昔語り 弐
白い白い、どこまでも白い世界。
強くヨウヒメを想うといつでも自在にソオウはこの夢の空間に来れるようになっていた。
出会ったころは、いつもヨウヒメの気まぐれのように、ただソオウの夢にヨウヒメが来ていた。
ヨウヒメには人の時間が分からない。
ソオウも眠り続けることは出来ない。
だから二人は、ソオウの目覚めと共に別れ、ヨウヒメが会いたい時に運良くソオウが眠っていると会えたのだ。
だが、想いが募れば募るほど、互いにほんのひと時でも、出来るだけ多くの回数会いたくなった。
そこで、ヨウヒメは完全に眠り続けることを決めた。
眠っていても山の異変に気づけば目を覚ませば良いだけだ。
それ以外、山を護る上で必ずしなければならないことなどは無かった。
まあ、神として、他の神との関係やら天界の行事のようなものなど、参加した方が良いこともあるのだろうが、その辺りはヨウヒメにとってさほど重要なことでも無かった。
父くらいの神なら、それこそ天界優先で動くのだろうとヨウヒメは思っていた。
だから、ソオウにいつでも会えるように、ヨウヒメはずっと夢でソオウの訪れを待つことに決めた。
ヨウヒメのその決意を知り、ソオウは眠れば何時でも会えると思ったのだが、そうでは無かった。
従者や識者に色々思うままに夢を見れる方法を尋ね、その都度試してみたが確実なものはなかった。
ソオウは待ち続けてくれるヨウヒメに申し訳なく、その事実を零した時、ヨウヒメは少しの寂しさを滲ませながらも、笑って何時でも待っていると言った。
ソオウはヨウヒメに会えた時と、会えなかった時の違いを色んな側面から分析し、ある結論に辿り着いた。
それは、結局は想いなのではないか、というものだ。
それからは、実に簡単だった。
ただ眠りに就く前に、全てを忘れ、ひたすらヨウヒメの事だけを強く強く想えば良かった。
たったそれだけで、ソオウはヨウヒメの夢に来ることが出来たのだ。
それからは、昼夜問わず、眠ればヨウヒメに会えるようになった。
ヨウヒメの夢の世界は、純白で何も無かったが、世界中で最も落ち着く、ソオウ自身の存在を感じられる場所だった。
なぜならこの空間には、ヨウヒメの気配しか無かったからだ。
辺りを見渡すと、少し離れたところに横たわる影が有った。
ゆっくり影に向かって歩くと、影はだんだんと色彩、形が明らかになっていく。
ヨウヒメはこちらに背を向けていた。
「姫、起きてる?」
ソオウは傍らに座り、ヨウヒメの肩にそっと手を掛けた。
ヨウヒメは身動ぎもしなかった。
「姫?具合が悪い?」
ソオウは心配になって訊ねた。
ヨウヒメのこんな姿を見たのは初めてだった。
「寝てるの」
ヨウヒメは少し掠れた声で答えた。
「だったら添い寝しようか?」
ソオウは聞きながらヨウヒメの横に寝転がった。
そしてヨウヒメの髪をゆっくりと撫でた。
「王は意地悪だ」
少し頬を膨らませて、ヨウヒメはソオウの方を向いた。
ソオウはヨウヒメの頬を両手で挟み込んで、顔を近付け自らの額をヨウヒメの額にこつんと付けた。
間近で見ればヨウヒメの瞳は赤く濡れていた。
「泣いてたの?」
ヨウヒメはぎゅっと目を閉じ、身を縮めた。
「姫?」
ソオウは額を離すと、ヨウヒメの固く閉じられた瞼に軽く口付けた。
ヨウヒメはソオウの胸にしがみつき、顔を見られないようにした。
ソオウは黙ってヨウヒメを包み込むように抱き締め、優しく背を撫でた。
「何か有った?」
ヨウヒメはソオウの問いには答えず、声を殺して泣いた。
「姫、私なら大丈夫だから言って」
静かに、だけど強い口調でソオウは言った。
ヨウヒメは弾かれたように顔を上げた。
「何か、知ってるの?」
ソオウは軽く首を横に振って、柔らかな笑みを浮かべた。
「君が泣くのは、私のことだろうから。違う?」
ヨウヒメは目を大きく見開いた。
「あ、当たりかな?」
ソオウは悪戯っぽく口角をあげると、ヨウヒメの涙を拭った。
ヨウヒメの双眸から、再び涙が溢れてきた。
ソオウは困ったように苦笑すると、ヨウヒメをそっと抱き締めた。
「ねえ、姫」
ソオウはヨウヒメの髪を一房掴み、指に絡ませながら声をかけた。
「落ち着いたら、話して。このまま待っててあげるから」
ヨウヒメはソオウの腕の中でこくりと頷き、ソオウの服をきつく握り、声を上げて泣き出した。