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神様の居酒屋  作者: 所長
13/15

宴 壱

ソウタとヨウコが人界で生活するようになってから数週間後の水曜日。

 店長は自転車に乗って空に向かっていた。

 自転車は漕がなければ進まない物だが、店長は自転車のペダル足をかけてはいても、漕いではいなかった。

「今日はいつもと違う酒が乗ってる〜〜」

 超高速で進む自転車がにこやかに喋った。

「炎帝が来るってさ」

 自転車のペダルを後ろに空回りさせながら店長が答えた。

「そっかぁ…父だねぇ」

 店長は苦笑しながら、ハンドルを軽く指で弾いた。

「いたい〜〜」

「ウソつけ」

 談笑している内に、全天界にたどり着いた店長は、自転車の荷台のみかんと書かれた段ボール箱を降ろすと、箱の上に手を置いた。

 みかんの段ボール箱は、一瞬で真っ黒な気体の塊になり、次の瞬間ポンっと小さな破裂音を立てると、その場に小さな屋台が現れた。

 しっかり赤提灯もぶら下がっていて、そこには居酒屋と書かれていた。

 店長は屋台に収納されていたベンチを担ぎ出し、客席を整えた。 

 屋台の中には数種類の酒と、サツキが用意した突きだしが有るだけだった。

「ねえ〜オーディーン、ムニンが来たよぉ」

 自転車が前輪を跳ねさせながら店長に声をかけた。

「スレイプニル、何度も言わせるな。オーディーンじゃなく店長だって」

 店長は準備の手を止めると、屋台の外に出てきた。

「なぁんかやだなぁ、店長って言うの」

 スレイプニルと呼ばれた自転車は拗ねたように、ハンドルを店長と反対の方に向けた。

 その様子に店長は曖昧な笑みを浮かべて、前髪を掻き上げた。

 店長とスレイプニルが空を眺めていると、真っ黒の球体が屋台目掛けて飛んできた。

真っ黒な球体は、それなりのスピードで飛んできたにも関わらず、店長の少し出前、店長の目の高さでぴたりと止まった。

「てんちょう…ただいま……フギン…いけ…いった」

 黒い球体からたどたどしい言葉が流れた。

 店長とスレイプニルが思わず顔を見合わせた。

「故障か?」

「ウソだぁ〜メンテして一週間経ってないのに?」

「……だよなあ」

 店長とスレイプニルが首を傾げていると、目の前の球体、ムニンがクルクル回り出した。

 店長が思わず一歩後ずさると、更に激しく回り出した球体を、なんの躊躇もなくパシッと捕まえた手が店長の目の前に現れた。

 店長は手を辿り、手の持ち主を見た。

「これ、どっち?」

 真っ赤な髪の青年が、手の中の球体を見て言った。

「ムニンだよ、こないだメンテしたばっかりなんだよ〜」

 スレイプニルが赤髪の青年の回りを回りながら答えた。

「店長、こいつ水に浸かってんぞ」

 言って、赤髪の青年は手のひらに乗せたムニンを店長に差し出した。

 店長はため息を付きながら受け取った。

「ま、一応乾かしてみたけどな。直ったかどうか試してみろよ」

 赤髪の青年は店長の手の中のムニンを突っつきながら言った。

 店長は青年の言葉に頷き、自らの義眼にムニンを軽く触れさせ、腕を真っ直ぐ伸ばしてムニンを空中に留め手を下ろした。

 ムニンはぼんやりとした光を放つと円いスクリーンに代わった。

 そこにはソウタとヨウコが映し出された。

「姫……」

 突然感極まった声が聞こえ、店長と赤髪の青年が振り向くと、真っ赤な服を着た巨大な者が立っていた。

 炎帝だ。

 彼の表情は元気そうな娘に安心はしたものの、男と楽しそうに過ごしてるのは余りに嬉しくないと、言ったような複雑なものだった。

「あんたが炎帝さん?」

 赤髪の青年が炎帝を、興味津々といった顔で見上げた。

「いかにも我は炎帝だが、貴公は何者か?」

 相変わらずな堅い物言いに、店長が苦笑して、二人の背をポンっと叩いた。

「先ずは酒だろ?座んなお二人さん」

 そう言うと、店長は屋台の裏に回り、ウィスキーのボトルを開け、大きな氷をグラスに入れ注いだ。

「とりあえず、ロックな。炎帝、こいつはミカエルだ。ミカエル、炎帝は真面目過ぎなのか何なのか、俺のことも最初分からなかったんだぜ」

 店長は炎帝と、赤髪の青年、ミカエルの前にグラスを置いた。

 そして自らもグラスを持ち上げると、二人の前に掲げた。

「焔の二人に乾杯」

 店長がそう言うと、ミカエルは手に持ったグラスを二人のグラスに軽く合わせ、澄んだ音を響かせた。

「あれ、映ってるみたいだけど、ムニンが無事だってことか?」

 ミカエルが、今もソウタとヨウコを映している円いスクリーンを指差して問い掛けた。

「映像出してる間は喋れねぇからなぁ。多分お前のお陰で大事にはなってないようだけどな」

 店長はミカエルに笑んで答えた。

「帰ったらマサヒコに見てもらおうよ」

「だな」

 マサヒコの名を聞いたミカエルが、僅かに顔を歪めた。

「悪ぃ」

 オーディーンが慌てて謝ると、ミカエルは苦笑し首を振った。

「いや。俺もいい加減なぁ……」

 そう言って、ミカエルはグラスを空けた。

 ちょうどその時、炎帝も静かに空のグラスを机に置いた。


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