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一線は超えるためにある・・・

 井上の公演終了後、生徒たちは教室へと戻っていった。

 俺は教室に戻るなり、すぐに席に着いた。

 今回の講演会で得たものは・・・・・・何もなかった。

 実に無意味な二時間であった。

結局、人の死が怖いだけなのだ。あの男は。

まあ、いい。早く放課後になることを願うだけだ。明日、国松はこの古き世界から旅立ってしまうのだから。実にうらやましい限りだ。

 教室に大崎先生が入ってくると、ホームルームが始まった。

「今日の講演会。お疲れ様でした。公演後に井上と久しぶりに話したんだが、この学校をほめていたぞ。誰もしゃべらずに話を聴いていたことを感心していた」

 明日になれば、すべてが変わることも知らずに・・・・・本当にのんきなやつらだ。

 たいした連絡もなく、ホームルールは終了した。そして、放課後になると、俺はすぐに死への扉へと足を運んだ。その後、残りの三人もやってきて、扉が開いた。

「今日の講演会お疲れ様」

 俺が皆に言った。

「いや~疲れましたよ。二時間ですからね」

 中村が辛そうに背伸びをしていた。

「本当にね。やっぱり、あういう人は私たちのことを理解できないわね」

 黒井が言った。

「そうだな。時代は確実に進んでいるのに人間がそれに追いついていない人間たちだな。そういうエゴが人の進化の妨げになる。悪しき存在だよ」

「国松君。いよいよ明日だね」

 黒井が笑顔で言った。

「ええ、明日でようやく苦しみから解放されます」

 国松が笑っている。そんな姿を見るのは初めてだ。本当にうれしいのだろう。今まで散々苦しみ抜き、ようやく解放される喜びは計り知れない。

「じゃあ、送別会を始めましょう」

「送別会?」

「鍵の受け渡しのことよ」

「なるほど」

 すると、国松と中村が立ちあがり、鍵の受け渡しが始まった。

「俺は明日、天国に行きます。その命は誰かが受け継ぎ、無駄にはなりません。俺は・・・俺は・・・・」

 すると、国松は少し涙ぐんでいた。

「俺は天国で皆を待っています。だから、必ず来てください」

 そう言うと、国松は制服のポケットから死への扉の鍵を取り出し、中村へ手渡した。

「確かに受け取った。後は俺が引き継ぐよ」

 そして、二人は感動のハグをした。俺と黒井はその光景に感動し、拍手した。

「では、俺はこれで失礼します。皆さん、今までありがとうございます」

 そして、国松は死への扉から出て行った。

 これが送別会か。ぎゃあぎゃあ騒ぐだけが送別会ではない。このやり方の方がすっきりとしていていい。

「国松君は明日、逝ってしまうのね」

「ああ、大丈夫。邪魔は入らないさ」

 国松が死ぬ。俺は心の底からうらやましいと思った。進化した自殺方法で死ねることはとても恵まれたことなのだ。この考えは井上たちには理解できまい。

「次は中村君の番だよ」

「そうですね。なんか緊張してきたな」

「緊張することはないさ。ただ、中村が死んだことが明日学校側に連絡が入ると思うんだ。そうすれば、見回りが強化される。俺はそれが心配なんだ」

「そうか。そうすれば、昼とかにも誰か見回りをする人が出てくる」

 黒井が落ち込んでいる。

「でも、そこもまたどうするかは三人で考えればいい。まずは明日。国松が無事に安楽死できたら、学校側が何らかのアクションを起こすだろう。何もしないってことはないだろうがその時の行動しだいで俺たちも行動すればいい」

「さすがは長屋君。頼りになる」

 俺は生まれて初めて頼りになると言われたのでとてもうれしかった。

「そういえば、中村君は作文提出した?」

 俺が中村に聞いた。

「無事出すことができましたよ」

「俺もあのまま提出しちまったから大崎先生怒るだろうな」

「え、先輩本当にあのまま出しちゃったんですか?」

「もちろん!」

 今まで書いた作文の中で最も早く、そして楽しい創作であった。

「それ、まずくないですか?」

「まずいだろうなぁ」

 俺はまるで他人事のように言った。

「書き直しされられちゃうよ」

 黒井が言った。

「そうだろうな。そうしたら、また別の作文を書くよ。もちろん、作風は変えずにね。これは俺と大崎先生との勝負なんだ」

「勝負?」

「ああ、勝負だ。俺は何度書き直しても生命譲渡装置を否定する内容を書くつもりはないし、先生も俺の作文を認めずに何度も書き直しを迫るだろう。その繰り返しをやるのさ。どちらかが折れるまでね」

「長屋君は大崎先生のこと大嫌い?」

「嫌い中の大嫌いだ。あの洗脳教師は無駄に頭だけはいいから腹が立つ。数学の教え方もうまいしな」

 俺は自分の考えを曲げるつもりはない。あの教師もそうだろう。今まで多くの生徒を巧みな言い方で洗脳教育してきたのだから。しかし、強き信念を持った今の俺にその程度の洗脳は通用しない。

「俺さ、一つ思いついたことがあるんだ」

 俺は二人にある提案を申し出た。

「何?」

 黒井が食いついてきた。

「ライフに寄付するための募金箱あるだろ。あれさ、全部盗もうと思うんだ」

「え!?」

 二人は困惑していた。当然の反応であろう。

「各教室にある募金箱に入ったお金をすべて盗むんだよ。ライフなどに渡すわけにはいかない」

 しかし、二人は黙っている。俺の発言にドン引きしているのだろう。

「何黙ってるんだよ。誰も盗んで私的に使おうなんて思っちゃいないよ」

「そうなの?」

「そうだよ。確かに犯罪だが、ライフに渡すことは俺たちにとっては重罪以上だと思うんだ。だから、皆の寄付を一旦すべて盗んで、どこかに寄付するんだよ。アフリカ大陸のボランティア団体に寄付するとか。それならいいいだろ。ライフなんかに渡しても人を本当の意味で救うことはできなんだからさ」

 俺は今、犯罪に手を染めようとしている。その自覚はあるが、それ以上にライフに対する激しい憤りがそれを勝ってしまっている。しかし、決して私的に使うつもりは一切ない。

「やってみないか? もちろん、無理強いするつもりはない。ただ、ライフの金がいってしまうのが俺にはどうしても許せないんだ。偽善者に金が入ってしまうことは悪だと俺は考えている」

 黒井と中村はしばらく考え込んでいた。

「確かにいい案かもしれない」

 黒井が言った。

「しかし、少し怖いですね」

 中村は怖がっている。

「確かに、全クラスがライフのために集めた募金だからな。違う用途で使われるからな。確かに俺のエゴだ。しかし、募金といっても、俺のクラスはほとんどが強制だったからな。クラスの何人がライフのために募金したかなんて分かんないからな」

 全員が全員ライフのために募金はしていない。しかし、中にはライフの活動を信じて募金したやつらだっているはずだ。例え、それが間違った考えでも・・・・

「言い出して悪いが、この話はまた今度だな。今日は国松君の送別の日だ。また、今度でいいか」

「そうね。今日はこれで終わりにしましょうか」


 明後日の朝、国松の自殺は学校中に知れ渡っていた。朝のホームルームで大崎先生が説明している。

「皆に大事な話をしなければならない。昨日の午後一時に一年生の国松真治君が生命譲渡センターで自らの命を絶ちました」

 すると、あたり一面異常なほどの緊張感に包まれ、静かになった。

 成功したんだな。国松君。おめでとう。君はやっと死ぬことができたんだね。もう、苦しむことはない。死んでおめでとう。

 と、言いたかったが、そんなことクラスの前で言えるはずがない。言ったら、糾弾以上のことをされてしまう。しかし、俺は心からうれしい。生命譲渡に成功した。これで国松は苦しみから解き放たれ、死者が蘇る。

「まさか、ライフの井上代表の講演会の次の日に自殺するとは誰も思っていなかったよ。国松君の家族もあまりに急なことでショック状態らしい。彼のSOSを誰も受け取れなかったことは教師として実にはずかしい」

 受け取れるはずがない。なぜなら、国松はSOSなど出してはいなかったのだから。これだから、死ぬ人間を理解できない教師たちは・・・

「佐川さんの事件も含めて生命譲渡センターに関わる出来事は二回あったことになるんだが、実は卒業生の中にも二人ほどセンターで自殺したものがいるんだ」

 俺はすぐに直感した。生命還元クラブの創設者たちであることを。

 不意に黒井を見ると、黒井と目が合い、笑みを浮かべている。つまり、そういうことだということだ。

「もう、こんなことは起きないように学校でいろいろ対処していきたいと思います。また、国松君がいじめか何か悩んでいたことのある人は私に話してほしい。もう二度とこのような自殺者を出さないために」

 後、三回は起きるんだよ。大崎先生。残念でした。

 邪魔などさせない。俺たちは死ぬ。死んでみせるぜ。

 しかし、学校側がこれからどのように自殺防止に取り組んでいくかが問題だ。

「来週からPTAの親御さんとも話し合って、平日の見回りも検討しているところです。実際、国松君は平日の昼ごろに予約をしていました。この時間帯は誰も見回りをしていなかった。今回の事件を期に二度と同じようなことが起きないように見回りの強化を計りたいと校長先生がおっしゃっていました」

 やはり、こういう展開になるか。死を受け入れられない愚かな人間たちが。人の死で人一人を救える究極的システムをなぜ受け入れられないのか? 時代は進んでいるというのに。

「俺は昨日の晩に井上氏に直接電話をしました。すると、井上氏はたいそうお嘆きの様子でした。それで、いろいろ話をしたんだが、最近の学生は自殺仲間ってのを作っているらしいんだ。もし、そういう集団を見つけたら俺に教えてほしい。言いにくければ、匿名でもいいから教えてほしい」

 くそ、井上のやつめ。余計なアドバイスを・・・・許さん。

 これで、平日でのセンター入館は難しくなったということだ。これは何とかしなければならない。これではライフの思う壺である。しかも、生命還元クラブの存在がばれればすべては終わってしまう。理想的な死ができなくなってしまう。今回の国松の死を知って、教師たちがどのような対応をするかが問題だ。国松の身辺調査を行ってもし、中村との接点がばれればクラブのことや中村自身の自殺願望もばれてる可能性もある。

 正直、ここまで国松が死んだ後の展開を真剣に考えてはいなかった。しかし、起きてしまったものは仕方がない。もう国松は一生帰ってこない。灰化した体を生命譲渡で蘇生することは不可能だ。それを知っていて彼はこの死を選んだのだ。それを阻む権利は誰にもない。それは俺たちだってそうだ。

 生きている人間のエゴは実に醜い。生きているとは苦しみを強い、いざ死んで見れば死んだことを非難する。それが人間だ。それが正義だというのなら俺はこの社会を否定する。

 しかし、募金の奪取どころではなくなってしまったことは事実だ。中村を無事に理想的死を歩ませることが最優先だ。募金など次いでのことになってしまったのは残念だが仕方あるまい。中村を死へ誘うことを考えなければ。

 教師、生徒会、生徒、PTA、ライフ。数多くの敵を相手に俺は戦いを始めてしまったのだ。国松の死がゴーサインとなって。

 いいさ。望むところだ。やってやる。やってやるからな。

 その後の授業で俺は一切頭に入らなかった。中村をどうやってセンターまで送り届けるかを考えていたからだ。今までこれほど真剣に考えたことはなかった俺にとって、それはある種の『生きがい』を感じていしまっている。

 やはり、俺は歪んでいるのか?

 しかし、生きがいのなかった人間にしてみれば、それは贅沢な悩みに違いない。どんだけ歪んだ生きがいであっても、ない人間よりはマシだ。

 放課後になり、俺は死への扉へと急いでいった。後から黒井も合流したが、鍵を持っている国松の姿がない。

「もしかしたら、先生たちに捕まってたりして・・・・」

 黒井が心配している。

「そうかもしれないな。しかし、待つより他はないさ」

 そうとも。俺たちは『死』という鎖で繋がれた仲間なのだ。こんなことで生命還元クラブを失いたくはない。

 それから、三十分して、中村がやってきた。

「皆さん。すいません。遅くなりました」

「大丈夫だった?」

 黒井が心配した。

「まあ、国松の件でさんざん事情聴取されましたけど、大丈夫です。このクラブのことは話してませんし、自殺願望はないってはっきり言いましたから。大丈夫ですよ。ただ、少し監視されるかもしれないですけど」

「つもる話は死への扉でしようぜ」

「そうですね」

 俺たち三人は誰も見ていないことを確認してから、部屋に入っていった。そして一つ空いた席で俺たち三人は腰をおろした。

「まずは・・・・国松君、天国逝き。おめでとう」

「おめでとう」

 黒井と中村が言ったので俺も慌てて言った。

「ああ、良かった。まずは一安心。次は中村君よ」

 悲しむ様子は一切ない。それがこのクラブの歪んでいるところであり、俺が好きでもあるところだ。

「そうなんですよね。まったく、国松め、先に逝きやがって。ちきしょう。うらやましいぜ」

 今、すごい会話をしてないか? 俺たちは・・・

 しかし、そんな価値観など、死への扉に来てしまえばちっぽけなものに過ぎないのだ。死が正しく、生が間違っている。それがこのクラブの考え方だ。

「とにかく、次は国松君だから何か対策を考えなくちゃね」

 黒井の言うとおりである。

「そういえば、国松君の予約日はいつなの?」

「一ヵ月後の土曜、午前の十時です」

「そうか、休日か・・・・・」

 休日はライフの信奉者や生徒会、教師たちが見張りをしている可能性が非常に高い。その状況で中村を無事センターへ送り出すには何か秘策がなければ不可能だ。

「さて、どうするかな?」

 俺たち三人はしばらく考えたが、いい案は浮かばなかった。

「そうだ!」

 俺はあることを浮かんだ。

「どうしたの? 長屋君」

「もう一度、確かめることにしよう。今週の土曜日の八時半から十時にかけてどのくらいの見張りが存在するのか調べよう。対策はその後だ」

 今の俺に言えるのはそれだけである。しかし、時間はある。絶対に成功させてみせよう。これが死を覚悟した人間の決意だ。

「今度も俺が見回りを確認してきてもいいけど?」

「私も付き合っていい?」

 黒井からのまさかのオファーであった。

「別にいいけど」

 なんだか少し照れくさかった。

「じゃあ、俺も行きますよ。先輩たちばかりに任せるわけにはいかないですよ」

「そうだな。じゃあ、三人で八時図書館に集合ってのはどうだい?」

「OK!」

「分かりました」


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