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無限書庫の優雅な休日  作者: 二ツ樹五輪(*´∀`*)
『その無限の先へ』第五章
19/28

嘘Epilogue

恒例の企画。(*´∀`*)

-1M-




「これで審査は終了です。長い間お疲れ様でした」


 最後の審査とやらが終了し、すっかり顔なじみとなった冒険者ギルドの職員が言う。いや、ここでは迷宮ギルドと言うのだったか。

 長い間といってもせいぜい三日。個人差もあるが、本来はこの倍かかるのが当たり前と言われているから、トップ冒険者の推薦の威力というものが如何に強力なものかというものだ。コネ様々、元同僚様々というわけだ。

 同室だった元傭兵は、俺が来る以前から審査を続けているのにまだ許可が下りないと愚痴を零していたくらいである。あいつの場合、部屋で武勇伝のように語っていた傭兵時代の素行が問題なんじゃないかと思う。……気に入らないからって、雇い主の貴族殴るのは駄目だろう。


「知人の方も門を抜けたところで待っているそうですよ」


 どうやら、今日審査が終わる事を事前に連絡してあったらしい。わざわざ迎えにまで来るとは律儀というか何というか……。先日前線で再会した時はあまりの変貌ぶりに驚かされたものだが、人間としての中身は変わってないようだ。

 まったく見知らぬ地で案内役がいるというのは素直にありがたいと思う。なんせ、これからはこの街に生活基盤を築くのだから。


 通路を抜けて迷宮都市の内部へと向かう。ある程度話は聞いているが、迷宮都市の規模が一体どれほどのものなのか、ようやく自分の目で確かめる事が出来るというわけだ。通路の出口は高台の広場になっていて、階段を降りればそこはもう人の行き交う街の活気に満ちている。この時点でもはっきり言って想像以上で、事前に話を聞いていなければ目眩を覚えたかもしれないほどの活気だ。

 ……しかしなんだこの違和感は。そこまでおかしいところはないはずなのに妙に暑苦しい。奇妙な感覚に囚われている。

 しかし、そいつを見て違和感の正体が分かった。俺に気付いたのか、広場の外枠、囲われた柵の前からこちらを見て軽く手を振っているそいつは記憶の残っているのは別人とも呼べる姿をしていた。


「久しぶり」


 数ヶ月ぶりに会ったそいつは、変わらず爽やかな笑顔を見せた。気安い雰囲気はそのまま、とてもスラム出身でゴロツキどもの取りまとめをしていたと思えない貴公子然とした雰囲気。それはそのままなのだが、全体的にでかい、太い、筋肉質な体に変貌している。

 お前誰だよと言いたくなるが、顔だけは見間違えようがない。


「ひ、久しぶり。……前線で会った時と比べて、あまりに違うからビックリした。……フィロスなんだよな?」

「当たり前じゃないか。この上腕二頭筋には見覚えあるだろ」


 いや、ねーよ。俺の元同僚はそんな筋肉してなかったし、自己アピールとして腕の筋肉を見せびらかすような奴でもなかったはずだ。

 というか、俺より背が低かったはずなのに、なんで見上げるような大男になってるんだよ。怖いよ。


「しかし、無事審査も通ってなにより。ジェイルはちょっと筋量が足りないからどうなる事かと思ったけど」


 確かに、今のお前に比べたら筋肉は足りてなさそうだ。しかし、審査は決して筋肉だけを計っていたわけではないと思うぞ。


「グレン氏の推薦もあったからな」

「推薦か。ウチの団長、それこそ冒険者の上澄みのマッチョマンだし。腹筋が足りないくらいは見逃してもらえたのかな」


 推薦人がマッチョだと審査通り易くなるんだろうか。


「そ、そういえば、あの基地で食べたのは本当に軍隊の糧食だったんだな。審査中に食ったタダ飯のほうが美味いとかびっくりしたよ」

「アレも最低限の量の食事なんだけどね。僕も年末に王都へ帰った時には大変だったよ……いや、ほんとにプロテインがない事がこんなに辛いなんて思わなかった」


 プロテインがなんだかは知らないが、微妙に会話が通じていない気がするのは気のせいだろうか。量を話題にしたつもりはなかったんだが。


「……とりあえず冒険者登録をするには迷宮ギルドとやらに行くんだったな。道案内してくれるんだろ?」

「ああ。でも、その前に昼食にしようか。僕も今日はまだ二食しか食べてないんだ」


 ……まだ昼なんだが。むしろ、なんでもう二食も食ってるんだ。


 強烈に不安を覚える言動だったが、フィロスの奢りだという事で迷宮ギルドに向かう途中の店に入る。メニューには大陸共通語の記載もあって実物をそのまま切り取ったような絵も付いているのだが、見た目も名前も知識にかすりもしないものばかりだ。しかし、適当に選ぶのもなんなのでフィロスにお勧めを選んでもらう事にした。


「場所的にあんまり来る機会がないんだけど、ここは量が多くてオススメなんだ。ジェイルは何人前にする?」

「まさか、それ以上頼むのが普通じゃないよな?」

「冒険者じゃなければ普通は一人前かな。脂肪は天敵だからね」

「……一人前で頼む」


 それはどう聞いても一人前以上食べられないのではなく、太るから食べないだけと言っているに等しい。あまり危険な香りがした。


「そういえば、イグムート氏はもう迷宮都市で活動してるんだろ?」

「イグムート? ……ああ、ラーディンの勇者か。確かに来ているけど、なんでジェイルが知っているんだい?」

「ネーゼア辺境伯領から王都まで一緒だったんだ。途中でウチの領地を通過する事になるからか、辺境伯から同行しろって命令されてな」


 男二人の珍道中だ。色気はないが、なかなかに楽しい旅だった。

 騎士なんてやってる以上この国の事に詳しい自信はあるが、異世界の話は初めて聞く話ばかりで好奇心が掻き立てられたものだ。ダンジョンへ挑戦する話などは、それが犯罪者向けの拷問扱いされているとしても心が踊る。


「今のところ表立って活動はしてないけど、話は聞いてるよ。そろそろ体も出来上がってきて冒険者活動を開始するらしいね」


 あれで体が出来上がっていない評価だったらしい。

 あいつ、騎士団の連中なぎ倒すくらいの怪物だったんだけど。


「鶏ササミ定食五人前お待たせしましたー」


 やたら筋肉質な店員がフィロスの食事を配膳しに来た。後ろには荷台のようなものがあって、そこに大量の食事が乗せられている。

 手に持っているお盆がすでに理解できないほどの量だったのに、店員は荷台に乗っていいるものすべてをテーブルへ移動し始めた。

 ……五人前? 五十人前の間違いじゃないのか?


「お前……まさか、それを全部食うのか?」

「そうだね。僕は三食目だからカロリーは控えめにしないと。ジェイルのほうは、カロリー気にしなくていいだろうから炭水化物メインだよ」

「いや、そうだねって……」


 一体どういう事なんだ。こんなちゃんとした店で出すくらいだから、ひょっとしてこれが普通の量なのか?

 ……あまり確認したくなかったが、店内を良く見れば似たような量を食っている奴は……いる。……くそ、本当にいるのかよ。


「あー鶏ササミ美味え」


 目の前で鶏肉を貪り食っているのが以前のフィロスと同一人物だとは認めたくなかった。心なしか人格すら変貌している気さえする。

 できればこのまま運ばれてこないでくれと祈っていたのだが、直後に俺の分も来てしまった。

 それは王都の食事どころか、壁の中で審査を受けていた時にも出てこないようなほどに美味そうな食事だったが、想像を遥かに超えて量が多い。一日分用意しましたと言わんばかりの量だ。山のように積まれた料理で向かいに座っているフィロスの顔が見えない。

 確かに美味い。もはや筆舌し難い美味さではあるのだが、食っても食っても減らない。

 しばらく無言で食い続けていると、こちらを物欲しそうに見るフィロスと目が合った。……え、もう全部食ったの?


「ふ、フィロスもどうだ。ちょっと俺には多過ぎるみたいなんだ」


 一体どんな速度で食えばアレがなくなるのか。積み上げられた皿には違和感しかない。

 だが、この際違和感など投げ捨てて目の前の料理を処理する事が先決だ。まだ半分以上残っているが、あれだけ食ったならこれも余裕で処理できるだろう。


「食べたいのは山々なんだけど、ちょっとカロリーの過剰摂取になりそうだ。ダンジョン・アタック前だったら炭水化物や脂質も重要なんだけどね。ああ、時間はあるんだからゆっくり食べていいよ」


 量ではなく、別の事で遠慮されてしまった。

 つまり、これは俺だけで処理しなければならない。くそ、美味いのがまたムカつく。


「……死ぬ」


 文字通り、死に物狂いで腹に詰め込んだ。数日絶食しても問題ないだけの料理が胃を圧迫している。戻していないのが不思議な状態だ。


「ジェイルはデザートのプロテインは何味にする? ちなみに僕のオススメはココア味」

「……勘弁してくれ」

「……ココアは嫌いだったか。周りでも愛好者があんまりいないんだよね」


 そういう意味ではない。そもそもココアが何かも知らないし、お前が飲んでいる液体が何かも分からない。

 今、大量に液体が流入してきたら、確実に逆流する。賭けても良い。


 あまりの満腹感に歩くのさえも困難だったが、食事のあとは当初の目的である迷宮ギルドへの案内をしてもらう。大した距離ではないが、今の俺には永遠にも思えるほどに遠く感じられた。


「迷宮ギルドで受付をしたあと、一、二時間くらい説明を受けたら、とりあえず今日は終わりかな。冒険者見習いのジェイルが誕生する」

「冒険者のイメージが外のままだから、なんとも言えない気分になるな」


 ここまでで理解したが、迷宮都市の冒険者がイメージ通りのはずがない。

 外で見知っている冒険者は確かに屈強な男たちだ。しかし、迷宮ギルドに近づくほどに増えていく冒険者らしき者はそれと比較しても遥かに巨大で鋼のような筋肉を備えている。こんな連中相手に張り合っていく自信がない。


「……その見習いを取るのもなかなか大変なんだろ? どんだけ鍛えればいいんだよ」

「はは、最初の内はトレーニングは苦しいかも知れないけど、段々筋肉を虐めるのが楽しくなってくるよ。ここでは文字通り筋肉が断裂しても問題ないから、ハードトレーニングも思いのままさ」

「……そうだな」


 すでに訂正する気も起きなくなっていた。どういうわけかは知らないが、フィロスは筋肉という幻想に囚われている。何をするにもまず筋肉が最初に来るのだ。それはもちろん他の冒険者も一緒のようで、男女種族問わず筋肉質に見える。どこを見ても視界に一人はトレーニングしている奴がいるし、中には半裸でそれを見せびらかしている奴もいる。……くそ、なんでエルフさんまであんなに筋肉質なんだよ。俺の理想が……。


「ただ、鍛えるにしても方向性は決めておいたほうがいいね。ダンジョン内では基本六人パーティだから、どうしても役割分担が必要になる。前衛の戦士や斥候、そして魔術士それぞれで求められる筋肉が違うんだ」

「途中までは同感だった」


 そこは役割や技能じゃないのかよ。なんで筋肉なんだよ。魔術士にどんな筋肉が必要だっていうんだよ。


「たとえば、あそこでパフォーマンスしているのはヴェルゴっていう< マッスル・ブラザーズ >所属の下級冒険者で、彼の筋肉は主に魅せ筋だ。見せかけの筋肉だからあまり戦闘に寄与しないんだけど、戦闘時にはその筋肉を見せびらかしてパーティメンバーを応援するっていう重要な役割がある」

「いや、色々おかしい」


 さすがに突っ込まずにいられなかった。六人という限られた人数の中で応援メインの奴が入っているのは駄目だろう。しかも、筋肉で何を応援する気だよ。


「実用的な筋肉はどうしても魅せ筋に見栄えが劣る。強さも大事だけど、見ていて美しい筋肉は心癒されるね」

「お前、実は俺の話聞いてないだろ」

「ちなみに部屋は登録時点で割り振られるね。迷宮ギルドの隣の建物が寮になってて、その一室を貸してもらえる。一ヶ月はタダだ」

「いや、会話の流れがおかしい」


 聞いてないどころか、あからさまな軌道修正があったような話題の変化だ。

 誰もそんな話はしていないのに、なんで寮の話になっているのか。


「僕もしばらく住んでたから色々聞いてくれてもいいけど、寮内にも知り合いを作ったほうがいいね。特に迷宮都市出身だと心強いと思うよ」

「まさか、そういう場があったりするのか? サロン的な。もしくは社交会とか」


 諦めて、流れに乗る事にした。


「はは、貴族じゃないんだからそういうのはないよ。知り合う方法は色々あると思うけど、やっぱりオススメはトレーニングジムかな。たとえば、筋肉の構造から教えてくれるセミナー開いてるジムなら初心者も結構いるし」


 そして、当たり前のように筋肉の話になるのである。


「ところで、そういうジムにもっとこう……筋肉のついてない感じの人はいないのか?」

「……いない事はないと思うけど、そういう人もすぐに筋肉に目覚めるから問題はないよ」


 筋肉が付いていない事を問題視しているわけじゃないんだ。


「というわけで、ここが迷宮ギルド。迎えに来るから、説明終わったらロビーで待っててくれるかな。もしくは職員さんに僕の名前出してくれれば連絡入るから」

「分かった……って、この建物もまた……なんというか汗臭いな」


 建物内部が外から見えるようになっているのだが、ここから見えるだけでも筋肉だらけだ。特にそういう場所ではないはずなのに、みんな筋トレをしている。

 というわけで、ここで一旦フィロスと別れ、冒険者の登録作業を行うべく建物内に足を踏み入れる事になる。

 そして、その登録作業中に、俺は運命と出会う事になるのだ。




-2M-




 一旦フィロスと分かれ、俺は一人会館のロビーで冒険者になる為の手続きを行う。

 ギルド会館のロビーにはチラホラと見た顔がいて、周りの筋肉に引き攣った様子で登録手続きをしていた。俺と同じタイミングで審査が終わった連中だろうが、すごく安心する光景だ。自分が一人じゃないと実感できる。


「あの……大陸共通語じゃまずいですかね?」

「この書類は大丈夫ですよ。高度な方は肉体言語で、という書類もありますし」


 貴族として生まれた以上読み書きは最低限の技能で王国で困った事はないのだが、目の前の書類に記載された文字は見た事もない複雑怪奇なものだった。……日本語といい、この迷宮都市では公用語らしいのだが、日本って何だ? 迷宮都市語じゃないのか? そういえば、ここに来るまでの間に看板などで見掛けた文字は似たようなものだった気がする。会館に入ってから時折聞こえる謎の会話もこれなのだろう。

 まあ、それはいいんだが肉体言語とやらはなんだろうか。スルーしたほうがいいんだろうか。


[ 迷宮ギルド会館 二階 面談室 ]


「今月の初心者講習は終わってるから、ジェイル君のデビューは最短でも二月になるっスね。まあ、半年を目処にデビュー出来るよう頑張って下さい」

「は、はあ……」


 そして、二階の個室で今後の事について簡単な説明を受ける。

 冒険者としてデビューする為には、トライアルとやらの他にも定期的に開催される講習が必須になるらしい。受講に特別な技能は必要なく、トライアル攻略するまでに受ければいいという事なので、特に問題はなさそうだ。

 ……問題は、それを説明しているのがオーガのような何かという事だろう。ごく自然に説明が始まったので突っ込むタイミングを逃してしまったが、どういう事なのか気になってしょうがない。


「基本的にトライアルは同伴者として中級冒険者の同伴が必要で……」

「すいません。……その、この街にはあなたのようなオーガが暮らしているんですか?」


 話の腰を折る形になったが、気になって説明が頭に入ってこない。ここははっきり聞いてしまったほうがいいだろう。


「オイラはオーガじゃなくてゴブリンっス。初めて迷宮都市に来た人はびっくりするけど、オイラくらいで驚いてたら大変っス」

「……あの、トライアルに出てくるゴブリンもみんなあなたのような体格なんでしょうか」

「オイラは事務員なんで、こんなヒョロいのはダンジョンにはいないっスよ」


 本当かよ。こんな化物みたいなゴブリンがうろついてるダンジョンとか、足踏み入れたくないんだが。

 目の前の自称ゴブリンは、俺の数倍の質量を持つ化物だ。俺の記憶と一切が一致しない。ゴブリンでこれならオークやオーガはどうなってしまうんだ。


「今日は一階受付でステータスカードを貰ったら終わりっス。トライアル頑張って下さい」

「あ、はい」


 トライアルか……今更ながら不安になってきた。とてもデビューできる気がしない。

 ……このまま王都に帰ったほうがいいかもしれないな。筋肉で洗脳される前に。



[ 迷宮ギルド会館 一階ロビー ]


 再び一階ロビー。受付に行くと、何やら文字が書かれた紙を渡された。待っていれば呼び出してくれるらしく、この紙はその順番待ちに使うのだそうだ。

 紙を片手に備え付けの椅子に座り、ロビーを行き交う筋肉を眺めながら時間を潰す。目に入るのは実に興味深い光景ばかりだ。何をやっているのか理解出来ない筋肉も多いが、多種多様な筋肉は見ていて飽きない。騎士団の統一化されたものとは違って何やら格好良い鎧を着ている筋肉もいるし、ほとんどお目にかかれない筋肉質な魔術士、どうやって使うのか分からない武器をぶら下げる筋肉や、俺が両手を使っても持ち上げられなそうな大剣を片手で軽々と持ち運んでいる筋肉巨人もいる。……ああ、筋肉ばかりだからここの天井は高いんだな。随分縦に伸びた構造だと思っていたが、納得だ。

 あそこにいるのはエルフさんだな。美形だが、筋肉が邪魔だ。俺としてはもうちょっと筋量が少ない感じの……。


「あの……呼んでますけど」

「……は?」


 隣から声をかけられて、受付から自分が呼ばれている事に気付いた。どうやら、紙に書かれた文字を見て気付いてくれたらしい。


「すいません。助かりまし……た」

「いえ、順番待ちなので気を付けた方がいいですよ……なんですか?」


 隣に俺の理想が座っていた。

 エルフさん。それも小柄だが大人になりかけのまさしく少女だ。整った容姿は夢に見ていたエルフ独自の雰囲気で、化粧もしていないようなのに美しく輝いて見える。化粧と香水で誤魔化している王国貴族の令嬢とは比較にならない。少し勝ち気そうで、強い目線。何より狙ったような側頭部で二つに分ける髪型。その強烈なあざとさもその容姿なら嫌味にならない。

 何より、筋肉ではない。この筋肉だらけの迷宮都市にあって、この存在は奇跡的ともいえた。

 ああ、何故だろうか。この子に見られているだけで踏んで欲しい衝動に駆られる。俺は変態だったのか……。親父、俺確かにあんたの息子だったよ。


「お嬢さん!」

「な、何?」

「俺と結婚しましょう!」

「は? ……はああああっ!? いきなり何言ってるんですか、こんな場所で!! 第一誰なんですか、あなた」


 駄目だ。俺にはこの衝動を抑える事が出来ない。


「ジェイルと言います。ジェイル・ネル・グローデル。今日、迷宮都市にやって来ました」

「珍しく筋肉じゃないと思ったら新人さんなの……って、名前を聞いてるわけじゃなくてね」

「大丈夫です。誰でも最初は名前も知らないところから始まるんです」

「何が大丈夫なのかさっぱりなんですけど……」


 く、駄目だ。この溢れる想いは伝えきれない。どうしたらいいんだ。華奢で筋肉が足りていないからいけないのか?


「あのですね、受付の人も待ってますし、そう言う事は初対面では言わない方が……冗談でも困ります」

「本気です!」


 今ならフィロスが水のように飲み干していたプロテインだって完飲してみせる。


「あー何この人……これじゃ、またあいつらが現れる展開だよ」

「取り敢えずは自己紹介を兼ねて、この後お食事でも……」

「ちょっと待ていっ!!」


 少女の手を握り、食事に誘おうとしたところに乱入者が現れた。


「不埒な奴め。パインたんの手を離したまえ!」


 振り向くと、そこには全身白いローブで身を覆った謎の人物が三人。……何だこいつら。なんて怪しい奴らなんだ。変質者か。

 いや、俺から言わせればこの街の連中はみんな変人だ。こいつらもやたら大柄だし、今更である。

 体格的にかなり不安を覚えるが、俺は彼女を守るように前に出た。


「何者だ」

「我々は」「< パインたんを鍛え隊 >!」「パインたんの筋肉は私たちが発達させるのだ」

「パインたん言うな」


 どうやら顔見知りらしいが、……鍛えたい? というか、この子はパインという名前なのか。本人の口から聞きたかったのに、何故変質者から聞かされなければいけないんだ。


「筋肉地獄の中、ようやく見つけた理想なんだ。彼女をそんな筋肉な体にするわけにはいかん」


 俺達の言い争いが目立ったのか、いつの間にか周りにはギャラリーが集まっていた。全員が全員大柄で筋肉質だから、圧迫感に押し潰されそうになる。あと汗臭い。くそ、俺が彼女を守るしかないのか。


「たとえ多少顔面偏差値が高かろうが、そんな華奢な体格でパインたんとイチャイチャしようなどど羨ま……けしからん!」


 どっちなんだよ。


「まあ待て、ここは俺たち< 赤銅色のマッスル・ブラザーズ >に任せてもらおうか。< 赤銅色のマッスル・ブラザーズ >に」

「ボッヅ、貴様なんのつもりだ。迷宮都市最大大手クランといえども、やっていい事には限度があるぞ」


 人混みの中から新たな筋肉が現れた。くっ、なんて凄まじい筋肉なんだ。

 周りの連中とは違い、見ているだけで圧倒されるような肉の塊。隆起し、常に脈動する筋繊維は同じ生物のものとは思えない。

 ……だめだ。こいつには勝てない。生物的な本能が逃げろと言っている。

 しかし、俺の背には理想の少女がいるのだ。こんな筋肉だらけの場所に残してはいけない。


「彼女を賭けてお前たちが勝負する場所を用意してやろうというのだ。ウチのクランのリスタジオを使うといい」

「馬鹿な……こんな他愛もない争いにボディビルの聖地を貸すというのか」

「というか、勝手に人を賭けないで欲しいんですけど……」


 聖地? こいつ、一体俺たちに何をさせようっていうんだ。


「あ、もしもしヴェルゴ? 今からウチのスタジオ使うから用意しておいて……そうだ、一緒に並んで俺たちの筋肉をアピールするんだ」

「はいはい、新人虐めはやめましょうね」


 何かを耳に当て、独り言を始めた筋肉の脇から一人の筋肉質な女性……受付嬢さんが現れた。

 ……あれ、今更だけど俺ヤバイんじゃない? 呼ばれてたのに何でこんな事になってるんだ? あの筋肉で圧殺されちゃうんじゃ……。


「う、受付嬢さん、これはですね、事を穏便済ませようという俺の善意でして……決して俺の筋肉をアピールする場がないからとか」

「最初から見てたんで流れは大体わかります。ボッヅさんは今回大目に見ますから撤収、撤収」

「く、くそ、俺の筋肉を見せびらかすチャンスだったのに」


 受付嬢さんの一声で筋肉は散っていく。結果として助かったが、今度は受付嬢さんに殺されそうだ。


「まったく、またあなた達ですか。なんでジェイルさんまで一緒になって」

「すいません。俺、この変質者達からパインたんを守ろうとして……」

「パインたん言うな」


 だから自己紹介しようって言ったのに。


「ジェイルさんはともかく、あなたたちはトレーニングに移動しましょうか。筋肉の虐め方を個別指導してあげましょう」

「な、我々はパインたんを魔の手から救おうと……ですね。パインたん、助けてっ! マッチョにされるっ!!」

「頼んでないし。そろそろ追放されなさい」


 すでにマッチョなのに、更にマッチョになってしまうのか。まあ、知った事ではないが。


「そうですよね。やはり邪魔されるのは迷惑ですよね」

「いや、正直あなたも迷惑なんですけど……」

「馬鹿な……」


 俺のこの想いが迷惑の一言で一蹴されるというのか。そんな事が許されていいのか。


「というわけで、変な事になりましたがクラリスさんの更新カードはこちらです」

「あ、どうもすいません」

「クラリス?」


 パインたんじゃないのか?


「クラリスー、なんか忙しそうだから先行ってるねー!」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ。すいません、カードありがとうございました」


 会館の入口から彼女を呼ぶ声がする。ああ、このままでは自己紹介すらせずに別れる事に。


「あ、パイ……クラリスさん? 先ほどの話なんですが」

「うっさい! 近寄るな! 死ねっ!」


 ああ、行ってしまった。くそ、何て心に響く罵倒なんだ。拒絶されて即座に話しかけるだけの心の強さが欲しい。

 やはり筋肉なのか。筋肉を鍛えないと、この想いは伝わらないというのか。


「クラリスちゃん、人気者、です」

「黙りなさい、おチビ。あんなのに付きまとわれても嬉しくないわよ」

「やっぱり、金髪ツインテールのツンデレは強しか……」

「誰がツンデレよ。……髪型変えた方がいいのかな。ミユミに言われてこの髪型にしたんだけどな……」


 何アレ。マッチョじゃない普通のエルフさんが沢山いる。筋肉質でないというだけでも癒されるというのに、どれだけの夢が詰め込まれているというのか。これは、なんとしてでも彼女と繋がりを作らなくては。




「見つけ易いのはいいけど、ロビーのど真ん中で何してるんだい?」

「……フィロス、俺は運命を見つけたんだ」

「……は?」


 俺を迎えに来たのか、ギルド会館に入って来たフィロスが呆れた顔で言う。そんな気狂いを見るような目はやめてくれ。俺は正常だ。


「これからいくつかジムを案内しようと思ってたんだけど、どの部位を重点的に鍛えたいとかリクエストはあるかい?」

「いや、俺はこれからトライアルに挑戦しようと思う。……そうだ、お前確かトライアル同伴の資格を持っているって言ってたよな? 良かったら付き合ってくれ」

「……え? それは構わないけど、今からかい? 一体全体何が……」


 良く考えてみたら、地盤堅めすらできていない奴が求婚なんてお笑い草だ。……そうか、それがいけなかったんだ。

 騒動中の会話から察するに、パインたん……いや、クラリスたんはデビュー済みの冒険者のはず。ならば、すぐに追いついて頼れる男をアピールするんだ。そのためならマッチョになる事だって厭わない。


「フィロスさんのお知り合いですか? 恋愛事は自由だと思いますが、暴走しないよう注意をお願いしますね」

「あ、はい、受付嬢さん。……どういう事なんだ」

「ジェイルさんも、あんな悪い見本を参考にしてはいけませんよ。とりあえず登録終わらせましょう」


 ……そういえば、まだ登録作業の途中だった。……いや、フィロスもそんな顔で見ないでくれ。




-はじめてのまっちょとらいある-


「ジェイルはやっぱり槍かな。その護身用の長剣じゃ実力出せないだろうし」


 トライアルダンジョンでは挑戦開始前に武器を貸し出してくれるらしく、倉庫兼訓練場のような場所にはひと目で質の良いと分かる武器が所狭しと並んでいた。中には使用方法が分からないようなものまである。

 問題はそのほとんどが超大型で、俺の筋量では扱えるか怪しいという事だ。槍にしても柱のようなサイズまである。


「同伴者に手伝ってもらうのは駄目って話だが、荷物を持ってもらうのは?」


 予備を持っていくにしても、あんな化物のようなサイズの槍は何本も持てるはずがない。フィロスの体格なら……なんとかなりそうだ。


「問題ないね。予備用に何本か持っていくのかな? 五十本くらいでいいかな」

「……も、持てるなら」


 持てるというのなら予備はあったほうがいい。会館にいたゴブリンを仮想敵と考えても、あの鋼の筋肉に槍が突き刺さるかどうかは怪しいのだ。そもそもゴブリンに勝てる自信すらないが、経験を積む機会は多いほうがいいだろう

 というわけで、フィロスに持てるだけの槍を持ってもらう。トレーニングに丁度いいというので、ありったけだ。


-第一層ゴブリン戦-


「ぐあああああっっ!!」

「ジェイル、がんばれー」


 巨大だと思っていた会館のゴブリンと比べても二回りほどは大きい巨大ゴブリンの棍棒が、俺の胴体へと直撃した。

 非常識なほどに飛ばされた俺だったが、応援するフィロスに気にした様子は見られない。迷宮都市ではこれが当たり前なのだ。

 お試しで用意された相手だというのに、出てきたのは圧倒的な膂力だけでなく俊敏さを備えた超戦士である。このダンジョンにはこんな単騎で城を落とせそうな奴らがウロウロと徘徊してるらしい。どんな魔窟だ。


「く、そっ!!」


 こんな最初から躓くわけにはいかない。俺にはパインたんと添い遂げるという大きな目標があるのだ。

 左腕に凄まじい激痛が走っている。動かないわけではないが、おそらく骨に罅が入っているのだろう。これでは槍を支える事くらいしかできない。だが構うものか。手足がもげようがゴブリン程度……程度は血祭りに上げてやる。

 力の入らない状態で槍を突き立てても、突き刺した槍が貫通するどころか筋肉で押し返される。一切刺さらないという事はないが、ダメージはほとんどないだろう。激痛のせいで動きが鈍る中、轟音をたてて迫る棍棒を必死で避け、何度も、何度も突きを繰り返す。

 絶対絶命に思えた戦いだったが、長い死闘の末に立っていたのは俺だ。

 全身に傷を負い、打撲で変色した箇所のほうが多い状態、槍を杖代わりにしなければ立っている事さえできないだろう。しかし、勝った。冒険譚の最後に登場するような化物相手に勝ったのだ。英雄になった気分である。


「うーん、最初からこれじゃ厳しいね。筋肉も足りてないし、今日のところはあと数戦したら帰ろうか」

「無茶いうな」


 もう死ぬ寸前だよ。筋肉どうこう以前に、あんなのを何回も相手してられるか。


「あ、僕が連れて来なくても向こうから来たね。……二匹いるけど、頑張って」


 フィロスが俺の背後を見て言う。

 振り返ると、そこには先程死ぬ思いで倒したゴブリンと同等かそれ以上の個体が二匹、今まさに襲いかかろうと斧を掲げていた。


「ちょ、フィロス、フィロスさんっ!? 無理、無理だから! 助けて!!」

「大丈夫、大丈夫。僕も通った道だから。ほらほら、がんばれー」

「ぎゃあああああーーーっ!!」




-病院-


「あ、ジェイルさん。お目覚めですか」


 気がついたらベッドの上にいて、白衣を着たマッチョに覗かれていた。


「初めてのようですので、まだ状況が飲み込めてないと思いますが、ここは病院です。あなたはダンジョンで死亡して、ここに転送されてきました。意識ははっきりしていますか?」

「ア、ハイ」

「初めては錯乱される方もいらっしゃいますので、まずはゆっくり落ち着いて。必要な場合は精神安定剤を処方しますのでお申し付け下さい」


 やたら事務的に説明されるが、記憶にこびり付いた蘇生までの異様な感覚と、その手前の……ゴブリン二体の印象が強烈過ぎて呆けていた。

 アレはただの雑魚。迷宮都市においてそれ以下はいないとされるモンスターだ。そんな奴一体で瀕死なのに、二匹もどうしろっていうんだ。しかも、先にはまだまだ強いモンスターがいるのだ。有り体にいって不可能な気がしてならない。

 ……いやいやいやいや、何諦めようとしているんだ。俺にはパインたんと添い遂げるというでっかい夢があるのだ。あんな化け物如き、軽くのして……のしてやる。

 くそ、駄目だ。気が弱くなっている。こんな事ではまたパインたんに罵倒されてしまうじゃないか。いや、罵倒されるのはちょっと興奮するからそれは百歩譲って問題ないにしても、取るに足らない相手と無視されてしまうのは嫌だ。

 ……筋肉だ。筋肉を鍛えないといけない。フィロスのようなマッチョボディになれば、ゴブリンだって圧倒できるはずだ。




-3M-




「兄ちゃんがジェイルかい?」


 その日、指定されたジムのロビーで待っていると、あの日ギルド会館でみたボッヅにも劣らない筋肉をした男が待っていた。

 フィロスが紹介してくれたジムのトレーナーのはずだが、これは当たりのようだ。


「そうだ。あんたが紹介してもらったトレーナーって事でいいんだよな?」

「ああ。自慢じゃないが、何人ものA級ボディビルダーを鍛え上げた実績がある。兄ちゃんのようなヒョロガリでもすぐに一人前のマッチョにしてやるさ」


 期待はして良さそうだ。彼の指導なら俺もマッチョマンに……なっていいのか? 今更なんだが、俺おかしくなってないか?


「それで、まずはどんなトレーニング始めればいい? どんなハードな内容だろうが、耐えてみせるぞ」

「トレーニングも重要だが、とりあえずは食事からだな」

「…………」


 いきなり挫けそうだった。


「いきなり冒険者並みに食えって話じゃない。まずは食物に含まれる栄養を学び、効率のいいトレーニングを行える下地を作るって話だ」

「そ、そうか」


 フィロスのようにアホな量を食えという話じゃないらしい。助かった。


「それで、普通のマッチョにはなれる」

「それ以上……冒険者はどうなんだ?」

「奴らにとってはこれが最低限。栄養を計算した上での常人には消化どころか摂取さえ不可能な量の食事、物理的限界を超えた密度の筋力トレーニング、そしてなにより実戦訓練を伴ってようやく同じ土俵に上がれるという、最高峰の筋肉集団が冒険者だ」


 冒険者はどれだけ筋肉の高みにいるというのだ。想像しただけで筋肉の圧力と汗の臭いが再現されるようでクラクラする。しかし、その高みに至らないとパインたんには手が届かない。いや、話しかける事すら躊躇われる。


「よし、じゃあまずは座学だ。そのあと軽く汗を流して、正しいトレーニングの実践に移る。厳しいぞ」

「はいっ!!」


 やってやる。やってやるぞ。


 そうして、俺の数ヶ月に渡るトレーニングが始まった。

 これまで気にする事もなく行ってきた食事、効率的なトレーニング方法、更にはパーティ内で役割分担をする上で無駄となってしまう筋肉への理解など、最低限の知識を得た上で最新の器具を使用した訓練を行う。それは内臓や神経すら強化する、物理的な限界を超えるためのトレーニングだ。

 過酷な訓練はもはや死んだほうがマシと呼べるレベルに達し、それを超えても更に過酷な訓練が待っている。

 しかし、日に日に鍛え上げられていく自分の体を見るたびに鍛えられる実感がこみ上げ、明日への活力となった。鍛えれば鍛えるほど筋肉は応えてくれる。そう、彼らは相棒なのだ。


「良く頑張ったな。これでお前も一人前のマッチョマンだ」

「はいっ!!」

「しかし、冒険者……理外の筋肉を持つ者たちは更に遥か高みにいる事を忘れるな。それは俺も諦めた道だ。追いつくのは容易じゃないぞ」

「望むところですっ!!」


 数ヶ月の短期集中トレーニングにが終わった頃には、俺はすでに別人とも呼べる筋力を手に入れていた。

 今ならゴブリン如きなら圧殺できるだろう。問題はその先だが、ともあれ俺はようやく冒険者としてのスタートラインに立ったのだ。


 そして、ようやく俺の挑戦が始まる。

 ジムで出会った心強いマッチョメンと共に、トライアルダンジョンの攻略を開始した。

 最初からあんな化物が闊歩しているようなダンジョンだ。いくら鍛えたところで一筋縄ではいかない。何度も挫け、折れそうになる。共に苦楽を味わった仲間も、何人かは限界を悟り脱落した。それでも、俺たちには信じられる筋肉があった。筋肉があれば、俺たちは無敵なのだ。

 そう信じて俺たちは筋肉の限界に挑み続け、遂にはトライアル完遂という何ものに代えがたいトロフィーを得たのだ。

 やったよパインたん! この鍛え上げられた筋肉で君を迎えに行くからね!!




『いや、あんまりマッチョなのは好みじゃなくて……』


 撃沈した。それは根本から折れるレベルでの敗北だった。これまでのすべてを無に還すような悪夢だ。




-4M-




「俺はもう駄目だ……」


 傷心の俺に気を使ったのか、デビュー祝いという名目でフィロスから迷宮都市の案内を受けた。

 正式に移動許可が降りた他区画の紹介を兼ねての他区画の案内なわけだが、今の俺にはどんな輝かしい文明も色褪せてみえた。全然頭に入らない。


「デートに使うならこの公園はいいと思うよ。日が暮れると歩道がライトアップされて、なかなかいい雰囲気なんだ」

「それは嫌味なのか」

「そ、そんな事はないんだけど」


 デートの予定どころか、玉砕した直後だというのに。

 大型の公園は傷付いた心と筋肉を癒やすにはいいかもしれないが、時折見かける筋肉カップルは目に毒だった。意中の相手とイチャイチャしている事と、男女両方ともマッチョである事のどちらが毒かは判断が難しいところだが。


「ここはポジティブに考えればいいと思うよ」

「どう捉えろというんだ。根底からの完全なる玉砕だぞ」

「ほら、マッチョが好みじゃないって事は別な部分でアピールすればいいって事さ。そして、すでに好みから外れている以上、どれだけ鍛えてもこれ以上のマイナスにはならない。……つまり、もっと鍛えても問題ない」

「いや、その理屈はおかしい」


 色々染まってしまった自覚のある俺だが、フィロスの言っている事がおかしいのは分かる。だって、何一つ解決しない。


「まったく、君もまだまだだね。ほら、最近いつも言ってるだろ、筋肉は裏切らないって」

「そりゃ言ってるが……」


 それとこれは話が別だ。パインたんは筋肉ではないのだ。


「信じられる筋肉をもっと鍛えて輝くんだ。むしろ、それを好きにさせるくらい鍛え上げればいい」

「まあ……そうなんだが、それができるなら苦労はしないだろ」

「そうさ、大変だしまだまだ足りない。僕も君も筋肉が足りていない。……考えてみるといい、僕らの行く先には想像を絶する筋肉を持つ先達が待っている。そんな彼らの筋肉はとても魅力的だ。なら、それを超える筋肉なら? ……筋肉嫌いの嗜好だって逆転するかもしれない」

「……筋肉嫌いをも魅了する筋肉……だと」


 く、なんて脳筋な嗜好なんだ。想像しただけでクラクラする。しかし、今の俺には眩いばかりの理想に見えるのも確かだ。


「前人未到の筋肉を纏い、再挑戦するんだジェイル。君の戦いはまだ始まっていない」

「そうか……そうだよな。いくらでも再挑戦できる。俺にはこの筋肉があるんだ」


 待っててくれパインたん。君をも魅了する筋肉を手に入れて迎えに行くからね。




-???-




 宙に浮かぶウインドウの向こう側を見て、私は何が起きているのか理解できなかった。

 ……いや、マジでエリカさん大混乱ですよ。


『前人未到の筋肉を纏い、再挑戦するんだジェイル。君の戦いはまだ始まっていない』


 自分の生まれた世界とこの世界。二つの世界に見られる差異の内、最も大きな違いであるユキさん。本来その立ち位置にいたフィロスさんが異なった行動を取るのは必然だ。ある程度が予測困難な部分であるとは思っていた。……思っていたのだが。


「これは一体どういう事なの……」


 差異どころか、マッチョしかいない。

 ……見る世界間違ったかな。






途中でおかしいって気付けよ。(*´∀`*)

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