現代人、異世界侍と出会う 2
「おい、食いすぎじゃないか?」
「めちゃくちゃ腹減ってるんだよ。それに意外と口に合うんだこれが」
俺はカンナに連れられて最寄りの街にやってきていた。実はあの林は元々街道沿いに存在していて、ちょっと抜ければ大きな道にでたのだ。カンナは街道を荒らしている野盗のコボルトの討伐のためにやってきていたらしい。
街は大きな城壁に囲まれるように守られている。
巨大な門を潜り街中を歩くと、周りを歩いている人間は生前の世界と服装以外はほとんど変わらない。バスケットを提げて買い物をしている女性や、剣や鍋を売っている店で呼び込みをしている髭面の男。
皆普通だ。異世界と言っても、あんまり変わらないんだな。
カンナに案内されたレストランは別段高級そうには見えなかった。木製の看板が店先に大きく掲げられていて、見たことのない文字で恐らくは店名書かれていのだろう。異世界の言語は分からないと思っていたが、暫く眺めていると何故か読めた。
看板には『カジキ亭』と書かれている。海に隣接していない街でなぜカジキ亭なのか分からないが。
そもそも異世界人であるカンナと会話が出来ているのも謎だ。喋っているのも日本語だし、聞こえてくるのも日本語だ。日本語が共通語という可能性も考えたが、街中で見かける言語を見る限りその可能性は消えた。想像を働かせて得た結論は、何らかの力が俺の脳内の言語野を弄ったのだろう。恐らくあの詐欺天使が。
カジキ亭の中は疎らに客が座っていて、ウエイトレスにボックス席へ案内された。メニューを眺めてみるが、見知ったものと見知らぬものがこれまた入り乱れている。野菜炒めや海鮮サラダは分かる。だがクリューネルの照り焼き、これは何かわからない。肉なのか魚なのか、それともそれ以外の何かか。
「取り敢えず、野菜炒めと角豚の角煮、後このライスのハーフで」
「私はクリューネルの照り焼きに白パンを頼む」
噂をすればクリューネルだ。届いた時の見た目で注文するか決めよう。
暫く話しながら待っていると料理が届いた。見知らぬ土地の料理だ、恐る恐る口にしてみるが意外と美味い。少し味が濃い気もするが。
クリューネルと言うのは結局は魚料理だった。一口貰ってみたが、まあ結局は照り焼きで真新しい味ではなくて少し安心した。
「さて、キョウスケはどこから来たんだ? 見たこと無い服を着ているが」
「え!? あーえっと……日本ってところなんだけど」
「ニホン? 聞いたこと無いな」
「その格好で知らないのかよ……」
「私の服がどうかしたか?」
「いや、別に」
どう見ても和服なのに日本知らねえのかとツッコみたくなったが声には出さなかった。
道中で話をしたんだが、この街は『アズガルド』というそうだ。カンナの様な冒険者が多く集まる街らしい。
冒険者というのは協会から仕事を斡旋してもらい、達成して報酬金を貰う人々のことらしい。カンナの様に近隣を荒らすモンスターや動物の討伐、荷物の配達依頼や護衛任務等と仕事は様々あるそうだ。
聞いた感じだけだとハローワークや派遣会社に似てるな。
「しかしキョウスケはなんであんなところにいたんだ? 依頼でも受けていたのか?」
「あー……いや、道に迷ったんだ」
「街道沿いだぞ。珍しいやつだな」
正直に異世界から来ましたとか言っても、頭おかしいやつだと思われるだけだろう。ここは誤魔化すことにする。頭おかしい奴だと思われたら話を聞いてもらえなくなるかもしれないし、まずムカつく。
聞けばカンナは俺の二つ上だそうだ。たった二つしか変わらないアホみたいな格好をした女にバカにされるのは遠慮したい。
「しかし、本当に珍しい魔法道具だ。撃った相手を操れるとは。よほど古くて強力な魔法が施されているのだろう」
「そんなに珍しいものなのか。価値がよく分かっていないんだ」
「銃自体の構造もそうだが、他者の意識に介入できる魔法というのが珍しいのだ。そんな魔法を使えて、尚且つ道具に込められる魔術師はそう何人もいない」
「へぇ。じゃあ売ったら幾らぐらいになる?」
そもそも俺が異世界に来たのは詐欺天使の借金を背負わされたからだ。そこまで珍しい物なら高値で売れるだろう。あわよくばそのまま借金を返せるかもしれない。
俺はカンナの答えに期待を寄せてみる。しかし、残念な事に期待は外れてしまった。
「いや……珍品過ぎてどこも買い取ってくれないだろう。他に類を見ない道具だし、何より銃自体の素材も謎だ。値段が付けられないと思う」
「なんだよ。期待して損した」
「金が必要なのか?」
「まあ、色々と事情があってな。……借金があるんだ」
「差し支えなければ幾らか聞いてもいいか?」
「1億リール」
カンナは口にしていた水を吹き出した。吹き出された水が俺に降り掛かって顔が濡れる。幾ら美少女とは言え、流石に汚い。テーブルに置かれたお手拭きで顔を拭う。
「1億リール!? そんな大金、どうやったら借金するんだ!?」
「落ち着け、俺の借金じゃない。借金を押し付けられたんだ」
「そ、そうだったのか。すまない。しかし最低のやつだなそいつは」
「ああ、本当に最低の奴だ。次あった時は殺してやりたいと思っている」
「出来るだけ早くした方がいいぞ」
脳裏にミカエルのニヤケ顔が浮かんでくる。非常に腹立たしい顔で承諾書をチラつかせるあの女の顔を想像で殴って怒りを沈めた。
「しかし、大金が必要なのは私と同じだな」
「そうなのか? 差し支えなければ聞いてもいいか」
「構わない。八重桜サダヨシという刀を聞いたことがあるか?」
「いやまったく」
「八重桜サダヨシは元々風桜一族の家宝として里に収められていたんだ。だが五十年前、一人の盗賊にそれが盗まれてしまったのだ。それ以来我々風桜一族の使命として、八重桜サダヨシを探している」
「それと大金にどのような関係が」
「どうやらアズガルド近辺の何処かで高値で取引されている、という情報を少し前に手にしたんだ。それが本当かどうかは分からないが、本当ならば金がいる。だから私はこのあたりで冒険者を始めたのだ」
なるほど、そいつが本当なら確かに金がいる。しかし、冒険者はそんなに稼げるものなのか。それに興味をそそられる。
俺はメルツシポネを除けば無一文でやってきたわけだし、この先の返済生活のためにも金はいる。だがこの世界の事を圧倒的に知らない状態じゃ、就職もままならない。そもそも、この世界に会社という概念があるのかどうかも問題だ。ならば手っ取り早く金を稼ぐ方法として、冒険者に手を出すのが一番じゃないだろうか。
「なあキョウスケ。一つ提案なんだが」
「なんだ」
「私と組まないか?」
「あったばかりの女とイチャコラする男に見えるか?」
「そうではない、共にパーティーを組もうと言っているのだ。貴様の銃はとても強力で役にも立つが、ここに来てまだ日も浅いらしいではないか。それで私とお前も金が必要となれば利害も一致するだろう」
「確かに、この辺りの事を知っている人間が身近にいれば楽だな……」
いくら異世界語を理解できるとは言え、まだまだ知らない事だらけなのが現状だ。だが現地ガイドがいればある程度は解消できるだろう。それにコボルトを追い払ったあの強さがあればモンスターの討伐依頼も苦なくこなせるだろう。
「分かった、一緒に組もう」
「よし! なら、善は急げだ。冒険者協会に行こう!」
「ああそうだな! 飯ごちそうさま」
「いや、私の方こそご馳走になった。久しぶりにちゃんとした料理を食べた」
俺達は同時に席を立ち、店を出ようとする。だが何かがおかしい。
会計はどうするんだ?
勿論俺は金を持っていない。そもそも、最初からカンナに奢ってもらうつもりだった。だがカンナも「ご馳走になった」と言った。つまり、俺に奢ってもらえるつもりでいる。
念のため、カンナに聞いてみる。
「ほんと助かったよ。カンナに奢って貰えなきゃ空腹で倒れる所だったからな」
「いや、私は金を持っていないぞ? 貴様が腹を空かして動けていないだけだと思い連れてきただけだ。礼は代金で構わないが」
「なんだって……?」
「なんだと……?」
額と首筋に冷や汗が流れる。それはカンナも同じようで、苦虫を噛み潰した様な顔をしている。まさか異世界に来てまで実際に苦虫を噛み潰した様な顔という表現を使わせる顔を見るとは思わなかった。
まてまて、まさか……こいつ金がないのか?
「お客さん方……無銭飲食はいけませんな?」
気が付くと席の隣に筋骨隆々とした屈強そうな男が整えたヒゲを揺らして仁王立ちしている。コック帽を被っている姿を見るに恐らくはこの店の店長だろうか。退路を絶たれる様に立たれているため、最低で最後の選択肢である食い逃げは出来なくなった。
俺達は店長の威圧に押されて何も喋れなくなり、滝のような汗を流し続ける。
「金が無いなら、体で払って貰うしかないですな……」
店長は上腕二頭筋を隆起させた腕を突き出して俺達の胸倉を掴んでくる。完全に俺達が悪いわけなのだが、恐怖で俺は腰のメルツシポネを掴む。本日の弾丸はもう無いが突きつけて脅すだけなら出来る。隣のカンナも涙目になりながらも腰の刀に手を掛けている。
俺達二人共どうやら同じことを考えているようだ。まったく……どうしてこうなっちまったんだか……。
「それでは……厨房の奥まで来て貰えますかな?」
「は……、はひぃ……」
俺達はそのまま引き摺られるようにして厨房の奥へ消えていった。
異世界借金返済生活は早々に終わってしまった。
その後の姿を見たものはいない……。