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金は異世界のまわりもの!  作者: 竹海しょう 
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プロローグ

 目が覚めると知らない空を見ていた。いや、そもそも空なのかこれは。夕焼けの様な赤色に見えたと思えば、星の見える夜にも見える。

 周りにはキラキラと光る雪のような物が降っているが別に寒くはない。雪の一つが俺の鼻頭に落ちると、雪は蛍のように少々発光した後に、光が止んでそのまま消えてしまった。

 俺は寝ていた体を起こす。周りを見渡してみると、何故か畳四畳半の上に寝ていた。四畳半のスペースには中央に小さなちゃぶ台、端に大きな和箪笥と液晶テレビが鎮座している。ちゃぶ台の上には空のタバコケースに山盛りになった灰皿があり、床には足の踏み場もないくらいに空の酒瓶と女物の洋服が乱雑に置かれていて、生活感はあるがめちゃくちゃ汚い。

 しかし驚いたことにこの四畳半には壁がない。四畳半の外はさっきまで見ていた空と同じ光景が延々と続いている。畳の下も同じだ。


 なぜ俺はこんなところにいるのかと疑問に感じた所で声を掛けられた。


「ようやっと起きたんか」


 凛とした声がちゃぶ台の向こうから聞こえる。顔を向けると先程まで誰もいなかったはずの場所に一人の女性が胡座をかいて座っている。赤いスカジャンとジーパンに紙タバコを咥えている。床についてしまう位長い黒髪に、それに負けないくらいに長い両手足。一八〇は超えているだろうか、確実に俺より背が高い。

 顔はスッとしていて全体的に細い印象だが、かなりの美人だ。人を睨みつけるような三白眼と口から出る排煙がなければもっとお近づきになりたいところだ。


 女は紙タバコを灰皿に押し付けて火を消す。じうじうと音を立てて消火した吸い殻が灰皿の山の標高をまた一つ上げた。

 

「古谷京介、享年一七才。高校二年生で間違いないな?」

「……そうっすけど」


 なんだ、なんでこの女は俺の名前を知っている。俺の知り合いにはこんな女いないぞ。

 もしかして、夢の中で観るという予知夢か!? 俺はこの先の未来に目の前の女と出会い、親密な中になりあんなこといいなやこんなこといいなの桃色青春ラブコメディを送るという未来からの啓示か!

 これは俄然燃えてきた。もっともっと情報を引き出さねば。まずは彼女の言った言葉をもう一度整理しよう。

 ……ん? 享年?


「お前さんも難儀なもんやの、こんなに若くして死んじまうなんて。それに……死因は友人同士の喧嘩に巻き込まれ、運悪く足を踏み外し屋上から転落死。どんな状況やねん。奇跡と運悪すぎかのどっちもやろこれ」

「は? 俺が死んだ?」

「なんや、覚えてないんか。まあ無理もないわな。頭トマトちゃんになってたし。友達泣いてたで、ええ友達を持ったな。うちもつられて泣きそうになったわ。嘘やけど」


 いやいや、待て待て、落ち着け俺。死んだ? 俺が? 

 確かに佐藤と田中の喧嘩を止めに入ったところまでは覚えてる。そこから転落死……? 

 記憶を辿って思い出そうとしてみるが、俺は二人の喧嘩から先をどうしても思い出せない。そこから先が黒いモヤが掛かったように先に進めない。


「恐らく、あまりのショックに脳の方がが意識を切ったんやな。よくあることや。これみてみ」


 女はリモコンでテレビの電源をいれると、画面にはよく知っている光景が映る。俺が通っている高校だ。そして、その屋上に数人の男子生徒が居て、その中に俺も居る。今と同じ学生服を着ている。

 田中と佐藤が口論からの殴り合いに発展し、俺を含めた数人が止めに入ったが、俺は二人に突き飛ばされて落下防止用のフェンスにぶつかる。フェンスを固定しているボルトが老朽化で外れかかっていたのだろう。俺はフェンスを押し倒すような形で屋上から外へ体が出てしまう。友人たちが気付いた時にはもう遅くて、俺は頭から真っ逆さまに落ちて……地面へ叩きつけられた。


「ハイスピードカメラあるけど、落ちる瞬間もっかい観る?」

「……いいっす」


 そうか……俺は死んだのか。

 死んだという実感はない。だって今俺は意識があって体を動かせているし、頭も働く。痛みも血も出ていない。

 死んだ後悔が無いと言えば嘘になるが、縋り付いてまで生きる理由も特にはなかった。


「じゃあここはどこで、あんたは誰ですか」

「まぁ待ち。今順を追って説明するわい」


 そう言って女は一枚の紙とフリップボードをちゃぶ台の下から取り出した。


「チキチキ! 第一回、古谷京介くんの楽しい異世界転移ー! はい拍手ー」

「……は?」

「はよ、拍手せんかい!」

「ワ、ワー……」


 女に一喝されて俺は取り敢えず形だけの拍手をした。取り出したフリップボードには『楽しい異世界転移』とだけ書かれている。異世界転移って……何?


「まず自己紹介からやな。うちの名前はミカエル、天使をやっとります。んで――」

「ま、まてまて! いきなり天使って、どういうリアクション取れば良いんだよ!」

「なんやお前、天使知らんのか。アホやなー」

「天使は知ってるよ! だけど俺の知ってる天使じゃないし、関西弁の天使っておかしいだろ!」

「どうせあのー、あれやろ。裸に羽の生えた女とかションベン臭いクソガキ想像してたんやろ?  あれな、理想図やから。今の時代の天使であんな格好してる奴殆どおらへん。頭の輪っかなんて一日レンタル3万も取られるんやで。アホらしくてしゃあないわ」


 ミカエルとか名乗った自称天使はヘラヘラ笑いながら手元のフリップを捲ろうとしている。こんなスカジャンとジーパン履いたのが天使だと? 元ヤン崩れにしかみえねえよ。

 俺の知っている天使っていうのは金髪で真っ白な羽が生えていて、頭に蛍光灯みたいな輪っかを浮かせている女と子供だ。絶対に百人中百人がそう思っているだろう。決してタバコの吸殻で山を作ったり、酒瓶の転がった四畳半で胡座をかいているのは天使とは呼ばない。むしろ呼ばせない。呼ばせたくない。


「まあ別に天使どうこうを信じる必要はないわ。こっからが大事な話や」


 ミカエルはフリップを1枚めくると、2枚目のフリップには一匹の虫の写真が貼り付けてあった。緑色の体をしたそいつは見たことある気はするけど思い出せない。

 なんていったかこれ……。


「輪廻転生って知っとるか京介くん」

「あれだろ。死んだ魂が生まれ変わって別の体で生まれ変わる……みたいなやつだっけ」

「まぁ概ね正解や。それでな、このままだと京介くんの転生先は――アブラムシなんよ」


 アブラムシ……?

 あの植物の茎や葉っぱに付いてる小さな虫? 俺あんなのになるの?


「絶対いやだ!」

「分かるでその気持ち。でもこれは確定事項で、しょうが無い事なんや。前世での善行が足りなかったんやろな。アブラムシとして生まれ変わった瞬間、家庭菜園が趣味の主婦に「あら、トマトにアブラムシがついてるわ。殺虫剤撒かないと」って直ぐにまた死んでしまうかもしれん。それもしょうが無い事や」

「その声真似腹立つな……」


 カマエルが裏声を出して主婦の真似をする。その人を馬鹿にした身振り手振りが俺の神経を逆なでする。めちゃくちゃ腹立つが、なんとか怒りを抑えて俺から話を振った。

 もちろんアブラムシにならない方法だ。


「なんとか防ぐ方法はないのかよ!」

「こればっかりは天使もお手上げ。前世でちゃんと善行したか? 雨に濡れてる捨て猫に傘を差してあげたか? 道行く婆さんの荷物を持ってあげたか? 道に迷う外国人に声を掛けたか? そういう小さな善行をコツコツやらんかったからアブラムシになるんや。

 そもそも人間の生まれ変わり先が必ず人間だなんて傲慢にも程があるやろ。人やペットの命は大切だなんだと言うのに、虫や草木は平気で踏んでいくやろ? まぁそれが自然の摂理ってやつやから文句のつけ用はないけどな、不可抗力の殺害や。でもそれが積み重なっていけばそりゃ勿論悪行になる。アブラムシになるのも何かの縁なんやろな」

「それでも他の選択肢ぐらいあるだろ! お願いしますミカエル様!」


 俺は恥を忍んでミカエルに土下座をする。人間でなくても良い。せめて哺乳類か海洋生物ぐらいにはなりたかった。


「まあ聞け京介くん。ここで出てくるのが異世界転移や」

「異世界転移……?」

「ええか、アブラムシになりたくなかったら。善行を積み重ねるしか無い。でも今の京介くんはもう死んじまってるから、積み重ねようにも出来やしない。そこでうちが今の京介くんを、日本じゃない別の世界へ転移させてもう一回人生のチャンスを与える。転移された先は日本とは全く別の世界やけど、そこで善行を積み重ねればアブラムシから魚、魚から鳥、鳥から人間って転生先がどんどんランクアップしていくんや! どや、悪くない話やろ」

「確かに……。その別の世界で人に優しくし続ければ人間に生まれ変われるのか。でもさっき天使にはお手上げって言ってたじゃねえか。出来るのかよ」


 ミカエルはニヤリと笑ってちゃぶ台に上半身を乗せて顔を寄せる。近づいてきたミカエルに俺は若干ドキドキしながらも小声で話す。これだから美人は。美人なだけで有利だもの。


「天使にはお手上げっていうのは建前や。会社で禁止されてるだけで実際には出来る。それこそ朝飯前や」

「まじかよ……。それに天使ってサラリーマンだったのか」

「当たり前や、天使を何だと思ってんねん。毎月月末払いの給料制や。――それで、異世界……行ってみるか?」


 迷う必要はなかった。転移先がどんな世界であれ、人に優しくして手を差し伸べれば取り敢えずアブラムシにはならずに済む。

 俺は即決でカマエルの提案を承諾した。


「よっしゃ! それじゃあ京介くんこれにサインして貰おうか」

「サイン?」

「万が一の為の保険や。まあ京介くんに限ってはないと思うけど、転移先で悪いことはしませんっていう誓約書みたいなもんや。まー、京介くんはしないと思いますけど」


 やけに上機嫌になったミカエルは、最初にフリップと同時に取り出した一枚の紙を俺に差し出した。真っ白いA4用紙の左下に黒い枠が一つだけ書かれていて、ミカエルに聞いたら「印刷ミス」とのことらしい。天使もプリンター使うんだなと特に気にせず、枠の中に自分の名前をペンでしっかりと書いた。

 

 名前を書いた紙をミカエルに返すと、カマエルは満面の笑みで受け取る。


「いやーありがとうな京介くん。ホンマ――助かったわ」

「え?」


 ミカエルが笑みを崩さずに1枚の紙を――2枚に分けた。破ったわけじゃない。綺麗に1枚の紙が2枚に別れたのだ。

 いや、違う……。元々あれは2枚の紙だ。糊か何かでくっつけて1枚の紙に見せていただけだ!

 俺が名前を書いた紙の後ろから出てきたのは、文字がずらずらと長ったらしく書かれた紙で、紙の上部に大きく『連帯保証承諾書』と書かれていた。そして名前を書いた紙はどうやらカーボン紙だったようで、借用書の下部に連帯保証人「古谷京介」としっかりと写されていた。

 俺は何がなんだか分からず、唖然とするばかり。だが連帯保証人という言葉の意味は授業で習っている。そしてその制度の怖さも。


「これで、京介くんはうちの連帯保証人。1億リール、一緒に返してもらいましょ」


 承諾書を手にして笑う目の前の天使、今の俺には悪魔の笑顔にしか見えなかった。

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