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神様の居酒屋  作者: 所長
4/15

ソウタの夢 参

 三度目に彼女に会ったのは、つい三日前の仕事の帰りの電車の中だった。

 ソウタは取引先の急な予定変更で前倒しになった納期に会わせるため、久々に終電間際迄残業をしていた。

 無事仕事が終わると、確認のため取引先の担当者に電話で連絡を取り互いに労うと、ソウタは素早く片付けを済ませ、職場の明かりを消し、エレベーターに乗り込んだ。

 ビルの通常出入口はとっくに閉じられていて、警備用のビル脇の出入り口から表に出た。

「腹、減ったぁ」

 会社から出ると、ソウタはようやく解放されたように、大きく伸びをして言った。

 頑張った自分にご褒美と言うわけではないが、どこかで何か食べようと思い、腕時計を見た。

 時刻は零時に差し掛かろうとしていた。

 ソウタはなんとなく立ち止まり、腕時計を見つめた。

 時計の細い秒針が11の文字盤を通り過ぎた。

 そのまま秒針は12を過ぎ、日付が変わった。

 その途端、ソウタは急に家に帰りたい、いや、帰らないといけないと思った。

 終電には、駅まで走れば間に合う時間だ。

 子どもの頃とは違い、なかなか走るというのは億劫になっていた。

 それに明日、すでに日付が変わったから今日になるが、ともかく仕事は休みだ。

 このまま会社近くで一人カラオケやファミレスで過ごして始発で帰る、という手も有ったし、ついさっきまでは、なんならオールしても良いくらいの気もしていたのだ。

 夕食も取らずの残業でかなり腹は減っていた。

 それでもソウタは、走り出した。

 残業の疲労ももちろん有る。

 正直かなりキツい。

 それでもソウタは止まれなかった。

 駅に着き、改札を通り抜けたところで、背後に何となくいつもと違う感じ一瞬したが、とにかく家に帰らないといけないという思いに捕らわれ、振り返ることなくソウタはホームに向かった。

 ホームには終電の時間まで後数分という時間ではあったが、誰も人は居なかった。

 ソウタが通勤に使っている路線は、そんなにローカルな路線でもない。

 にもかかわらず、金曜日の終電の時間に無人のホーム。

 駅員さえも居なかった。

 その異常な状況にソウタは気付かなかった。

 勤め始めて最長の残業、空腹、会社から駅までの全力疾走、そんな疲労がソウタの判断力をかなり低下させていたのかもしれない。

 ただ、家に帰りたい。

 その思いだけが、ソウタを縛っていて、それ以外への注意が全く働かなくなっていた。

 しかもソウタは、彼自身もいつもの状態でないことに気づいていなかった。

 やがて来た電車に、ソウタは躊躇なく乗り込んで、すぐ近くの席に座った。

 ホッと息をつくと、ソウタはもう一度腕時計を見た。

 アナログ時計の中の四角いくり抜きの数字を見て、ソウタは苦笑いをし、溜め息をついた。

「誕生日かよ」

 誰も居ない車内で、ソウタは脚を組み、肘掛けに肘を置くと、軽く握り拳を作り、頭をのせた。

「誕生日なの?」

 ふいにソウタの隣から声がした。

 ソウタは驚き、頭を起こすと隣を見た。

 隣には女性が座っていた。

 彼女をみた途端、ソウタは柔らかい笑みを浮かべた。

「そう、誕生日なの」

 ソウタは彼女の言葉をそのまま返した。

 彼女は少し戸惑ったような表情を見せた。

「どうした?」

 ソウタは静かに問い掛けながら、彼女の髪に手を伸ばし、指に絡めた。

 彼女はソウタから視線を外し俯いた。

「ソウタ」

「何?」

 ソウタは指で髪を遊ぶのを止め、彼女の髪を一房掴むと口付けた。

 俯いたままの彼女の肩が小さく反応した。

 彼女は恐る恐る顔を上げた。

「覚えてる?」

 彼女が不安を隠しもせず、ソウタに訊ねた。

「今度はね」

 ソウタの答えに、彼女は少し表情を和らげ、ソウタを見つめた。

「もう、大人になった?」

 恐る恐る彼女が訊ねた。

 ソウタは返事代わりに、彼女の肩をそっと引き寄せ抱き締めた。

「ソウタ」

 彼女はソウタの服を掴んだ。

 ソウタは彼女を宥めるように髪を撫でた。

「ソウタ」

 もう一度、存在を確かめるように彼女がソウタの背に腕を回した。

「ぼくはぼくで在ってぼくではないよ。それでも君は構わない?」

 ソウタは静かに彼女に訊ねた。

 彼女は想いを込めるように、腕に力を込めた。

「分かってる、こんなでも神だもの」

 ソウタはくすりと笑った。

「何?」

 彼女が心配そうに顔を上げてソウタを見て言った。

 ソウタは腕をほどくと、彼女の両頬に手を添えて、額に額を合わせた。

「それは忘れてた」

 そう言うと、ソウタは彼女の肩に頭を乗せ目を閉じた。

「次の新月においで、覚醒めるから」

 彼女の耳元に囁いて、ソウタは眠りについた。

 小さく頷くと彼女が消え、瞬間、周囲の空気が変わるのと同時に、ソウタは体が軽くなるのを感じて目を開けた。

「なんだ、今の」

 ソウタは掌で口を覆った。

 酔ったような、頭がぼんやりしたような感覚が残っていた。

「どうするんだ、オマエ」

「えっ?」

 ソウタは顔を上げると、目の前に男が立っていた。

「ここ、何処か分かるか?」

 言われてソウタは辺りを見回した。

 見覚えがあるにはあるが、ソウタの頭は、まだきちんと回っていなかった。

 ソウタは更に首を廻らせると、改札が見えた。

「駅……?」

「まあまあだな。オマエの家の方の最寄り駅、改札外のベンチだ。分かるか?」

 彼の言葉を確かめるように、ソウタはもう一度辺りを見て、頷いた。

「オマエ、何か約束をしたか?」

「新月にって」

 ソウタはぼんやりとした頭でなんとなく答えた。

「新月?なんか意味が有るのか?」

 彼は空を見上げ呟いた。

「三日後、か?オマエ、自分のままで居たいなら、三日後ここに来い。俺がなんとかしてやるから。ただし、18時迄にな」

 そう言って、彼は名刺大のカードをソウタに渡した。

「変わっても良いなら来なくていいさ。選ぶのは、オマエだ」

 それだけ言うと、彼はソウタに背を向け歩いて行った。

 ソウタはカードをちらりと見て、空を見上げた。

 澄んだ空には星が瞬いていた。

「自分のままで居たいなら、か」

 ソウタはしばらく空をぼんやり見上げていたが、やがて大きく伸びをすると立ち上がった。

「腹、減ったな」

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