第二話
反響はまちまちだった。
一番多いのは、「僕が慰めてあげます。会えば絶対楽しませます。」というごく普通のメール。
後は「死ぬ前にやろうぜ」なんていう不躾なものや「その気持ち解りますよ。実は僕も…」みたいな共感タイプ、「人生いい事ばかりじゃないから悲観するな」的説教タイプ、最後に「きもい!」「馬鹿!」と言う嫌がらせメールもいっぱいあった。
それにしても、一回プロフィールを載せただけで、こんなにもメールが届く事に早紀は驚いていた。
件のメールも、当然そんなガラクタ箱の中から見つけた。
それにしても、「出会い系」で「出会わない」宣言を最初にしてくるなんて変わった男だ。
一体、出会わなければなにが目的でメールして来たのだろう?残るのはやっぱり金銭目的かな?でも、会うにしても、お金を要求してくるにしても、こちらの身許を知られなければ問題ないか。
「ふ〜ん、確かに変なメールね。それにしてもさ、早紀もなんちゅープロフィール載せてるのよ」
全くその通りだと早紀も思った。思ったからこそ、祐子にも見せようか見せまいか散々迷ったのである。
おかげで、今日はかなり寝不足だ。
出会い系に登録したのがおとついで、その日も結局かなり遅い時間まで起きていたのに、昨日も例のメールを見つけてから、あれこれ考えてたら、あっという間に普段はとっくに夢の中で物語のクライマックスを迎える時間になっていた。
「なんかさ、まじめに書くのも馬鹿みたいだし、なんとなくね。」精一杯の強がりだ。
「へ〜、あっそ!その割りには今日は愛しの課長どのに何回も欠伸すんなよって注意されてたようだけど?」
するどい!さすがに悪友!
ただ、今日寝不足なのは例のメールのせいで、自分のプロフィールのせいではない。
いや、変なプロフィールを載せちゃったから、祐子に見せようか見せまいか迷ったせいでもあるから、半分正解か?
「欠伸なんかしてないもん。でもさ、ほんと言うとやっぱ少しだけあのメール気になるんだよね。」
「だったら、返信してみたら?メールのやりとりしてるうちに、だんだん目的が解ってくるんじゃない?どうせ早紀にすぐ恋愛しろって言ったって無理だろうし、だったらその男の本性を探るミステリーでいいんじゃない?飽きたら返事しなきゃいいし。」
「なんか、それも悪くない?」
「あのね。早紀はさ、変なとこまじめすぎるんだよ。最初出会い系なんかに登録する男は最低なんて言ってたのは誰なの?向こうも割り切ってるんだから、いちいちそんな事気にしてたら身が持たないよ。」
「そうかな?じゃあ、気が向いたらしてみるよ。」と答えながら、早紀はなんとなく自分に対する免罪符を祐子からもらったような感覚になった。多分、祐子もそんな早紀の気持ちを知って、ああいう風に言ってくれたのだろう。
その後も、たわいのない話を色々しながら女二人で金曜の夜を満喫し、早紀が自宅の駅に降り立ったのは、夜もだいぶ更けてからだった。
二日続いた寝不足とお酒の酔いもあって、その日は久しぶりにぐっすり眠ろうと、家に着いてから急いでお風呂に入り、髪を乾かして、歯磨きをする時に、ふと今はもう使われなくなって久しい歯ブラシに目がいった。
最近は慣れたせいか、あまり気にも止めてなかったのに。
こんな物を後生大事に取っておくなんてどうかしてる。
でも、昔あの人が部屋中歩き回りながら歯磨きをしていた姿を思い出すと、どうしても捨て切れずに今も早紀の歯ブラシとおそろいで歯ブラシたてに並んだままにしてあった物だ。
かさ張る物じゃないし、それに他の物は彼があらかた持って行ってしまったから、今では早紀の部屋に彼の名残を感じさせるものはほとんど残っていない。
きっと自然に捨てられる日が来るよね。
その日までは置いといてあげましょ、歯ブラシさん。
なんて言ったって、この歯ブラシは二人でソニプラへ買い物に行った時におそろいでそろえたんだから。
私の歯ブラシはそれから何回か変わっちゃったけどね。
気にしないようにしようと、布団に潜り込んでも、歯ブラシをきっかけに彼との日々を思い出すとさっきまでの眠気が嘘のようにどこかに行ってしまった。
やっぱり、寂しいな。
もしかしたら、このままずっと一人で年を取っていくのかなと思うと、思わず泣きそうになる。
祐子にメールでもしようかな?もう寝てるかな?などと考えながら、ふと例のメールを思い出した。返事してみようかな。変な感じの人だったら、やめればいいしね。祐子に話す材料にもなるかな。
「お返事ありがとう。
でも、残念ながら、あなたはブ男かもしれないけど、私は醜女じゃありませんよ〜。
それに、今どきしこめなんて言葉使わないんだから。
まあ、いいわ。それにしても、最初から会いません宣言するなんて変わった人ですね。
私はプロフィールに書いたけど祐子だからユウってみんなに呼ばれてるけど(祐子ごめん!)あなたの事はなんて呼べばいいですか?
プロフィールどおり及川さん?
趣味とかありますか?
なにか楽しい趣味とかあれば教えてください。」
一体なにをしてるんだろう?
まるで、私の方が会いましょう、あなたに興味がありますって書いてるようなものだわ。
本当に馬鹿。
寝不足にも関わらず、早紀が眠りに落ちたのは空がぼんやりと明るくなってからだった。
昼過ぎに起きて、今日はなにをしようかな?明るく頑張るぞ!と考えながら、そういえば返信来てるかな〜?いくらなんでも、もう来てたらキショイよね。とメールをチェックしてみると、はたして返信が来ていた。
「お返事ありがとう。
まず最初に容姿の件についてはすいません。
僕の方は訂正の必要はありませんが、ユウさんは違うようですね。
でも、言い訳すれば最初から本気で醜女だと思ってた訳じゃありません。
ただ、とても寂しそうだったから、褒められるより、時には、無関心でいられた方が気楽な場合もあるかと思ったんです。
僕の事は及川でも伸二でもいいですし、友達からはシンって呼ばれてるので、それでもいいですよ。
なんか適当なあだ名をつけてくれてもいいですよ。
趣味は色々あります。
スポーツは好きで、特にサッカーが好きです。ドライブや映画を観るのも、本を読んだり、音楽を聴くのも好きです。特に変わった趣味を持ってる訳じゃないので、そんなに面白い話は出来ないかもしれませんが、もし興味があれば、お話しますよ。
でもね、ユウさん。趣味を楽しむのも、自分がリラックスしてないと難しいですよ。
無理して楽しく振る舞っても余計に辛くなる時もあると思いますよ。
そういう僕も感情のブレは大きいかもしれません。
すごく辛くなる時があります。
そんな時は、ジタバタしてます。車に乗ったり、大声で歌ったり、逆に何時間もジーと考え込んだり。
もちろんお酒に逃げる時もよくあります。
つまり、思いついたまま行動してます。
その後に、ああ楽しかったといった爽快感はありません。
ひたすら、自分に潰されないように葛藤しているだけです。
とても弱い人間ですから。
でも、人はみんな弱いものだと思いませんか?
誰だって、他人には見せられない弱い面を持ってると思いませんか?
そんな時に、自分の本心を話したり、ただ感じたままを言い合ったり出来る他人が一人位いてもいいかなと思うんです。
他人になら、気兼ねなく言える事もあると思うんです。
だからユウさんには会いません。
ユウさんのプライバシーも聞きません。
もし良かったら、またメールください。」