第14.1話「心象風景」
マジでどうでもいい話。(*´∀`*)
-1-
私の名はサージェス。今年から迷宮都市のスポーツメーカーに勤める事になった新人サラリーマンだ。
初めての就職に期待と不安が入り混じり、睡眠不足に悩まされたのも今となってはいい思い出。体育会系の新人研修によって無理やり営業の心得を叩き込まれた事で、そんな学生時代特有の悩みなど吹き飛んでしまった。ネットで知った情報では確かにそういった側面があるという話だが、想像以上に厳しい環境である。
まあ、新人を戦力に仕上げるにはそれくらいしないといけないという会社側の事情もあるのだろう。
問題は、その洗脳じみ……いや、鬼の新人研修によって私をはじめ、複数の新卒者にとある兆候が見え隠れしている事である。
ボカしたような言い方だが、自分の事でもあるわけだし、当然それがどういうものだかもはっきりしている。
……正直に言ってしまえば、学生時代からその傾向はあったのだ。どうも、私はちょっぴり倒錯した性癖を持つ変態らしい。
しかし、それを周りに公表する事は憚れる。もし、バレてしまったらどんな目で見られてしまうのか、想像しただけでスーツが盛り上がってしまうというものだ。もちろん、内緒だがパンツは履いていない。
「サージェス、今日の歓迎会は気合入れていけよ」
「気合……ですか?」
今日の業後は全営業部合同の新卒者歓迎会だ。以前からスケジュールに記載されていて、社員向けに極力残業は避けろという告知まで出ているのだから認識はしているのだが……気合?
……まさか、一発芸でもさせられるのだろうか。
正直なところ、私は面白みのない人間だ。そんな、人様に見せて面白いと思わせる事ができるような持ちネタなど持ってない。
いやまてよ、何も思いつきませんから脱いで場を盛り上げますと宣言した後、実はパンツを履いてないという事を実地で暴露するというネタは社会人的にアリだろうか。……大きくなってなければセーフかもしれないが、私は自分を抑えられる気がしない。
くっ、なんて厳しい世界なんだ。
「ウチの歓迎会はハードだからな。だが、お前はそれを耐え抜く素養を持っていると確信している」
そう言う丸木戸先輩の目は、『本当は知っているんだぞ』と脅迫しているような眼光を放っているようにも感じられた。
たとえて言うのならばそれは捕食者。獲物を前にした猛獣……いや、ハンターのものにさえ見える。
「細かい内容は聞いてませんが、歓迎会というからには飲み会か何かなのでは?」
体育会系のノリで飲み会は厳しい。入社してからすでに数回連れ回されているが、中々にハードだ。
しかし、私を連れ回していたのは主に目の前の丸木戸先輩だ。その先輩からわざわざハードだと念を押してくるような歓迎会となると……。
「一次会はそうだな」
「大変なのは二次会と?」
「そうだな。できれば酔って前後不覚になるくらいのほうが楽かもしれない」
私は一体何をさせられるのだろうか。
「お前、スポーツメーカーの営業として最低限必要な事は分かっているか?」
わざわざスポーツメーカーの、最低限と言及しているのだから営業としての心得のようなものではなさそうだ。
「その条件だと、商品知識でしょうか」
「正解だ。何を売るか知らずにモノを売るわけにはいかないからな。もちろん、研修や実地でその辺の知識は覚えさせられてるんだろうが、それじゃ足りない。実際に使って良し悪しを知ってようやく最低限ってところだ」
「話の流れ的に、二次会でそれを補完すると?」
「その通りだ」
-2-
そうして、一次会でほろ酔い状態になったあとに連れて来られたのはバッティングセンターだ。
なるほど、確かにプロアニマル野球のチームに出入りしているメーカーとしてはうってつけの二次会だ。
しかし何故私はこんなところにいるのか。
「よし、サージェス、実地研修の始まりだ!」
バッターボックスに立つのは丸木戸先輩だ。バッティングセンターだからもちろんピッチャーはマシンで、守備はいない。
では、私はどこで実地研修を受けているのかというと……。
「うわああああっ!!」
どういった意図があるのか、ホームランゾーンに磔にされていた。
いい当たりの打球が体に向かって超速で飛来し、体のすぐ近くを掠めていく。
これは一体なんだ。何故私は的にされているんだ? 『野球やろうぜ、お前的な』的ノリだとでもいうのか。バックスクリーンの広告に賞金がかかってたりはするが、野球に的はないぞ。
まさか、サッカー用品担当の同期はボールにされていたりするのか。く、なんて世界だ。
「やめて下さい、丸木戸先輩っ!!」
「大丈夫だ。こう見えて学生時代は不動の四番だ。すぐに当たるから」
何が大丈夫なものか。今から強烈な打球をお見舞いしてやるぞと言われて安心できる奴などいない。
……まずい、このままでは興奮している事がバレてしまう!!
「ぐああああっ!!」
四番バッターという自負が正しいのか、打球は見事腹部へと直撃した。
普通の硬球ではなく、パワー自慢のアニマルどもの全力に耐えられるような代物だ。加えて、先輩の使うバットは強反発の改造バット。特製ピッチングマシンの球速は165キロに合わせてある。
……この新人歓迎会は危険だ。
私の性癖をピンポイントで暴き出し、公衆の面前に晒すために用意されたようなイベントである。こんな事をされて、大きくせずにいられるマゾがどれだけいるというのか。
賭けてもいいが、丸木戸先輩は理解している。お前の性癖などすべてお見通しだと。
「ぬわーーーっ!!」
気がつけば、何故か先輩以外のバッターも私目掛けて球を打ち込んで来ていた。
方向も威力もバラバラで予測が付かない恐怖。打者ですら完全には把握できない次のターゲットは一体どの部位なのか。
無数の打球が叩きつけられ、その威力で低耐久の特製スーツが弾け飛んでしまった。このままでは、私は磔にされたまま全裸にされてしまう!!
「よし、そろそろメインディッシュだな」
これ以上何をするというのだ。私はもう限界ギリギリだぞ。辛うじて表面張力で保たせているような状態に過ぎないというのに。
打球がやんだかと思えば私を磔にしていたボードが移動を開始した。どんなギミックだという話だが、妙にハイテクである。
そうして、固定されたポジションはキャッチャー。防具もミットもなければ構える事すらできない絶死の守備位置。
野球において捕手は極めて負担の大きいポジションだ。その負担を少しでも理解して営業に活かせという先輩の心意気を感じさせる。
いや、嘘だ。そんなものは感じられない。だって丸木戸先輩は私を見て笑っているではないか。ニヤニヤと、俺こそがサドだと言わんばかりに。
私は、直後に襲いかかってくるであろう痛みに身を震わせた。
ピッチングマシンから放たれるのは、もはやテニスのサーブと変わりない200キロ前後の高速ボール。
打ち返すはずのバッターはいない。どう足掻いてもピッチングマシンから放たれたボールが体に直撃するのは明白。
ならば、マゾとしてその一球を受けきってみせるまで。
そう、私はキャッチャーなのだ!! サージェス=キャッチャーである!!
まるで処刑用とでもいうように、凶悪なまでにカスタマイズされたマシーンから球が射出された。
速いっ!! とても素人には捕球できないような球速だ。しかも、ミットもないような状態で捕球など夢のまた夢。
しかし、私にはこの肉体がある!!
「さあ来いっ!!」
強烈な球速で迫るボールは、そのまま私の腹筋を貫くだろう。その痛みを快感に変えるべく、意識を集中する。
しかし、超人的な視覚で捉えたボールは直前で軌道を変え、予想すらしていなかった箇所へと……。
こ、高速フォークだと……馬鹿な。
-3-
「……予想を前提とするならば、そんな碌でもない心象風景が広がっている可能性があります」
「あ、はい」
無量の貌攻略に向けた内輪向けでのミーティング。
摩耶から淡々と語られるサージェスの予想心象風景は妙に生々しく意味不明で納得させられるものだった。
いや、なんでそんな光景を想像できるのかという段階から疑問に感じるところなのだろうが。
ダンジョン化した無量の貌の内部には簒奪された対象の心象風景が広がっている。
それはゲルギアルの予想でしかないが、まったく対策をしないという選択はない。確かに無数の心象風景なんて対策が立てられるようなものではないが、事前に心構えだけでもしておければ少しは違うだろうという考えだ。
奴は簒奪対象を取り込むべく、自分の意思で同化したいと思わせるような光景を創り出しているのではないか。
という疑念に基づくならば、摩耶の意見は納得感があり、攻略の困難さを感じさせる。
もろちん、奴の事だからそんな予想はぶっ千切ってくるのかもしれないが、それにしてもパーティメンバーとして観察を続けた摩耶の予想は誰もが『ああ、ありそう』と思うものだったのだ。
「……まあ、内部で救出対象を選別できるかなんて分からないが、大雑把にでも役割分担は考えておくべきだな」
俺は攻略に参加できないから、非常に心苦しくはあるがサージェスの救出は誰かに任せるしかない。
「内部で対象を発見したら可能な限り迅速に連絡をとって連携していくべきだ。……というわけで、ガウルに任せた」
「なんでだよっ!!」
悲鳴のような抗議を上げるガウルさんだったが、じゃあ代わりに私がと手を挙げる奴はいない。
「私はティリアさんを優先して捜索しましょう。サージェスさんを見つけたら呼びますので」
「いや、呼ぶなよ。見つけたならお前がなんとかしろよ」
「……荷が重過ぎます」
あれだけ克明に解説しておいて、この対応である。
「いや、そんなシリアスに言うところじゃねえだろっ!? よ、よし、同室なんだからベレンヴァールに任せようぜ」
「……すまん。俺は新参だからな。そういった人間の欲求に対して対応するならば、付き合いの長いお前のほうが適任だろう」
しかし、ベレンヴァールこれをスルー。
「もっともらしい事言ってるが、関わりたくなさそうだよな、お前。……くそ、だが救出しないわけにもいかねえんだよな」
誰だってサージェスの心象風景など心底関わりたくないだろうが、それで救助対象から外すわけにもいかない。
対応する人の苦労が偲ばれるが、ここは無理してもらうしかなかった。
……いや、あいつの場合、いつの間にか自力で脱出してましたなんて事が有り得そうではあるが。
摩耶さんは常識人枠です。(*´∀`*)




