別れた。袋はずっしりと重く、確認し忘れたがちゃんと入っていると感じる。
さて今からこれを二人で分けるのだが、どうやって分けようか――。
「いつも通り私が多めに貰うということでいいな?」
「なに寝ぼけたことぬかしてんじゃねえぞ。お前がわぁすごいですね、なんて言われてるのも俺のお陰だろうが。俺の方が多く貰う権利がある」
「私は八重桜サダヨシを手に入れるために金が必要なんだということを知っているだろう? ならばキョウスケ、分かってくれ」
「毎日毎日飽きるぐらい聞いてるわ。俺だって借金返済のために金が必要なんだよ。お前の本当に存在するのかも分からねえ刀の為になんで俺の金をわけなきゃいけねえんだ」
「なっ――ついに本心を表したな! 結局貴様はそういう男だったのだな! 報酬を独り占めしたいなどと何たる傲慢。今ここでたたっ斬ってやる!」
「ほう言ったなお前! 今日の俺はまだ弾丸があることを知って刀を向けてるのか? お前の体を少しでも掠めたらお前は俺の言いなりだ。気安く向けてんじゃねえぞ!」
「いいだろう、撃ってみろ。弾丸ごと斬り落としてやる」
ロビーの中央で刀と銃を向けあう俺達。当たり前だがどちらも本気だ。
今ここでこいつとの上下関係をハッキリしておくべきだ。貴重な一発だがここで使うのは惜しくない。
ジリジリと距離を測る俺とカンナ。ロビーに俺達以外の客がいなかったことが幸いだな、止めようとする奴がいないからだ。存分にやれる。
俺とカンナの実力差は圧倒的だがそれでも一発当たれば逆転する。
そしてカンナが居合い斬りの構えを取ったのを見て、鞘に注目する。どちらかが先に動いた時にカウンターで決める。反応速度の勝負だ。
――俺が先に撃つ。斬り落とせるものならなら見せて貰おうじゃねえか!
「――くたばれカンナァ!」
「くたばるのは貴様の方だ!」
真紅の弾丸が発射され紅い軌道を描いて真っ直ぐカンナに向かっていく。目にも留まらぬ速度で向かっていく弾丸に対して、カンナは音も立てずに刀を抜く。抜き出された刀身は弾丸の軌道と水平に向かっていき――斬られた。
まじかよ……ありえねえ……。
「さあ、これでわかっただろう? 貴様なんぞ怖くはない。今回は私の勝ちだ。報酬は多めに頂くぞ」
「ちくしょう……。覚えてろよ……傲慢侍女」
「ああ、負け犬の遠吠えほど聞いていて気持ちのいいものはないな」
めちゃくちゃムカつくドヤ顔で刀を鞘に収めるカンナ。真っ二つに切断された弾丸は床に落ちると紅い結晶となって消滅した。
悠々と報酬の袋から金を取り出して自らの財布にしまうカンナ。金が抜き取られた袋を受け取るとザック達から受け取った時と比べて明らかに軽くなっている。
あれだけ強気に啖呵を切ってこの体たらく、貴重な弾丸も結局は無駄遣いになってしまった。泣きそうだ……
「くだらない言い争いだったが結果はとても良いものだったな。さ、今日も頑張ってクエストをこなそうじゃないか」
「うるせぇよ!」
この後のことはあまり話したくないがどうなったかなんて簡単に想像できるだろう。勝負に負けた俺はクエスト中逆らう事は出来ず、メルツシポネも使えない冒険者は半泣きで囮になり続けたというわけだ。