死こそ究極的魅力を持ち、絶対的なものは存在しない・・・
学生服を着た俺はセンター内に入っていった。ライフの活動を期にセンター側も警備員を配備するようになっていた。そのため、俺が中へ入ると、警備員がやってきて内側から鍵をかけてくれた。
「ありがとうございます」
俺は礼を言い、受付へと急いだ。
「あの~ すいません。予約していた長屋ですけれども」
「少々お待ちください」
受けつけ担当の女性はやさいい声で答えてくれた。
もうすぐ死ねる。そして、天国へ行けるのだ。仲間たちの元へ。
死こそ希望。生こそ絶望。それが俺の考えだ。異論は一切認めない。
「長屋満様ですね。あちらの席でお待ちください」
「はい」
俺が席に向かうと、そこには生きることに絶望した大勢の人々が椅子へと座っている。しかも、最年少はどうやら俺のようであった。
俺は空いていた席に座ると、隣のおじさんに話しかけられた。
「君は誰かの付き添いできたのかい?」
「いいえ、安楽死の希望者です」
「そうか、私と同じだね」
とても感じのいい人であったが、やはり悲壮感に満ちている。
「なぜ、君のような若者が死を選ぶんだい? もし、良かったら話してくれないか」
俺はだいたいのことを話した。
「そうか。いろいろあるんだね。人間ってのはいろいろだ」
「そういうあなたは、なぜここにいるんですか? 誰かの付き添いですか?」
同じ言葉を返した。
「それだったら、まだいいさ。私にはね。働いては払えきれない借金があってね。お金のために命を提供するのさ」
「そうなんですか・・・・・」
俺は死を肯定する人間だ。しかし、生きていた人々を死へと誘うことはしたくない。そういう人格であるからこそ、そういう人を見ると悲しみを覚えてくる。自分勝手な悲しみを・・・・・
「家族はいるんですか?」
「ああ、娘が一人ね。しかし、もうすぐ結婚する娘に苦労をかけるわけにはいかないさ」
「そう言われると返す言葉はありません」
資本主義の暗黒面を見ているようであった。しかし、資本主義を今否定しては日本は滅んでしまう。社会主義や共産主義には今更できまい。
時代は変化している。その変化が正しいかどうかは分からない。けれど、この時代に生まれた人間の宿命なのかもしれない。
もし、この時代に生命譲渡装置なるものが存在しなければ、俺はどうなっていただろうか? もしかすると、生命還元クラブのメンバーと出会うことはできなかったであろう。
この時代に生まれたことを感謝すべきなのだろう。しかし、同時にこの社会から行きづらさを感じていることもまた事実。もし、もっと後へ生まれていたなら、また違う人生があったのではないだろうか? しかし、俺の家族は何も変わらない。俺を否定し続けるだけだろう。何のとりえもない俺はこの世界には不必要なのだ。なら、この世界に必要で助けのいる人々に命を譲渡する。それが俺の生まれた存在意義だと思う。
看護師たちが次々と呼ばれ、命が抜かれていく。その命は遺体に譲渡され、または保存される。けれど、生命エネルギーは不足していると聞いたことがある。
そして、次第に命を抜かれる人々の待合室は密度を減らし、俺と隣のおじさんだけになった。
「午前の部は我々で最後だな」
「そうですね」
もうすぐ、すべてが終わり、新たなる物語が始まる。
そして、隣にいたおじさんもこの場から去っていった。
俺は結局ヘブンズロードを読み終えることができなかった。いや、読むのを拒んだのだ。天国がどのような場所なのかは死んでからのお楽しみだ。
そして、時が来た。
「長屋さん。こちらへどうぞ」
いよいよだ。俺は命を抜かれ、灰となる。
俺は心の底から感動していた。こんなに感動したのは生まれて初めてだった。
「長屋さんに一つ説明しておくことがあります」
看護師の女性が俺に向かって口を開いた。
「何でしょうか?」
「実は急患が運ばれてきたのです。その方は交通事故で身体を損傷しています。しかし、優先的に生命エネルギーを譲渡するよう契約がなされており、在庫が不足しているのであなたの生命エネルギーをすぐに使用したいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、構いませんよ」
金持ちが優先的に譲渡される生命譲渡法案。改善の余地が残されていることが死を選択する俺には少し複雑ではあったが、仕方がない。生きたい人間には生きる権利がある。
俺は病室のベットの上に仰向けに寝た。下には特殊なシーツが敷いてあり、俺の体が灰化したときの始末をすばやくつけるようになっている。
もうすぐ死ぬのだ。
その歪んだ興奮は最高潮に高まっていた。
数多くの器具がつけられ、その線が機械へとつながれている。この灰色の機械こそが生命譲渡装置。生で見るのは生まれて初めてであり、最初で最後だ。
すると、館内があわただしくなっていた。事故にあった人がカーテン越しにベットの上に倒れている。しかし、すぐに助かる。仮に死んでも肉体を保存しておけばいずれは助かる。慌てる必要などないのだ。
その事故に遭った人も生命譲渡装置の配線器具を取り付けている。俺の生命エネルギーを直接与えるのだろう。
カーテンでその人の状態はよく分からなかったが、様子からしてかなり危険なようだ。しかし、次の瞬間俺の体は凍りついた。
看護婦がカーテンにぶつかり、めくれたカーテンの隙間からその人の顔を見てしまったのだ。血を流しているがはっきりと分かった。隣にいるのは俺の兄貴だ。
「何で兄貴がいるんだよ!」
俺はカーテンを開け、様子を知った。
顔は無事であったが、残りの上半身や下半身は血まみれであった。内蔵などがやられているのだろう。
「長屋さん。ベットに戻ってください!」
このままだと俺はこの見も心の腐っている兄貴を助けるために命を抜き取られる。それだけは嫌だ。
「俺はこの譲渡をやめる!」
そう言うと、俺は生命譲渡装置の配線器具を体から取り外した。
「長屋さん。やめてください」
看護師の女性たちが俺を取り押さえようとしている。
「放せ! こんなやつのために死んでたまるか! こんなやつ。死んでしまえ!」
俺は彼女らを跳ね除け、医療室から出ると、そのまま出口に向かった。警備員の人たちを跳ね除け、俺はドアの鍵を開けた。
「何をするんです。これでは乱入者に捕まります」
俺はかなり錯乱していたため、警備員の言葉が耳には入らなかった。
あんな兄貴のために死ぬなんてごめんだ。例え、家族が皆死のうと知ったこっちゃない。あんなやつら・・・・死ぬべきだ!
この生命譲渡法案に妄信するあまり、俺はその実態を見落としていたのだ。まさか、生命譲渡法案に反対の立場であった両親がこのような事態に備えていることなど思いもしなかった。しかし、両親のお気に入りの兄貴だけに許されたことなのだろう。優先順位は資金力で決まる。両親は歪んだ愛と金とプライドだけは持っている。外面だけは良くしておき、兄貴や両親が死んだ時のために金で生命エネルギーを優先的に得られるようにしていた。もし、俺が事故に遭っていたら、両親は心着なく俺を見捨てるだろう。
世の中には生きてはいけない人間、生きる価値のない人間がいる。それは犯罪者だけではないことを今日俺は知った。この法案はより完璧でなくてはならない。人の命を使っているのだから。生きるべき人間にだけ使用されるべきだ。
扉を開けると、俺を待っていたように大勢の生徒や教師、ライフのスタッフたちが待ち構えていた。どの道、今は死ぬことができない。しかし、ここでライフのやつらに捕まってしまえば、変な洗脳でもされておかしくされる可能性がある。インターネットなどでは有名な話だ。どんな手段でも自殺をさせない団体なのだ。
すると、大きなクラクションと共に六人乗りくらいの車が生命譲渡センターの正目玄関前にやってきたのだ。それに気がついた多くの人々は慌ててその場から離れた。そして、車のドアが開き、数人の成人男性が現れ、強引に俺を車に連れ込んだのである。
「放せ! お前たちは何者だ!」
しかし、抵抗するまもなく、車に乗せられ、扉が閉められ、車はどこと経もなく、発信した。
俺は席に座らされ、数人の男性に囲まれていた。
「あなた方はライフですか?」
すると、バンダナをつけた男性の一人が口を開いた。
「いいや、俺たちはそのライフに対抗するための団体だ。名はリサイクル。生命譲渡法案を守るために作られた慈善団体のメンバーだ」
何、新たな慈善団体だと・・・・・
「しかし、なぜ俺なんかを・・・・」
「ある女の子に頼まれてね。もし、君が、生命譲渡がうまくいかなかったときは助けてやってほしいと」
「女の子ですか・・・・」
黒井さとみだ。死してなお俺を導こうというのか?
「黒井がコンタクトを取っていた・・・・」
「君を今から安全な場所へと連れて行く。そこで選択してもらう」
「何をですか?」
「生きるか死ぬかを」
それから、数時間俺は車に乗っていた。途中で休憩も取ったが、逃げようとはしなかった。普通なら恐怖のあまり逃げ出すところであろうが、心がすでに死んでいる俺にとってどうでもいいことであった。しかも、この男性たちからは同じ『死』のにおいを感じていたのだ。初めて黒井たちと出会った時と同じ感覚だ。
妙な親近感をわきながら、俺はとある場所に到着した。
「ここがリサイクルの拠点だ。」
大きな白い建物が建っている。何坪あるかは分からないが、百人単位で人が入れる大きさだ。
そして、俺は言われるがまま、その白き建物の中へと入っていく。まるでどこかの宗教団体に加入したかのような不愉快さを感じた。しかし、他にどうすることもできない。家に戻ることも、死ぬことも出来ない。だからと言って、無駄に生きることもしたくない。俺は生まれつき何の才能にも恵まれていない哀れな人間なのだ。そんな俺だからこそ生命譲渡には適任だったのだ。他者を救うために生まれてきたのだ。しかし、俺の腐った家族を救いたくはない。今や何もできなくなった俺はどうすればいいのだろうか?
そして、とある部屋に入ると、そこには代表らしい風格の男がいた。しかし、誰かに似ている。この顔はどこかで見たことがある。そのような疑問がわいて出てきた。
「やあ、長屋君。私がこのリサイクルの代表をしているものだ」
すると、スタッフたちは部屋から外へ出て、部屋には俺とそのリサイクルの代表だけになった。
「さとみちゃんから話は伺っているよ」
「黒井がですか?」
「君に何かあれば助けてほしいってね」
すると、代表はとある写真を取り出した。
「さとみちゃんから預かっていた君たちの写真だよ」
そこに映っていたのは、俺と黒井、国松に中村の四人の集合写真だ。俺はその写真を見て妙ななつかしさと感動を覚えた。
「生命還元クラブ。それが君たちの影の部活の名前だったね」
「そこまで知っているんですか?」
俺は少し気分を害した。メンバーだけの秘密ということが新鮮であったのに他者にばれたことでまるで居場所を汚されたような気分になったのだ。
「さとみちゃんとは連絡を取り合っていてね。共に活動することはできなかったんだけど、よく部活や君たちの話をしてくれたんだ。その時のさとみちゃんはとても楽しそうだったのを覚えているよ」
黒井はそのことを一度も話してはくれなかった。なぜだろうか? 秘密を持つのを楽しんでいたのかもしれない。あいつはそういうやつだ。
人の知らない一面を知るというのは意外と新鮮なものだ。しかし、親しい者だからこそ、それ以上の悲しみも感じる。特に、死んでいった者に関しては。
「では、今日の出来事について詳しく聞かせてほしい。生命譲渡センターでトラブルがあったとか?」
俺は何の迷いもなく、今日のおぞましい出来事を話した。
「そうか、私と似ているね。君は?」
「どういう意味ですか?」
少なくとも、見た目はまったく似ていない。
「境遇というか、家族に恵まれなかったところかな。私も絶縁状態の兄弟がいてね。実を言うと、私の弟が再生人なんだ」
「あなたの弟さんが?」
「しかし、それが弟の不幸の始まりだったのかもしれない。私の弟は両親のおかげで幼い時に生き返ることができたんだよ。しかし、君の両親と同じで子供に過度な期待をかける人でね。しかし、私はともかく、弟は勉強が苦手で両親に罵声を何度も浴びせられたよ。しかも、弟を生き返らせたときにかかった費用が借金として残ったんだ。そのことも弟を追い詰めるものになった。それで、出来のよかった私は両親にかわいがれ、出来の悪いお金のかかった弟は毛嫌いされたってことだよ。しかし、私は弟が生き返ってくれて本当にうれしかった。しかし、弟はこの社会を恨み始めた。次第に憎悪の塊のような人間になっていった。それが『ライフ』代表の井上だ」
「え!? あなたがあの人の弟なのですか?」
「あいつは井上という名前に変えて、自身を苦しめた生命譲渡装置を恨んでいるんだ。しかし、私にとっては血の繋がった弟だ。生命譲渡装置の存在に心から感謝しているのだよ。だから、生命譲渡装置はこの社会に必要だと私は思う。そして、何より憎しみで行動をしている弟を救ってやりたいんだよ。それが私の責任なのだよ」
俺は井上という男が憎かった。しかし、境遇が俺と非常に似ており、親近感を抱いた。しかし、同情心と同時に憎しみもまた増していく。己の恨みのために大勢の人の選択を踏みにじった罪は大きい。同じ境遇だかこそ、許せないのだ。恨むなら、自分の両親を恨めばいい。しかし、その憎しみを他者に向けることはあってはならないのだ。
「あなたの弟を止める必要がありますね」
自然と口からそのような言葉が出ていた。
「そう言ってくれるのかい?・・・・しかし、君には他に選択肢がある。我々の確保した生命譲渡センターで安楽死をするという選択が」
その言葉に俺は心が揺れた。
「ライフなどの邪魔が入らないセンターを我々は知っている。多少の時間はかかるが、大丈夫。君のような悲劇は起きない場所だよ」
しかし、そう言われても恐怖心はぬぐえない。
「しかし、生きるという選択肢もある」
その言葉は俺をさらに恐怖させた。これ以上の社会の弊害に苦しみたくはなかったのだ。
「そう怖がる必要はない。ここにいるスタッフたちも最初は生命譲渡センターへ行ったものたちばかりだ。ライフや家族に邪魔され、社会に居場所を失ったものばかりだ。しかし、この場所が、団体が彼らの居場所となり、家になった」
「家・・・ですか?」
家とは、家族とは・・・・俺には無縁の世界だ。しかし、居場所はあった。学校のとある部室に・・・・
「だから、彼らは居場所を見つけ、生きる目標を見つけたのだよ」
「目標とは・・・・・」
「生命譲渡法案を守ることだ!」
その言い方には強さを感じた。
「しかし、ただ守るだけではない。生命譲渡法案や装置を悪用するのを阻止することもまた守ることだ」
その意味を俺は理解している。
「資本を持った腐った政治家や必要のない人間に生命エネルギーは渡したくはない。それが私の心情だ。そのような連中に渡すくらいなら、生きたいと若き穢れのない人たちに渡してやりたい。私はそういう社会を目指しているのだよ」
生きる価値のある人か・・・・価値ある人間とは一体何なのだろうか? 資本主義の考え方では資本を持った人間に価値がある。しかし、そんな極端で偏向的な考えは一般では不要の産物だ。では、まじめで働き者のことだろうか? それとも、人を無償で救おうとする人か。危険な仕事している人か。
どのような人間が価値ある者かは一概に判断することはできない。しかし、価値のない人間なら判断できる。生きる希望がなく、社会に対して目標を持たない人間だ。しかし、目標をもてないことは必ずしも罪ではない。社会とは有限だ。無限の可能性などないのだ。目標のもてない人間が現れて当然なのだ。
今の俺にはその目標が見えない。俺には死すら許されないのだろうか? 例え、この団体が正しいことをしていても、生命エネルギーは知らない誰かに渡る。それがどのような人間に渡るのか。俺には分からない。
「今日はゆっくり休むといい。決断を急ぐ必要はない」
すると、何人かのスタッフたちが部屋に入ってきて、俺を部屋に案内してくれた。歩きながら、この施設の説明を受けた。
「この施設は我々スタッフと君のように保護された人に別れて生活しています。あなたの部屋は四階になります」
「はい」
どこかの新興宗教に入った気分であった。何か危険なことをしなければいいが・・・・いや、死を斡旋していること自体がすでに危険なのかもしれない。
部屋は一人部屋であり、狭いが別に気にしてはいない。
「皆は食堂にいるのかな」
俺は、スタッフたちに今度は食堂へ案内された。
「食堂にはスタッフや死を選んで残りの余生を雑談などで過ごしている人々が集っています。単なる食事をする所じゃないんです」
「そうなんですか?」
生命譲渡法案に賛成する人々の集まりであるリサイクル。名のとおり、命をリサイクルされる人々とリサイクルを斡旋する人々。この場所はかなりの資金を有している。ライフと構造上は同じなのだろう。余計な詮索をするつもりはないが。
「スタッフ以外の人々はライフのよって捕まり、精神科による違法の向精神薬の強制的投与をされたものや、暴行を受け、洗脳同然のことをされたものまでいる。しかし、この場所では死の選択は自由だ。死を選ぶか、スタッフとして残る人々がほとんどだが、中には社会復帰した人もいる」
「それはすごいですね」
そして、食堂に着いた俺は自己紹介と身の上話を軽く話してリサイクルの一員になった。
死を選択しなかったのではない。死を先延ばしにしたのである。まだ、俺の望む合理的な社会、生命譲渡法案は完璧ではないと悟ったからだ。俺の命が価値なき人間に渡るのが許せなかったからだ。そして、何より慈善団体ライフを潰したかった。代表は井上を救いたいと考えているが、俺は井上をつぶしたい。この考えだけは代表が事故で死ぬまで変わらなかった。今もその考えは変わっていない。
リサイクルのスタッフになり、俺は生命還元クラブの時と同じ『居場所』と『ぬくもり』を感じていた。各県の生命譲渡センターに対する反対デモを妨害し、殴り合いのけんかは当たり前であった。俺は不良のようなけんかは嫌いであったが、それ以上にライフへの憎しみが強かった。死を邪魔する人間はリサイクルのスタッフ以上に憎悪を抱いていた。その憎しみはライフの井上と同じだったのかもしれない。リサイクルで保護する人々を増やし、生命譲渡賛成派からの寄付を募るやり方は井上と同じであった。
それから数年が経ち、中学校中退の俺の居場所はリサイクル以外になかった。学歴なき人間は日本では『人』として扱ってはもらえない。俗世間の人々は口にしないだけで心の奥底では必ず思っていることだ。
勉強などくだらない。最低限の知識だけで人は生きていける。
俺は自分の生き方を曲げずにやってこれた。それはこの団体もそうだが、黒井たちとの出会いこそ、俺の最大の幸運だったのかもしれない。
リサイクル内での信頼を得ていた時、代表は事故で亡くなった。代表は常々言っていた。
『私が死んでも生命エネルギーでの蘇生はしないでほしい』と。その理由はいたってシンプルで代表の人柄を映し出すには十分であった。
『生命エネルギーがもったいない』それが先代の代表の言葉であり、名言になった。もちろん、リサイクル内ではそのことで議論がなされたが、最終的には遺言どおりになった。
後は後継者を誰にするかにかかっていた。しかし、代表の遺言書が見つかり、後継者として俺が選ばれた。反対する人々はもちろんいた。俺よりも代表と長く生活を共にしてきた人々は数多くいた。しかし、俺は代表ととある話をしていたのだ。
『代表、話とは何でしょうか?』
『長屋、もし私の見に何かが起きた時は後継者を君にしようと考えている』
『なぜですか? 私よりも適任者は大勢いるはずです』
『確かに。リサイクルをこのままの状態にするだけなら他の者でもいい』
『どういう意味ですか?』
『長屋、私は、この時代は新たな変革期を迎えていると考えている』
『どういう意味ですか?』
『生命譲渡法案の発展だよ。もし、今のままのリサイクルが続けば、その変革期に対応できない。ただ、生命譲渡法案に賛成する過激な組織と言われ続けるはずだ。しかも、その代表に対するバッシングやプレッシャーはすさまじいものがある。私がこれまでやってこれたのは弟を救ってくれた生命譲渡装置を心から愛し、感謝し続けられたからだ。その気持ちがなければ、私は死を選んでいたはずだ。もし、私が死に他の代表が選出されても、死を斡旋する組織の代表でいられ続けることのできる人間は君しかいない。他の者ではすぐに死に逃げるだけだ。しかし、君はこの社会システムを憎み、ライフへの憎しみはスタッフの中で最高だ。その強い憎しみは信念を生み、君に生きる目標を生み出した。憎しみは悪と断定されるが、その本質は生きる活力だ。このリサイクルの代表になるには強き信念が必要だ。それを持っているのは長屋、お前だけだ』
そして、俺は今テレビ局で激論を繰り広げている。
『我々与党は生命格差を対処すべく、年齢制限を設けようとしています。しかし、これに野党が反対しているのです』
『私たちは年齢制限なんてどうでもいいんです。生命譲渡法案を廃止したいのです。年齢がどうこういう時間があれば、生命譲渡法案を廃止すべきだ』
与党は金持ちによる生命エネルギーの乱用を制限すべき法案を提案している。しかし、野党がこれに応じない。これ以上の生命譲渡法案の確立を恐れているのだ。そして、生命譲渡法案がより完璧なものになれば野党の議席が減る。それが政治家の本音なのだろう。
しかし、先代の代表が言ったように今この日本は変革期を迎えようとしている。年齢制限。やっと、そこまできた。しかし。それだけではまだ駄目だ。すばらしき研究者たちや心のやさしい人々は長生きする価値がある。俺が望む生命譲渡法案は価値ある人間には生を、価値なき人間には死を与える。究極の世界。
誰もが恐れる選民時代を俺は目指している。