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学校に味方はいない。それが現実・・・

 週が変わり、今日はライフ代表の井上による講演会の日になった。

 講演会は五六時間目に用意されているため、授業がつぶれてうれしい反面、井上の考え方を知るために集中力を高める必要があった。

 偽善者の考え方を得るには絶好のチャンスである。

 そして、昼休みになった。一年生から順に昼休み中に体育館に移動しなければならなかったので生命還元クラブの活動ができなかった。しかし、放課後に行えばいいだけの話であるが、明日には死ぬ国松に会えるチャンスが減ってしまった。しかし、それに悲しんでいてはいけない。死は最高の喜びなのだから。死こそ幸福になれる究極の絶対領域であり、俺たちの目標なのだから。ただ死ぬのではなく、誰かの助けになり、死ぬ。これは正義だ。悪でも罪でもない。

 俺たち二年生の体育館移動が始まった。事前に廊下で番号順になって並んでいるので移動するのは簡単であった。友人のいない俺は誰とも話さず、無言で体育館まで集団移動し始めた。男女別に分かれているため、黒井とも話す機会を失っている。しかし、クラスでの生命還元クラブ同士による私語は禁止となっているため、話したくても話せない。それが妙に違和感があり、どこかもどかしい感じがした。

 昼休み終了のチャイムが鳴り終わると、ほとんどの学年の生徒たちは用意されていたパイプ椅子に腰を下ろしていた。

 いよいよ始まるのだ。目の前で有名人にして凶悪な偽善者の講義が始まる。死を肯定できない愚民たちといっしょに聴かなければならないこの苦痛。理解できるのは生命還元クラブのメンバーたちだけだ。

さあ、早く来い。井上。お前の偽善トークを聴いてやる。死を肯定できる勇気ある俺たちに前に!

 そして、五時間目のチャイムが鳴り始めた。

 すると、教壇の前に校長先生が立ち、別の場所では教頭先生がマイクを持ちながら、号令をかけた。

「一同、起立!」

 マイク音により、通常の何倍もの声が体育館を響かせる。生徒たちは全員立ち上がった。

「礼!」

 全員が頭を下げた。

「着席!」

 そして、パイプ椅子に腰を下ろす。

「まず、始めに校長先生からの挨拶です」

 教頭先生はマイクを置き、教壇にいる校長先生はマイクを手に取った。

「皆さん。こんにちは」

「こんにちは!」

 生徒の大半が大声で挨拶した。もちろん、俺はしなかったが。

「今日は慈善団体代表の井上さんが講演に来てくれます。私がまだ若い教師だった頃、井上さんの担当教師として勉強を教えていた頃を思い出します」

 へぇ~ そうだったんだ。まあ、どうでもいいけど。

「彼はいつもまっすぐな生徒で授業中も率先して発言していたのを思い出します。彼の純粋なまっすぐな意思は今も変わっていません。私たちは今人類の未来を握っていると言って過言ではないでしょう。生命の倫理を犯す生命譲渡装置の開発によって、世界は大きく変わっていきました。人を救える点だけは私はすばらしいと思いますが、そのために人を殺さなければなりません。果たしてそれは正しいのでしょうか? 自殺を斡旋しているようにしか私には見えないのです。皆さんに考えていただきたい。命というものを。だからこそ、今日は私の教え子である井上代表にきてもらいました。私からは以上です」

「全員、起立!」

 教頭先生のマイク音が鳴り響く。

「礼!」

 そして、校長先生は教壇から降りた。

「次に、生徒指導の中山先生お願いします」

「はい」

 三年生担当の体育教師であり、同時に生徒指導でもあるジャージ姿の中山先生が教壇に上がった。

「全員、起立、礼」

 そして、体育会系オーラ全開の中山先生がマイクを手に取る。

「生徒指導の中山です。おい、眠そうにしているやつ。顔をあげろ!」

 いきなり怒鳴ったので全員がびくついた。

「今日は命がテーマなんだよ。それなのになんだお前たちの顔は。目を覚ませ。忙しい中井上代表が来るんだぞ。お前たちは命をなめきっている。だから、佐川のようなやつが現れるんだ!」

 命をなめているか? それは違う。命=人生と考えている俺は命を馬鹿にはしていない。命を他者に上げようとしているだけだ。それの何がいけない。この先辛い人生ばかりを考えれば還元したほうがいいに決まっている。俺は所詮マイノリティな存在だ。苦しむばかりの人生を無駄に送るなら、この社会に貢献したい人間を生き延びさせるほうが合理的に正しい。俺が命を馬鹿にしているなら、中村教師は人の人生をなめきっている。所詮教師など社会で通用しない役立たずではないか。何が命だ。なら、生徒たち全員の人生を救って見せろ!

「命ってのはな。もっとも神秘的で可能性が秘められたものなんだよ。機械とは違う。子の世界はそれを忘れている。お前たちもだ」

 先生の言う可能性とは一体なんだ? 偉い人になることか。偉大な発明をすることか。俺は可能性という言葉が大嫌いだ。なぜなら、『可能性』とはとてもあいまいでまやかしのように理解してしまうからだ。

 可能性のない人間はいないとよく誰かが言うが、可能性という言葉については何も触れない。だから、俺はこう解釈した。

『あいまいな未来』と。

 人間は所詮、繁殖するために結婚して仕事をする。ただそれだけの存在だ。それのどこが可能性なのだ。俺には意味が分からない。繁殖に成功しても生活で失敗している人間はいくらでもいる。中村のような熱血系教師は世の中をまっすぐにしか見えない愚か者なのだ。周りを一切見ない。ライフの井上も同じだ。

 彼らは俺にとってはただの偽善者。言い換えれば、ただの馬鹿だ。

 何も知らない。聴かない。聞こえない。

 そんな大人が作った社会などに生を受けたくはなかった。それが俺の答えだ。いくら、井上がいい話をしたからといって俺の信念は揺るがない。俺は死を選ぶ。人類史上もttも意味ある死を。お前たちには到底理解できないすばらしき行為を。

 そうか。死のすばらしさを語る人間がこの世に存在しない。だから、井上や学校の連中のようなやからがはびこるのか。誰かがすばらしき死について語る必要がある。

 死を賞賛する勇気ある人間がこの世に必要なのだ。生命譲渡装置を生かそうとする誰かが。しかし、それだけの人間がはたしてこの世にどこくらい存在するのだろうか?

「俺はお前たちに考えてほしい。命について。この二時間を無駄にしないでくれ!」

 そして、生徒指導の中山教師は教壇から降り立った。

「では、登場していただきましょう。慈善団体ライフの代表、井上さんです」

 すると、体育館の後ろから井上が登場してきた。生徒たちは有名人がきたような拍手喝采をした。俺はもちろん、黒井は何もせず、ただ生の井上を見つめるだけであった。

 井上は教壇の前に立ち、マイクを手に持った。

「皆さん。こんにちは。ライフ代表の井上です。私はこの中学の卒業生なのでなつかしさでいっぱいです。もう一度中学生をやりたいですよ」

 あういう発言をするということは、楽しい中学人生だったという言うことだ。そんな人間に俺たち生命還元クラブのメンバーの気持ちは分からないさ。

「しかし、私にはやらなくてはならないことがあります。皆さんも分かっているでしょう。生命譲渡法案の撤廃と装置の廃止です。我々ライフは各世界で拠点を置き、活動を行っています。もし、我々の活動に興味のある生徒さんたちがいれば、放課後に配布される用紙に詳しいことが書いてありますのでそちらをご覧ください。では、始めに私がなぜ慈善団体を立ち上げたのかについて説明しましょう」

 用紙が配布される? どこまでもしつこい団体だ。

「私が高校三年生の時に、動物実験による生命エネルギー抽出成功をはじめて知りました。そして、人体実験を経て、生命譲渡装置が開発されました。その時私は大学生になって青春を謳歌していました。しかし、生命譲渡装置の話を聴いたとき、激しい恐怖に見舞われたのです。命を物のように交換してしまう行為。そして、死んだ人間が生き返る。これは生命のサイクルを大きく変えてしまうあるまじき行為だと私は恐怖したのです。世界のバランスを狂わしてしまう悪魔の装置。私はそのことがきっかけで夜も眠れませんでした。世界を壊してしまう力をあの装置は持っている。そして、私が予想したとおりの出来事が起きました。大学の友人がある日、学校に来なくなったのです。それから数日が経ち、私は彼が生命譲渡センターで自殺したことを知りました。彼が借りていたアパートに行くと、遺書があり、自殺した理由が書かれていました。『家が貧しく、奨学金を頼りに大学にいっていましたがテストで失敗してしまい、留年することになりました。もう一年大学で勉強するだけの気持ちとお金がありません。もう未来はないの知り、私は死にます。しかし、ただ死ぬのではもったいないと思い、どうせ死ぬならせめて誰かの役に立って死にたい』遺書にはそう書かれていました。確かに、私の通っていた大学はレポートなど宿題が多く出され、テストも難しかったです。実際、自殺願望を持ってしまうくらい追い詰められることもありました。しかし、それでも人間は後一歩のところで生きようとするものです。生と死は紙一重です。それは事実だと私は思います。しかし、生命譲渡法案は気軽に死ねるのです。紙一重といいましたが、その紙一枚を抜き取ってしまうのが生命譲渡法案だと思うんです。国に見とめられた安楽死。気軽で簡単に死ねます。それが法案の正体なのです。私は友人の自殺の傷を抱えながら、大学を卒業していきました。そして、大学の仲間といっしょに慈善団体ライフを立ち上げたのです。最初は小規模でしたが、日本中の悲しみの声を聞くうちに仲間が増え、次第に大きくなっていったのです」

『寄付金も増えた』とは言わないのか。やはり、偽善だ。

「最初は反対運動をして少しでも血の通った政治家に伝わればいいと思っていました。しかし、今は数多くの支持者たちからの援助や家族を失った人からの手紙であふれています。勘違いしている人がこの学校にいるかもしれませんのであえて言います。我々ライフは寄付金で動いているのは事実です。しかし、多額の寄付金目当てで行動しているわけではありません。もし、我々が寄付金目当てなら、命を金で買う政治家と同類です。我々は少しでも自殺者を減らすために戦っています。実際、他県での生命譲渡センターをいくつか潰すことができました。我々に賛同する政治家も出てきましたし、ライフから政治家になろうとしている人もいます。この法案と装置は必ず廃止しなければなりません。それは日本だけにとどまりません。世界でも反対の意見が多数存在します。反対理由はいくつもあります。自殺者の増加、テロリストによる悪用、宗教的問題などさまざまです。しかし、思いは皆一つ。生命譲渡装置の存在抹消です。私たちは支援してくださる人、応援してくれる人のために戦います」

 戦うか・・・・・やはり、俺も戦うしかないということか。目の前にいるやつと。

「我々ライフの活動について説明します。立ち上げた頃は反対運動をやっていました。最初は大学の仲間と数人だけで。私や友人たちは就職せずにアルバイトなどで生計を立て、お金がなかったのでいっしょの部屋で寝泊りしていました。サイトも立ち上げて、ネットへの呼びかけもおこないました。すると、ネットでは多数の支持や自殺願望者からの相談窓口になっていました。ネットや電話から反対運動に参加したいという人々を集め、いっしょにお金を出し合い、各地で反対運動や自殺願望者を助けたりしました。そんな生活を一年ほどしていた頃、大企業の社長と対談することがありました。その社長は息子さんを生命譲渡センターに奪われ、我々を資金的に援助してくださると言いました。そこから、慈善団体ライフは大きく成長していったのです。今思えば、社長と出会っていなければ資金なんで活動ができていなかったでしょう。今も社長さんから多額の援助をしてもらっています。それだけ、この法案は反対されているということです」

 バカネ持ちのすることか・・・・・その社長は最大の失態を二つしでかしたと俺は思った。一つは援助していること。そして、もう一つは息子さんの自殺の理由である。生命譲渡法案は強制と反強制とでできた矛盾している法案である。死刑囚などの凶悪犯は強制的に命を抜かれる。そして、もう一つは自主譲渡である。社長の息子は自主譲渡の道を選んだ。重要なのはどうして自殺したかという理由だ。確かに、生命譲渡法案は手軽な死を得られ、他者の命を救うことができる。しかし、それは決して強制ではない。本当に問題なのはその自主性にあるはずだ。それを追求せずにただ法案を否定していることは間違っている。やはり、俺と井上は敵対する運命だ。俺はそう確信した。

「また、社長さんの計らいで数多くの大富豪の方たち、世間ではセレブと呼ばれている人々からの援助されるようになりました。そして、我々に賛同してくださるメンバーも増え、芸能人や精神科医の医師、カウンセラーの方々にも協力してもらっています。校長先生から伺いましたが、この学校でも我々のために募金活動をしてくださっているとか。本当にありがたいです。ここの卒業生として誇りに思います。また、生命譲渡センターの見回りをしているとか。すばらしいと思います。私たちの世代だったらそんなことはできなかったでしょう」

 本当に・・・・迷惑だ。

「我々は活動をともにする人々を随時募集しています。年齢は問いません。もし、英語や他の外国語が出来る人は特に歓迎です。我々は他国にも部署がありますが、外国語がしゃべれる人があまり多くないので、世界で活躍した人はぜひ参加してみてはいかがでしょうか? すいません。宣伝するためにきたわけではないのですが」

 宣伝しに来たんじゃないのか? そうでなければ、こんななんの特徴もない中学にやってくるわけがない。自分の仲間を集めたいのだろう。生命譲渡装置という画期的発明を良しとしない愚かなたちを増やすとしている。

「また、生命譲渡センターで予約しようとしている人。予約してしまった人は一度我々と話してみませんか? 生きることは難しいですが、死ぬことは簡単です。だからといって生きることが苦痛ばかりとは限りません。我々にはプロのカウンセラーが数十人います。一度でいいですから、我々の元の来てください。人は何度でもやり直してが効くんですから」

 その言葉は生きるのが楽しい人間が言える言葉だ。カウンセリング? 国松は何度も治療して結局死を選択した。しかし、あんなにいいことばかり言っている井上をここまで疑える人間はそういないだろう。カウンセリングと証した洗脳かもしれないじゃないか。俺は信じない。どこまでも疑ってやろうじゃないか。生命譲渡装置は俺にとって未来の希望なんだ。科学の究極の進歩であり、倫理なんて安っぽい言葉で片付けられるわけにはいかない。進歩の一つが生命譲渡装置だ。もし、それが廃止、否定されれば、人類の進化は止まる。それはあってはならないのだ。

「我々は世界各国で活動を行っていますが、中東での生命譲渡装置の乱用は酷いものです。現地スタッフの話ではテロリストたちによって行き場を失った難民の子供がさらわれ、命を落としています。現地のスタッフたちは子供たちを助けるために寄付金を使って施設を作って保護する活動を行っています。しかし、とても危険な場所なので行きたがらないスタッフが多いのが現状です。また、先進国のアメリカでも生命譲渡装置による自殺は社会問題になっています。貧困はもちろん、薬物中毒で治療がうまくいかず、自殺しようとしている人もいます。中国は子供による生命売買がもっとも盛んに行われていると情報があります。実際、そういう生命売買に乗り込んで取引を邪魔する活動も我々は行っています。それは命がけであり、実際にスタッフの中で死傷者も出ていることも事実です。生命譲渡装置による蘇生はもちろんしません。スタッフたちは日々生死の境にいます。だからこそ、生命譲渡装置を廃止しなければなりません。皆さんの強力をお願いします」

 井上は頭を下げた。すると、何十人かの生徒が頭を下げていた。

「これで、井上氏による公演は終了です。せっかくの機会なので何か質問のある生徒はいますか?」

 教頭先生が誘導した。

「時間に余裕があるのでいくらでも質問に答えます」

 井上がそう言った。

 俺は辺りを見渡すと、数人の生徒が手を上げていた。こういう時、俺は絶対手を上げない。

 教頭先生が高学年の女子生徒に発言を許可した。

「井上さんに質問します。ライフのスタッフの方々の中に医者やカウンセラーの人がいるとおっしゃりましたが、他にはどのような職業の方がいるのでしょうか?」

「そうですね。サラリーマンや自営業、タレントさんや有名作家。某有名大学の教授などですかね。まあ、私のように一日中ライフの活動に専念している人もいます」

 いろいろな敵がいることを理解することができた。敵は身近に存在する。それが答えだというのか?

 教頭先生は他の生徒にも発言させた。

「井上さんは今まで活動していて何か危ない目に遭ったことはありますか?」

 随分と過激な質問だ。しかし、嫌いじゃない。

「たくさんありました。活動が大きくなり始めたときに、生命譲渡センターに向かう男の人を見つけたんです。説得しようとすると、その男の人が持っていたナイフで切りつけられたんです。それで、警察沙汰になり、その男性は捕まりました」

 生命譲渡を決意した人間の邪魔をした結果、切り付けられ、その男性は死ねなかった。そういうことか。その男の人生を邪魔したのだ。せっかく死という絶対領域にいけるはずであったのに邪魔されたのだ。しかし、彼らはその男性の気持ちをまったく理解していない。どんな思いで死を覚悟していたのかも考えずに行動する。それがライフだ。俺は絶対に認めない。

「井上さんは結婚してるんですか?」

 桜井が実にどうでもいいことを質問している。

「はい、結婚してもう少しで一児の父親になります」

 その子供が生命譲渡センターに予約したらおもしろいだろうな。きっと、ニュースのネタになるだろう。て俺は今最低なことを思ってしまった。

「妻とは活動を通して知り合いました。現在も共に各地を転々としながら生活しています」

 俺はよく結婚について考えることがある。

 結婚は幸せの証なのかと?

 年老いた両親は子供たちに早く結婚しろとプレッシャーをかけるシーンがドラマやドキュメンタリーである。しかし、なぜ結婚をしなければならないのか? 結婚できない人間は人生の負け組みなのか?

 そんなことは決してないはずだ。しかし、国民は結婚をしたがり、それを勧めたりする。結婚など所詮人生の一つの通過点にしかすぎないはずだ。また、通過する必要もない道でもあるはずである。決して井上夫妻の結婚を否定しているわけではない。共に人生を歩むことを否定してしまえば俺は本当に小さい人間になってしまう。しかし、結婚に失敗する夫婦も数多く存在し、離婚、慰謝料、不倫、別居などの暗い言葉をいくらでも聞く。しかし、そんなハイリスクをしてまで結婚するというのはどうも俺には理解できない。ありがたいことに俺は結婚することもなく死ぬので、そのような無用の代物に関わることはない。関わりたくもない。しかし、この社会は結婚しなければならないという『暗黙の了解』で支配されている社会だ。

 俺の両親もよくけんかをする。けんかするほど仲がいいという言葉があるが、仲が良ければけんかはしないと思う。そういう屁理屈で非合理的な日本の価値観を俺は心の底から嫌う。そういう価値観の刷り込みは一種の洗脳であり、悪だ。

 幸せか不幸せかは自分で判断するものだ。それは結婚に限らず、生命譲渡にも当てはまるであろう。

『死んじゃうなんてもたいない』

『生きていればきっと楽しいことが待っている』

『せっかく生まれたんだから寿命を全うしようよ』

 これらの言葉は所詮他者の言葉であり、昔から使われてきた一種の屁理屈だ。合理性を感じない。死を恐れた古き価値観だ。

 もう死を恐れる時代を終わったのだ。時代は次の新世界へと進んでいく。愚かな洗脳を解き放ち、次の世代へ新たなる価値観を創造しなければならない。

 生死を支配できる新世界。科学の進化はめまぐるしい。しかし、市民たちはそれを阻もうとしている。

 俺は思うのだ。いつか戦争が起きるのではないかと?

 生命譲渡装置は宗教や価値観をひっくり返してしまった禁忌のマシンなのだから。装置を肯定してしまえば、古き価値観の塊である世界の人々は自分自身を否定せざるをえなくなるのだ。

 やはり、次の時代へ進むには大勢の血が必要なのかもしれない。



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