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神様の居酒屋  作者: 所長
12/15

 ソウタ達は、店長から話が有ると言われ、祝ってくれた店内の人達に挨拶をし、賑わっている店を出ることにした。

 ちょうど店が駅から余り離れていないこともあり、3人は駅前のベンチまで来ていた。

 そこは三日前、ソウタが店長に会った場所でもあった。

 ソウタはベンチに座らず空を見上げた。

 まだ辺りに灯りが点っている事もあり、かなり目を凝らさないと星は見えなかったが、それでも月の無い事もあり、いくつかの星座は見つけられた。

「契約を結ぶか?」

 店長が確認するように訊ねた。

「契約?」

 ソウタが聞き返すと、店長はベンチに座っていた彼女に視線を送った。

 彼女は店長に向かって頷き、彼女の正面に立つソウタを真っ直ぐに見上げた。

「私は貴方との契約を果たしに来たの。新月の夜に迎えに来るよう言った貴方に、私は返事をしたから、契約が結ばれた」

 ソウタは頷いた。

 店で店長の話を聞いて、ソウタは今の自分の生まれてから今までの歴史には無い記憶を、自身の記憶として認識しようとしていた。

 とはいえ、今、彼女から聞いている話も、決して思い出してる訳ではない。

 ただ、夢の中で会った時、そして何より先程居酒屋の入り口に現れた彼女を見た瞬間感じた衝動的な程の愛しさは、他人の心ではなく、明らかに自分自身の心であった。

 それをソウタは不思議、ではなく自然だと、ごくごく当たり前の感覚、感情だとわかった以上、為すべき事もあっさりと理解出来た。

 昔話を、自身の過去として受け入れること。

 前世だとか生まれ変わりとかでなく、あくまでも、過去として。

「じゃあ、僕との契約は成就したんだ?」

 ソウタは柔らかく笑んで彼女に訊ねた。

 彼女はソウタの笑顔を見て、顔を赤く染めた。

 そんな彼女を見て、ソウタはクスリと笑った。

 そして、彼女から店長へと視線を移した。

「店長の契約というのは?」

 ソウタの問い掛けに、彼女も店長を見上げた。

 店長は静かに二人を見て、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「名前、無ぇと困んだろ?」

 彼女はびくんと肩を震わせた。

「ソウタの願いを叶えるには、姫が人界で過ごす必要が有る。その為には、人界での名が必要だろ?姫を起こすとき契約を結んだ通りさ。君らの契約が成ったのなら、次は俺が果たす番だ。姫に一時の名を授ける」

 彼女は両手を、自らの胸の前で祈るように握り締めた。

「店長はもう、名を決めていたんですか?」

 ソウタの問いに店長は頷くと、一つ咳払いした。

「ヨウコ。色々考えたんだが、そのままの方がらしくて良いだろ?」

「ヨウコ」

 ソウタは彼女の肩に手をかけて呼び掛けた。

「ヨウコ」

 まるで重大な呪文を読み上げるように、彼女はその名をゆっくりと呟いた。

「気に入ったか?」

 当然だろうと自信ありげに、店長は彼女に聞いた。

 彼女は頷き、嬉しそうな笑顔を見せた。

「ヨウコ」

 ソウタはもう一度、その名が自身の中に、彼女に中に浸みこむように呼び掛けた。

「はい」

 彼女は気恥ずかしそうに返事をした。

 店長は髪をくしゃりと掻き上げると、くるりと二人に背を向けた。

「店、戻るわ。じゃな、お二人さん」

 そういうと、すたすたと歩き出した。

「ありがとうございます、オーディーン」

 彼女が慌てて店長に声をかけた。

 店長は、ぴたりと歩みを止めると、半身だけ振り向いて、いつの間にか吸っていた煙草を指に挟み、その煙草で彼女を指し示した。

「姫……じゃなくてヨウコさん。ここでその呼び方は、ノーグッドっ」

 店長がウインクしながら言って、今度はもう、振り返ることなく、あの賑やかな店へと早足で向かっていった。

「店長、オーディーンなんだ」

 ソウタがぽつりと呟いた。

「そうなの。ソウタは大神と知り合いだったの?」

 ヨウコの問いに、ソウタは肩を竦めた。

「三日前からだけどね」

 ソウタの答えにヨウコがクスクス笑った。

 その笑顔に、ソウタは胸の奥が火が灯ったように感じた。

 ソウタはさっとヨウコの前に手を差し出した。

「帰ろ、ヨウコ」

 ヨウコは戸惑いながら、ソウタの手に手を重ねた。

 その手を軽く引いてヨウコを立ち上がらせると、ソウタは更にヨウコを引き寄せ自らの腕の中に閉じ込めた。

「ソウタっ?」

「帰ろう、ヨウコ。僕の家は今日から君の家だよ」

「えっ?」

 ヨウコはソウタの腕の中からソウタは仰ぎ見た。

「君が人でいる時間、僕と家族になって」

「か、ぞく」

 ソウタは優しく微笑み、ヨウコの額に触れるか触れないかのキスをした。

「僕の命が尽きるまで、離してあげないから」

 ヨウコが泣きそうな顔で頷いた。

 ソウタはヨウコの頬に手を充て、そのまま滑るように指を動かし艶やかな髪を梳くと、ヨウコの耳を露にした。

 そしてヨウコの耳元へ口を寄せた。

「見えない月に誓う。僕は生涯をかけて君に幸せをあげる。たった今から、ヨウコは僕の妻だよ」

 囁くよう言ってソウタは、ヨウコの耳朶に口付けた。

 ヨウコは頬を真っ赤にして、涙を流した。

 ソウタはヨウコの涙を指で拭った。

「泣き虫な神様だな、ヨウコは」

 ソウタが言いながら、ヨウコの頭を抱えて、自分の胸元に引き寄せた。

「だったらソウタは神より偉そうな人間だ」

 ヨウコは拗ねたように呟いた。

 ソウタはヨウコを少し離すと、顎に手を充て、ヨウコを上向かせ目を合わせた。

「怒った?」

「怒ってない」

 ヨウコは小さな声で答えた。

 ソウタは満足そうにきれいな笑みを浮かべた。

「だと思った」

 そう言って、ソウタはヨウコに優しく短いキスをした。

 そしてヨウコの肩を抱くと促すように歩き出した。

「あんま広い部屋じゃないけどね」

「ソウタと一緒なら、どこでも平気」

「そっか」

 そう言って、ソウタはヨウコの髪を一筋指で遊んで、その手で今度はヨウコの手を握った。

「僕は、ヨウコに触れられない世界はやだな」

「私も、やだな」

 二人は顔を見合わせて、声を上げて笑い出した。


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