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真実は気づかれるためにある・・・

 今週の土曜日は町恒例の花火大会だ。河川敷での大規模な花火大会は大勢の人が浴衣姿でやってくる。しかし、友人もいなかった俺にとってはどうでもいいことであった。しかし、黒井が死ぬ最後の思い出に生命還元クラブのメンバーといっしょに花火を見たいと言い出したので俺は財布と少ないアドレス帳が入っている携帯電話を持って自転車に乗り、河川敷まで移動した。

 しかし、大勢の人が道をふさいでいたので、自転車を下り、引きずりながら移動するはめになった。

 指定された自転車置き場に自転車を置くと、黒井たちが先に待っていてくれた。

「長屋、遅い!」

「しょうがないだろ、俺の家が一番遠いんだから」

 黒井、佐川、清水の三人は私服だ。もちろん、俺もそうだ。浴衣なるものを持っていなかったからだ。

 しかし、俺は少し緊張していた。今まで祭りにきたことがなかったからだ。

 俺たち四人は河川敷まで移動すると、大勢の人間の中に入った。そして、空いている傾斜した芝生にブルーシートをしき、四人で腰を下ろした。

 日が暮れ始め、辺りが暗くなってきた。

「今日は私たち二人のおごりね。二人への選別」

 佐川が言った。

「それ、いいですね。佐川さん。じゃあ何か買ってきますよ」

 そう言うと、佐川と清水はその場を離れ、売店へと去っていった。

 ブルーシートに座っているのは俺と黒井だけになった。

「ね、長屋。あなた死にたくないんでしょ?」

 黒井が急に言い出したので、俺は驚いてしまった。

「何を言い出すんだよ」

「天国があるからいきたくないんでしょ。あなたは」

「正直に言うと・・・・少し迷ってる。俺は死ぬことは無になることだと信じてきたからな。俺は無になって何も感じない。何もしない。何もできない存在になりたかった。しかし、天国が存在する可能性が高くなってきてから心が揺れているのは事実だ」

「じゃあ、無理に死ぬ理由がなくなったってわけだ」

 黒井は笑みを浮かべているが、少し涙目になっている。

「この社会にいたくないのは本当だよ。俺が生きてたって何の意味もないんだから」

 俺のネガティブ発言は続く。

「俺も中村のように助けたい人がいれば決心がつくんだろけどな」

 助けたい人間は誰もいない。もし、家族の誰かが死にそうになっても、俺は見放すであろう。

「まあ、長屋が決めることだからいいんだけど」

 黒井はそっけなく言った。

「そうだな。うじうじしていても仕方ないか」

「そうよ。死ぬなら死ぬ。生きたいなら生きればいい」

 すると、花火が上がり始めた。連続での点火で俺と黒井は花火に見とれてしまった。

「花火ってこんなにきれいだったのか?」

 俺は生まれて初めてそれを知った。

「死ぬ前に花火が見られて良かった」

 黒井がそう言うと、佐川と清水がたこ焼きやから揚げを持って戻ってきた。

 そして、四人でそれらを食べあいながら、花火をただ眺めていた。

 そして、次の火曜日に黒井もこの世を去り、中村や国松の下へと旅立っていった。


 三人目の死者を出してしまった学校であったが、黒井の死を悲しむもなどいなかった。むしろ、死んでくれて良かったとクラスメイトたちは思っていた。

 憎たらしいことではあったが、黒井が心から望んでいたことなので反論するつもりはなかった。

 しかし、清水を使ったおとりにより、清水が黒井を殺したとされ、さらなるいじめを受けるようになっていた。俺は止めようとしたけれど、清水に止められた。センターへの見回りがより厳しくなり、俺の潜入は失敗する可能性が高まったからだ。

 それでも、生命還元クラブの活動は続いていた。飲酒運転事故被害者に生命を譲渡した団体の話で持ちきりであったからだ。

 彼らは『ギブズ』と名乗っており、無料での命の提供をしている団体である。彼らにお金の寄付は必要ない。必要なのは自殺願望者の生命エネルギーだけだ。生命譲渡センターでは一般の人に生命エネルギーが行き渡るのに時間と費用がかかると問題視し、立ち上がった集団である。

 生命還元クラブの活動はギブズとのコンタクトを中心に活動していた。もし、俺が生命譲渡センターへ行くのを失敗しても、ギブズに加入すればすぐに生命エネルギーを必要とする人々に譲渡できるからだ。しかし、ネットでのコンタクトを試みたが、サイトが見つからなかった。噂ではライフが妨害しているのではないかという話だ。

 ギブズとうまくコンタクトできない状態が続いている中で、俺の予約日が着々と迫ってきている。もうすぐ俺は死ぬのだ。

 黒井たちの所へ逝ける。

 俺は彼らに会いたかった。俺に生命還元クラブという場所を与えてくれた仲間たちの所へ。しかし、現実世界で俺はやらなければならないことがあった。

 俺は昼休みを教室で過ごしていた。なぜなら、清水がクラス中からいじめられていたからだ。

 いつものように、清水たちは桜井たちや他の男子生徒から暴行を加えられていた。机には落書きされ、花瓶を置かれる古典的いじめに遭っていたのだ。

 生き返った彼には生きる権利がある。それを邪魔させはしない。これもクラブ活動の一つだ。

 俺は自分が使っている椅子を両手で持ち上げ、清水の席へと移動し始めた。

「清水君。早く死んでくれないかな」

「ゾンビって首をはねると死ぬって聞いたぜ」

 彼らからの罵声はクラス中から飛び交う。俺に何のためらいもなかった。我慢の限界だ。

 俺は椅子を振り上げ、桜井の背中に、憎しみをこめてたたきつけた。

「きゃあ!」

 桜井の驚きと痛みの悲鳴が聞こえた。

「長屋君、何やってんの?」

 俺は気にせず、桜井を踏みつけ、桜井たちの取り巻きたちを椅子で暴行し続けた。女子生徒たちは次々と倒れこみ、クラス中に異常なまでの緊張感が走った。

「てめぇ!何してんだ」

 けんかの強い菊池雄太が俺に襲い掛かってきた。俺は椅子の先端をうまく使ってやつの顔に命中させた。

「こっちの台詞だ。何なんだ。お前たちは! よってたかって清水をいじめやがってどうしてお前たちみたいなくずが生きて黒井たちのような純粋なやつらが死ななきゃならないんだよ。答えろ、答えろ菊池」

 俺は倒れている菊知を何度も踏みつけ、椅子で何度も体を攻撃した。

「長屋! 止めろ」

 菊池の親友である石川良太が俺を止めようと立ちはだかった。

「お前、この菊池の友達ならいじめを止めろよ。何いい子ぶってんだ。ふざけんじゃねーよ。自分ばかり高みの見物しやがって、この卑怯者」

 俺は椅子を石川良太に椅子を投げつけ、彼が椅子を受け止めるのを見計らってキックをお見舞いした。すると、彼は後方に倒れこんだ。

 しかし、予想外の人物たちが現れた。

「何してんだ!」

 俺の大嫌いな大崎先生と数人の見知らぬ人が教室に入ってきていた。

「一体何が起こったんだ!」

 大崎先生は大声を上げて言った。

「長屋君が・・・・暴行してきたんです」

 桜井が涙目で完全な被害者であるかのように言った。

「長屋、そうなのか?」

「桜井たちが清水をいじめたからだよ」

「大崎先生ちょっとすいません」

 すると、見知らぬ女性が数名俺の前にやってきた。

「君が長屋満君だね」

「そうですけど」

「君、生命譲渡センターで予約してるよね。明日」

「何でそれを・・・・」

 ライフの信奉者か。センターの情報を盗んだんだな。どこまでも卑劣な集団だ。

「ちょっといっしょに来てもらえるかな」

「うるさい! 偽善者団体め」

俺は近くにあった椅子を彼らに投げつけ、彼らを攻撃した後、教室に置いてあった募金場も投げつけた。箱は見事に壊れ、中から大量の小銭が出てきてしまった。しかし、そんなことはどうだっていいことだ。俺はそのままベランダに出て、教室から脱出した。全速力で走り、下駄箱置き場から靴を取り、自転車に乗り換え、急いで学校を後にした。その際、見知らぬトラックがあったのでライフのものだとすぐに気がついた。

後ろから教師やライフのスタッフたちが追いかけてくる。俺は恐怖といかりのあまり我を忘れてただひたすら自転車をこいだ。とりあえず、家に向かおう。俺はそう思い、スピードを上げ、こぎ続けた。

 しばらくすると、家が見えてきた。しかし、そこにもトラックがあり、母親がライフのスタッフたちと話をしているのを目の当たりにした。俺は家の塀を利用しながらその様子をうかがっていた。

 家に入るのは不可能だ。もうばれている。俺が死ぬことが・・・・・

 俺は自転車で引き返した。しかし、どこにも行く当てのない俺はただ闇雲に自転車をこぎ続けた。

 生命譲渡の日は明日の朝一だ。それまで何としてでも逃げ続けなければならない。幸い、財布を持っていたので食に困ることはなかった。

 しかし、ライフがそこまで俺の邪魔をしようとするなんて思いもよらなかった。どこまでも人の人生を邪魔する集団である。俺は休憩する所がほしかったので、近くにあるボーリング場へと足を運んだ。その店はボーリングやゲームセンター、飲食可能な場所であったので時間を稼ぐにはもってこいの場所である。

 自転車を置き、俺はその店へと入っていった。一階は食品と服売り場で二階がボーリングとゲームセンター、三階はただの駐車場である。

 俺はエスカレーターですぐに二階へと上がり、ボーリング場の近くにある椅子に座った。

普段運動していないので全身に疲れが溜まってしまった。そのため、一時間以上は椅子に座ったまま何もしなかった。ただ、今まで死んでいったクラブのメンバーの顔だけが頭に浮かんでくる。

 黒井、国松、中村。

 三人とも本当にいいやつであった。皆ところどころ欠陥のある人間だったけれど、根はとても繊細できれいだった。俺なんかのような腐った人間ではなかった。もし、俺と彼らを区別する所があるとすると、彼らには死に対して希望があった。死ぬことで得られる幸福。その点、俺は死に対しても希望を見出せずにいた。無になる。それが俺の目標であり、希望など見出してはいなかった。それが俺と彼らの大きすぎる違いであろう。今でも天国があるかどうが俺には分からない。ただ、もしあるのなら彼らに会いたい。しかし、彼らは待っていてくれるだろうか? 

 結局、俺はヘブンズロードを読み終わらずに死を迎えることになった。もし、その本を読んでいれば、天国について詳しい知識が得られたかもしれない。少し後悔していると同時にそれでよかったのではないかとも思っている。

 楽しみは後に取っておく。これも一つの楽しみ方だ。

 しかし、それは俺が死ねてからの話だ。

 生命の還元での自殺。この理想的死に方を考案した人々に心から感謝しなくては。

 はたして、俺はセンターで死ぬことができるだろうか? ライフの妨害に遭うのは間違いない。彼らはどこまでも邪魔してくるだろう。人を追い詰めていることも分からない愚か者たちの集団。それを指示する学校や俺の両親。

 あんなの家族でもなんでもない。もう家族に愛着すらわかない。彼らがどうなろうと知ったことではないのだ。生きていても周りに迷惑をかけるような兄貴を育てている両親。実に滑稽だ。

 疲れも取れ、自動販売機でスポーツドリンクを飲んでいる時に、携帯電話が鳴った。着信を確認すると、両親からの電話であった。

 一瞬ためらったが、俺は電話に出た。

「もしもし」

「満? 何しているのよあなたっていう人は」

 母さんはかなきり声を上げている。

「話は聴いたかい?」

「クラスの生徒さんたちを暴行した上、生命譲渡センターで予約してたなんて。どうしてあなたはいつも私の言うことを聞かないの?」

「・・・・・・」

 本当に何も分かっていない両親だ。話す気すら起きない。

「ねえ、聴いている。満」

「聴いているよ」

 次第にこの会話が不愉快になっていく。

「あなたはいつだって家族の足を引っ張って、勉強もできないし、しない。おまけに生命譲渡装置で自殺しようとしている。どこまで私たちを困らせれば気がするの!」

 この女に何を話しても無駄な気がした。

「そんなに勉強できないのがいけないか! 自殺の何がいけない。俺をここまで追い詰めたのはお前たちだろうが。あんただって頭悪いくせに何言ってんだよ。俺の頭はあんた譲りなんだよ。馬鹿女が。死んでしまえ!」

 俺は携帯を一方的に切った。

 あんなのは家族じゃない。あんな家庭存在しちゃいけないんだ。

 どうして、黒井の両親は死んで俺の両親が生きているんだ。俺の両親が生命譲渡して黒井の両親を救う方がよっぽど理にかなっているし、世の中のためにもその方がいい。生きるべき人間と生きていてはいけない人間を選別するべきだ。

 俺の考えは一方的で非人道的だ。しかし、俺の両親のような人間は死ぬべきだ。俺みたいな落ちこぼれの人間か兄貴のように冷血な人間しか生み出さない。そんな世の中は間違っている。不完全な秩序を永遠と繰り返すだけだ。

 そうだよ。生きるべき人間と死ぬべき人間を選別する世界。それが究極の平和をもたらすのではないだろうか?

 では、やはり俺は死ぬべきなのだろう。何の目標もなく役に立たない人間である俺が何のために生きるのか?

 だからこそ、明日までの期間限定逃亡劇をしなければならない。

 理想的な死を手に入れるために。俺たち国民にはその権利がある。それを邪魔する権利は誰にもないはずだ。

 その後、俺は有り金を使って、ゲームセンターのシューティングゲームをした。暇を潰すためである。家に帰れば生命譲渡センターへ行けなくなるので、どこかで一夜を明かす必要がある。しかし、ホテルに泊まれるだけのお金はない。千円札が二枚と小銭が少々、一日だけなら何とかやっていける。もう夏なので野宿でもかまわない。重要なのは捕まらずに明日を迎えることだ。

 すると、シューティングゲームに出てきたゾンビに攻撃され、ゲームオーバーになった。コインを追加しようとも思ったが無駄に金を使うのが嫌になったので、このままゲームオーバーにした。

 この後、どうするか考えていると再び携帯電話が鳴った。着信を確認すると、清水からであった。

「もしもし」

「長屋?」

「清水、どうした?」

「もう学校が大変なんだよ。ライフの連中やPTAたちが学校を押しかけてきて大パニック」

「それはいいことだな」

 今までのつけを払うがいい。愚かな学校め!

「今、佐川と二人で死への扉にいるんですけど、僕たちにできることない?」

「俺は明日、生命譲渡センターへ行く」

「本気?」

「もちろん、だからお願いがあるんだ」

「何?」

「バットがほしい」

「バット?」

 俺は怒りと暴力に染まってきていた。

「バットでライフのやつらをぶったたいて無理やりセンターへ入る。それしか方法が思いつかない」

 まったく、俺も最低な男になったものだ。

「でも・・・・」

「それが俺の最後の仕事だ。それにしても良かったよ。前もってお前に鍵を渡しといて。これで何のためらもなく、死ねる」

「本当にやるんだね」

「ああ、やる。これが俺の最後の晴れ姿だ」

「分かった。家に金属バットがあるから、場所と時間を指定して」

 俺は場所と時間を指定し、電話を切った。


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