昔語り 参
「父が来たの」
泣き止んだヨウヒメは俯いたまま小さく呟くように言った。
「うん」
ソオウは宥めるようにヨウヒメの背中を撫でた。
「あなたの命がね」
そこまで言って、ヨウヒメはソオウの服を握っていた手に力を込めた。
「続けて」
ソオウは先を促した。
「あなたの命が次の新月に尽きるって」
ヨウヒメは一息に言うと、小さな手に更に力が込めた。
ヨウヒメの肩が震え、涙が零れ落ちた。
ソオウは背中を撫でていた手で、彼女の髪を一房掴み、唇に寄せた。
「ごめんね、姫」
ヨウヒメの肩がびくんと大きく震えた。
「君を独りにしてしまう」
ヨウヒメは顔を上げると首を振って、ソオウの首に腕を回ししがみついた。
「そんなの、最初からわかってた」
苦しそうにヨウヒメは言った。
「そう、だね」
ソオウはそっとヨウヒメの髪を梳いた。
「でも、私は君を、今、泣かせてる」
静かにソオウは言った。
ヨウヒメは腕の力を抜いた。
「泣いてないから。もう、泣いてない」
少し怒ったような顔で、ヨウヒメはソオウを真っ直ぐに見つめた。
ソオウはくすりと笑って、ヨウヒメの片頬を指でつついた。
「ねえ、姫は覚えてる?」
そう言ってソオウは上を見た。
「何を?」
ソオウの視線を追うように、ヨウヒメも上を見た。
「姫がずっと前、私が自由にここに来れなかった頃に言ってたんだけどね」
そこで一度言葉を切って、ソオウは上に手を伸ばした。
「例えば朝の雲とか、例えば夕の雨とか。そんなものに成ってでも、あなたに会いたいって」
ソオウは伸ばした腕を下ろすと、ヨウヒメの頭を撫でた。
ヨウヒメは黙ってソオウの話に耳を傾けた。
「私は……それじゃあ嫌なんだ。真実、姫に触れたい。この夢の世界で無く、姫の温もりに触れたいんだ」
神として封じられているヨウヒメには、もしかしたら刃のような言葉であるかも知れないなと思いながらも、ソオウは想いを告げた。
「ねえ、今の私はもうすぐ居なくなるけど、いつか遠い遠い別の世界で、私を真実迎えに来てくれないか?」
優しい微笑みを浮かべ、ソオウはヨウヒメの瞳を覗き込んだ。
ヨウヒメは戸惑いの表情を浮かべ、ソオウを見つめ返した。
「遠い時の向こう側で必ず君を待ってるから、見つけて、迎えに来て」
言い含めるように、ゆっくりソオウは語りかけた。
ソオウのその眼差し、姿勢には誰も逆らうことを許さない力が有った。
王の力だ。
それは並の神でしかないヨウヒメでは逆らい難いものだった。
ヨウヒメは固唾を飲み、自身を落ち着かせるように深呼吸した。
そして、ソオウから少し離れ、身を起こすと片膝を付き、頭を下げた。
その姿勢に、ソオウは立ちあがり、ヨウヒメを見下ろした。
「王よ。あなたの願い、必ずや成就させてみせよう。我が名にかけて」
ソオウはヨウヒメの頭に手を乗せ、そのまま両膝を付くと、ヨウヒメの頭を胸元に引き寄せた。
「契約をさせてしまったね」
ソオウの言葉に、ヨウヒメはくすりと笑った。
「やっと笑ってくれた」
ソオウはヨウヒメの笑顔が見たくて、腕を緩めると、ヨウヒメの耳の後ろに手を添え上を向かせた。
「愛してる。さよならは、要らないよね」
そう告げると、ソオウはヨウヒメの額に軽く口付け、その場から消えた。
残されたヨウヒメは、完全に座り込むと声を殺して流れるままに涙を流した。
新月の星が瞬く夜、ソオウは牢の中で誰に看取られることもなく、この世を去った。