現代人、異世界侍と出会う 3
なんて事はなく、俺達は五体満足で生きている。食い逃げもしていない。
ボディビルダーの様な店長に連れていた俺達は、現在厨房で大量の皿と格闘している。無銭飲食をしてしまった罪を皿洗いで償うというわけだ。
丁度良く昼飯時に入った為に、どんどん汚れた皿の塔が出来ていく。泡に塗れにながら洗っていくが全然追いつかない。
「まったく、金が無いなら先に言え!」
「あんな所で行き倒れそうになってたら普通は金が無いと思うだろ! そもそもお前だって持ってなかっただろ!」
「あっ、あれはクエストの報酬を貰う前だったからだ。貴様と同じじゃない!」
「なら先に報酬貰ってから来ればよかったでしょうが。この乳デカ侍が!」
「んなっ!? 貴様、私をそんな目で見ていたのか!」
「サラシをキツく巻いて締め付けてるみたいだが、バレバレなんだよ。男の性的観察眼舐めんな」
「――ッ! 貴様、今ここで叩き斬ってやる!」
「君たち、ちゃんと皿洗いしてますな……?」
「は、はい! してますしてます!」
汚い言い争いをしていると店長が覗いてくる。とても丁寧な口調だが荒々しい威圧に俺達は為す術がない。どんどん積まれていく皿に俺達は悲鳴を上げながら洗い続けた。
「やっと終わった……」
「貴様の所為でひどい目にあった……」
「分かった分かった、俺が悪かった」
ようやく皿洗いから開放されて俺達は冒険者協会に向かおうとした。だが、先程退店して直ぐにカンナが刀を抜いて切っ先を向けてくる。乳デカ侍という呼び名がそれほど気に入らなかったのだろう。顔を真っ赤にしていた。
「キョウスケ貴様、先程の言葉訂正してもらおう!」
「おいおい食ってすぐに動くと腹と乳を痛めるぞ」
「貴様……また性懲りもなく! 問答無用!」
「うお! 本当に斬り掛かってくる奴がいるかバカ!」
カンナは刀を振り回して斬り掛かってくる。コボルトを倒した時と違いかなり手加減をしているのだろうが、それでも俺にとっては素早い振りだ。俺ははとにかく走って逃げるしか無い。だが勿論カンナも追ってくる。俺は昼飯を食ってすぐに走ったから、脇腹を痛めることになったというわけだ。
「次その名前を呼んだら舌を切り落とすからな」
「分かりました」
暫く街を走り回った後に、カンナはようやく刀を仕舞ってくれた。汗がじっとりと染み込んでシャツが体に張り付いて気持ち悪い。しかしカンナは動きづらそうな格好をしているのに汗の一滴もかいていない。なんとか流剣術のリーダーってのは伊達じゃなさそうだ。
「はぁ……、早く冒険者協会に向かうぞ」
冒険者協会は街の中央に位置している大きな建物にある。時計台が併設されている建物の中は吹き抜けの3階建てになっている。1階は受付と待合室になっており、2階が集会所、3階が……まぁお偉いさん方の会議所ってことになっているらしい。
1階の受付は広く取られており、多くの受付嬢が並んでいる冒険者達を引っ切り無しに相手をしている。冒険者は老若男女様々居て、大剣を担いでいる大男や大量のナイフを衣服に付けている老婆もいる。男はともかく老婆は冒険者としてどうなんだ。腰がくの字に折れ曲がっていて足も震えてる。
「キョウスケは少しここで待っていてくれ。先に報酬を貰ってくる」
「分かった」
受付カウンターに向かうカンナを横目に待合室の空いた椅子に座る。
冒険者というのは聞いていたよりも普通の仕事のようだ。派遣会社やアルバイト等と言っては見たが、鎧や武器を装備している人間はとても多い。これは冒険者専門で生計を立てている人間も居そうだ。
しかし……先程から視線を感じる。やはりこの格好が目立つのか。確かに冒険者という格好にしては、客観的に見ても守備力が足りなそうに見える。カンナでさえ手甲を付けているのだ、俺も現地の格好に着替えたほうがいいのかもしれない。
まぁ今すぐは無理だ、金が無い。
「キョウスケ、ちょっと来てくれ」
「おー」
カンナに呼ばれて受付に向かう。金髪の綺麗な受付嬢が社交辞令の会釈と笑みを浮かべて、一枚の紙と机に押し出した。
「なにこれ」
「フルヤキョウスケ様ですね。冒険者登録との事ですので、こちらの登録書にサインをお願いします」
「登録書……サインかぁ……」
「どうした? 早くサインしろ」
「いや、サインには嫌な思い出があってなぁ」
こういうサインをしなきゃいけない書類を目にする度に、詐欺天使の顔を思い出してしまうのは嫌な思い出だ。かと言ってサインしなければ冒険者にはなれない。さっさと書いてしまおう。
「確かに。それでは、登録手数料の2400リールを頂きます」
「え、金取られるの?」
「こちらも仕事を斡旋する側ですので、無条件で登録する訳にはいきません」
「……今回は仕方がないから私が建て替えよう」
「いやーカンナ様ありがたい」
「絶対返すんだぞ!」
カンナが着物から財布と思わしき袋を取り出すと、数十枚の硬貨を机に置いた。薄汚れた硬貨は日本円よりも倍ぐらい大きい。2400リールと聞いてもう少し大量に必要かと思っていたが、想像よりも少ない。恐らくは置かれた硬貨の中で一回り大きい二枚が日本円で言う紙幣の役割を果たしているのだろう。
「はい、これでキョウスケ様の冒険者登録が終わりました。以降こちらの受付か、あちらの掲示板に載せられているクエストを受けることが可能になります。よい、冒険者生活をおくれるようお祈り申し上げます」
受付嬢に別れを告げて俺達は一度待合室の方に戻った。登録が終わった際に一本のブレスレットを貰った。ブレスレットに繋げてある青銅製の板には俺の名前がしっかりと彫られている。冒険者の名札みたいなものだろう。
だがカンナの腕にはブレスレットがない。人によって違うのだろうか?
「カンナはブレスレット貰わなかったのか?」
「私の時はペンダントだったんだ。ほら、これだ」
そう言ってカンナは着物の中からペンダントを取り出す。ペンダントなんか付けていたかと疑問に思ったが、着物の襟で紐の部分が見えてなかっただけだった。ペンダントを取り出す際、胸の谷間に装身具が挟まっていたようで、乳が揺れている。
確かに胸の谷間から名前の彫られた青銅板が出てきた。随分と温められているようだが。
「ほう……だが貧乏侍とは書かれていないな。誰か別の奴のを盗んできたんじゃないか?」
「そんなわけあるか! 変なアダ名をつけるな。なんだ貧乏侍って。兎に角、さっさとクエストを受けに行こう。貴様も私も金が必要なんだ」
「そうだな」
カンナに急かされて掲示板の前までやってくる。掲示板には大量の依頼書が張られており、一つ一つにクエストの内容が細かく書かれている。人食い虎の討伐に武闘派オークの鎮圧、家具屋の積荷の配達と護衛と様々だ。
しかし、カンナは大丈夫かもしれんが俺に出来るクエストなんてあるのか?
「これとかいいんじゃないか? 白角カバの討伐。貴様の銃と私の剣術があれば楽勝だろう」
「期待しているところ悪いが、メルツシポネにはもう弾は無いぞ」
「――なんだと?」
「こいつは1日一発しか撃てないんだ。今日の分はさっき撃ったから、明日だ明日」
「そういうことは先に言え!」
そう言えば説明しておくのを忘れていたな。
メルツシポネは確かに強力だが一発しか撃てないのが不便なものだ。それにどれだけ強力だと言っても俺自身はずぶの素人だ。発射の反動で肩と腕は痛くなるし、今朝は上手くいったが毎回しっかり当たるわけじゃない。練習ができればいいのだが、練習しようにも弾が一発なのはどうしようもない。
「なら、お前今日の寝床はどうするんだ」
「ん? 勿論、お前のところに居候す――」
「そんなわけにいくか!」
そりゃそうだろうな。冗談のつもりで言ったんだが……本気に取られてしまった。
カンナの言うことは正しい。今の俺には何が何でも日銭が必要だ。このままじゃまた無銭飲食を繰り返し、更には野宿をする羽目にもなる。それはどうしても避けたい。
「はぁ……仕方がない。少々心もとないが、貴様自身に頑張ってもらおう」
「おう、任せておけ。これでも体力には自信がある」
「期待しないでおこう……」
カンナと俺は依頼書を受付に持っていき、クエストを受注する。話を聞くと白角カバは街の西側にある池に生息しているようなのだが、ここ最近食料となる草を求めて街道沿いにまで生息地を伸ばし、近づいた旅人や荷馬車を襲っているらしい。
今回はそいつらの討伐、まあ端的に言えば頭数を減らすのが目的だ。カバは子供の頃に見たことはあるが、白角というところが気にかかる。だが一々どんなものか聞いていては始まらない。どうせこれから見に行くのだから、遠足の前の様に楽しみに思おう。
「じゃあキョウスケ、行こうか」
「ああ」