禁断の少年は搾取される世界・・・
次の週の朝、大崎先生が皆に説明していた。すると、何人かの生徒が泣いていた。この学校で二人目の自殺者を出してしまった。これは学校にとってとても不利益なことであろう。
しかし、彼の死は決まっていたもの。俺は驚きもしなかった。彼は自分で選んだ。それを否定するわけにはいかない。だから、悲しむのもやめ、俺は彼の死を心から応援することにした。彼の死で優秀な彼のいとこが蘇るからだ。そのいとこは彼の死の原因を知っているのだろうか。知れば、とても辛い思いをするに違いない。
しかし、俺は次なる行動に移らなければならなかった。同級生の黒井を天国へ送る仕事だ。二人の死者を出してしまった学校側は見回りを強化し、ライフとも協力して自殺者防止に努めている。より、困難となったセンター入りに加え、自殺願望者だった佐川ともみが行方不明になったそうだ。朝のホームルームで知ったことだ。生命譲渡センターへは行っていないらしい。
数々の問題が山積みとなった頃、新たなる訪問者が学校へとやってきた。彼の名前は清水一博。俺と黒井のクラスの不登校少年が学校へやってきたのだ。しかし、彼には問題があった。それは、彼が『再生人』であることだ。あろうことか、大崎先生は彼が再生人であることをクラスでばらしてしまったのだ。本当に最低の先生だ。そのため、クラスの生徒たちから『ゾンビ』とののしられ、悪質ないじめに遭うようになっていた。
朝のホームルームが終わり、大崎先生が教室を離れると、桜井たち女子グループが一同に清水の所にやってきていた。すると、怒鳴るように大声でののしっている。
「あなたは一度死んだ人間よ! どうして蘇ってきたの!」
「化け物!」
「ゾンビゾンビ!」
周りにいる男子生徒も彼に罵声を浴びる。
清水は内気でおとなしそうな生徒だ。彼らからの罵声を必死に絶えるだけだ。
俺は立ち上がり、彼を助けようとしたが、黒井に止められていた。二人だけになった生命還元クラブで話し合い、これ以上のトラブルを起こすと、生命譲渡センターへ入りにくくなる可能性があると言われたからだ。誰よりも死に憧れを抱いている黒井だからこその意見であったが、俺は我慢できずにいた。
俺たちは死を肯定した集団だ。しかし、それはあくまで生きたい人間に命を還元するという目的のために死を選ぶクラブである。だから、清水のような死から生還したものを肯定する立場でもある。
だからこそ、彼が受けているいじめを見てみぬ振りはできない。死ぬ運命の俺には怖いものなど存在しない。だから、清水を助けるだけの勇気は持っているつもりだ。清水が不憫でならないのだ。
すると、教室では石川良太の親友である体育会系の菊池雄太が清水の胸倉をつかみ、床に投げつけた。
「お前のために大勢の命が失われてるんだよ! この悪魔め!」
菊池は清水を蹴り続けた。その光景を見ていたほかの生徒たちも触発され、数人の男子生徒たちも笑顔で暴行を加え始めた。桜井グループの女子たちはそれを楽しそうに傍観していた。
こんなことが許されるのか!
すると、清水はある言葉を口にした。
「僕はやらなきゃいけないことがあるんだ!」
清水は確かにそう言ったのだ。
放課後になり、俺と黒井は二人だけの生命還元クラブを開いていた。
「私、清水君と話したいんだよね」
「どうして?」
すると、黒井はクラスでは見せない笑みを浮かべながら言った。
「彼は死後の世界を知っているから」
その時、俺は異常なまでの衝撃を心に受けた。
そうなのだ。彼は一度死んだ人間。だから、死後の世界、天国を知っているはずだ。もし、彼から話が聴ければ天国があるかないかもはっきりするのだ。
これは感動と恐怖の両方を持ち合わせたものだ。死後に待っているのは天国か、それとも無か? その問いがはっきりする瞬間である。それを知ることで今後の俺と黒井の行動に大きな影響を与えることは間違いない。
もし、天国が存在しなければ、黒井は自殺を思いとどまるかもしれない。しかし、俺はそれでも死ぬと思う。
現時点で天国の存在があるかどうか知りえるのは清水だけだ。
すると、俺たちの部室からノック音が聞こえたのである。
「え?」
俺たち二人は驚いてしまった。今までそんなことがなかったからである。このクラブの存在は死んだ二人や卒業生以外は知らないはずだ。もしかしたら、生徒会や教師たちに俺たちの存在がばれたのかもしれない。
「どうする?」
黒井が低い声で言った。
「どうするったってな?」
俺も正直困ってしまった。
すると、ドアに鍵がかかっていなかったために扉が開いた。次の瞬間、俺と黒井は驚きを隠せなかった。
「あの~ 生命還元クラブってここですか?」
あの再生人である清水がいたのである。
俺はあまりのタイミングで驚いたが、無理やり彼を部屋に入れ、廊下に誰もいないことを確認しながらドアを閉めた。
「あ、あの~」
清水は弱弱しい声で言った。
「どうしてここが分かったの?」
黒井が強い口調で質問した。
「あ・・・すいません」
清水は小心者だ。
「謝らないで! 私はただ聞いてるのよ?」
あまりの口調の強さに俺まで驚きを隠せなかった。
「黒井、少し落ち着こうぜ」
俺は黒井をなだめると、彼女は落ち着きを取り戻した。
「そうね」
しかし、清水という生徒は一体何者なんだ?
「清水はどうして俺たちのクラブの存在を知ってるんだ?」
この問いは黒井が一番知りたがっていることであった。
すると、清水は動揺を隠せず、人見知りなのか俺たちの目を一向に見ない。
「まあ、いいや。座ってくれ」
清水は俺に言われるままに空いているパイプ椅子に座った。緊張しているのか落ち着きがなく、左足を貧乏ゆすりしている。
「別に緊張しなくていいんだよ」
俺は彼をなだめた。しかし、それとは対照的に黒井は清水を妙に毛嫌いしている。
「で、どうして俺たちのことを知ってるの?」
俺は再度質問をした。
「信じて・・・もらえる・・・かどうか・・・・」
彼は相変わらず人の目を見ない。
「信じるから教えてくれる?」
その時の俺と黒井は彼が次に発言する言葉ですべてが決まることをまだ知らなかった。
「天国で教えてもらったんです」
「・・・・・・・・」
俺と黒井は口を空けて何も言えなかった。
とてつもない発言に驚きを通り越して頭が真っ白になった。
「あ、あの~」
清水が低い声で俺たちを正気に戻してくれた。
「す、すまん。あまりの話で驚いてしまった」
「やっぱり、信じてもらえませんよね・・・・僕しつっ」
「私、信じる」
今日の黒井は異常なまでに強気だ。
「君、一度死んだんでしょ。だったら、死んだ後魂は天国に行ったの。どうなの? どうなのよ!」
黒井は完全に取り乱していた。清水に掴みかかり、揺さぶっている。清水はあまりの恐怖に顔が引きつっている。
「黒井、落ち着け、落ち着くんだ!」
俺は黒井を抑えた。
「ご、ごめん。つい、興奮しちゃって」
黒井は清水を離し、深呼吸して落ち着きを取り戻していった。
「もう一度、話を聴こう」
俺たち三人は再び椅子に座り、話の続きをし始めた。
「僕は何ヶ月もの間死んでいました。その間、僕の意識は確かに別の所にあったんです。死後の世界というものでしょうか」
「ほら、長屋君。やっぱりあったんだよ。天国」
「そうだな」
俺は天国を肯定していいのかどうか迷っていた。もちろん、清水の話を疑うもりはない。彼は嘘をつくような玉じゃないからだ。しかし、俺にとって死とは絶対的無であってほしかった。今それを清水は完全に否定されたのだ。
「臨死体験ってやつですかね。生命譲渡するために予約が殺到していてようやく生き返ることができたんです」
「そんなことはいいから早く天国について話してよ!」
黒井は清水の話に食らいついている。
「記憶がかなりあいまいなんですけど、確か・・・・く・・くに・・・ええと」
「国松君?」
「は、はい。そうです。国松君に会ったんです。同じ制服を着ていたので分かりました」
「きゃあ、国松君。やっぱり待っててくれてたんだ!」
「興奮しすぎだって、黒井」
「だって、国松君と会ったんだよ」
「そうだけど・・・・」
本当に天国があるのか? 清水と俺たちは何の接点もないはずだから虚言ではない。これがいたずらなら絶対許せないな。
「後、しばらくして・・・・な・・なかむら?」
「中村君ね」
「そうです。中村君とも会いました。彼も制服を着てたんで向こうの世界で話をしたんです。で、このクラブの話を聴きました。それで二人からあなたたちへ言付けがあるんです」
「言付け?」
「天国で待ってるから早く着てほしいっていう言付けです。長屋さん、黒井さん」
清水の目には力があった。嘘ではないようだ。
「早く天国に行きたいなぁ」
黒井は両手を握りながら、何かに祈るポーズをして見せた。
臨死体験、天国、死後の世界。本当にあるのだろうか。もし、あるなら一体どんなところなのだろう?
「清水、君が嘘をついているとは思ってないけど、説明してほしいんだ。その・・死後の世界について」
俺はこの突拍子もないことを信じることができるだろうか?
「詳しく教えたくてもよく覚えてないんです。何て言うか・・・記憶があいまいで日に日に薄れてきてるっていうか」
これでは天国という場所がどんな所か理解できないじゃないか。
「ただ、国松君と中村君に言われたことがもう一つあるんです」
一体何を言われたんだろうか?
「生命還元クラブは他の誰にもばらしてはいけないと・・・・」
間違いなく、死後の世界は存在している・・・・・・清水は俺が生命還元クラブにいた頃まだ不登校であった。だから、生命還元クラブの存在は絶対に知らないはずだ。俺が入部する前はどうだったか分からないが。彼は嘘を言ってはいない。
「やっぱりあったのよ。天国が。だから、あの人は小説を書けたんだわ」
「何を言っているんだ黒井?」
「ヘブンズロードのことよ。長屋君、あなたも読んでるでしょ。あれは実話なのよ」
「何?」
ヘブンズロードが実話? 一体何の話だ。わけが分からない。
それを黒井は察したのか、かばんの中からヘブンズロードの本を取り出し、本を開いた。
「ここ読んでみて!」
「あ、はい・・・」
俺は黒井が指差した本の文章を読んだ。
『主人公はとある夫婦と会話をしていた。お名前を聞くと、苗字は黒井、ご主人がひろし、奥さんはまさみと言っている』
「これが・・・・?」
「分からない。私の両親のことよ!」
「・・・・・・・え?」
た、確かに苗字は黒井だ。しかし、それは単なる偶然だとばかり思っていた。
「これは私の両親なの黒井ひろし、黒井まさみ。私のお父さんとお母さん」
「ば、馬鹿な・・・・・」
そんなことがあるというのか。
「ね、知ってる。作者の野道三郎のこと」
「生命譲渡法案に賛成している小説家だろ」
「違うわよ。あの人も清水君と同じ再生人だってこと」
「何だって・・・・・・」
そうだったのか・・・・そういえば、前に三人で書店に行ったとき、野道三郎の本を閲覧したとき、妙な違和感があったのはこれだったのだ。野道三郎の作品はSF・ファンタジー物ばかりだと思っていたが、今思い返すと、彼の作品はヘブンズロードだけファンタジー作品で後はすべて近未来SF作品だった。
「あの作家が再生人」
「公にはなってないけど、あの人一時行方不明になったことがあったの。その後、すぐに現れてヘブンズロードを発表したの。手紙のやり取りで知ったことだけど」
「手紙?」
「私がヘブンズロードを読んだのはあの作者が手紙といっしょにこの本を送ってくれたの。で、手紙には私の両親のことが書かれていて、本を読めばすべてが分かると書いてあったわ。そうしたら、作品に私の両親のことが載ってあってそれからずっと手紙のやりとりをしていたの。すると、作者は一度死んで天国で私の両親に会ったらしいの。天国でいろいろと世話になったらしくて、その後作者は生き返ったから両親と離れることになったらしいんだけど。最後に伝えてほしい言葉があるって両親が言ったらしいの」
「何て言ったの?」
「さとみ、私たちはずっと待っているからって」
俺は黒井の本を取り上げ、同じ台詞があるかどうかを確認すると、見つけてしまった。
『私たちはここで待っています。いつか娘が来るのを。さとみ、お父さんたちは待ってるぞ』
俺は目を凝視してその文章を眺めた。
天国は存在し、そしてこの本は作者の臨死体験を下に作られた小説・・・・・
俺は今まで黒井の過去や経歴についてはほとんど聴いてはいなかった。ただ、黒井が誰よりも天国の存在を信じていたことは知っている。すべての元凶は俺と黒井が持っている本にあるとは・・・・
その後、俺は黒井から何もかも教えてもらった。両親が死んでしまったこと。生命譲渡するだけのお金がなかったためにそのまま火葬してお墓に埋められていることを。そして、今日の生放送テレビ番組で作家の野道三郎が、自身が再生人であることを公表することを。
「清水君はどうして一度死んだんだい?」
俺は少しどうかしていた。そのため、欲に身を任せ、知りたいことを知ろうとしたのだ。
「ガンだったんですよ。転移が早くて部分切除できず、抗がん剤治療もうまくいかずに死んだんです。ただ、両親の親戚に生命譲渡装置を開発したバイオマス研究所に勤めている人がいて、そのコネを使って蘇生してもらったんです。僕の遺体を蝕んでいたガンを一旦すべて切除してから生命エネルギーを注入されて」
「そうだったんだ。いろいろ苦労したんだね。それにクラスからのいじめも」
「あれは昔から何です。小学校の頃からいじめられてて、再生人でなくてもいずれそうなってたと思います」
「生き返って良かったと思う?」
俺は惨い質問をした。
「分かりません。ただ、多額のお金で両親が僕を救ってくれたんで、僕は寿命を全うしようと思います。でも、長屋さんたちの自殺を否定するようなことはしません。僕も何度も死のうとしたことはありますから、気持ちは理解できます」
いじめによる自殺願望か・・・・・
「あの~ 話は変わるんですが、中村君と国松君からは許可をもらったんですが・・・」
「どうしたの?」
「僕もこのクラブに入ってもいいですかね」
突然の入部希望だったので俺と黒井は驚いてしまった。
「もちろん、僕は死ぬつもりはありません。ただ、生命を還元された側としてここにいたいのです」
そうか、俺たちは命を還元する側であった。しかし、クラブ名はあくまで『生命還元クラブ』だ。還元された側の部員は初めてではないか?
「俺はいいよ。別に」
俺は黒井に目を向けた。
「いいけど・・・」
低い声で黒井も了解した。
「じゃあ、俺は鍵を渡す相手ができたというわけか」
「ここの鍵のことですね。生命譲渡される順番に渡していくっていう」
「それも聴いてきたんだ」
「はい!」
この時、清水は俺の目をちゃんと見ていた。