それでも、少年たちは死後の世界に希望を持つ・・・
次の日、俺は持っている携帯電話で学校を欠席することを伝え、暇つぶしの本をしか入っていないかばんを持ちながら、登校する振りをして家を出た。自転車に乗って俺は生命譲渡センターの向かいにある図書館へ足を運んだ。
この町の図書館は朝の八時から開いているため、見回りたちを見るにはまさに絶好の場所だ。
十分後、俺は図書館にたどり着いた。そして、自転車を置き、図書館の自動ドアに入っていった。すると、正面には受けつけの女性が二人座っている。制服姿の俺など気にも留めないだろう。
俺は左にある無数の本立ての近くにある椅子に座り、窓際からセンターが見える位置で、確認することにした。
生命譲渡センターは八時半から受付を行っている。現在は八時ちょうどである。まだ、センターは開いていない。すると、数人の人が別の入り口に入っていくのが見えた。
きっと、センター職員であろう。
建物の色はすべて白であり、見た目は病院と同じである。しかし、実際は逆の行為が行われている。インターネット内では生命譲渡センターではなく、ブラックホスピタルと呼ばれたりする。しかし、人を殺して人を救う場所であるセンターは、俺にとって『未来病院』だと思っている。
時代は変わっていく。しかし、それに対応できない人間たちがこの日本には多すぎる。賛同している人の大半はすでにこの世にいないので比率的に多いのは辺りまえではあるが、目先の命しか見えないやつらが時代の流れに逆らおうとしている。救うべき命がすぐそこにあるにもかかわらず、どうでもいい人間の命を野放しにしている。
日本政府の超合理主義政策は正しい。殺人犯、終身刑の命を奪い、一般人を助けることのどこに『罪』があるのだろうか? 死んでいい命などこの世には存在しない。その考えこそ悪であり罪だ。死んでいい命はいくらでもある。それを否定するなど害悪以外の何物でもない。言いたいことは理解できるが『死んでいい命はこの世に存在しない』時代はまだ先にあると俺は思っている。
時代は常に変化している。いつかはこの超合理主義を超える考え方が生まれると俺は信じている。それが『死んでいい命はこの世に存在しない』である。つまり、悪が存在しない世界。まさに究極的であり、極端な世界がいつか誕生し、警察や公安などがいらなくなる時代を俺は信じている。
だからこそ、この時代はいつか来るであろう未来の通過点なのだ。この命の交換主義を乗り越え、次の時代の幕開けがある。
時代を変えるには、大勢の血が必要となってくる。それは歴史が物語っている。大勢の人の血があったからこそ、今の世の中まで進化していったのだ。
新たな時代の踏み台になるなら、俺は喜んで踏まれよう。次の盛大の子供たちのために。俺はこの生命譲渡センターはいずれ来るであろう未来への架け橋なのだ。
この考えを明日、皆に話そう。そして、語り合うのだ。国松はもうすぐ死ぬ。それが天国なのか無なのかは分からない。しかし、国松の余命はすぐそこまでせまっている。彼ら三人でいられる時間は砂時計のように流れていく。あのクラブのメンバーは心から信用できる。今日をがんばり、明日へつなぐ。死ぬ人間の考えることではないか。
時計が八時半を指すと、数人の人々が自動ドアへ入っていく。
生命譲渡センターで予約を受けるにはいくつかの書類にサインする必要があるため、電話予約ができない。センターへ入っていった人々が予約するのか、死ぬのかは分からないのだ。
しかし、ライフの信奉者やPTAが見回りをしている様子がない。さすがに平日ではいくら何でも活動は難しいか?
しかし、昼ごろまでは最低でも確認しなければならない。国松のためにも。
俺は暇つぶしのために、図書館の書籍に気に入った本がないかを探すことにした。すると、一冊の本を見つけた。タイトルは『アメリカと生命譲渡』である。俺はそれを手の取り、元いた場所に座り、センターを見ながら、本を開いた。
目次を確認すると、俺の興味をそそる内容ばかりだった。
『貧困と生命譲渡』
『麻薬に代わる新しい商品』
『軍隊と生命譲渡』
『刑務所は生命エネルギーの貯蔵庫』
などなど、アメリカのドキュメンタリーがぎっしり入っていた。
俺は初めの『貧困と生命譲渡』を読み始めた。
『先進国であるアメリカは実は経済格差がある貧困社会であることを読者はご存知だろうか? アメリカにはアメリカンドリームと呼ばれる概念が存在する。俳優デビューで成功することなどが一例であろう。これも日本の二倍もの人口があってこそできる一種の『宝くじ』のようなものだ。しかし、そんなアメリカでも貧困問題は先進国の中でも著しく酷い現実がある。一部の富裕層が富を独占し、貧困者を増やしている現実はこの国も変わらない。先進国の中で危険な雰囲気をかもし出しているのは貧困から抜け出そうと、犯罪に手を染めてしまう人々が多いからなのだ。そんなアメリカ社会に生命譲渡装置誕生は社会現象を巻き起こしたと言っても過言ではないだろう。ご存知のとおり、アメリカは根強いキリスト教の教えにより、自殺は罪だという考えから反対運動が各地で盛んに起きている。生命譲渡装置の有無だけで大統領選挙に多大な影響を与えるほどである。しかし、その時のアメリカは中東戦争の最中であり、生命譲渡装置は軍にとって必要不可欠であった。生命譲渡装置を容認したアメリカ政府は収監していたテロリストたちの生命エネルギーを抽出し、死傷や負傷した兵士を蘇らせ、再び戦場へ送る不死身の兵士を使っていたのである。では、なぜここで『貧困』という言葉が入っているのか? アメリカの中東での戦争は今でも続いていることはニュースで知っている方も多いでしょう。生命譲渡装置を手に入れたアメリカはその後も戦争を続けていったのである。そこで、思わぬ事態が発生しました。生命エネルギー要員と化していたテロリストや数多くの死刑囚たちが減少してしまったのである。戦争して資本を手に入れてきた歴史を持つアメリカにとって、生命エネルギー不足は国家の一大事であったため、アメリカは日本同様に自殺志願者からの生命エネルギーを入手するようになりました。その犠牲となっているのが他でもない『貧困者』たちなのです』
ここで、一旦本を読むのをやめた俺は窓越しから生命譲渡センターを確認した。センターへ向かってく人々は多いが、ライフスタッフやPTAたちが見回りをしている様子はない。ライフの支持者といえども仕事はある。それにこの町は比較的自殺志願者は少ない。しかし、佐川さとみが捕まったのだから、必ず現れるはずだ。これは一日中見張っている必要がある。しかし、生まれて初めてずる休みするのは最高であった。あの辛い授業から抜け出せるのだから大変うれしい。暇つぶしの本も見つかったことだし、今日はここで張り込みだ。
しばらく、センターを確認していたが、結局誰も現れず、俺は再び本の世界へと足を踏み入れた。
『貧困者たちによる生命譲渡は日本以上に社会現象となっており、暴動や裁判沙汰は日常茶飯事だ。貧困と言っても、数多くの例があるのでその一例だけを述べるとします。貧しい母子家庭で育った女子高生がある日、ボーイフレンドとの間に子供を妊娠してしまいました。その女子高生は中絶を考えましたが、住んでいた州が中絶禁止であったため、産まざるをえなくなりました。実はその女子高生の母親も同じ経験から女子高生を産んだため、大学にいかずに就職し、女子高生を育てたのです。しかし、高卒ではたいした仕事はありません。劣悪な環境や低賃金で生計を立てねばならず、母子共に生活には苦労したらしいです。その女子高生は子供を産みましたが、ボーイフレンドとは別れてしまい、母親と同じ人生を歩まざるを得なくなりました。実際のアメリカの貧困層は彼女のようなパターンが多いのは事実です。高校を卒業した彼女はアルバイトと子育てを両立することになりましたが、遊び盛りの年齢でもあり、次第に子育てが嫌になったそうです。そんな時、日本で開発された生命譲渡装置が本格的にアメリカ本土に導入されました。中東戦争のために、多くの生命エネルギーを必要としたアメリカは各州に日本と同じ生命譲渡センターを設立し、命を募集したのです。その時、それを知った彼女は衝動に駆られ、生命エネルギーから得られるお金と自由ほしさにおなかを痛めて産んだわが子を生命譲渡センターに『寄付』したのです。自由と多額の資金を得た彼女は母親から独立し、アルバイトも止め、大学にいこうとしましたが、そのことが他の住民に知られると、バッシングを浴びたのです。非難の電話が殺到し、毎日パパラッチとの生活。彼女はついに疲れ果て、ゴールデンゲートブリッジから身を投げたそうです。彼女のようなケースは年々増加しており、狂信的なキリスト教信者からのバッシングに遭いながら生活している人もいれば、彼女のように身を投げるケースもあります。しかし、ことの本質は生命譲渡装置ではなく、『貧困』にあると私は考えています。私は生命譲渡法案や中絶に関しては中立的立場を取っていますが、彼女のケースを作ったきっかけは『妊娠に対するアメリカ社会の対応』だと思います。子供ができても、政府が子供手当てなどの社会福祉が充実していればこのようなことは起きなかったでしょう。しかし、アメリカのスラム街と呼ばれる場所では命を売り物にして生計を立てている家庭はいくらでもあります。これが先進国と言われているアメリカの実態です』
なるほどね。命を金で売る社会か。
俺はこの本を呼んで、『血を流して歴史を作る』という言葉を改めて再認識させられた。
もう一度、センターを確認したが、やはり見回りはいない。
本に興味を持ってしまった俺は続きを読み始めた。
『次にお話しするのは『麻薬に代わる新しい商品』です。薬物は世界どこでも浴びこる悪の薬です。そのため、日本の暴力団やアメリカのマフィアなどが麻薬の売買に関わっています。しかし、近年になって麻薬の売買が減少していったのです。これを聞くだけなら、読者の方々は安心すると思いますがそうではりません。麻薬の売買が減少しただけ、生命エネルギーの不法売買が横行するようになったのです。アメリカマフィアがメキシコの孤児を誘拐し、生命エネルギーを抽出し、それを違法に売買する。そのため、多くのメキシコ人の子供たちが行方不明になっているのです。日本でも北朝鮮による拉致事件が生命譲渡開発後に一時多発し、緊張状態が続いたことは記憶に新しいでしょう。他国の協力で拉致問題は一応解決しました。しかし、不法売買はアメリカだけではなく、他の国でも盛んに行われています』
その後も、不法売買に関する内容を読みふけり、次の章へと足を踏み入れた。
『次は『軍隊と生命譲渡』です。先ほどお話したとおり、軍隊への生命エネルギー注入による不死身の軍隊をアメリカは築き上げてきました。しかし、本当の意味で彼らは不死身ではないようです。ある退役兵にインタビューした時の内容を説明します。黒人の彼は中東の最前線に送られ、三度も死亡したそうです。その度、生命エネルギーを注入され、戦場へ送られました。最初に死亡した時は武装集団による銃撃で死亡、その次は爆弾を持った少年ゲリラの自爆に巻き込まれて死亡、三回目はヘリコプター操縦時にミサイル攻撃で死亡したそうです。四回目に生き返った時には今までに死んだ時のトラウマ、PTSDにかかってしまい、除隊するしかなかったそうです。精神を病んだ彼が地元へ帰還すると、こんどは『再生人』に対する差別と偏見が待っていたそうです。この時代になっても黒人差別は残っている上に再生人であることで数々の嫌がらせを受けたそうです。ある時には、狂信的なキリスト教信者たちに囲まれ、罵声を浴びせられたそうです。『お前は悪魔だ。人の命を食っていきる人食いだ』『ゾンビ兵が!』『地獄で償え』などなど。また、PTSDの影響で自分が死んだ時の夢を何度も見るそうです。また、自爆テロのトラウマから子供を見る際に激しい恐怖に見舞われるそうです。彼は今も治療中ですが、早く病気が治ることを心から願っています。しかし、それ以上に私が恐怖した話を読者にお教えしなければなりません』
そこで俺は休憩を入れた。窓を見ても見回りは一人も現れず、もうすぐ昼になる。俺はトイレに向かって用を済ませた。
しかし、作者の言っている恐怖のお話とは一体何なのか? 俺には検討もつかなかった。
用を済ませた俺はしばらく、他の書籍を眺めていた。ずっと座っていたので歩きたくなったのだ。こんなに図書館にいたのは生まれて初めてだ。書籍を無造作に見ていると、朝よりも人が増えていることに気がついた。おばさんやおじさんたちがあちこちで本を読みふけっている。おばさんはともかく、仕事をしているはずの大人の男性を見ると、無職なのかと心配になってしまう。自分勝手な妄想ではあるが、それ以外に見当がつかない。
しかし、所詮は他人のことだ。どうだっていい。
俺は席に戻り、本の続きを読み始めた。
『彼のPTSDになった理由にはもう一つあるんです。アメリカによる中東戦争で大量の生命エネルギーが必要になったそうです。大勢のアメリカ兵が死傷もしくは気分を悪くする人もいるでしょうがはっきり申し上げます。腕や足を失った兵士が大量に出たそうなのです。もちろん、軍隊は大量の生命エネルギーを保持していましたが、足りなかったそうです。そこで軍隊はとんでもないことをしました。何の罪の無い住民たちを拉致し、生命譲渡装置で命を抜き取ったのです。テロリスト扱いをして数多くの住民の命を手にかけたのです。彼は最初それを知らなかったらしいのですが、三回目に死傷した際に仲間が数名の住民を連れてきて生命譲渡装置にかけるところを目撃したそうです。実際に、生命譲渡装置にかけられた人々の灰が散らばっていたそうです。この手法は、現地のテロリストやゲリラが難民や身寄りのない孤児を生きた状態で連行し、半分は洗脳し仲間にし、残りの半分を生命エネルギー用に殺すそうです。彼はその罪悪感と今でも戦っているそうです。私は生命譲渡装置については否定も肯定もしません。しかし、このような使い方は悪以外の何物でもありません』
俺は愕然とした。テロリストたちが行っていることはテレビで知っていた。しかし、アメリカ政府がこんなことを容認していたとは・・・・・・
俺は死ぬこと自体を否定するつもりはない。生死を決めるのは本人であって他者ではない。これは紛れもなく悪だ。
俺は時計を確認すると、十二時を過ぎていた。センターを確認すると、午前中の受けつけは終了しており、午後の一時から受付が再開される。しかし、見回りにきたやつらは誰もいない。このままなら、国松の生命譲渡は成功するだろう。
俺は腹が減ったので、一旦本を閉じ、荷物を椅子に置いたまま図書館を後にした。別に盗まれてもたいしたものは入っていない。俺は図書館の右方向にあるラーメン屋に入り、扉を開けた。
「いらっしゃい!」
店の亭主が元気よく挨拶した。
俺は扉から右方向にある空席を見つけ、そこに座り、メニュー表を手に取った。俺はしょうゆラーメンのみを注文した。早く、食事を済ませて図書館に戻りたかったのだ。数分後にしょうゆラーメンが用意され、俺はラーメンをスピードよく食べた。味覚音痴なので味を熱く語ることはできないが、ここのラーメンは正直おいしかった。また、いつか食べに来たくなる味だ。しかし、今の俺にはそんなことよりもセンターの監視や後に死ぬことの方が重要なのだ。
食事を済ませ、勘定を済ませた俺は再び図書館へ戻って行った。かばんの置いてある席に座り、センターを確認し、見回りが誰もいないことを確認すると、再び本を読み始めた。
『刑務所は生命エネルギーの貯蔵庫』
『最後にお話しするのはアメリカの刑務所についてです。前の章でお話したとおり、現在中東戦争中のアメリカは生命エネルギーが不足しています。そのため、刑務所に収監されていた死刑囚や終身刑の囚人たちは生命エネルギー要員として殺されており、刑務所内はほとんど囚人がいないそうです。しかし、戦争を続けたいアメリカ政府は日本の生命譲渡法案以上に過激なことをしだしたのです。禁固一年以上の囚人に対しても生命譲渡のエネルギー要員として殺す法案を立てたのです。そのため、殺人未遂などで服役している囚人や殺人をしていない犯罪常習犯などを殺し、生命エネルギーを手に入れているのです。そのため、今のアメリカでは犯罪率が激減しています。それは少しでも罪が重ければ、死刑同様の裁きを受けるからです』
これがアメリカの実体か。先進国のすることかよ! 確かに罪を犯すことはいけないことだが人を殺したり、人の人生を大きく狂わせた人ならそれもいいはずだ。しかし、ちょっとした刑罰ですら人を物のように扱う。これがアメリカンドリームを有した国の決断だというのか?
一時以降、見回りは来ず、もうすぐ四時になる。すると、知っている制服を着た男女たちがやってきたのだ。
生徒会役員たちだ。
同じクラスの桜井たちは今日来てはいない。しかし、四時ごろにやってくるということはその時間帯は危険ゾーンであるということだ。俺はまだしばらく図書館にいることにした。しかし、一つ問題があった。図書館の閉館時間が五時なのだ。つまり、五時以降は別の場所で見張りをしなければならない。また、センターは六時で閉まってしまうため、一時間をどこかで潰さなければならない。
しかし、どうということはない。たかが一時間だ。
そして、一時間後、俺は図書館を裏口にある門から出て、遠くで彼らの動向をうかがった。退屈はしなかった。まるで探偵みたいなことをしている感覚で妙な緊張感が働いたからだ。三十分後、生徒会役員の他に別の中学の生徒たちも合流していた。二間合同とはこのことだ。しかし、残りの三十分で全員きれいに別れた。
次の日の昼休み、俺は生命還元クラブのメンバーといっしょに死への扉に集まっていた。
「で、どうだった。見回りは?」
黒井が興奮しながら聞いてきた。
「朝昼は誰もいなかった。ライフの信奉者や学校関係者も」
「良かった」
本当に良かったのかは分からない。なにせ、俺たちは自殺を手助けしているようなものだからな。
「ただ、四時以降になるとやつらは現れて、受けつけ終了まで他校の生徒といっしょに見張っていたぜ」
「そっか」
「まあ、国松は安心して死を迎えられるのは確かだ」
「本当ですか。ありがとうございます」
国松は心の底からうれししそうであった。しかし、本当にこれでいいのだろうか? 確かに俺は生命譲渡法案に対して大賛成の立場を取っている。しかし、俺は国松がなぜ死にたいのかを知らない。
「国松君。教えてくれないか? どうして死にたいのか?」
すると、彼らは黙り込んでしまった。しかし、国松は口を開いた。
「分かりました。話します。ここまで協力してくださったんですから」
「そんなに気を使わなくて良いよ」
先輩風を吹かせているつもりはないのだが・・・・・
「俺、精神科医にかかってるんですよ。極度のうつ状態ってことで」
「何か過去にトラウマかそうことでもあったのか?」
「いいえ、生まれてからずっと、こういう性格なんです。物心ついたときから人の顔色を伺って生活して。怒られたりすると、必要以上に落ち込んで何日も引きずっちゃうんです。それに毎日憂鬱で学校に行くのも辛いし、不定愁訴で肩こりや頭痛、下痢が酷くてもう生きるのが辛いんです。最近は好きだったものとかにも興味がなくなってしまって、薬による治療をしているんですけどぜんぜん効果がないんです。頭は働かないんで授業の内容も理解できないし、離人感がとにかく酷いんです」
「離人感?」
初めて聞く言葉だ。
「ここにいるのにここにいない感覚のことなんです。なんというか意識とか知覚がふわふわした感じなんです。それなんで、先生が言った言葉がまったく頭に入らず、数秒後には先生が何を言ってたかも覚えてないんです。カウンセリングも散々受けましたが効果がなく、もう死ぬしかないと思ったんです。今、学校に来られるのは皆さんがいるからです。とにかく毎日が憂鬱で気持ち悪いし、不安との戦いです。俺はもう不安と戦いたくないんです。治らないんならせめて最後に人の役に立って死にたい」
「そうか。辛かったんだな」
不安という言葉は俺には理解できる。小学校の頃からテストではいつも緊張していたからな。今思えば、なぜテストで不安になっていたのだろう。いつも、気楽にテスト受けていた連中が憎たらしかった。
「不安から解き放たれたか・・・・・・分かった。もう良いよ。国松君。来週には君は楽になれる。天国に行って俺たちを待っててくれ」
「先輩・・・・ありがとうございます」
と言ってみせたが、俺は天国を信じることはできない。しかし、国松の苦しみを考えればこのくらいの嘘はたいしたことではない。俺は決めたのだ。彼を殺す。彼が望む死に方をさせてあげたい。
「来週の予約日は学校を休んでセンターへ行っています。だから、皆さんと会えるのはその前の日になりますね」
国松は心の底から喜んでいるようであった。この社会から本当に逃げ出したいのだろう。死に対して恐れや悲しみを微塵も感じない。なぜなら、このクラブは死を肯定した存在なのだから。
「それはいいんだが、問題は前の日のライフ代表の講演会。あれは不愉快だな」
俺が話題を変えると、皆の表情が変わった。
「そうでしたね。それに作文もありました」
「あ、そうだった」
すっかり忘れていた。
「そうだ。あれ書かないといけなかったんだ。どうしよう。まだ、不安が・・・」
「慌てるな。国松君。ここで書けばいいんだよ。皆で」
「そうね」
俺が『皆でいっしょに』と言うとは・・・俺だいぶ変わったな。
「俺は馬鹿だから正直に書くつもりだ。だから、他の皆は嘘で良いから書けばいいんだよ」
「嘘?」
黒井が聞いてきた。
「思ってることとは反対のことだよ。嘘を並べて書けば二枚くらい書けるさ。もし、それでも書けなければ、誰かのを写せばいいんだよ。例えば、国松君が行き詰ったら、学年の違う黒井のをパクればいいんだ。そうすれば、バれる心配もない。まあ、俺のを真似したらとんでもないことになるけど」
「長屋君はどう書くつもりなの?」
「正直に書くんだよ。まあ、先生は癇癪起こして俺に書き直させるだろうけど」
死ぬ運命の俺に怖いものなどない。だから、正直に書く。俺はこの学校に反逆する。
「いいの? それで」
「いいんだよ。それで。でも、国松は俺みたいに書かないほうがいいけどね。まあ、話でもしながら作文書こうぜ」
俺がそう言うと、全員作文用紙と筆箱を取り出し、作文を書き始めた。俺には書きたいことが山ほどあった。いや、正確には言いたいことだ。
しばらくの間、俺たちは作文を書き続けた。俺は言いたいことしか書かないと決めていたのですらすらと書くことができたが、国松と中村はペンが何度も止まっていた。黒井の方は順調に書いているように見える。
それから、一時間後に俺は書き終えた。
「終わった!」
俺はペンを机の上に投げ出し、歓喜の声を上げた。
「早いわね」
黒井が言った。
「言いたいことだけを書けばこんなもんさ。まあ、多少の文章の間違いはあるだろうけど、見直しはしない主義なんでこれでOK!」
「先輩はいいですねぇ。俺なんかまだまだです」
「黒井のを真似すれば良いじゃん」
「いやよ。私の文章、はずかしいわよ」
「そんなこと気にしないって」
ここにいると、何の拘束も感じない。今までの人生は拘束だらけの毎日であった。しかし、今はとても自由だ。そして、時が来れば究極の自由を手にすることができる。
「なら、長屋君のを見せたらどうよ」
「俺のを写したら大変なことになるぞ」
「いいから見せて」
黒井に作文用紙を奪われた。
「これ・・・・」
「どうだ。すごいだろ!」
「先輩、これはまずいですよ」
俺が書いた作文はこうだ。
『生命譲渡法案を廃止にする方法はありません。なぜなら、生命譲渡法案は正しいからです。必要のない人間、死にたい人間の命で他者の命を救うことは合理的に正しいからです。生きていても何の役にも立たず、人に迷惑をかけるだけの人間がのうのうと生き、生きる資格のある人間が死んでしまう。それは不条理以外の何物でもありません。日本政府が打ち出した生命譲渡法案は今までの中でもっとも画期的法案であると私は思います。しかし、
それに反対する悪しき存在が私は許せません。この作文のテーマ自体がすでに間違った考えであり、悪なのです。世界は日々進化しています。しかし、進化には必ず人の血が必要となってきます。それは今までの歴史を見れば理解できることです。戦争を繰り返し、何百年もかけて民主主義の日本が誕生したのです。数多くの人の命を踏み台にしてこの国は成り立っている。生命譲渡装置も進化する究極の変化点と私は考えています。進化はこれからも続くでしょう。そのためには多くの血を流さなければなりません。しかし、過去と違って戦争をする必要はありません。無意味に死ぬ必要はない。ただ、生死の境が非常に近い世界になった。それだけのことなのです。私は断言します。生命譲渡装置は現在の日本に必要不可欠なものです。そして、いずれ科学はさらに進化し、人の命で人の命を救う時代から別の世界へと変化していくのです。私は生命譲渡装置を廃止にすることは不可能です』
「どうだ。完璧だろ!」
「すごーい。長屋君」
黒井が俺のことを心からほめた。
「生命譲渡装置を変化点って定義したところはすごくかっこいいですね」
中村にもほめられた。
「俺、参ったな」
国松はお手上げ状態のようだった。
「けど、これじゃあ、大崎先生に見られたら、書き直しさせられるかもしれないわよ?」
「ああ、分かってる。それが狙いだ」
「どういう意味?」
「我慢するのは止めるんだよ。だって、もう俺たちは死んだもどうぜんじゃん。なら、最後にやりたいことをやる。学校という名の拘束器具などくそくらいだ」
自分でも不思議なくらい言葉が出てくる。今まで抑えていたものを死への扉で吐き出しているのだ。
「作文は自分の言いたいことを文字にすることが本来の目的だ。それを学校のエゴで潰させるわけにはいかないさ。もし、それを否定するなら、あの教師は腐っているさ」
まあ、腐っていることは分かっているが。そのことにどれだけの人間が気づいているかだ。
「国松君。嘘を書けばいいんだよ。思っていることとは逆のことを書けばいい。そう思えば何でもかけるんじゃない。成績や内申書なんて今更関係ないだろ」
そうとも、国松はもうすぐ死ぬのだ。これは幸福なことである。こんな歪んだ世界で生きていることは苦しむことだ。この世界は進化の発展途上だ。死ぬことは罪ではないのだ。
俺たちは正しい。間違っているのは学校とライフの愚民どもだ。
「そうですね」
国松の表情が和らいだ。彼はもうすぐ死ぬ。しかし、それは不幸なのではない。彼の命は別の人間へと還元される。それだけのことだ。哀れむ必要はない。
「俺も早く書こうと」
中村も再びペンを握った。
しかし、ライフの井上の公演が気がかりだ。サボるという選択もあるな。当日に学校を休む。しかし、連続して休むことは生命譲渡センターで予約をしたと思われる可能性がある。やはり、参加すべきか。そこで眠っていてもいい。
「作文やっている途中で悪いんだけど、ライフの講演会について聞きたいんだけど?」
すると、全員の手が止まった。
「忘れてたわ。あの講演嫌だわ」
「そうなんだよな。どうしたもんだかな?」
敵中の敵である井上の講演会。まさに悪魔の大演説だ。しかし、その現実を乗り越え、俺はすばらしき死をとげなければならない。生命還元は悪ではないのだ。
「しかし、俺はあの男が何を言うのか気にはなるんだ」
全員の視線が俺に向けられた。
「あのライフ党首の井上という偽善者の中の偽善者が何を語るのか? 何を考え、行動しているのか? そうすれば、少しは偽善者の気持ちが分かるかもしれない。生徒会や学校の行動を読むチャンスだ。もちろん、洗脳されたら元も子のないが、俺はそんなことされはしない。聞いてやろうぜ。あいつの戯言を」
今の俺は輝いている。死のカウントダウンが迫れば迫るほど俺は光に満ち溢れている。洗脳できるものならかかって来い。相手になってやる。
「長屋君。クラスにいる時とは雰囲気が違うね」
「あの偽善者に一度会いたいと思っていたからね。しかも、それに踊らされている学校を見ていると妙な優越感を感じるんだ」
「優越感?」
「そう、優越感。正しいのは俺たちだ。しかし、それに気がつかない生徒たち。そう思うと自分が上位者でいるように思えるんだ」
歪んでいるのは理屈では分かっている。しかし、感情はそれを否定している。死ぬことは負けではないのだ。古き価値観の人間にはそれは分からないのだ。そう思うと、なんだかわくわくしてくる。
それからしばらくして、全員の作文創作は無事終了した。国松の被害妄想もなく。そして、今日の会合は終了した。




