幸せ
実際のところ、僕は結構キツかった。
楓が死んでから、もう2週間。挨拶はもう済ませ、家には仏壇と、笑った楓の写真が置いてある。
毎朝、仕事に行く前に、その写真の前で「いってきます」と言うと、自然と涙が頬を伝った。
僕と楓の間には子供が1人いる。
梓。
目元は僕に、口元は楓に似た、可愛い5歳の女の子。
梓は楓が死んだとき、状況が分かっていなかったんだろう。式では全く泣かなかった。
だがそれも、1週間も経つと、流石に変わった。
楓が帰ってこないことに困惑し、もう帰ってこないと告げると、1日中泣きわめいた。
僕は梓を泣き止ますのに苦労したな。
それから何年も経って、梓は高校生になった。
反抗期は、母親が居ないせいなのか、不思議と来なかった。僕が仕事から帰ると、台所からいい香りがして、俺はそれが楽しみで仕方がなかった。
それから梓は大学生になって、男を家に連れてきた。
真面目で、優しそうな奴だったが、僕はついつい追っ払ってしまい、その日は初めて梓と大喧嘩をした。
心の中では泣くほど嬉しかったのになぁ。
また何年か経って、僕は入院することになった。胃ガンだった。
梓たちは悲しんでくれたな。
ああ。今思い出すと、いい人生だった。
楓が死んでしまったのは1番辛いことだったけれど、でももうすぐ僕も会える。
......さん
ん?
......うさん
なんだ?
...お...うさん
誰なんだ?
「お父さんっ!」
その声で、僕は目覚めた。
「なんだ............梓か」
「なんだじゃないよっ! お父さん起きてよ!」
はは。
なんて顔をしてるんだ梓。折角の美人が、崩れてしまうよ。
「梓」
「なに?」
「笑っておくれ......」
僕が言うと、梓はちょっと困ったあと、満面の笑みを咲かせた。
やっぱり。
楓に似ている。
さぁ、これでもう思い残すことはない。
今行くぞ! 楓、待っててくれ!
こうして僕の、幸せな人生は、幕を閉じた。