補
全天界の店を閉め、店長が人界の居酒屋に戻って来ると、暖簾を引き上げた店内でマサヒコが一人、すっかり氷が解けたグラスを傾けていた。
「ミカエル、来てたぞ」
マサヒコはちらりと店長を見て、手元のグラスに目をやった。
「なんか飲むか?」
店長の問いに、マサヒコは黙ってグラスを持ち上げて答えた。
「リクエストは有るか?」
「シンデレラ」
店長は顔をしかめて、マサヒコに空のグラスを返した。
「カクテルはサツキの仕事だ」
マサヒコは小さく笑うと、空のグラスの縁を指先で鳴らした。
「ささやかな反抗だろ?」
「くだらん」
憮然としながら、店長はマサヒコの前にハイボールを置き、空のグラスを引き上げた。
「アイツの依頼は」
「ミナミちゃんとヨウコも一緒だぞ?どうせソウタとサツキも動くだろうが」
マサヒコの言葉を途中で遮り、店長は言った。
「お前が心配したところで、今度の依頼じゃ俺らは出る幕ねぇさ」
店長の言葉にマサヒコが顔を上げた。
「何も絡んでないってことか?」
店長は両手を組め、しばらく考えた後に、首を横に振った。
「絶対ではないが、今は気配はないな。お前はどうなんだ?」
「五分五分だねぇ」
曖昧な表情でマサヒコが答えた。
「俺じゃあんたほど分からねえ。格が違うさ」
「まあ……確かにな」
あっさりと店長はマサヒコと自身の格の違いは認めた。
マサヒコは短く息を吐いた。
「アイツに危険が及ばないなら良いさ。アイツが頼ったのはあんただしな」
マサヒコの言葉に、店長は首を傾げた。
「お前、もしかして妬いてる?」
マサヒコは返事の代わりに、そっぽを向いた。
「そりゃお前、日頃の行いだろ?」
「どういう意味だよ」
拗ねた口調でマサヒコが訊ねた。
「普段からナナコに怒られてんだろ、人をからかうな〜とかさ」
店長がカウンターに身を乗り出し、マサヒコの顔を覗き込んだ。
「今もだけどな、子供っぽ過ぎるから、この手の繊細な案件はお前に相談しづらかったんじゃねぇの?多分だけどさ」
「分かってるさ」
マサヒコが小さく呟いた。
「破壊の天使カマエル様も、恋すりゃ只の男だな」
店長はにこやかに言うと、指でマサヒコの額を突っついた。
「いってぇ……あぁ……ヤダヤダ。全知全能の神様には敵いませんわぁ」
マサヒコはぼやきながら大きく伸びをすると、ガタンと音を立てて立ち上がり、僅かに残っていたハイボールを、一気に喉に流し込んだ。
「帰るわ」
「おう」
店長は短く答えると、扉を開けて出ていくマサヒコにちらりと視線を送り、洗い物を始めた。
「あ、そうだ。明日マサに、ムニン見てもらわねぇとなぁ」
-完-