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第六話 魔法精製


 午後の授業は、勇者とパートナーで別のものを受けることになっている。

 たまに合同で行うらしいが、基本的に勇者候補は魔法を学び、パートナーは格闘術などを学ぶことになる。

 パートナーとして、恥がないようにと俺は身をひきしめる。


「コール、今日は勇者学科のほうに参加してくれないか?」


 ジェンシーからの突然の断りに、俺は目を丸くする。せっかくの決意が無駄になりそうだ。


「どうしてだ?」

「おまえに魔法の才能があるかどうか、調べておきたいからな」

「でも、俺は魔法ないぞ?」

「なんだ、すでに調べたことがあったのか? とはいえ、だ。私の実力についても知ってもらいたいから、一緒に参加してくれ」


 ジェンシーが言うのだから逆らうわけにはいかない。

 パートナーとして、勇者の力がどれほどなのか知っておいたほうが良いだろう。


「パートナー学科のほうには出なくても、大丈夫なのか?」

「もう先生に許可をもらっている。本当は昼休みに話をしたかったのだが……」


 確かに、タケダイ先輩の前で話して、いらない誤解を与えるのは良くないだろう。

 ジェンシーとともに、教室を出て特別教室へ向かう。階段状になった部屋は、前世の大学を思い出す。

 席につくと、見慣れない生徒が多くいる。恐らく、他のクラスと合同でやっているのだろう。よく観察していると、バッジに盾のマークが入っているものもいる。

 勇者は剣のマークが入っている。ゲームみたいだ。


「もしかしてパートナーの人も結構いるのか?」

「まあ、それなりには、だな。連携を考える場合は、やはり勇者の魔法が大事になるからな」


 なるほどね。これならば、多少は俺がいる違和感も薄れるだろう。

 俺はジェンシーの隣に座り、授業開始まで待つ。

 ……視線が多いな。勇者候補、パートナーその二つから同じ程度だ。

 すべて無視して、俺は肘をついて黒板を眺め続けた。

 やがて、知らない女性教師がやってきて、授業をする。

 五時間目は、講義を受けて、六時間目に魔法の練習をするようだ。

 先生が授業の準備をはじめ、教室が静かになったところで、一人のパートナーが手をあげる。

 

「どうかしましたか?」

「あの先生、彼は今日入学したばかりですよね? パートナー学科に参加しなくても大丈夫ですか?」


 そういって、パートナーとおもわれる女性は俺を見てきた。

 小馬鹿にした態度に、俺の代わりにジェンシーが暴れだしそうになる。

 別に馬鹿にされることはどうでもいい。ジェンシーの背中をさすりながら、彼女を落ち着かせる。


「ああ、彼は魔法についての知識が少ないため、ここで学びたいらしいです」


 俺が馬鹿だから、ここにいるみたいになっているじゃねぇか。確かにその通りなのだが、もう少し言い方があるだろう。

 ジェンシーが先生にそういったのか? ジェンシーのほうを見るが、彼女は俺の非難の目を理解していないようで、首をかしげている。

 ……可愛いから許そう。

 勇者学科の生徒のいくらかが俺を見て馬鹿にした。

 そりゃあ、そうか。魔法くらいこの世界の常識だ。特に、勇者かパートナーを目指すとなれば、魔法について知らないというのはおかしな話なのだ。


「まあ、平民であれば仕方ないのでしょうね」


 その生徒は、途端に俺を見下した。失礼すぎる態度だ。

 相手が女子で、そこそこ可愛かったので俺にとってはご褒美みたいなものだ。ありがとうございます。


「それでは、授業を始めましょうか。一応、コールくんのために、簡単に説明しましょうか?」

「えーと……授業に差支えがないなら」

「はい。問題ありません。今回の講義は、みなさんに基礎を忘れないでほしいから行っているものです。それでは、みなさん、中学の頃に魔法について理解していますね?」


 先生は黒板に魔法とかき、その下に矢印を作る。


「では、魔法は誰が使用できるものですか?」

「はいっ」

「ジーニさん、どうぞ」


 ジーニは俺の斜め前に座っている。よくよくみると、クラスごとに分かれているんだな。

 ジーニは一瞬だけジェンシーに視線をやり、それから前を向いた。


「魔法は基本的には勇者しか使えません」

「そうですね。では、その勇者というものはなんでしょうか?」

「勇者と証明できるのは、ダンジョンで死なないことですね」


 ……信じがたいことだが、俺も聞いたことがある。

 勇者は、ダンジョン内では死なない。死んだとしても、入り口で復活するらしい。

 厳密には、ダンジョンに入るのは精神みたいなもので、中で死ねば精神が疲労する。

 だから、中で一定以上体を動かしても同じようにスタミナなどが尽きるため、日常での訓練が大事になるのだ。


「はい。ここにいる勇者のみなさんは、すでに検査を行いダンジョンでは死なない体、であることがわかっているはずです」


 先生の言葉に、少し得意そうにする勇者たち。

 そんな生徒の態度に、先生は釘をさした。


「とはいえ、みなさんは勇者候補、ですので、そのあたりのことを忘れないでくださいね」


 先生の言葉に、気を抜いていた生徒たちの表情が険しくなる。

 ここにいる生徒たちは、勇者、という職業になるために学んでいる。

 勇者はいくつものチームが存在し、その管理は国が行っている。

 勇者になったからと怠けたりしないように、チームを分けて競い合わせることにしているのだ。

 あれだな。野球とかサッカーのチームに似ている。


「あなた、パートナーについて気にはならないの?」


 と、ジーニが顔を向けてきた。


「どういうことだ?」


 先生の前で堂々と私語なんて……大丈夫だろうか。

 先生の顔色をうかがうと、眉間に皺が寄せられている。ほら、さっさと前向けって。

 俺が注意の言葉をかけようとすると、ジーニに先を越されてしまう。


「勇者を守るパートナーの命がどうなるのか」


 なるほど。彼女の言いたいことも理解できる。

 俺が例えばジェンシーとともにダンジョンにいき、そして死んだとしよう。そうなれば、俺の命はどうなってしまうのか、ということだ。

 ……いや、真実は知っている。さすがに貴族として生活していたのでこのくらいなら学んでいる。

 ここで俺の知識を自慢してやってもいいが、ジーニは話したそうに顔をうずうずさせている。なんか可愛い。

 俺が元貴族だったことはばれてもいい。だが……ジーニにばれるのは気まずさもある。

 ジーニは気づかなくとも、俺としては元婚約者だったからな。あまり目立たないように黙っていよう。


「どうなるんだ?」

「ふふんっ。それでは話してあげるわ」


 無知な者に知識を見せびらかすのがとても楽しいのか、ジーニは人差し指を立てた。


「勇者とパートナー。この二人の関係は、勇者のほうが上だわ。その理由が、死なない理由なのよ」


 知りたい? 知りたい? とばかりにジーニは顔を寄せてくる。

 ちょっと残念な部分はあれど、ジーニは美人の部類に入るため、さすがに迫られると顔が熱くなる。


「人の話を聞くときは顔を見なさい。失礼よ」

「なら顔を少し遠ざけてくれ」

「なぜかしら?」

「結構好みの顔だから、恥ずかしいの」


 俺が正直に伝えると、ジーニはそっぽを向いた。

 突然の告白みたいなことを行ったため、クラスの空気はなんとも微妙なものになったが、冗談として受け流してほしい。

 ジーニが意識していないから大丈夫だろう。

 ジェンシーがなぜか、俺の足を踏んでいるのだが、大して力も入っていないので無意識なのだろう。


「勇者が偉いってのはどうしてなんだ?」

「もちろん、パートナーに死なない力を与えられるからよ。おまけに、魔法も使えるように出来るのよ」

「ほほぅ?」

「私たち勇者は、契約を結ぶことによってパートナーにも同じ力を与えることができるの。どうやら、その様子だとジェンシーは話していないみたいね」


 ジーニがからかうように口元を緩めると、ジェンシーはつられるように眉尻をあげた。


「契約を結ぶときに、話をする予定だったのだ。わざわざ授業中に話すことでもあるまい。周りの迷惑を考えろ、アホ能天気」

「うるさい色々チビ」

 

 ジーニとジェンシーが立ち上がり、今にも殴り合いを始めそうになる。

 ごほんと、先生の強い咳払いによって、二人は矛をおさめて席についた。

 なぜかは分からないが、あまり仲はよくないらしい。


「おまえら仲悪いのな。なんでだ?」

「そんなことを聞くなっ」


 ジェンシーがむすっと声を張り、周囲にいたクラスメートの一人がバツ印を作る。

 本人たちに聞くのは難しそうだ。後で仲良くなってクラスメートに訊ねてみよう。


「ジーニさんの説明で、勇者とパートナーについて、少しわかりましたか?」

「はい、授業の進行を妨害して悪かったっす」

「一度で覚えてくれれば問題はありませんよ。まだまだ話していないこともありますので、気になることがあればいつでも質問してください。それでは、授業を始めますね」


 先生は授業を始め、俺も耳を傾ける。


「今日の授業では、勇者の最大の役目である魔法について学んでもらいます。これまでも学んでいて、魔法の作り方については知っていますね?」


 生徒たちがうなずいたのを確認し、先生は一人の生徒を指名する。

 生徒は朗々と、魔法について語りだした。


「四大属性を魔力土にまぜ、特殊な魔法釜に入れて作ります。四大属性とはどんなものがありますか?」


 先生が一人の生徒を指名すると、生徒は席を立つ。


「火、水、風、土です」

「はい、そうですね」


 先生は教室の入り口のほうへいき、小さな鍋のようなものを持ってきた。


「こちらが、魔法釜の小型のものになりますね」

「携帯魔法釜ですよね? いいなぁ……」


 生徒の一人がいうと、先生は頷いた。


「いつでもどこでも、というものですが設置型の魔法釜に比べれば、作成できる魔法の効力が弱いため、緊急用以外では使いませんね」


 授業で見本を見せる場合はラクなので、これを使いますが、と先生は付け足す。

 ぺろっと舌をだした姿は、子どもっぽくて、なかなか好みである。

 俺は先生に見とれていると、ジェンシーに小突かれる。


「さっきから、女に鼻の下を伸ばしすぎだ」

「え、マジで?」


 鼻の下を触ってみても、自分では分からない。

 俺の仕草にジェンシーがぷくーっと頬を膨らませる。


「やはり見とれていたのだな」


 どうやら嵌められたようだ。俺はぽりぽりと頭をかきながら、先生のほうに向く。


「あ、魔法精製が始まるみたいだぞ」

「ぬぅ……っ」


 ジェンシーは不服げに唸ったが、とりあえずごまかすことに成功したようだ。

 ……あまりパートナーが他の女に見とれるな、ということなのだろうか。

 気をつけたいが、この学校美人多いからなぁ……。

 まあ、でも眺めているだけで十分なので、恋愛でジェンシーに迷惑をかけるとかはしないので許してほしい。

 心中で謝罪の言葉を並べながら、先生が用意した土を見る。

 

「これが魔力土です」


 あまり見かけない白色の土だ。そういえば、兄貴の部屋であんな土を見たことがあった。

 家庭菜園でも始めるのかと思っていたが、勇者に必要なアイテムだったんだな。

 

「これからここに、魔力を込めて魔法を実際に作ってみますが、誰か、やってみたい人はいますか?」


 シーンと、教室は静かになる。

 生徒たちは顔を見合わせ、互いにおまえやれよとばかりに視線をぶつけあっている。

 魔法を作るのなんて楽しそうなのだが、みんなやりたがらないものなのだな。

 俺に魔力があれば真っ先に手を上げているのだが。

 ジェンシーはきらきらとした目で、先生を見ている。膝に乗せられた両手は、グーパーを繰り返している。

 ……もしかして、やりたいのだろうか? つんつん、とジェンシーの肘をつつく。


「な、なんだ?」

「やりたいなら、手をあげろって」

「い、いやしかしだな……」


 煮え切らない態度のジェンシー。

 結構突き進むタイプだと思っていたが、意外と謙虚な部分もあるようだ。

 パートナーの役目は勇者の盾になるだけではないだろう。俺はよし、と彼女の手を掴む。


「なら、俺も一緒にいってやるから。ほら、行こうぜ」


 俺がジェンシーをせかすと、ジェンシーはためらいがちにゆっくりと手をあげた。


「ジェンシーさんですか?」


 先生は困ったように頬をかく。視線はちらちらと隠し事でもあるかのように揺れている。


「あら、あらららー?」


 ジェンシーに反応したのはジーニだ。もうお約束みてぇになってるぞ。


「なんだ? とうとうボケたか?」

「それはあなたでしょう? 実技の成績覚えているのかしら? あなたに出来るのかしらね」


 ぷぷっと口元を隠し、ジーニは大きく笑う。ジーニの物言いに生徒のいくらかが反応し、なんとも嫌な空気が出来上がっている。


「……がぁっ」


 ジェンシーは小さく吠えてみせた。あまり実技は得意ではないのだろうか。

 前にも似たようなことを言っていたような気がする。

 ジェンシーとジーニの喧嘩が本格的に始まる前に、俺は二人の間に入った。


「まあ、まあ。魔法作れるってのはいいもんだろ? ほら、みんなもそう思うだろ?」


 な? な? とクラスメートたちに迫ると、引きつった顔で頷かれる。

 俺は出来る限りお調子者っぽく声を張り上げて、生徒たちの視線を集めると、ジーニもさすがに面倒になったのか、座り込んだ。

 ジェンシーが階段を下りていき、俺もその後をついていく。先生の横に並ぶと、生徒の多さに目眩を感じた。これだけの数の前に来るというのは結構大変なものがあるな。

 隣にいたジェンシーはいまだに震えている。

 ……どうも、人の前に立つことへの不安とは違うような気がする。


「ジェンシー、大丈夫だって。どうにかなると思うぜ」

「……そ、そうだな!」


 ジェンシーは無理やりに笑顔を作ってみせる。

 こうなったらジェンシーが気負わないように保険をかけてやろう。


「まあ、失敗したら、俺が適当に誤魔化してやるからさ」

「……むぅ、信頼してくれて構わないからな!」


 ジェンシーは少しむくれてしまった。

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