談
マサヒコはソウタの持ってきたカード、店の名刺だが、を人差し指でつつきながら、長いソウタの夢の話を聞いていた。
「で、このカードの場所がこの店で、ここに来たってことか?」
マサヒコは席を移動させ自分の隣に座らせた青年、ソウタに訊ねた。
ソウタは曖昧に頷いた。
「ってか、こんなカードいつの間に作ったんだ?」
「それ、私が店長に頼まれて作ったの」
マサヒコの問いに、ソウタと反対側に座っていたナナコが答えた。
「えっ?オレ聞いてない」
「そりゃあ……言ってないもの」
少し焦って言うマサヒコに、ナナコは少しの罪悪感からか小さく呟いた。
ナナコはふうっと吐息をつき、マサヒコの向こうのソウタを見やった。
「ソウタ君だっけ?」
「はい」
「君はなんでここに来たの?」
ナナコの問いに、ソウタは困ったような笑みを浮かべた。
「何をどう考えれば良いのか、分からなくて……。ここに来れば何か分かるかも知れないって思ったんです。自分で居るとか、何か決意があるわけでは……」
ソウタは両手で持っていたウイスキーのロックが入ったグラスを見つめながら、言葉を探しながら答えた。
「上手く言えないんですけど、SFだかファンタジーなんかで有るような、ぼくの中に別の誰かが居てるってのとは、何か違うような気がするんです。だけど、彼女の前だと…いつもの僕らしくないような……」
ソウタの曖昧な答えに、ソウタと同じタイミングでちゃっかり席を移動していたミナミが、少し苛立ったようにカウンターをバンっと平手で叩いた。
「そうじゃなくてぇ。単純に、彼女が好きかどうか、じゃないの?」
長いソウタの話を聞いてる間にしっかり酔ったミナミは、言葉を刻み刻み、ソウタを覗き込むように言った。
ソウタは驚いてミナミの方を向いた。
カウンターの中からサツキはミナミのグラスを取り上げ、代わりにオレンジ色の飲み物が入ったグラスを置いた。
「サツキ君?」
「酔ってる」
ミナミはまっすぐなサツキの目に息を飲んだ。
「シンデレラ。ビタミン多いから飲んで」
ミナミはコクリとうなずき、前に置かれたグラスを持ち上げ、一口飲んだ。
「あら〜〜サっちゃんやきもちかぁい?」
楽しそうにマサヒコが言った。
「サツキ君、マー君にもミナミちゃんと同じのもらえる?」
呆れたようにナナコが、マサヒコのグラスを持ち上げてサツキに渡した。
サツキはナナコからグラスを受け取ると、ナナコのグラスを見て言った。
「ナナコさんは何か飲む?」
「う〜〜ん、店長、今日来るよね?」
ナナコの問いに、ソウタもサツキを見た。
「休みの予定は聞いてないから、その内来るとは思うけど……マサさん、連絡取れないんですよね?」
「どうもな。どうやら圏外に居るみたいだな」
「圏外、ですか……それじゃ仕方ないな。時間指定しておきながら……。すみません、ソウタさん。ナナコさんも大事な用が有るようだけど、もうしばらく待ってもらえますか?」
サツキの問い掛けにソウタは無言で頷いた。
「だったら私はスクリューもらおっかな」
ナナコは注文することで、サツキに了承を表した。
サツキは頷くと、カウンターの中でいくつかのボトルを並べてカクテルを作り始めた。
他の客の相手もしながらドリンクや食べ物を作り始めたサツキを、頬杖をついて見ていたミナミは、ふと思いついて隣のソウタの服の袖を引っ張った。
「ねえ、あなたは彼女が嫌い?」
ソウタは目を丸くして反射的に頭を振った。
「嫌いだと思ったことは一度も有りません」
そのソウタの言い方は決して大きな声ではなかったが、迷いのない答えだった。
ナナコとミナミが目を見合わせて、クスクスと笑いだした。
ソウタは二人の女性の態度に困惑した。
「こっちにも色々あるってのにな」
マサヒコはソウタに小声で耳打ちし、ちらりとナナコに目をやって、ソウタと視線を合わせると軽くデコピンをした。
ソウタは額を撫でながら、肩の力を抜くように、ほっと息を吐いた。
「ぼく、何か違うところで思考が行き詰まってるんですかね……」
「いやぁ、普通考え込むと思うけどな。おれだったらもっとパニック起こしてっかもな。寧ろあんたは落ち着いてる方じゃねえの」
「そう、でしょうか」
マサヒコの気遣いに、ソウタは少し息が楽になった感じがした。
「なあに言ってんのぉ。感情でしょ?気持ちよ、気持ちっ」
べしっとミナミはソウタの背中を叩いた。
「気持ち、ですか」
「そうよぉ」
明るく、なんでもない事のようにミナミが言った。
ソウタは自分の両手を広げ、掌を見つめた。
その手にまだ、彼女に触れた感覚が残っているのか確かめるように、両の掌を合わせ自身の額に付けて目を閉じた。
「待たせたなぁ、マサ、サツキ」
裏口からカウンターの中に無駄に元気な声を上げて、勢いよく一人の男性が飛び込んで来た。
「こちらのソウタさんとナナコさんが店長に話したいことが有るそうですよ」
サツキは入ってきた男、店長に、ソウタを手で指示し言った。
店長がサツキに頷き、先ずはナナコの方を見た。
「話、急ぎか?」
ナナコは少し俯いて、店長に向き直った。
「彼の後で良いわ」
店長はカウンターから手を伸ばして、ナナコの頭をくしゃりと撫でた。
「悪いな、ありがとよ。さて、ここに来たってことは、自分のままで居ないってことだな?」
店長はソウタの前に立つと静かに訊ねた。
ソウタはその迫力に一瞬イエスの返事をしそうになって、慌てて首を横にブンブンと振った。
マサヒコがソウタの肩に手を置いて、店長を見た。
「まだ、判断出来かねてるんだと。何か心を決められるようなネタねぇのかい?」
マサヒコの問いに、店長は顎に片手をあて、トントンとリズムを刻みながら中空を凝視した。
「聞いた結果、さらに混乱するかもしれんネタなら有るが、どうする?」
店長がソウタに訊ねた。
ソウタは少しの間目を閉じ考えていたが、やがてゆっくり目を開けると頷いた。
「聞きたいです」
「私も聞きた~い」
ソウタの隣でミナミが無邪気に店長を促した。
「おいおいサツキ。ミナミちゃん、出来上がってんじゃないの?」
店長がカウンターの中で、シェーカーに次々と材料を入れているサツキに聞いた。
サツキはちらりとミナミを見て頷いた。
「話、手短に頼みます」
「だな」
店長はサツキの要求に苦笑しながら答え、カウンターの中の丸いパイプに腰掛けた。
「昔々のお伽噺のようなもんだがな」
そう前置きをして、店長は話始めた。