宴 弐
「ミカエル殿、先程は失礼した。失礼ついでに伺って良いだろうか」
炎帝は画面を見つめたまま、ミカエルに問い掛けた。
ミカエルは炎帝とムニンのスクリーンを見比べた。
「俺で役に立てるか分からんがな」
ミカエルは答えると、ちらりと店長に視線を送った。
店長は頷くと、棚の奥から四角い瓶を取り出した。
空のグラス三つに、店長はその四角い瓶の封を切ると、注ぎ入れた。
甘く華やかな香りが辺りに仄かに漂った。
「良い香りだな」
ミカエルが瞳を閉じ、香りを楽しんだ。
「桂花陳酒ですな」
炎帝がぽつりと呟き、画面から目を離し、店長の手元を見た。
「ああ、ミカエルから炎帝、あんたへのプレゼントだよ、な?」
ミカエルは炎帝の方を見ると、片目を悪戯っぽく閉じた。
「選んだのは店長だけどな。で、俺に聞きたいことって?」
炎帝は再び画面を見た。
「娘は幸せなのだろうか?」
それは単なる父の台詞だった。
ただ、そこに問われているのは、後の全てを通しての話だとミカエルは思った。
人間の生は有限だ。
仮に片方が先に寿命が尽きたとしても、いずれもう片方にも死が訪れてくれる。
だが、今画面に映るのは神が人として一時生きてるだけで、神でなくなった訳ではない。
契約が成されれば、神は神に戻り、永久の時の中に戻ることになる。
一時の幸せは、永い永い時の中でも幸せとなりうるのか?
その答えは、ミカエルも知りたいものだった。
ミカエルは大きな溜め息を付いた。
「答え難いこと聞くなぁ、炎帝さんは」
ミカエルの溜め息混じりの声に、炎帝はミカエルの方を見た。
店長も静かにミカエルを見つめ、次の言葉を待った。
「正直、俺は認めたくないんだがな、その幸せを」
そこまで言うと、一口酒に口を付けた。
「なかなか爽やかな味だな」
「どことなく我が子のような印象の風味だ」
ミカエルと炎帝の言葉に、店長はしてやったりといった、得意気な笑顔を見せた。
ミカエルはくすりと笑った。
「自身の幸せは自身にしか分からんさ、究極論だが。なあ炎帝、あんたの幸せの中には、あの娘の笑顔があるんだろう?」
ミカエルの言葉に、炎帝は頷いた。
「それも、あんたにしか分からん幸せな訳さ。そいつがルールに反しない限り、俺達天界の者には見守る以外、何も出来ないさ」
炎帝も深い溜め息を付いた。
「仰る通りだ。我もまだまだ鍛練が足りんようだ」
炎帝の言葉に、店長とミカエルが目を合わせた。
「炎帝さん、それ以上鍛えんのかい?」
「それ以上でかくなったら、炎帝専用の椅子を用意しないとな」
「お、お二人ともっ」
二人の笑顔に、炎帝が慌てた。
「店長〜お客さん来るよぉ」
スレイプニルが屋台の回りをぐるりと一周しながら言った。
ミカエルは立ち上がると、手をかざし遠くを見た。
「あぁ?珍しいな、あれはアヌビスだぜ」
そう言うと、ミカエルは座り直し、炎帝の方を見てニヤリと笑った。
「炎帝さん、酒強いよな?」
「まあ……弱くはないが」
不思議そうに炎帝が答えた。
それを聞くと、店長はずらりと二人の前にウィスキーのボトルを並べた。
「アヌビスは飲むと陽気になって楽しいぜ」
「えっ?」
炎帝はアヌビスが確か死の神だったはずだと思い出し、陽気になる死の神が想像出来ずに居た。
だが、この屋台が自分にとって居心地の良い屋台であること、また、どうやら多くの神々の休息の場になっているようだと感じた。
「楽しいのは好ましい」
そう炎帝が言った時には、アヌビスはもうすぐそこまで来ていた。
「店長〜〜っ酒酒っ」
「おまっ、また持ち込みか?ってか、もう飲んでんじゃねぇか」
「へへ〜良いでしょ?こないだ人界で新しい酒見つけたんだぁ。いけるよぉ、これぇ」
言いながら、アヌビスはミカエルの背をぽんぽんと叩いた。
「飲んで飲んでぇ。あ、そちらさんは初めましてだねぇ〜飲んで飲んでぇ」
にこやかにアヌビスはミカエルと炎帝の間に無理矢理入ると、ストンと座った。
「さあ、店長。どんどんいこう〜」
声をたてて笑うアヌビスに、屋台は一気に陽気な雰囲気に包まれた。
炎帝は時々、ムニンの映し出す画面を見やりながら、酒をすすめた。