第三話 パートナー
俺が解放されたのは、すっかり外も暗くなってからだ。
長い拘束のせいで体のふしぶしが痛む。
おまけに、騎士たちの失態にしないために、俺が誤解されるような場所にいたから、と上に報告された。俺が悪者扱いなのだから、酷い話だ。
まったく、いらつくな……。とはいえ、昼飯を向こうが奢ってくれたのだけは感謝だ。
俺が憤慨しながら、歩いていると横に並んだ少女はこちらに振り向いた。
ピンクの鞄の持ち主だ。貴重な一日の時間を使い、俺を弁護してくれていたらしい。
……彼女には感謝してもしきれない。
少女の発言がなければ、俺は無実で捕まっていたのだ。
無実……とはいえ、その前のことがあるから、なんとも言えない心境だ。
疑問なのは、少女の存在だ。
少女は見たところ、小学生だ。にも関わらず、騎士たちに強い発言をしてくれていた。
一緒の部屋にいなかったから知らないけど、どこかの有名な貴族の子どもかもしれない。
「貴様、タイミングが悪かったようだな?」
「笑うなっての……それより、あんた公園にいた子どもだよな?」
「なぜ知っているのだ?」
「えっ!? いやーその……」
あなたの鞄を盗もうとしていました。などといえば、騎士の元へと連れていかれるかもしれない。
「いや、なんか気になったなぁと思ってな……」
「え!? そ、そうなのか!?」
途端に、少女は頬を赤らめ、鞄を抱きしめるようにして顔をうつむかせた。
それから、うんと自分を肯定するように頷き、少女は俺を見上げる。
「なあ、貴様は勇者のパートナーに興味はないか?」
「え?」
「勇者のパートナーだ、聞いたことはないか?」
「いや、あるけどな……」
俺の弟が目指している職業だ。勇者が魔法を使う間、勇者を敵から守る、シールドとも呼ばれている職業だ。
「あの強盗のナイフにまったく怯えず、勇ましく立ち向かう姿。あれはまさに勇気のある行動、すなわち勇者にふさわしいものだと思った」
きらきらとした少女の瞳。いったい、その憧れみたいなのは誰に向けられているのだろうか。
もしかしたら彼女は俺が無償で助けてくれた、それこそ御伽噺の勇者か何かと勘違いしているのかもしれない。
だが、現実は奪い返さないと、明日も生きられるか分からなかったからだ。現実って悲しい。
「それに……」
少女は迷った素振りをみせ、それから唇を窄めて言う。
「私はずばり、男を始めてかっこいいと思った。だから、おまえを私のパートナーにしたいと思ったのだっ。どうだ!?」
少女の強い言葉に、俺は怯んでしまう。
素直に褒められて嬉しい気持ちもあるが……パートナーを受けるかは別の話である。
「え、ええと……」
勇者のパートナー……か。
確かに魅力的な話だ。無職に比べれば、立派である。
とはいえ、これは誤解だ。
少女の目に映っている俺は、たぶん素晴らしく勇敢な青年なのだろう。
だが、俺はそんな人間ではない。泥棒しようと考えるほどに弱く醜い人間だ。
パートナーを引き受けるかは、まず、そのことについて話してからのほうがいいのではないだろうか。
「もちろん、パートナーとして私の家に住んでもらうことになるため、家族たちには色々と迷惑をかけてしまうかもしれないが……どうだ?」
「衣食住……すべてタダか?」
「当たり前だ。こちらが頼んでいるのだからな」
「引き受けますっ!」
少なくとも、パートナーになっている間は、生活費に困らない。
それだけでとても魅力的な職場ではないかっ。さっきまでの自分の考えをすべて捨てて、俺は彼女の話に飛びついてしまった。
「私の名はジェンシー・フェルマだ」
「俺は……コール・クレ――」
言いかけて言葉を止める。
「ぬ? どうしたのだ?」
普段通りに自己紹介をしようとしたが、すでに家からは追い出された。だったら、ファミリーネームを名乗るのはまずいよな。
ジェンシーに対しても変な誤解を与えるかもしれない。
「俺はコールだ。よろしくなジェンシー」
「ああ、よろしくだ」
ん、そういえばフェルマって……?
俺だって元は貴族だ。だから、ジェンシーの苗字に聞き覚えがあった。
「もしかして……フェルマって五大貴族のうちの一つ、か……?」
「ぬぅ……それについてはあまり言われたくないのだが……そうだ」
ちょっと怒ったようにフェルマは頬をかいている。
「ま、マジっすか!? えと、その……!」
下手な態度を見せれば、殺される……っ!
彼女の家はそれだけ強い権力を持っている。がたがたと震えて、俺は慌てて頭を下げる。
「やめぬか!!」
ぺしっと、彼女の小さな手が俺の頭を叩いた。
意外と力があるため、俺は頭頂部を押さえながら唇を震わせる。
「えと……その」
「私はフェルマ家の人間といっても、六番目の子どもだっ。だから、そんな改まった言い方をするでない!」
「え、ええと……両親頑張っているんですね」
って何を言っているんだ俺は。気が動転しすぎだろ。
「いきなり何を言うか!」
ジェンシーは頬をピンク色に染めて、思い切り叫んだ。
俺は何度も深呼吸をして、ゆっくりと何も考えないようにする。俺はいつもこうやって緊張を解している。
ジェンシーも頬の赤みを落とすためにか、同じように深呼吸をしている。
お互いが落ち着いたところで、俺は切り出した。
「……まず先に確認しますが……俺は敬語じゃなくても良いっすか?」
「当たり前であろう。パートナーと勇者は仲がよくなくてはならない。友人関係において、敬語というのは距離が出来て私は好かない」
「そうですか……ええと、そうか。なら、俺もいつも通りに喋っちまうけどいいか?」
第一、俺の口はどちらかといえば悪い。
しかし、ジェンシーは気にした様子を見せずに腕を組んだ。
「もちろんだ。それでは私の家に来てもらいたいが……その前に、おまえは家族に報告などはしなくていいのか?」
「家族、か……」
勇者のパートナーをやるといったら、両親はどういう顔をするだろうな。
喜ぶだろうか、それとも、俺のことを案じるのだろうか。無理だと断言するのだろうか。
……どちらにせよだ。今さらあそこに戻ったところで、良いことはない。
たぶん、快く俺を家に戻してくれるだろう。だが、それはフェルマ家に近い人間だからだ。俺という存在ではなく、ジェンシーのパートナーである俺を求めているだけだ。
「いや、家族はいないからいい」
「……そうか。ならば、私の横に並べ。家まで案内しよう」
「それもパートナーだからか?」
「そうだっ! ほら、手を繋ぐぞ!」
俺が横に並ぶと、彼女は手を掴んできた。これでは俺が彼女の父親のように映るかもしれない。
ジェンシーはかなり背が小さい。勇者学園は初等部からあるから、たぶん彼女は初等部なのだろう。
もうすぐ夜も遅くなるし、あまり長く外に連れまわすのもよくないよな。
となると、騎士の人たちも随分と酷いものだ。これだけ長い時間拘束していたのだから。
「くぅ……足が痛むな」
強盗を追いかけたり、その後俺を騎士から助けてくれたりとジェンシーの疲労は大きいだろう。
ジェンシーは何かを思いついたのか目を輝かせてこちらを見上げてきた。
この表情を見せられるとなんでも買ってあげたくなる。
子どもをついつい甘やかしてしまう親の気持ちを少し理解した気がする。
「ふふんっ、友人ならば私をおんぶしても良いぞ?」
「それってパシリじゃねえか?」
「なにぃっ? 友人というのは、おんぶをさせっこするのではないか?」
「どこ情報っすかそれ……」
「前に本で読んだのだが……違ったか」
第一、ジェンシーは俺をおんぶするつもりなのか?
俺は小さな彼女におぶられているところを想像するが、たやすく潰れる場面までしか思いつかなかった。
「だがな、私は足が痛むのだ。どうにかできないか?」
「別にジェンシーくらいなら、おんぶしてもいいけど?」
さすがに、俺だって人を抱えて歩くくらい体力はあるつもりだ。
一度はお姫様抱っこというものをしたかった俺は、筋力トレーニングをそれなりに行っている。
ニート期間も、近くの空き地で野球をしたり、毎日走りこんだりと、職業探し以外についてはかなり積極的なニートだったのだ。
いっても、お姫様抱っこするような相手はいなかったけどな!
「本当か? では下がってくれ!」
ジェンシーがぽんぽんと腰の辺りを叩くので俺は身を屈める。
ジェンシーをかつぐと、ジェンシーは嬉しげに息を吐いた。
「おうっ、高いな! おまえ何センチあるのだ!?」
「173cmだ。そういうジェンシーは?」
「……147」
しゅんと声のトーンが落ちたため、俺は軽く笑ってみせた。
「まあ、まだこれから伸びるだろ」
小学生で147cmというのは結構大きいのだろうか?
俺が小学校の頃の周りの生徒はどうだっただろうか。
「もう成長の限界はきているかもしれないのだ……」
「限界って……」
小学生のくせに、限界って……。
でも女の子は成長が早いし、そういう意味では確かに限界が早いのかもしれない。
「ああ、とここだ!」
会話を楽しんでいたからか、ジェンシーは慌てて俺の頭を叩いた。
ジェンシーが指差したのは貴族街の中でも比較的質素なつくりをした家だ。とはいえ、平民から見れば豪華な家だが。
家の玄関近くでは、少し年老いた男が立っている。
執事だろうか。俺の家にも似たような服を着ていた人がいる。
「お嬢様っ! ご無事でしたか!」
気づいた男がゆっくりとしながらも慌てた様子でかけてきた。
「もちろんだジイ」
「ジイは本当に心配しましたぞ。してこちらの方は?」
覗きこんできたジイに、ジェンシーは威勢よく答える。
「今日から私のパートナーで、名はコールだ」
「ほほぅっ?」
ジイの眼鏡の奥が光る。皺のよった顔をぐぐっと近づけてくる。
数秒見つめあうと、ジイは離れ玄関の扉が開けられる。
「とにかく、一度中へ。夕食の準備はできています」
「そうか。ジイ、コールの分も用意できるか?」
「多めに作ってありますので問題ありません」
俺は夕食という言葉に目を輝かせていただろう。もしかしたら、よだれがたれているかもしれない。
家にあがると、地球にいた頃のことを思い出してしまう。
普通の家の生まれだった前世では、このような家に住んでいたなぁ……。
久しく感じていなかった懐かしい思いに胸を膨らませながら、俺はリビングに入る。
すぐにジイが夕食の準備を始め、俺とジェンシーは手を洗いに行く。
「あの人って執事、だよな?」
「そうだ。奴は私専属の執事で、名はジイだ」
「ジイ?」
てっきり、執事を勝手に爺と呼んでいるだけだと思っていたのだが、なるほど。
手を洗って戻ってくると、すでに料理が並べられている。
なかなかに庶民的な生活だ。懐かしすぎて泣けてきそうだ。
「それでは、いただきますっ」
ジェンシーの掛け声にあわせ、俺とジイも共に食事をとる。
ここでは主であるジェンシーも執事と一緒に食事をするようだ。
俺の場所では、そういったところは厳しかったな。舐められないように、と親父は絶対に一緒に食べさせようとはしなかった。
……まあ、ジェンシーも一人で食事をしていてはつまらないだろう。
食事を終え、執事のジイが片づけを行っていく。
「ジイ、私は今日疲れたぞ。体を洗ってはくれぬか?」
ぐだっとソファで横になったジェンシー。
「もうお嬢様も立派な女性ですから、さすがにジイは遠慮させてもらいます」
すると、ジェンシーは少し不満げになる。
ジイは柔らかく微笑み、
「それよりも、コール様に詳しい話をされたのですか?」
「ぬぅ、そうだったな……では話をしようか。ジイも食器を洗いながら聞いてくれ。頼みたいことがあるのだ」
「わかりました」
こほんとジェンシーは咳払いをする。
俺はジェンシーに対面に座るよう言われ、ソファに腰掛ける。
「私は勇者見習いとして、学園に通っている。それで、おまえにはパートナーを頼みたい、ここまでは理解しているな?」
「パートナーの仕事は、勇者が魔法のチャージを終えるまでの時間を稼ぐとかだったか?」
「そうだ。そして、おまえには私と同じクラスに通ってもらうことになる」
同じクラス?
……いくらなんでも、小学生のクラスに入るのは問題だろう。
俺が一緒にいても、俺が暇でしかないよ。
「いやいや、それは問題じゃねぇか?」
「勇者とパートナーは基本的に特別授業が違うが……パートナー同士は同じクラスになるよう、学園も配慮してくれている」
勇者は魔法について学び、パートナーは主に格闘術、剣術などを学んでいくことになる。
そういった点で、クラスを分けた方が先生たちもラクなので、基本的に同じではない。
俺の兄も勇者学校をだいぶ前に卒業しているので、概要程度ならば知っている。
というか、問題なのではない。
「だって俺、十八歳だぞ?」
「そ、そうか? もう少し上の年齢に見えたのだが……まあ、二歳程度そこまで関係はないだろう」
二歳……? どういうことだよ?
そこでジイの目が再び光る。ジイは笑いを堪えるように息を断続的に出す。
「どうしたジイ、かぜか?」
「いえいえ、コール様はジェンシー様に対して何かを勘違いしているのではないでしょうか?」
「何か? 言ってみろジイ」
「パーフェクト・ロリボディ」
妙に発音よくジイはいい、自慢のヒゲを弄くる。
ジェンシーは一瞬遅れて俺を見てきた。少し怒っているようにも見える。
「まさか、とは思うが私は何歳だと思っている?」
「……小学生じゃねぇのか?」
「だ、れ、がっ! 小学生だ!! 私は高等部だぁっ!」
ジェンシーが激怒し、胸倉を掴みあげてくる。
……おかしいだろ。なんでこんなちっこいんだよ。
もうこれ以上の成長は望めないだろう。
雰囲気も子どもっぽい。
俺はジェンシーが怒りを静めるまで黙っていることにした。
「私は別に身長のないことを馬鹿にされようとも構わない。この小さき体を好むものもいるし、世界を見渡せば、それこそ私くらいの人間、山ほどおるだろう」
「今関係ねぇだろ、その話」
「とにかく、年齢を間違われることは嫌なんだっ! さあ、取り消せ! 今取り消せ!」
女性とはそういう生き物なのだろうか。
「悪かったよ」
俺が両手を合わせて頭を下げると、ジェンシーは鼻息をあげて、リビングを出ていく。
扉に手をかけたところで、ジェンシーは振り返る。
「……まあ、誤解される容姿であるのは理解しておる。とにかくだ、そういうことだから頼んだぞ」
「ああ、わかった」
俺はふうと大きくため息をつく。
ようやく一息つき、俺は昨日までのどん底生活から脱出できたことを喜ぶ。
「これから大変そうですね」
そんな俺に食器を洗い終えたジイが近づいてくる。
「そうなんすか?」
「ええ。……ところで……あなたの苗字は?」
「え?」
「いえいえ、あなたの顔は以前どこかで見覚えがありますよ」
俺にはまったく覚えがない。
だが、ジイはしたり顔だ。まさか、俺が貴族であることがばれたのだろうか。
「え、えと……」
下手に嘘をついて、ジイに不信感を持たれるのはまずい気がする。
となれば、正直に言ったほうがいいのかもしれない。
「……コール・クレインです」
「クレイン家の方でしたか。ほぉ……貴族だったのですね」
「……いっても、家を追い出されているのでもう貴族じゃねぇよ……それより、カマをかけたのかよ」
「そうですね、料理の食べ方が平民とは思えなかったので。ジェンシー様は知っておられるのですか?」
「いや、俺は言ってねぇけど……」
別に伝える必要もないだろう。
あの家とはもう関係がないのだ。
「まあ、どちらでも良い話ですがね。私としては、ようやくパートナーが決まって嬉しい限りです」
「ようやく……?」
そういえば、今は五月ということで、ジェンシーは高等部に入学して一ヶ月が経過している。
パートナーについて明確な決まりはないが、だいたい入学してすぐに決めることが多い。第一、ほとんどが中等部から繰り上がっている。仲の良いグループなどはほとんど決まっているのだ。
兄も四月のときには決まっていたはずだ。
「ジェンシー様の家目当てで、近づいてくる者が多くてですね。ジェンシー様もそういった下心に敏感なので……ほとんど拒否していました」
「なるほどな。そりゃあ、大変そうだな」
下心を持っていたものが一体俺に何をしてくるのだろうか。
考えただけで頭が痛くなってきた。
「そのジェンシー様が認めた方なので、恐らくは大丈夫だと思いますが、変なことはしないでくださいね?」
俺も下心全開だったんだよな……。けど、ジェンシーの家に対してではなかったからそのセンサーには引っかからなかったのかもしれない。
ジイの威圧に対して、俺は強く頷いた。そもそも、変なことをしてここを追い出されたらいよいよ終わりだ。
「それでは、制服などを用意したいので色々測らせてもらいますね」
ビーッと、ジイは計測器を伸ばし、俺はこくりと頷いた。