現代人、異世界侍と出会う
目覚めると俺はまた寝ていた。目の前には先程までの四畳半とは違い、青空と木々が風に揺れて波立っている。周りは木々に囲まれてはいるが、森ほど暗くはない。むしろ林に近いだろう。
俺は立ち上がって自分の体を調べてみた。特に生前と代わりはなく、学生服を着ている。唯一違う点とすれば、足下に転がる青紫色に光る短銃だ。
確か……メルツシポネとかいう名前だったっけ?
拾い上げて確認してみる。出会った時と変わらずにずっしりと重い。残弾を確認してみると、斬鉄の部分に付いてるレンズの中にしっかり赤の一本線が描かれている。どうやら弾丸はちゃんと入っているようだ。
よかったー。これで弾が入ってなかったら投げ捨てるところだったぞ。
「それにしてもここは何処なんだ……?」
俺の記憶にはこんな広い林の光景はない。生前住んでいた家の近くにも林なんて無かった。まず第一の可能性として俺が住んでいた周辺地域ではない事は確定した。もしかしたらミカエルの話自体は全て夢の話で、今いるのは日本や世界の何処かなのかもしれない。海外の見知らぬ場所はある意味異世界だが、地球上の何処かに居るというだけで日本にいつかは戻れるだろう。
そう考えたらちょっと生きる希望が湧いてきた。全部夢オチで俺はただ居眠りをしていただけなんだ。全く見知らぬ土地で居眠をするという摩訶不思議な体験をしているだけなんだ。
現実逃避している俺の頭を覚ますように、林の向こうから何か動物らしきの鳴き声が聞こえてきた。猪のように鼻を鳴らしているような泣き声だ。
野生の猪だったら俺は死んでしまうかもしれない。
俺はメルツシポネを素人ながらに構えて、警戒しながら鳴き声のした方向に歩みを進めて鳴き声の正体を確認しようとした。鳴き声を聞いた時点でその場から離れれば良いのかもしれないが、急いで走り逃げた時の音で背後から一刺しされてしまっては元も子もない。
ゆっくりと近づいた結果、林の向こう側で動く複数の人影を見つけた。俺は木の陰に身を隠して人影の正体を確かめる。
一人は和服に身を包んだ女だ。ただ日本人には見えない。その理由を二つ上げるとすればまずは日本人離れした赤い髪だ。長い髪を一つに纏められて風に揺れている。
二つ目に細長く尖った耳だ。明らかに人間の耳の形じゃない。例えるならそう、ゲームや漫画でよく見るエルフって種族によく似ている。
手甲を身に着けた両手で日本刀を構えて残りの人影と対峙している。
残りは人だと思っていたがやけに小さい。3頭身の体に犬のような頭、棍棒と鍋の蓋みたいな板を持って女を囲んでいる。
こいつら完全に人間じゃない。怪物、モンスターだ。
「こい、コボルト共! 複数で囲んで卑怯な奴らめ!」
女は刀を下段に構えて叫ぶ。明らかに多勢に無勢だが女は怯む様子はない。助けに入ったほうが男として格好いいのだろうが眼の前に居るのは見たこともない化物ばかりで大変危険だ。だから俺は木の陰から様子を見続けることにする。
決して怖いわけじゃない。そこを勘違いしないでくれ。
コボルト達が棍棒を振り上げて一斉に襲いかかる。女は変わらず微動だにしない。おいおい、死んだわ女。
「風桜流壱之型、白雪」
女は滑らせるような足捌きでコボルトの攻撃を一つずつ避けていく。すり抜けては一太刀浴びせてコボルトを一体ずつ倒していく。素早い太刀筋はコボルトを倒すだけではなく翻弄もしており、コボルトには自分たちがどうして倒されているのかも分かっていない。
鳴き声を上げて猪突猛進に襲いかかるばかりだ。
結局女は一撃も攻撃をもらうこと無くコボルトを全滅させてしまった。刀を鞘に仕舞い、一息吐く。結構な大立ち回りを繰り広げたと思ったが女は息すら上がっていない。
強いな、あの侍女。
だが安堵する女の背後で、一匹のコボルトが再び立ち上がる。さっきの一太刀ではとどめを刺せなかったらしい。隙を突くだろう、女はそれに気付いていない。
「危ない!」
「えっ」
俺は身を乗り出してメルツシポネを構える。女は振り返ってようやくコボルトの襲撃に気付くが鞘を抜く時間はない。俺は一か八かこの素人の腕に賭けてみる事にした。俺がやらなければ女がやられて、俺もやられるだろう。
標準器をコボルトと重ねて狙いを定める。コボルトだって俺のことに気付いて入るだろうが、まずは目の前の女と言わんばかりに攻撃を止めることはしない。
「当たれええ!」
引き金を引く。それと同時に俺の腕が反動で弾かれる様にして持ち上がる。銃口から放たれた弾丸は真っ赤な軌道を描き、コボルトへ真っ直ぐ向かっていくとコボルトの脇腹に当たった。
奇跡だ……。絶対に無理だと思っていたがよく当てたな俺。
撃たれたコボルトは吹き飛ぶと地面を転がっていく。そしてそのまま鳴き声を上げずうつ伏せに倒れ込んだ。
女は刀から手を放して近づいてきて、お礼を言った。まあ当然のことだろう。
「すまない、君のお陰で助かった。まだまだ修行が足りないな」
「ああ、別にいいって事よ、それより、色々聞きたいことがあるんだが良いか?」
「ん? まあ、私に答えられることなら」
俺はメルツシポネを腰に仕舞って女と握手を交わす。貴重な現地人だから、ここは有効的に対応しておくのが吉だろうしかし、格好を見るにコスプレとしか思えないほど侍と同じにか見えん。汚れた着物に手甲と刀。
異世界と入っていたが過去の日本に戻されたわけじゃないだろうな……。いや、それだとこの女の赤髪と長い耳の説明がつかない。
「――下がれ!」
急に女が刀を構えて俺の前に出る。どうしたっていうんだ?
女の目線の先を追うと、先程倒したはずのコボルトが立ち上がっている。だが様子がおかしい。今までの威勢はなく、手足をだらりと垂れ下げて俺たちを眺めている。毛皮でよく見えないが目には光がなく、まるで糸操り人形の様だ。微かだが銃痕が赤く発行しているのが見えた。
そういえばミカエルが言ってたな。メルツシポネには撃った相手に命令できる力があるって。冗談だと思っていたが、試しに何か命令してみるか。
「大丈夫だ。えっと――ここからいなくなれ」
「ウォウ!」
簡単に命令を下してみると、コボルトは犬の様な鳴き声を上げて林の奥へ消え去ってしまった。あの天使のことだ、嘘だと思っていたが効果は本当だったというわけか。
「驚いた……。君は魔獣使いだったのか」
「魔獣使い? いや、そんな大層なもんじゃない。この銃のお陰だ」
「銃? 触ってみてもいいか」
「構わんよ」
女は刀を再度仕舞い驚きの声を上げる。無理もないだろう。先程まで戦っていたコボルトを一声掛けるだけで追い払ったのだ。
俺がメルツシポネを手渡すと、興味深そうに眺める。物珍しそうにはしているが銃自体を珍しがっている様子はない。この時点で過去に戻ったという線は完全になくなった。
ここは本当に異世界だ。
「ありがとう。このような銃は初めて目にしたが、とても珍しい魔法道具なのだろうな」
「魔法道具? なんだそりゃ」
「何って魔法が込められた道具のことだろう? 知らずに持っていたのか!?」
魔法道具。聞いた感じで大体は想像はつくが、そういう物が実在する世界だとは思ってなかった。完全にフィクションの世界だよこれ。
だがそんなことよりも女に聞きたい事があった。俺の命の存続に関わる重要な事だ。
「えっと――」
「ああ、自己紹介が遅れてすまない。私はルーテス・風桜・カンナという。フウライの里で風桜流剣術の十二代目頭首をしている。長い名だ、カンナでいい」
「カンナさん、一つ頼みがあるんだが」
「ああ、私にできることならなんでも言ってくれ」
「じゃあ――腹減った」
「は?」
生前は昼休みの途中で死に、詐欺天使ミカエルの四畳半で暫くを過ごしてから異世界に来た為、俺の胃袋はすっからかんだ。先程から何度も腹の虫が鳴いている。 正直な所かなり限界に近い。
ここがどんな世界かなんてこの際置いて、取り敢えずなんでも良いから腹に収めたい。
「もう一度言う。腹が減った」