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死して希望は生まれないのだろうか・・・・

次の日、目覚まし時計のベルで俺は目を覚ました。六時半にセットしている時計のスイッチを押し、ベルを止めた。六時半に起きるには理由があった。学校は八時二十分までに登校すればいい。しかし、私立中学に通っている兄貴と社会人の父親は電車通学なので早く起床する必要があり、母親が朝早く朝食を作るのだ。その時、俺の朝食を一様作ってくれるので俺も早起きするのである。普段から夜更かしはしないので早起きは決して苦ではない。俺が部屋の扉を開けると、朝食が置いてあった。皆といっしょに食事はできない。俺は朝食を一旦部屋に置き、トイレへと向かった。

 用を済ませ、顔を洗いに一階に下りると、スーツを着た父さんと学生服を着た兄貴が仲良くいっしょに家を出た。

 俺はその後、部屋に戻り、食事を済ませ、食器等々を一階の台所に持っていった。すると、母親が一人テレビを見ながら朝食を取っている。俺は何も言わずに部屋へと戻っていった。制服に着替え、学生かばんの用意をし、テレビに電源を入れた。すると、生命譲渡裁判のニュースが放送されていたので俺は凝視した。

 ニュースではコメンテーターがあいかわらず被害者の夫を非難している。それに同調するように賛同している。もし、生命譲渡法案が廃止にでもなったら、俺はどうしたらいいのだろうか? 首をつって自殺かそれとも大量の睡眠薬で死ぬか、橋から飛び降りるか、一酸化炭素中毒で死ぬか。少し前はそんなことばかり考えていた。しかし、生命譲渡装置による灰化死が一番望ましい。こんな役に立たない俺でも少しは社会に貢献できる。やはり、生命譲渡センターは必要だ。

 ライフの支持者が増えれば、それだけ反生命譲渡法案派の政治家の支持率が上昇する。もし、反生命法案派の総理大臣や与党が増えれば廃止になる可能性だって十分に考えられる。

 しかし、生命譲渡する人の大半は生活保護や目標を失った高齢者ばかりだ。そのため、社会保障関係の財源が緩和され、国は黒字となっている。そう簡単には廃止にならないだろう。この国はある意味で究極の資本主義国家になったのだから。

 テレビのチャンネルを変更し、別の話題を探すと世界での『ライフ』の活動が報道されていた。その場所は中国で、世界でもっとも人口の多い国だ。

 中国でも各地域で生命譲渡センターが設立され、数多くの命のボランティアが行われている。しかし、日本以上にセンターの使い方が酷い。日本人は自殺願望が強い国に対し、中国では命を金銭目当てで差し出すケースが多い。今報道している内容もそれで、貧しい地域で子供の命を売って生計を立てているのが社会問題となっている。赤ちゃんの状態が一番生命エネルギーの質がいいため、金銭目当ての妊娠出産を行う家庭が増加傾向なのだ。しかし、政府はこの状況を完全に放棄している。なぜなら、一人っ子政策をせずに済むからである。人口が減って中国政府は満足しているのだ。ある意味で日本以上に危険な先進国だ。それに対して慈善団体『ライフ』の中国支部の人々が貧しい地域に足を踏み入れ、実の子供を売り物にした家族を批判している映像が流れている。

 ここで俺は考える。赤ん坊を売り物にする夫婦が悪いのか。何もしない政府が悪いのか。それとも、貧しいのが悪いのかと。俺の考えは後者で貧しくなければこのようなことは減少すると思う。しかし、ライフのような信奉者たちはその根本を見ずにただ批判や邪魔をするだけだ。

 テレビを見終わり、かばんを持って一階へと降りていく。そして、玄関前で靴を履き、扉を開く。

「行ってきます」

 しかし、母さんからの返事はない。まあ、いつものことだ。

 俺は外に出て自転車を出し、走り出した。

 今日もまた憂鬱な一日が始まる。

 俺の一日は憂鬱で始まり疲労で終わる。家でも学校での居場所がない。そんな俺がなぜ制服という重たいものを着て無意味な知識が入っているかばんを持って学校に通わなければならないのか?

 数々の疑問を頭に浮かべながらも着実に学校との距離が狭まっていく。そして、いつものように学校についてしまった。

 指定された自転車小屋に自転車を止め、かばんを持ち、校舎内へと入っていく。今日も地獄の一日が始まろうとしていた。

 教室に入ると、昨日とほぼ同じ風景であった。俺は自分の席に座り、かばんを机のフックにかけ、かばんの中から『ヘブンズロード』を取り出し、少し早い朝読書を始めた。

 すると、馬鹿の一つ覚えのように桜井たちがまた募金箱を持ってクラスメイトたちに募金を強要しているのが見えた。

 いつまでそんな馬鹿げたことをしているんだ? もう十分じゃないか。

 俺は心の中で叫んだ。

 しかし、桜井たちは善意でやっているので余計性質が悪い。しかも、クラス対抗戦という行事にしてしまったのだから、生徒会も腐っている。

 俺はそのまま読書に集中した。

 すると、チャイムが鳴る五分前に黒井が教室に入ってきた。俺が黒井を見ていると、桜井たちがまた募金箱を持って俺の所にやってきた。

 俺は心の底から来てほしくないと思った。

「長屋君。今日こそ募金してくれるかな?」

 ものすごいプレッシャーを桜井から感じる。しかし、ライフへの募金など悪の組織に力を貸すようなものだ。

「俺は一切の寄付はしない!」

 そうさ、いくら怖い女の子たちであっても俺には『死』という究極の味方がついているのだ。恐れる必要はない。

「いい加減にしなさいよ。いつまでひねくれている気なのよ!」

 桜井が大声で怒鳴った。まるで俺が悪役であるかのように。

「そうよ。少しくらいいいでしょ」

 桜井の友人である岸川由紀が言った。

「ホント、君みたいな人、白けるんだよね」

 長身の体育会系の雪川里佳子が付け加えた。

「うるさいんだよ。メス豚共。とっととうせろぉ!」

 俺はあまりにしつこかったのでつい本音を言ってしまった。

「あんた、最低。皆行こう」

 三人は俺のそばを離れていった。

 俺がふと周りを見ると、クラスメイトたちからの冷たい視線が俺に向かって飛び交っていた。

 構うものか。もう俺を縛るものなど恐れない。

 俺は読書の続きをしたが、やはり桜井たちの動向が気になってしまい、本と閉じた。すると、案の定桜井たちは黒井に寄付を強要していた。

「黒井さん。今日こそ寄付してもらうわよ」

「嫌よ。私ライフの信奉者じゃないから」

 黒井はきっぱりと断った。

 黒井の動向は俺だけではなく、クラスメイト全員が気にしていた。

「あなた、あの法案を支持するの?」

「そうよ。私は政府の言うことに従う」

「それでも人間?」

「いけない?」

「いけないに決まってるでしょ!」

 女同士の激しい口論は、昨日の四時間スペシャル並みの迫力だ。

 ちょうどいいタイミングでチャイムが鳴ったので皆は席に座った。

 すると、いつものように大崎先生が教室に入ってきた。しかし、どこか様子がおかしかった。普段見せない険しい顔つきになっていたのだ。

 すると、先生は教団の前に立って、声を発した。

「今日の朝読書は中止にして皆に伝えなくちゃいけないことがある」

 クラスメイトたちは疑問に思い、ひそひそ話をし始めた。

「昨日、二年三組の佐川ともみが生命譲渡センターに行ったそうです」

 すると、辺りがさらに騒がしくなった。

 やはり、俺や黒井以外の人間がセンターに行っていたか。

「昨日の五時頃、生徒会メンバーや先生たちが生命譲渡センターを見回っていると、佐川ともみがやってきたらしい。うちのクラスの石川良太が彼女を見つけて取り押さえたらしい。そうだよな。石川」

「はい。そのとおりです」

 石川良太。成績優秀、運動神経抜群の陸上部所属。科目は短距離。学年で人気のある男子生徒の一人で次の生徒会長候補を呼ばれている。

 また、敵が増えてしまった。

「佐川はしばらく自宅謹慎してもらっています。また、今回の事件が起こる可能性があるので週に一回カウンセラーの先生に来てもらうようにします」

「先生、佐川さんはどうして生命譲渡センターに着たんでしょうか?」

 桜井が作ったような笑みで先生に質問した。

「本人は何もしゃべらないそうだ。他の先生の話では何かを隠しているとも言っていた。ただ、すでに生命譲渡の予約は取っていたそうで、昨日がその日だったらしい。間一髪だった。石川君に全員拍手」

 すると、たちまちクラス中が拍手喝采となった。もちろん、俺はしなかったが。ふと、黒井を見ると、石川に対して憎しみのような眼差しを送っている感じだった。無理もない。死を肯定している俺と黒井にとって、石川のような偽善の味方は敵以外の何物でもないのだ。

「もし、生命譲渡センターに行こうとしている人、もしくはもう予約してしまった人は一度でもいいからカウンセリングなどの相談を受けてほしい。生命譲渡をしてしまったら二度と生き返らないのだから」

 二度と生き返らないから予約のするんだよ。あんたにはそれが分からないんだ。ここにいるクラスメイトたちもだ。

「今回は石川君のように見回りがいたから助かったけど、これからは土日も先生たちが交代性で見回ることにするからそのつもりで。後、生徒会からなんだけど生命譲渡センターの見回り役を希望する人を募集するそうです。詳しいことは俺か生徒会室に行けば分かると思うので。夕方にはプリントで募集についての用紙が配布されるから。確か、部活に入っていない時間のある生徒がいいと俺は思うけどな」

 しまった。俺は部活に入っていない。もしかしたら、強制される可能性がある。

「この中で部活に入っていない人はいるか? その人は手を上げてくれ」

 もちろん、俺は手を上げなかった。というか上げられるわけがない。すると、黒井が何のためらいもない顔で手を上げた。

「お、黒井は部活に入ってなかったか? じゃあ、やってくれるか?」

「嫌です」

 黒井ははっきりと答えた。

 では、一体何のために手を上げたのか?

「見回り役をしてくれないのか?」

「はい、そうです。私は部活をしていない者はいるかと言われたので手を上げただけです」

 確かに理屈は通っている。しかし、クラスメイトたちからの冷たい視線が黒井に集中していた。

「そ、そうか。まあいいや。気が向いたらぜひ参加してくれ。皆もな」

 すると、黒井は席についた。

「まだ、話は続くのだが、もし友人や身近な人に生命譲渡センターに行こうとしていたら無理やりでもいいから止めてほしい。それができなければ、せめて先生や誰かに相談してほしい。命を助けるために」

 非常にまずいことになった。土日も含め、生命譲渡センターには見張りが存在する。これでは予約した日にやつらに捕まり、安楽死できなくなる。

 実に困ったことになった。しかも、先生への告げ口があるとすると、俺が生命譲渡センターに行ったことを黒井以外の誰かに見られていたら・・・・

 何とかしなければ。俺は死ななければならないのだから。

 しかし、仲間が誰もいない俺に一体何ができる。この学校はどこまでも俺の邪魔ばかりする。許せない。絶対許さない。

 俺は憎しみを押し殺しながら大崎先生の話を聴いていた。

「先生、私志願します」

 桜井が優等生ぶりの笑みを浮かべながら志願した。

「だったら私も」

 続いて、岸川と雪川も志願した。

 なぜだ。なぜそこまで俺の邪魔をする。お前たちは!

「俺もやります」

 石川の親友である菊池雄太が手を上げた。体育会系で同じ陸上部の菊池は石川同様に成績優秀運動神経抜群であり、石川より一回り大きく、少し気性が荒いことで有名だ。普段は何もしないが、けんかで負けたことがなく、石川と二人で不良とけんかして何度も勝利している武勇伝がある。

 学校の上位者である彼らがこの見回り役をやるというのは俺にとって実に不幸だ。頭脳・運動ともに負けている俺は決してかなわない。そんな彼らに対抗できる手段はあるというのだろうか? これが学校に通っている俺のサガだというのか!

 しかし、彼らには部活がある。だから、毎日行うことはできない。部分的に時間を作るしかない。なら、まだ打つ手があるということか。

 俺は負けない。必ず死んでみせる。

 しかし、おかしな話だ。死ぬだけのことでこれだけのエネルギーを使うのであるから。俺もずいぶん歪んでしまったと思う。

 別の見方からすれば、石川たちの行おうとしている行為は正義なのかもしれない。しかし、俺には納得できない。生死を決めるのは本人だ。他者が決めることではない。

 どの道、何らかの対策を考えなければならないことは確かだ。

 先生たちが見回っているとするなら、用意にセンターに行くことはできない。変に下見に行けば、生命譲渡の予約を入れたことがばれる恐れがあるし、マークされる危険性もある。

 簡単に死ねると思っていた俺にこんなくだらない試練が立ちはだかるとは。

 そういえば、別クラスの佐川という女子生徒は一体なぜ死のうと思ったのだろうか?

 俺みたいに生きる目的を見失ったからか? 

 佐川という女子生徒について誰か知っている者はいるのだろうか。今もひそひそ話が続いているが、誰も佐川について知っている様子がない。

「お前たちには本当に感謝している。後でまた説明するから」

 大崎先生は笑みを浮かべている。その笑みは俺にとっては不愉快極まりないことを誰も知らない。

 見回り役を志願した生徒たちも笑みを浮かべている。俺はますます不愉快になる。そして、クラスメイト全員が敵に見えてしまう。

 俺の死を邪魔する敵。

 次々と問題が出てくる。ゲームに例えるなら、これを攻略し、俺は死という名のゴールを目指す。俺の死は俺だけのものなのだ。

「他にも連絡しておかなければならないことがある。来週だが慈善団体『ライフ』の代表の井上一志さんの講演会を体育館で行うことになりました」

「やったー」

「うそ、有名人じゃん」

「興奮してきた」

 そ、そんな馬鹿な・・・・・この学校はどこまで俺を追い詰めたら気が済むんだ。

「実は井上一志さんはこの中学校の卒業生で先生と同期なんだ」

「そうだったんですか?」

 桜井が驚いている。

「一度同窓会で会ったときにこの学校の寄付活動に大変感謝していて講演料なしで引き受けてくれたんだ。せっかく来てくださるのだから寝たりするなよ」

 寝てやる! 絶対寝てやる。

 俺はどこまでも不幸な男だ。ゲーム的に言えば、井上一志はラスボスだ。俺にとって最大の敵だ。

「後、今から配る作文用紙を配るから一人二枚ずつ取ってって」

 作文用紙? なぜ急にそんなことを・・・・・

 しかたがないので、俺は前から送られてきた作文用紙二枚を手に取り、後ろに回した。

「来週の井上さんの講演前までに俺に提出してくれ。テーマは『どうしたら生命譲渡法案を廃止にすることができるか』だ。いいな」

 いいわけねーだろーが!

「先生、どうして急に作文を書かなきゃならないんですか?」

 クラスの男子生徒が聞いた。

「佐川の事件があったから、校長が二度とそういう事件を出さないために生徒一人ひとりに考えてほしいんだよ。『命』について」

 面倒なことが次々と出てくる。俺は本当に不幸だ。しかも、俺は作文が大の苦手でおまけに二枚もある。

「二枚目の半分以上は書くように」

 大崎先生からとどめの一言を言われた。

 俺は自分自身の中にある憎悪を必死で抑えていた。この学校を破壊したい。そういう気分であった。

 井上の講演会、生命譲渡センターの見回り、そして作文。三つの試練が俺に立ちはだかっている。この難問をクリアしなければ俺は死ぬことができない。

「まじめに書かなかったら書き直しだからな」

 書き直しは嫌だ。

「実は皆にまだ言っておかなきゃいけないことがあるんだ。生命譲渡センターには他校の生徒も行っていたらしく、本当に生命譲渡してしまったらしい」

 この町では俺たちが通っている中学ともう一つの中学が存在する。その中学から生命譲渡センターに行くとしたら俺と黒井が予約した場所以外考えられない。電車を使って他の町や市に向かうしかない。しかし、どこへ行っても予約が殺到しており、東北では一年待ちの場合もある。

「だから、皆にもう一度命について考えてほしい。見回りは他校の生徒と共同で行う場合もあるからそのつもりで」

 他校まで介入するとなると、本当に厄介だ。しかし、俺は必ず成し遂げてみせる。この愚かな学校に対抗する。


 昼食の時間になり、いつものとおりに班になって食事をしていると、班のメンバーが別のクラスの佐川について話していた。

「佐川さんってクラスではあまり目立つほうじゃなかったらしく、しかも左手首にリストバンドしてたんだって。そのクラスの友達の情報だと、リストカットしてたって噂もあるんだって」

 リストカットか。

 心を病んだ人がカッターナイフとかで手首を切る話は聞いたことがある。しかし、どうしてあんな痛い思いをしてまで身体を傷つけるのか俺には理解できなかった。痛みが快感に変化するのか。いや、よっぽどの変態でないかぎりそれはない。では、なぜだろうか?

 最近は本当に理解できないことばかり続く。この不運はいったい? 

 もし、この世に神様という存在がいたとしたら、俺は絶対クレームを言うに違いない。

「リスカってマジやばくね?」

「そうとう病んでるんじゃない?」

「まあ、他人の話しだし、どうだっていいけどさ」

 これが彼らの本音である。中学生に命の話をするだけ無駄なのだ。

「佐川さん、この後どうなるんだろうね?」

「また、行くに決まってんじゃん。それでまた捕まる。中学はそれでいいけど、高校でそれをやったら一発で退学決定じゃん」

 中学は義務教育なので基本的に退学はない。しかし、生命譲渡センターに行ったことは内申書に書かれてしまい、試験で不利になる。また、高校に入学し、生命譲渡センターに行ったことがばれれば、退学間違いなしだ。

 最近テレビで高校生の生命譲渡センターに行ってしまい退学してしまうケースが増えているらしい。仮にセンターに行ったことがバレ、カウンセリングなどを受け、生きる希望を取り戻しても、退学にされた勢いでもう一度センターに行ってしまう人が多いと報道されている。

 高校に行く気のない俺にとっては関係のない話であるが、その人が気の毒に思えてしかたがない。別に違法薬物に手を染めたわけでもなく、誰かを妊娠させたわけでもない。ただ魔がさして死にたくなることは誰にだってあることだ。しかも、法律で認められている制度だ。自分の高校で自殺者を出したくない愚かな教師のエゴがそうされるのだろう。何が教育者だ。俺に言わせれば、教師など愚かな劣等種族だ。

 俺はこう思っている。世界は進化しているのだと。

 俺の歴史の知識は乏しいが、どの国の歴史を知っても『戦争』であることだ。しかし、先進国と呼ばれた人々は戦争を止め、民主主義へと進化していった。もちろん、中東では今での戦争や難民を育てている。それは発展途上だからだ。時間がかかってもいずれ、人類は戦争を無くすことができると俺は思う。小さな島国でしかない日本にできたのだ。他の国にできるわけがない。

 そして、人類は民主主義から生まれし『命のトレード』を行うようになったのだ。それは決して退化なのではない。進化なのだ。

 もし、俺の安易な考えが正しいとすれば、この学校のほとんどを進化に遅れた劣等教育であると言えよう。

 人類はこれからも変わっていく。いい方向にも悪い方向にもだ。だからこそ、俺のような役に立たない人間は消え、生きなければならないいろんな意味での『有能』な人間が生き残り、繁栄していけばいい。

 ここにいる人間たちはそういう意味で滅ぶべきなのかもしれない。しかし、今は進化の途中である。この国は先進国であると同時に発展途上国なのだ。彼らを否定してしまってはほとんどの日本人口を否定することになり、発展できる人材が不足してしまう。人の価値観を変えるには時間がかかる。それは貴族主義から民主主義へ変わるのに何百年もかかったのだ。今はその発展過程の一部分の時なのだ。

「ねえ、このクラスに生命譲渡センターに行った人っているかな?」

 班の女子が皆に尋ねた。

「さあ? でも、考えられるとしたら・・・・そうだな・・・・黒井とか?」

「あ、そんな気がする。だって黒井さんライフへの募金断ってるしね。それに見回りも普通に断わったじゃん。怪しいよね」

 まずいな。黒井が疑われている。しかし、少し疑いがかけられたからといって何ができよう? 疑われるくらいなら問題ないか。

「そういえば、長屋君も寄付しなかったよね」

 不意に俺に話をふってきたので俺は驚いてしまった。

「長屋君はどうして募金しないの?」

 何て答えればいい? ライフが嫌いだから? それでは怪しまれるな。

「募金とか嫌いなんだよ。それに俺本当に金持ってないし、募金とかって何か損した気分になるんだよ。だから、募金はしない主義なの」

「ふ~ん そう」

 ふ~ 何とか切り抜けた。しかし、久しぶりにクラスメイトと会話をした。

 その後はいつものとおり、昼食を終わらせ、後片付けをした。そして、退屈な昼休みへと突入した。

 机を元に戻し、読みかけのヘブンズロードをかばんから取り出し、読もうとした。すると、皆がおしゃべりや外へ遊びに行く中、黒井がひとり教室を抜け出した。

 俺の中にくだらない好奇心がまた生まれた。俺は席を立ち、黒井の後をつけることにした。悪く言えばストーカー、よく言えば探偵になった気分であった。

 決して黒井を好きになっているわけではない。しかし、黒井から発せられる死のにおいに釣られていると言ったほうが適切だろう。

この俺をひきつける死の香り。凡人には理解されない感覚だ。

 足音を立てないように黒井の後をつけていくと、別校舎に繋がっている廊下へと黒井が進んでいったので俺もその後を何気なく進んでいく。しばらく、直進していくと黒井が別校舎の角を右に曲がったので俺も慌てずに廊下を進んでいき、角を右に曲がろうとした時、あることに気がついた。

 黒井がいない?

 俺は辺りを見渡したが、黒井の姿がどこにも見当たらない。

 一体どこに? 俺の尾行がばれていたのか? 

 俺は廊下にある教室をしらみつぶしに探した。しかし、どの教室にも黒井の姿がない。

「やっぱりつけてきたんだ。長屋君」

 すると、俺の後ろに黒井が立っていた。俺は背後霊がいるのかと一瞬思ってしまい、驚いてしまった。

「お前、どこにいたんだ?」

「そこの女子トイレ」

 黒井がトイレに向かって指を刺した。

 そうか。ここの校舎にもトイレはついている。どうして気がつかなかった? 馬鹿だからか。

「ねえ、私思うんだけど、長屋君とは同じ世界にいると思うんだよね?」

 急に何を言っているんだ。黒井は?

「どういう意味だよ?」

「分かってるでしょ。死の世界にいるってこと」

 その時、俺の心の中に何かが突き刺さるような感覚に襲われた。

 図星という言葉を今理解したような気持ちだ。

「だから、何だって言うんだ?」

「だから、私と長屋君はこの世界には生きているようで生きてない。死の世界の仲間ってこと」

「仲間?」

 仲間という言葉はよくドラマなどで使われるが、実際に使われたことはなかったし、俺が口で言ったこともなかった。

「そう、仲間。長屋君なら死への扉に案内してもいいかな?」

「死への扉?」

「私たちはそう呼んでるの?」

「私たち?」

 今複数形になった。一体何を言っているんだ? 本当に。

「案内するね。私たちの世界へ」

 そう言うと、黒井は俺の手を強引に引っ張り、『死への扉』へと案内した。

 しかし、普段笑顔を見せない黒井がこんなに元気な姿を見るのは珍しい。一体南アのだろう。『死への扉』というものは?

 黒井につれてこられた場所は別校舎の二階にある、使われていない倉庫室であった。しかも、構造上奥の隅に作られており、他の生徒には見られにくい場所にあった。

「ここが死への扉よ」

 そう黒井が言い、扉を開くと、そこには二人の男子がいた。

「皆、新しい仲間が増えたよ。私と同じクラスの長屋君」

「ああ、どうも。長屋です」

 何がなんだかよく分からないが俺はその流れに逆らわずに行動した。

 倉庫の中には机と椅子が用意してあり、一応窓もついている。二人の男子のうち、一人はたれ目でふっくらとした体系の持ち主で、もう一人は逆に痩せ型で内気そうな感じだ。

「ようこそ、長屋君。非公認クラブ、生命還元クラブへようこそ」

 黒井はハイテンションになりながら言った。

「生命還元クラブ・・・・?」

「そう、ここは長屋君と同じ生命譲渡センターで予約をして死が決定しているメンバーの集まりなの。で、この部室を私たちは死への扉と呼んでるの」

「つまり、ここは自殺願望者たちの集まりというわけか」

 なんて野蛮で歪んだ場所だ! と信念のない凡人たちは嘆くのだろうが俺は違う。今まで見た中で一番最高の部活動だ。非公認ではあるけれど。

「俺は入部決定でいいのかな?」

 この歪んだクラブに興味心身になってしまった。

「もちろん、だって長屋君も死ぬんでしょ」

「あ、ああ」

 『死ぬ』という言葉をこんなにも簡単に言えてしまう黒井に俺は少し引いてしまった。しかし、黒井は間違ったことは言っていない。

「まあ、いいや。とりあえず早く入ってくれる。見つかるとやばいから」

 俺は慌てて死への扉の中に入り、黒井はその扉を閉めた。

「どこでもいいから座って」

「ああ、分かった」

 俺は適当にパイプ椅子に座った。

「ごめんね。強引で。でも、この場所は本来使っちゃいけない場所だし、私たちが生命譲渡センター予約者であることがばれたら大変だから」

「別に気にしてないよ」

「ああ、紹介するね。握間君。彼が国松真治君、でこっちが中村宏君。どちらも一年生」

 痩せ型で勝手に絶望している方が国松でふっくらとした方が中村か。一年生だから見かけたことがなかったのか。

「こんにちは。俺は中村宏です」

「こんにちは」

 なぜだか分からないがここにいるメンバーからは異常なまでの『親近感』がわいてくる。これは一体なんだ?

「あ、こ・・こんにちは。僕は国松です」

 国松は弱弱しい言い方で挨拶した。

「こんにちは」

 俺は先輩風を吹かせるつもりはまったくなかったので、気軽に返事をした。

「二人とも。長屋君も私たちの仲間よ」

「え、じゃあ、予約したんですか?」

 国松が妙なテンションで俺に聞いてきた。

「そうだよ。俺もセンターで予約待ちしている身だよ」

「やった! 仲間が一人増えた」

死ぬ運命の人間に『やったー』というのは正直どうかしている。しかし、死を平気で選んだ俺が言う立場でもないか。

「そうなの。ね、長屋君。この生命還元クラブに入らない?」

「急にそんなこと言われてもな」

 俺は集団行動が嫌いだ。面倒なことも。しかし、何をするかを聞くぐらいはいいだろう。

「活動内容は何?」

 すると、黒井が答えた。

「ただの自殺願望者の集まりよ。こうやって、集まって死について考えを述べたり、ただそれだけ。もし、内容があるとするなら、それは『死ぬこと』かな」

 黒井は笑顔で答えた。

 こんなことを簡単に言える女だったのか。ある意味恐ろしいが死ぬ定めである俺にとってそんなことはどうだっていい。もし、俺が自殺願望者ではなかったら今すぐこの場を去っているところだ。

「じゃあ、特別何か行動しているわけでも何かの大会に出るわけでもない」

「そういうこと」

 俺は小学校時代からクラブ・部活動をしたことがなかった。勉強付けの毎日であり、特別興味があったわけでもなかった。しかし、このクラブには興味がある。死を意識し、それを受け入れるクラブ。それが生命還元クラブだ。それに俺が苦手そうなタイプのメンバーはいない。皆病んでいて今でも心が壊れそうなやつばかりだ。いや、もうとっくに壊れてしまっているのかもしれない。俺も含めて。

「いいよ。俺も仲間に入れてくれ」

 俺は即答した。俺と同類の人間たちといっしょにいることはメリットだ。

「じゃあ、決まりね。まだまだ時間あるから話しましょう」

 黒井は本当に上機嫌であった。これが俺のクラスにいる黒井だとは誰も思わないだろう。しかし、人の内面というものは分からないものだ。

 黒井も席に座り、『死への扉』内には四人の自殺願望者が存在した。

「ねえ、長屋君。どうして死にたいの?」

 黒井は笑みを浮かべながらストレートに聞いてきた。

「そうだな・・・いろいろあるけど・・・・最終的には生きる目的がないからかな」

「生きる目的?」

「そう、俺は何のために生まれてきたのかなって?」

 そういう話をするのは黒井が初めてだ。

「生きる目的ね。ただの生殖本能からじゃない」

 黒井がはっきりと言った。

「そうだよな。何かのために生まれてきたというならそれは子孫繁栄のためだよな」

 俺はそう言って納得した。

「人類はいずれ滅ぶ存在だよ」

 やせこけた国松が言った。

「人は自分のことばかり考えて周りを見ようともしない。他者を本気で信頼できず、目先のことばかり気にする愚かな人類は滅べばいい」

 なるほど。国松は自己破滅型の典型的例かもしれない。もしくはテロリスト気質だ。

「なぜ、人類は世界を支配することができたのだ。なぜ、人類は自然を壊すことができる。なぜ、人類は死ぬことを恐れるんだ」

 国松のネガティブ発言は続く。しかし、聞いていて妙な楽しさを感じる。俺のネガティブな人間だからな。同情しているのかもしれない。黒井と同じように国松という一年生も凡人から見たら引いてしまうのだろう。俺にとっては一種の『共感のツボ』と言っていいかもしれない。

「人間が死を恐れるのは死を知らないからだ」

 俺はそう答えた。

「どういうこと?」

 黒井が食いついてきた。

「目隠しして行動しようとすると怖いだろ。その場所が知ってる場所ならまだしも、まったく知らない場所を視覚が奪われた状態で行動しようとすると人間は自然と恐怖する。それと同じ原理だよ」

「なるほどね」

 こんな会話でいいのだろうか?

「でも、私。死ぬのぜんぜん怖くないんだけどな」

 黒井は目線をそらしながら言った。

「怖くはないのか?」

「怖くないわよ。だって、死んだらどうなるか。私知ってるもん」

「何?」

 どういうことだ?

「黒井先輩は天国を信じている人だからね」

 中村が解答した。

「天国・・・?」

 そういう発想を俺は今まで持ってはいなかった。

「そう、私は天国を信じているの。だから、死ぬのはぜんぜん怖くないわ」

 黒井の自身に満ちた発言は強がってなどいないことがはっきりと分かる。

「本当に信じているのか? 天国を」

「ええ、本当よ」

「俺も信じてます」

 中村も同調した。

「俺は分からない」

 絶望に打ちひしがれている国松も解答する。

「天国あるって。国松君。絶対ある」

「そんなこと言われてもな。俺はどうしても悪い方向に考えてしまうからな」

 国松は頭をかいている。きっと、混乱しているのだろう。

「でも、天国ってどうやって作られてるんだ? どうやって成り立ってるんだ。天使はいるのか。ワッカはあるのかな? ああ、わかんない」

 国松の独り言は伊達じゃない。しかし、聞いていると妙におもしろい。ここにいる連中は皆歪んでいるけどおもしろい。

「そんなことはどうだっていいじゃない。天国の構造なんて人間ごときが分かるわけないでしょ」

「じゃあ、どうして人間は天国を知っているんだ? じゃあ、地獄もあるのかな。そうなると自殺する俺は地獄行きかな。永遠に苦しむのかな。閻魔大王に舌を抜かれるのかな。いたいだろうな」

 国松の被害妄想は永遠と続く。しかし、そうもいかないので俺が止めてやった。

「天国なんて存在しないよ。空想だよ。そんなもの」

 俺は彼らの価値観を完全に否定した。

「嘘よ。天国は絶対存在するもん」

 黒井は真っ向から反論した。

「俺は非現実的なものは存在しない主義でね」

 なんだろ。彼らといると自分の本音がすらすら言える。ここにはクラスにある『空気』とはまったく異質なものが存在するかのようだった。

「非現実じゃない。だって、天国が存在しない証拠もないでしょ」

「なるほど。確かにそうなる。しかし、俺は天国を認めたくないんだ。どうしても」

「何で?」

「俺は完全な『無』になりたいんだ」

「どうしてよ?」

 黒井の追求は続く。

「もし、仮に天国があって魂が後世で蘇るとしたら、またこの世界に生を受けなければければならない。俺はこの世界が嫌いだ。だからといって、動物として蘇りたくもなしね。地獄で業火の炎に焼かれ、一生の苦しみを味わうのも嫌だ。なら、天国にも地獄にもいたくない。幽霊で現世を漂うのも退屈で気が狂いそうだ。なら俺は完全な無になりたい。もう何ににも縛られない絶対的無になりたいんだ」

 俺が誰かの前でここまで熱弁したのは生まれて初めてだ。今までは両親の指示に従うだけの操り人形だった。両親の期待を裏切ってから操り糸が切れたただの人形であった俺がここまで言うとは。

「でも、私は思うの。長屋君。何ににも縛られない世界はどこにもないと私は思うわ」

「え?」

「長屋君は完全なる無になりたいっていってたけど。それもある意味で縛られてると私は思うの」

「どういう意味?」

「完全なる無。見方を変えれば何もできないってことじゃない。楽しみも苦しみも味わうことはできない。何も出来ないってある意味究極の拘束だって言う意味」

「そういう考え方があったのか?」

 まさか、俺の考えをここまで覆す存在がこんな近くにいるなんて。俺のすべてを否定されたようだった。しかし、怒りや憎しみは感じない。むしろ、この状況には妙な居心地の良さを感じる。だからこそ、俺は黒井に反論しなければならない。

「俺はもう苦しみたくはないんだ。生まれてくるってことは苦しみをこれから味わうという意味だ。天国と呼ばれる循環サイクルに入りたくはない。黒井の言い分がたとえ正しくても」

 そうとも。俺は完全なる無を信じる。人間は大地に帰り、バクテリアに食われ、分解される運命。それを天国というものが邪魔するなら俺はそれを否定する。神様、仏様、キリスト、閻魔大王。そんな偶像。俺が否定してやる。

「俺は天国を信じない。神様とか天使悪魔なんかも。そんなものは存在しない」

「天国は絶対存在する。これは譲れないんだから」

 黒井も一歩も引く様子はない。

 それでいい。それでこそ黒井だ。自分の信念を貫く姿こそ。クラスに浮いている黒井さとみだ。

「俺も天国論に賛成」

 中村が笑顔で黒井に賛同している。

「俺はきめられねぇ。長屋さんの意見ももっともだし、もし天国があったら循環サイクルでまた蘇るのかな。でも、天国を極楽浄土と昔の人は行ってたしな。ああー決められない。俺は本当に駄目なやつだ」

 国松がまた頭をかきながら混乱している。

「俺はあらゆる非現実的なものを否定する。UFO、エーリアン、幽霊なんかを俺は信じない。これだけは譲れない」

「私だって譲らないわよ」

 真っ向からの意見の対立。しかし、楽しい。こういう会話はクラスではできない。クラスの人間がする話は所詮テレビやゲーム、恋愛、好きなタレント、人の噂話しかしない低俗なやつらなのだ。俺たちは確かにマイノリティーな存在だ。この学校から見れば鼻つまみ者なのかもしれない。しかし、ある意味、この学校のやつらよりはるか上の会話を今話している。

「まあ、実際死んで見ないとなんとも言えないのが現状だろうな」

「それもそうですね。死んで見なきゃ分からない。なんかわくわくしてきましたね」

 中村の笑みは続く。

「それはそうとさ、皆。今日作文用紙渡されなかった?」

 すると、皆の顔が少し変化した。

「ああ、あれですね。本当にいやになっちゃいますよ」

「私も」

「作文二枚なんて俺には書けない。どうしよう。ああ、言葉が思いつかない。どうしよう。どうしよう」

 皆の意見は一致している。

「俺たちにとって『どうしたら自殺しないか』っていうテーマはある意味タブーだよな?」

「本当よね」

「ですよね」

「本当。迷惑だよ。俺を混乱させるんだから」

 全員不愉快なのだろう。作文が。俺たちを完全に否定するテーマなのだから。

「黒井はどうするつもりなの?」

 俺は黒井に聞いてみた。

「どうするって・・・・・どうしようか迷ってる。テーマに沿った内容を書くべきか。それとも、それに逆らって書くべきか」

 黒井らしい反体制派の人間の意見だ。

「中村君は?」

 俺は中村に話を振った。

「俺はまあ、テーマに沿って書きますよ。面倒なのはごめんなので」

「国松君は?」

「迷ってるんですよ。どうにかなりませんかね?」

「そうだなぁ?」

 俺は腕を組んで考え込んだ。どうせ、死ぬんだ。どんな手を使ったっていい。作文など所詮、作文なのだから。書けばいい。別に表彰されるわけでもない。簡単に作文が書ける方法ねぇ?・・・・・・そうか、その手があった!

「ネットを使えば。そうすれば絶対何かしら言葉が見つけられるからそれを参考、いやパクって書いちゃえ」

 最低な考えであったがそれは同時に最高でもあった。

「でも、そんなことしていいのかなぁ?」

「大丈夫さ。別に県に応募するものじゃないし、見回りに忙しい先生にはばれやしない。俺たちはどうせ死ぬんだ。そんな小さなことは気にしない。とっとと終わらせて提出しちまえ!」

 これが、先輩の言う言葉なのだろうか? 俺は若干自分に嫌悪感を覚えた。

「そういう長屋君はどうするの? 作文」

 黒井に聞かれた。

「ああ、俺は正直に書くつもりだよ。確かに作文はとても苦手だが、正直に書かないとなんか負ける気がするんだ?」

「どういう意味よ」

「いつか教えてあげるよ」

 俺にはちゃんと考えがあった。しかし、致命的な問題があるがそんなことはどうでもいい。

「しかし、この学校は本当に偽善団体ライフの信奉者で溢れてるよなぁ」

 俺は学校での愚痴を彼らにこぼした。

「確かに言えてますね。ライフの募金活動って聞いたときに俺マジで切れそうになりました」

 おおらかそうな中村は案外短腹なのかもしれない。

「本当に迷惑よね。あんな団体。この学校どうかしちゃったんじゃないの?」

 黒井も不満をぶちまけている。

「もとからだよ。きっと」

 俺が本音を漏らす。

「あんなやつらに金だすなら税金として政府に寄付したほうがよっぽどマシだぜ。しかし、学校が偽善団体ライフに加担するってことはある意味、左側だな」

「先輩、左側ってどういう意味ですか?」

 中村が聞いてきた。

「左翼って意味。まあ、簡単に言えば日本政府に対する反体制派のことだよ。例を出せば、この学校の思想理念が右翼と仮定すると、俺たちはバリバリの左翼になるわけ」

「そういう意味なんですか」

「本当に人の命を大切にしたかったら、生命譲渡センターを襲撃する以外の方法を考えろっての」

「もし、この町のセンターが襲撃されて使用不可能になったら私たち死ねないわ」

 本当に過激な会話を俺たちはしている。

「それもそうだな。しかし、マスコミや市民たちはライフ側についているからな。どうしようもないよな」

 この日本の住民たちが敵に見えてくる。国松のように被害妄想に悩まされそうな感覚だ。

「そうか、もしセンターが打ちこわしや地震での倒壊なんかが起きたら、俺、安楽死できないのか。やっぱり、一酸化炭素中毒死が一番いいのかな? ああ、どうしよう」

 国松の被害妄想は果てしなかった。

「駄目よ。私たちは生命還元クラブなんだから。生きたい人のために命を挙げるのが使命なんだから。無駄に死んだって意味ないでしょ」

 この会話を俗世間がしったら俺たちは『狂った中学生』とレッテルを貼られてしまうだろう。しかし、この場所は本当に居心地がいい。

「でも、佐川さんみたいに失敗するかもしれない。ああ、どうしよう。やっぱり、黒炭自殺が一番いいかな。苦しまないって言うし」

「佐川さんは時間帯が悪かっただけよ。大丈夫。佐川さんはまたここに戻ってきて今度こそ生命の譲渡を成功させるわ」

「おい、もしかして、佐川もここのメンバーだったのか?」

 俺は急な展開だったので驚いてしまった。

「ええ、そうよ。生命還元クラブの創設者の一人だもん」

 この学校はある意味終わっている。こんなにも自殺願望者を出してしまうなんて。しかし、それでいいのかもしれない。所詮、この社会は一部の頭のいい人間たちが勝手に作った社会だ。それに適応できない人間が存在するのは当たり前であり、生きる希望を失う人間がいて当然だ。それを分からずに闇雲にセンターばかりを批判する愚かな左翼たち。そうか。犯罪者とか不良というのはある意味で社会に適応できなかった存在なのかもしれない。そういうやつらを生み出しておきながら、彼らを『悪』とののしるのは筋違いなのかもしれない。

「創設者って他には誰がいるんだ?」

「私と佐川さん。そして、卒業していった先輩たち数名かな」

 先輩という単語すら出てくるとは、世の末だな。俺が言うのも難ではあるが。

「じゃあ、この『死への扉』の鍵はどうしたんだ?」

「前の先輩が鍵を盗んで複製したんだって。まあ、使われていない倉庫だったからばれなかったらしいけど」

 死を覚悟した人間のすることは分からん。

「で、今は国松君が持ってるの」

「え、創設者のお前じゃないのか?」

「創設者ではあるんだけど、私予約するのが遅かったから。それに先に死ぬ人が鍵を管理することになってるの。そして、予約の前日に次に死ぬ人に鍵を譲渡するのがこのクラブの掟よ」

「だから、今は俺が持ってます」

 国松が制服のポケットから鍵を取り出し、俺に見せた。

「国松君が死んだら次は中村君だから」

「了解です」

 こいつらは心の底から死を願っている。死への憧れなのか? それとも、自分の生命を他者に譲渡できる科学力に喜びを感じているのか? 聞いてみたいが初対面でそういう話をしていいものか。何せここにいる連中はある意味で『特別』な存在なのだから。普通の人間とは思考や価値観がまるで違う。別人種の生物と言っても過言ではない。

「中村君が死んだら次は私。そして、最後は長屋君。あなたよ」

 その言葉には異常なほどの重さを感じた。両親からテストで高得点を取れという命令が今までで一番重い言葉であったけれど、それが今覆されたのだ。

「長屋君。この非公認の生命還元クラブは私が最後の部員だと思ってたんだけど、あなたが入ってくれたおかげでまだ続けられそうよ」

「しかし、俺で終わってしまう可能性が高いけど・・・・」

 俺がこのクラブの『末』になってしまうだろう。きっと・・・・

「そうなったらしかたがないわ。無理に部員を探せなんて言わないから。ただ、私たちは天国にいけるチャンスを奪われたくないのよ。今の学校はそれを奪おうとしている。せっかくの命のボランティアを彼らは壊そうとしている。私たちはそれを許さない。このクラブはそのためのもの。ただ、佐川さんは生命譲渡センターで捕まってしまったのは私たちのミスよ」

「しかも、俺たちのクラスメイトに捕まってしまうなんてな・・・・」

 くそ、石川良太。お前は俺を許さない。俺たちは命を捨てているわけではない。命を還元しているのだ。これは繁殖行為とほぼ同じことだ。死にいく命と生まれる命。そのバランスで世界は成り立っている。生命譲渡装置があろうとそのサイクルのバランスは決して失われていないはずだ。

「あの石川君だっけ。私どうしても好きになれないのよね」

「そうか、給食の班いっしょだったっけ?」

「基本的には悪い人じゃないんだけど・・・・・」

 確かに。石川の悪い噂は一切聞かない。聞くのはいい話ばかりだ。

「あの人。自分の話ばっかりすんだよね。癇に障らない話し方だから嫌われてないけど。最近、いらいらしてきてうんざりなのよね」

 なるほど。自分大好き人間か。そういう人間は俺たちのようなタイプを理解することができないだろうな。

「自分が活躍した話ばっかり。だから、生徒会といっしょになって佐川さんを救ったっていう既成事実を作ってそれを皆に話して英雄になろうとしているみたいで腹が立つ」

 石川をここまで否定するやつを俺は初めて見た。石川とはほとんど面識がないので何とも言えないが、佐川の邪魔をしたことは周知の事実。しかも、それで英雄扱いとは片腹痛い。俺たちにとってのブラックリスト入り決定少年だな。

「佐川さんとは連絡つかないし、もう最悪よ。死ぬことがどうしていけないのか。邪魔する権利は誰にもないはずよ」

「そのとおりだ!」

 俺はつい賛同してしまった。ここまで意見のあった人間が今までいなかったのでとてもうれしかったのだ。

「佐川さんは命を還元して天国にいけるはずだったのよ。それを邪魔するなんて」

「そうか。次俺なんだよな。ああ、どうしよう。佐川先輩みたいに生徒会に邪魔されるのかな。それとも、ライフのスタッフたちに暴行されるのかな。ああ、どうしよう」

「だったら、こ・・・」

 俺がいい案を出そうとしたその時、昼休みのチャイムが鳴ってしまった。

「昼の活動は一旦終わり。後は放課後になってから集合ね」

 黒井がそう言うと、全員パイプ椅子から立ち上がり、死への扉から外に出て、国松が鍵をかけた。

「じゃあ、放課後ね」

 そう言うと、一年男子二人と別れた。俺は黒井といっしょに同じ方向に足を運ぼうとすると、黒井からある助言をされた。

「いっしょに行動しない方がいいわよ」

「え?」

「いっしょにいれば変な噂が広まるかもしれないし、生命還元クラブのことがばれる可能性があるかもしれないから、普段はいっしょにいないこと。会話をしないことにしましょ」

「分かったよ」

 黒井の言うことはもっともだ。中学生なんてそんなものなのだ。噂と悪口で構成されているような集団だ。

 俺は黒井から五歩くらい下がって歩き続けた。

 授業のチャイムが鳴り始める頃には俺と黒井は席に着き、次の授業の準備をしていた。

 生命還元クラブ、死への扉、彼らはなぜそこまで死を賞賛するのだろうか?

 俺は授業が始まるまで、その問いについて考えていた。国松はともかく、黒井や中村は『死』をまったく恐れていない。むしろ、喜びや希望を感じているようであった。そういう点では俺も限りなく同類に近い人間であるが、俺は単に無になりたいだけなのだ。希望があるとすれば、この生活から抜け出せるということだけだ。黒井たちからはそういうネガティブな思考とは違う何かを感じる。彼らは一体何を考え、思っているのだろうか。

 しかし、俺には他に解決しなければならない問題がある。

 自殺防止をテーマとした作文、生命譲渡センターの見回り増員問題、ライフ党首井上の来訪、募金活動など問題は山積みだ。

 その後の授業でも、悩みの解決策を考えているばかりで話をほとんど聴いてはいなかった。そのため、数学の公式や問題の解き方を理解することなく、ホームルームへと突入した。

 大崎先生が教室に入ってくるなり、連絡事項を説明し始めた。

「今日の放課後に生徒会による見回りについての話し合いがあるので、希望者は放課後に生徒会室へ向かうように」

 見回りの問題が大きくなるな。

「今日は以上だ。号令」

 学級委員長が号令をかけ、頭を下げると、待ちに待った放課後の到来であった。俺は荷物を持たないで教室を出る。そして、人目を気にしながら『死への扉』まで向かう。鍵を持っていない俺はしばらく待たなければならなかったが、すぐに国松がやってきてドアを開けた。

 そして、黒井と中村も合流し、討論会が始まった。

「昼休みはどこまで話したっけ?」

 黒井が俺を含めた男三人に聞いてきたので

「見回りをどうするかって話だよ」

 と俺が答えた。

「そうね。国松君が無事に天国へ行ける方法を考えなくちゃ」

「ところで国松君はいつ予約日なの?」

 俺は下を向き、絶望漂う国松に聞いた。

「ライフの講演会の次の日の午後の一時です」

「じゃあ、平日に行われるのか。だったら、生徒会たちは授業があるから大丈夫じゃないか?」

「それもそうね。放課後の時間帯なら佐川さんみたいに捕まってしまうけど、昼休みなら見張ってはいないはず」

「そうか。その日学校を休んで普通に譲渡センターへ向かえばすべてが終わる。この絶望した世界から離れることができる」

「良かったじゃない。国松君」

「そうだよ。国松」

 黒井と中村は喜んでいる。

「いや、生命譲渡センターにはライフの信奉者とPTAが見張っている可能性があるかもしれない」

「え?」

 一同が驚いている。

「今、不意に思い出したことがあるんだ。俺の母親がPTA役員なんだけど、PTA内での見回りをしようとしたらしいんだ。まあ、実際に行われているかは知らないけど、ライフのスタッフらしきやつらが見回ってたのは覚えてる。俺は目を盗んで何とかセンターに入れたけどあの時は本当に運が良かっただけだったからな。対策はしておいたほうがいいかもしれないぜ」

 すると、三人は黙り込んでしまった。

「そっか。この町は私たちの邪魔をするってわけね」

「向こうにとっては俺たちのような人間を救ってるって解釈しているからな。勘違いも良いところだ。まったく」

 俺は呆れた顔で言った。

「性質が悪いですね」

 中村が同調する。

「じゃあ、俺はやっぱり死ねないのか。ああどうしよう。どうすればいいんだ?」

 国松の病気がまた始まった。

「だから、これから考えるんだよ。俺たちで」

 そうとも、俺はこの街で言う反逆者だ。そこまで邪魔をするならかかって来い。

「まず、国松君が生命譲渡センターへ行った時に何が起こりうるか皆で考えてみよう」

 俺がそう促していると、皆もそれに賛同してくれた。

「そうね。じゃあ、考えてみましょう。国松君がセンターへ行ったとします」

「すると、ライフの信奉者かPTAの親御さんたちが立ちはだかっている」

 俺が言葉を続けた。

「ここでポイントは平日の昼ごろだから学校の教師や生徒会たちはいないってことだ」

「ライフの信奉者とPTAたちをどうするかだ。一番いいのはやつらがいないことだ。そこが問題だ。実際に誰か平日の昼ごろに調べる必要がある。まず、それを誰が調べるかを決めて、実際に見回りをしているか否かを調べてから対策を立てよう」

 俺は今までになく、活き活きとしていた。

 人の死を喜んでいる。俺は今最低のことをしているのだろうと思った。これが罪悪感というのだろう。しかし、この『死への扉』では死ぬこと=幸福と定義されている。だから、俺は正しいのだ。

「長屋君の言うとおりね。じゃあ、明日誰か学校サボって調べる人を決めましょう」

 黒井が話を続ける。

「誰か、明日サボれる人はいる?」

 しかし、誰も手を上げない。なら、仕方がない。

「俺がやるよ。俺が言い出したことだからな」

「本当?」

「ああ、明日。学校行く振りをして生命譲渡センターでどのように見回りがいるか調べてくるよ。一日休みだ」

「でも、家族にばれたりしない?」

「大丈夫だ。それに俺は家ではお荷物で人間扱いされてないからな。学校に電話して風邪をひいたから休むとかいってサボる。その後、制服を着て学校に行く振りをすれば問題ない。後は生命譲渡センター前にある図書館で時間をつぶしながら、見回りのやつらを調べるさ」

 学校をサボれるなんて夢のようだ。いつでも休みたいが両親がうるさいし、最近では、登校拒否者=生命譲渡者と言われてしまうため、安易に休むことはできないのだ。悟られればそこで終わりだからだ。

「明日、俺が調べるからそこはまかせて。もし、見回りがいればその時に考えればいい」

 俺はハイテンションで言った。

 この状況を俺は楽しんでいる。喜んでいるのだ。必要のない人間が命を失い、必要としている人間に『命』が届けられる。それはとてもすばらしいことだ。まさに、生命の還元。学校に絶望していた俺に一つの輝きを見せてくれるクラブ。それがこの生命還元クラブ。そして、今それは俺の『真の居場所』になったのだ。

「お願いします」

 国松が俺に頭を下げた。

「いいんだよ。別に。それに俺たちも見回り対策をしなければ死ねないから誰かが結局やらなきゃいけない。佐川のようにはなりたくないからね」

 しかし、佐川という女子生徒は一体どういう人なのだろうか? 別のクラスで面識のない生徒のことを俺は何も知らなかった。

「ところで、佐川ってどういう人だったんだ? 俺、クラス違うから分からないんだ」

 すると、皆が顔を下の向き、口を閉ざしてしまった。

「あ、ごめん、あつかましいことを聞いちゃったね。無理に話さなくていいよ」

 気にはなるが、変に関係を壊すようなことはしたくない。

「あの~ 一つ気になることがあるんですけど・・・」

 中村が皆に質問してきた。

「どうしたの?」

「仮に国松が成功したら、その情報は学校側にいくんじゃないでしょうか。そうすると、警備が厳しくなるんじゃないでしょうか?」

「そうか。国松が死ねば学校側に情報が行く。そうすれば、昼休み中でも先生たちが見回りをする可能性がある。そういうことだね」

「俺一人が成功したって駄目なんですよ。皆が後でいっしょに来てもらわなければ意味がないんです。天国で皆を待ちます。俺」

 国松は天国を信じ始めているようだった。そう信じようとしているだけかもしれない。

「そうなったら、その時三人で考えるさ」

 俺は笑顔で言った。

「そうよ。国松君は安心して先に逝ってて。すぐに後を追うから」

 後を追うか・・・・・俺の命はまだ何ヶ月も先にある。国松を待たせたくはないな。

「まあ、明日俺が確認に行くから安心してくれ。必ず成功させて見せるよ」

 俺は人を死に誘うことを心のどこかで楽しんでいる。

 その楽しんでいる俺の心は悪魔なのか? 凡人たちからはそう思われるだろう。しかし、ここにいる三人は心の底から死を望んでいる。ただ、自殺するわけではなく、人に命のバトンを渡すことを最高の喜びと考えている。無意味な自殺なら生命還元クラブなど設立されなかったであろう。


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