第17.1話「ツナとユキとどうでもいい話」
節分ネタが目に入ったので書いた即興劇である。(*´∀`*)
-節分-
「二月三日は節分です」
「お、おお、そうだな」
夕食時、唐突に現れたユキさんがそんな事を言い出した。
確かに二月三日は節分だし、迷宮都市にはそういうイベントもある。節分どころか、クリスマスも正月もハロウィンもあるから、とりあえずダンマスが思いついたものは全部あるんだろう。といっても、節分は他のイベントに比べて地味だ。スーパーでは店頭に福豆や恵方巻きが売っているし、時々鬼の面を被って歩いている人もいるがその程度である。
冒険者的にも一応無関係ではない。期間内で鬼を討伐した数によって達成となるクエストも発行されるし、いまいち影の薄い鬼モンスターが張り切る豆まきイベントもある。専用の投擲装備である豆を装備して、鬼を撃退するという地味なレイドイベントだ。豆以外の攻撃は無効だし、貰える豆の数が冒険者として活動した期間に依存するから、ベテランが活躍できるイベントと言えるだろう。
難易度も低く、鬼側から攻撃してくる事もない。報酬もそこそこと美味しいイベントではあるのだが、イベント名が『泣いた赤鬼に追撃を』だから、居た堪れない気持ちになるという諸刃の剣だ。悪事もしていない普通の鬼たちを理不尽な暴力が襲う。
「というわけで、恵方巻きを作ってみました。豆もあるよ」
持っていたお盆に載っていたのは大量の太巻きだった。
ここで買って来たと言わないあたり、ユキさんの女子力を伺わせる。ただの太巻き寿司ではあるが、一切料理しない人にはこれだって大変だ。ちなみに俺は巻き寿司を巻く作業すら禁止されているほどである。
晩飯がこれだけっていうのはアレだが、それはそれで別に用意しているらしい。
「< 暴虐の悪鬼 >にお勧めするのはアレだけどね」
「といっても、渡辺綱でもあるしな、俺」
「あー、そうだね。そういえば、鬼の天敵みたいなもんじゃないか」
名前だけだがな。一応、鬼特攻の武器も持っているが、そもそも鬼があんまりいないし。
吸血鬼みたいなダジャレめいた妙を除けば、真っ当に戦った鬼なんて< 四神練武 >で出番カットされた二匹だけだ。
「だから、全国の渡辺さんは節分でも豆投げないらしいぞ。鬼も逃げるって」
「え、そうなんだ。この豆もしまったほうがいいかな。……ひょっとして渡辺綱が元になってとか?」
「詳しくは知らんがそうらしい。だから太巻きも食い辛いから切ってくれると助かる。豆も食うよ」
「あ、はい」
どれくらい浸透している風習かは分からないが、とりあえずウチでは豆まきをした事がなかった。貰った物を食ったりはするがその程度である。
従姉妹の家に行くと超高速で豆を投げつけられるので、それを受け止めて食うのが恒例だったりもした。俺は退治するほうだっての。
ちなみに、頼光四天王である坂田姓も同様に豆まきをしなくていいらしいが、知名度の問題なのか碓井姓や卜部姓がそうだとは聞いた事がない。というか肝心の源姓も関係なさそうだから、なんともガバガバな話である。
ユキさんが律儀に太巻きを切ってくれたので普通に食す。うん、美味い。豆は普通。
「渡辺姓ってだけで鬼が逃げるんだから、渡辺綱なら全力疾走だね。ツナは逆に回り込みそうだけど」
「どこの大魔王だ」
渡辺綱からは逃げられないって、鬼にとっては迷惑極まりないだろう。通りすがっただけかもしれないのに。
『だ、誰ですかあなた、警察呼びますよ』
『ふふふ、渡辺綱からは逃げられない』
『いやー!』
ただの通り魔じゃねーか。どうせ、名字に『鬼』が含まれてるだけってオチだろ。
「ウチの親父……あ、前世のな、名前が源次って言うんだけどさ。これって渡辺綱の別名なんだよな。つまりあの渡辺家には渡辺綱が二人いたって事になるんだが、そんなところに鬼は近づかないだろう」
一人でも大概天敵扱いなのに、二人いたら大変だ。茨木童子だって大混乱だろう。
「名字だけで逃げるならそうだろうね。というか、ツナのお父さんは何を考えて命名したのか」
「ジュニアみたいな感覚なんじゃね? 別に歴史に詳しかったわけでもないし、そもそも婿入りした側だからな」
「ネタか」
「まあ、ネタだな」
狙って結婚したわけではないだろうが、俺のネーミングについては完全に確信犯である。だって、そうだって聞いたし。
ただ、命名の経緯はともかくとして、この名前が原因で色々あったのは確かだ。ツナ缶呼ばわりされたり、サラダの具にされたり、果てには転生した後まで引き摺っている。まさか、親父も息子が刀振り回してモンスター退治してるとは思うまい。
「一月のイベントも、ちょっとズレてたら劇的だったな」
「あー、出番カットされた鬼のボス」
「メタなネタはやめるんだ」
カットされたのは俺の脳内描写だけで、動画には普通に映っているんだぞ。
これが番外編でなければえらい事だ。キメラさんじゃないんだから、簡単に第四の壁を突破するんじゃない。
「まあ、こんな仕事してればまた鬼退治する機会もあるだろうさ」
「イベントとか、討伐指定種とか? ツナならありそう」
討伐指定種は狙ったように現れるからな。その中に鬼がいてもおかしくない。
……ただ、なんとなくだが、それとは関係ない場面で鬼と相まみえるような、そんな予感もしている。この渡辺綱という名かそれとも俺自身の因果か、避けられない出会いが待っているような気がしてならない。
「ダンマスが用意したりしてな。お前の試練で」
「うわ、ありそう。じゃあ僕は渡辺じゃないから豆食べないと……あれ、恵方巻きって、どっち向いて食べるんだっけ?」
「いや、知らんがな」
そのイベントをやってない渡辺さんに聞くんじゃない。
鬼も泣いて逃げる渡辺家。(*´∀`*)




