聖女と悪女は紙一重 3
あれからすっかり夜も更け、太陽が西の山の向こうに隠れてしまった。街々も人の往来が少なくなってきて、一つ路地に入ってしまえば夜の闇に包まれてしまうだろう。それでも今俺たちがいる小道は活気に溢れている。
色ガラスのランプで彩られた店が立ち並び、店の前には黒い服に身を包んだ男たちが並んで店に入る客を案内している。全体的に赤とピンクと紫の色彩が多く目が疲れる。
俺はここにきてようやくこのチケットがどういう店の物なのか理解した。だが俺の隣で目を輝かせているカンナはまだ理解できておらず、子供のように目を輝かせてキョロキョロとあたりを見渡している。
「すごいな! この街にこんな繁華街があるとは気が付かなかったぞ!」
「お前この通りにきてなにも思わないのか?」
「なにがだ? 普通の繁華街であろう」
そんなわけないだろうが……。
周りにいる客達のほとんどがおっさんばかり、ピンクと紫のイルミネーションで彩られた看板。看板には女性の脚と思われる絵も描かれている。この二つから考えられるのは明らかに一つだ。大人の中の大人しか立ち入ることが許されないいかがわしいお店だろう。
なぜかこの通りに入ってからジロジロ見られているような気がしていたが合点がいった。男ばかりの場所に行き成り着物姿の女が現れたらそりゃあ驚くだろう。それに中身が守銭奴ドケチ女だとしても外面はそれなりに良いから更に目を引くのだろう。
「キョウスケ早く行こう! どんなショーが見れるのだろうな!」
「待て待てそんなに引きずるな! みんなに見られてるから!」
カンナは俺の腕を掴むと子供のように引っ張ってどんどん進んでいく。並大抵の男より強い腕力と握力を持ったこいつを俺は振り払えず、引きずられるようにして通りを進んでいく。
そして目当ての店の前に着いた。その店は通りの中で一際大きく飾り付けも一番豪華なものだった。店の門の前には黒服の屈強そうなドアマンが二人並んでいる。
「……招待状はお持ちで?」
「ああ、ここにある」
カンナがドアマンに招待状を渡すと派手な玄関戸を開けて中に案内される。店内は派手な外装とうって変わってシックな雰囲気になった。薄暗い店内に淡いピンク色のランプが廊下を照らしている。仮面を付けた店員に案内されて大きなホールに出た。
広いホールの半分はこれまた大きなステージになっており、ステージの中に数本の鉄の棒が床と天井を繋いでいる。ステージの向かい側にはおそらく俺たち客が座るであろうソファーが置かれており、そのソファーの前にはテーブルと小さなステージに鉄の棒が一本置かれている。
この棒はもしかして……。俺の脳裏に嫌な予感が駆け抜けた。
一つのソファーに案内されて恐らく酒であろう液体をグラスに注がれる。俺の心配をよそにカンナは更にテンションをあげていた。
「こんなに柔らかな椅子に座ったのは初めてだ! ふっかふかだぞキョウスケ! ……だがなぜ私以外男性の客が多いな。なぜなのだろう、こんなに豪華な店なのだからもっと客がいても良いだろうに」
周りの客を眺めてみても店の外と同じで男ばかりというか男しかいない。だが店の外とは違って誰も俺たちのことなんて見ていない。むしろ酒と雑談を嗜みながらショーの開始を今か今かと待ちわびているようだ。
俺もそれにならって酒を口にする。実は酒を飲むのは初めてじゃない。もちろん前世の話ではなくこちらに来てからの話だ。協会や酒場に来て情報収集の為に酒を奢り奢られ、クエストを成功させて打ち上げでも酒を飲む。今では週に二度は酒を飲んでいる。
まあこの世界の酒が前世の酒と同じ物なのかは比較しようがないので分からないが周りを見れば俺と同じような歳の奴らも普通に飲んでいるしカンナも何度も酔いつぶれるほど飲んでは俺が宿に運んでいる始末。そんな光景を目の当たりにすれば俺だけ飲まないわけにもいかない。郷に入っては郷に従えというやつだ。
「この酒めちゃくちゃ美味い! いつもの酒場で飲む安酒とは段違いに美味い!」
「おいおい、飲みすぎてショーの前に潰れんなよ」
「わかっている。あ、これと同じものをもう一杯」
「本当かよ……」
結局ショーが始まるまで三杯も追加で飲んでカンナは顔を真っ赤にして酔ってしまった。確かに美味い酒だったが呑兵衛が隣にいるお陰で俺は何とか意識を保っていられることができた。そもそも俺たちはショーを見に来たのであって酒を飲みに来たわけじゃないのだ。
ソファーに深く腰掛けて重くなった頭を俺の方に押し付けているカンナ。若干着物をはだけさせて胸元を緩く見せているのが少しエロくて物凄くうっとおしい。
すると正面の大ステージに仮面をつけた一人の黒服が現れる。その姿を見て周りの客たちが拍手と共に騒めきだした。
「皆様大変長らくお待たせしました。これよりダンスショーを始めたいと思います」
「おいショー始まるぞカンナ。お前が見たいって言ってただろうが」
「ん? ああ、そうか……。もうそんな時間か……」
のっそりと体を起こしてステージを眺めるカンナ。その眼は明らかに寝ぼけている。
ステージでは音楽と同時に脇から主役のダンサーがぞろぞろと登場する。ダンサーを見てカンナはようやく目を覚まして声を上げた。
「なっ――! なんだあの破廉恥な格好は!」
ステージに現れたダンサーは物凄い薄着でヒラヒラとした薄い布と紐だけで大事な部分を覆っている。だが布も固定されていないものも多く、激しい踊りに振り回されてほぼ丸見えになっている。
周りの客たちもダンサーの踊りが激しくなるに連れて下心丸出しの歓声を上げていく。勿論俺も声を上げる。こちらの世界に来てから性欲を発散させるような機会や時間が無かったからな。こんな機会はめったにない。
「か、かかか帰ろう! 私はこんな踊りを楽しみにしていたわけじゃない!」
ダンスに夢中になっていた俺の腕を引っ張って立ち上がろうとするカンナ。良い所で邪魔された俺は苛ついてカンナに少し意地悪をすることにした。
慌てるカンナをソファーにもう一度座らせると肩を掴んで語りかけた。
「まぁ待て、今お前が立ち歩いてみろ。周りの客はお前以外男なわけで、唯一の女のお前はめちゃくちゃ目立つ。そうするとどうなるとおもう? お前は同性のめちゃくちゃ破廉恥な踊りを見に来たスケベレズ侍だって思われちまうんだぞ? いいのかそれで」
「スケベレズ侍だと……? いやいや、私はすぐに立ち去ろうとしているのだからそんな訳は――」
「それが違うんだよ。一瞬でも一人にでもそう思われたらダメなんだよ。火のないところに煙は立たないと言うだろう? 今ここで立ってしまったら明日の朝には街中にお前の噂が広まっているだろうよ。どこに行ってもクエストを受ける時も後ろ指をさされて言われるぞ、スケベレズ侍だってな!」
「違う、私は……そんな筈は……」
早口でまくし立てると酔いが回っているせいかカンナはどんどん勢いをなくして目が虚ろになっていく。あと少しで堕ちるだろう。
「本当にそう思うか? お前は女の子に対し特別な感情を持っていないと言えるのか? 一度も思ったことはないのか」
「一度だけ、受付の人が胸元を覗かせた時に……劣情を催したことがあったかもしれない」
「そうだろうそうだろう。だがそれは自然な感情で何もおかしな事はないんだ。同性にもそういう感情を持つことは普通なんだよカンナ。お前がスケベレズ侍でも俺はお前を罵ったりはしないさ。だから目の前の素晴らしいショーを楽しむんだ。ショーを楽しまないと踊っているダンサーさんにも失礼だろう?」
「あ、あ……ああそうだな。あの素晴らしい踊りを楽しまないといけないな」
遂にカンナは目が完全に虚ろになってソファーに深く座り直した。虚ろな目でニヤつきながらショーを楽しみなおした。カンナの人格を少し変えてしまったような気がしないでもないが酔っているのだから明日になれば忘れてしまうだろう。
これで俺もゆっくりとスケベショーを楽しめる事ができる。チラリズムなどを放り投げたように下品な踊りだが男というものは乳と尻や足には勝てないように出来ているのだ。