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第二話 泥棒


 金がない! 俺は頭を押さえながら、迫りくる恐怖に怯えていた。

 二万円受け取っておけばよかった……と後悔するくらいには追い込まれていた。

 俺はどうにか身につけていたアクセサリを売って一週間ほど生活をしていたが、宿代に消えていくばかりだ。

 アルバイトも探して、何個か面接を受けたが、すべて断られてしまった。

 どうする……!?

 このままでは、一文無しだ。すでに身につけていた貴族の衣服はすべて売り飛ばし、どうにかやりくりしているのだ。


 まともに生活するのがこれほど大変なものとは思っていなかった。ああ、ゲームやりたい。

 ってそんなことを考えている場合じゃない。

 俺は宿のベッドにくるまりながら、時が巻き戻ってくれることを願い続ける。


 後悔ばかりだ。

 楽な人生なんて送れるはずがない。貴族に生まれたからといって、引きこもっていればそりゃあいつかは追い出されるだろう。相手の気持ちになって考えれば、誰が働かない奴を家に置いておくのだ。

 ああ、馬鹿だ馬鹿だ。もっと、前世で培った知識とかをもっと活かせばよかったんだ。

 力がなくても、そうやって生き延びる方法はあるだろう。

 こうなったら……魔物狩りにでも行こうか。


 だがすぐに俺は首を振って否定した。

 一応、仕事を斡旋してくれるギルドはある。国が管理しているもので、勇者になれなかったものたちが利用している場所だ。

 素材の回収や貴族が個人的に何かを注文したりと結構仕事はある。

 ……しかし、依頼のほとんどは魔物を倒すものが関係している。

 倒せないことはないが、同じ同業者同士で問題が起こることもあるし。

 俺は何度か義務教育で戦闘訓練を受けているが……あまりやりたくはない。体は頑丈であったが、それ以外は普通レベルだと思う。


 だったら……もう、この手しかない。

 すぐに、俺は唯一残していたシャツに身を通し、服装だけでも貴族っぽく見せる。

 俺は堂々とした足取りで、貴族街への道を歩いていく。

 家に何度か戻ったこともあるが、門前払いしか受けていない。

 親父が出てくるタイミングを狙ってみても結果は同じだ。


 だから、今回の目的は自宅ではない。貴族街にある公園だ。ここで、一つの作戦を決行しようと考えていた。

 公園につくと、子どもたちが遊んでいる。どこの公園も似たようなモノで、俺は出来る限り目立たない場所を探していく。

 俺がやろうとしているのは最低の行為だろう。

 この公園で、誰か子どもの鞄を盗むつもりだ。監視カメラとかにも映らないようにこっそりとやってしまえば、こっちのものだ。


 大体のカメラの位置はわかっている。

 俺はもっともカメラの死角が多い公園にたどりつく。近くで小鳥が飛んでいる。結構太った鳥だ。あれ食ったら上手いかなぁ……。他には少ないが子どもの姿を認める。

 子どもの付き合いに疲れた父親のように、俺はぐだっとベンチに座る。


 ……出来る限り小さい子のほうがいい。ちゃんと事情を説明できなければ、犯人探しの時間がかかるだろう。

 運がよければ、鞄を持っていたことを忘れる可能性もある。そうなれば、俺が盗んだことがすぐにはばれないだろう。

 俺がゆっくりと観察していくと、一人の女の子がベンチに座る。

 俺が座っているものとは別の場所だが、十分近い位置。

 女の子は、小学生くらいだろうか? 誰かとの待ち合わせに公園を選んだのだろう。

 携帯を弄りながら、周囲を見回している。携帯を持っていることから……貴族の子であるのは明らかだな。

 やがて、女の子は公園のトイレへと移動した。

 ……手に持っていた鞄をベンチに残して。


 チャンスだ。

 カメラの位置は少し危険だが、俺の体をうまく使えば十分ばれないように盗める。

 俺は立ち上がり、女の子がいたベンチへと近づいていく。

 これを盗んで、売り飛ばせば、数日分の稼ぎになる。貴族が持っている鞄だ、どうせどこかのブランドものだろう。

 俺は腕を伸ばす。しかし、そこから先に手が進んでくれない。

 かたかたと歯がぶつかりあう。

 やれ、やってしまえばいい。


 俺の背筋に汗が流れる。足取りが重くなる。

 もしも盗んで、ばれたらどうする? いや、後のことは考えるな。失敗しなくても、そのうち俺は飢え死にするんだぞ。

 ぐるぐると、悪い思考がめぐっていく。俺が盗みをすること自体が無理だったのかもしれない。

 俺の心はたぶんこんにゃく並に柔らかいし。

 俺はそのベンチを過ぎ去り、ため息をついた。……やめよう。

 女の子の悲しむ姿、これから訪れる真っ暗な人生。

 それらを考えた途端、盗む気持ちがなくなった。

 チキンだなぁ、俺。


 とはいえ、出来ないのなら、他の手段を探すしかない。

 俺は財布を取り出し、今ある財産を計算していく。そこから、どうやって今後を過ごすか考える。

 今の生活の問題は、俺が原因だ。

 ならば、無関係の人間を巻き込むなんてそんな馬鹿なことはしたくない。

 公園を少し離れたところで俺は立ち止まって財産を計算していく。

 もう、本当に一日過ごせるぐらいしかない。今来ている服を売れば、どうにかもう少し生活費は稼げるか?

 アルバイトを探さないことにはどうにもならない。土下座も行使していくつもりで、俺は財布をポケットにしまって歩き出す。

 どんと、背後から突き飛ばされる。思わず尻餅をついた俺は両手を地面につける。

 

「なにすんだよ、いきなり!」


 大して痛みはなかったが、苛立ちが大きかった。

 覆面をつけた怪しさ満点の男は何も言わずに走っていく。

 俺は彼の姿に強盗の二文字が浮かび、慌ててポケットを漁る。

 顔面蒼白になっているだろう。だって、財布がないんだもん。


「すられた!」


 慌てて立ち上がり、俺は男の後を追いかける。


「待ちやがれ! 全財産を返せ!!」


 こんなときに騎士は何をしているのだろうか。俺は周囲を観察するが、いたって静かだ。俺の周り以外は平和なようだ。

 覆面男が曲がり角を左へいくのを見て、俺は近道を選ぶ。

 この辺りは、俺の庭みたいなものだ。だてに、毎日走りこんでいない。


「ほらさっさと、財布を返しやがれ。そうすりゃ見逃してやるから」


 覆面男の前を塞ぎ、俺は呼吸を整えながら手を出す。

 このまま逃がせば、俺は飢え死にする。野宿は前世も結構していたので得意な部類だが、食料がないことにはどうしようもない。

 俺は冷静に覆面男を観察する。見たところ、武器は手に持っているナイフだ。

 だが、片腕は鞄を持っていて塞がっている。黒い大きな鞄だ。恐らくその中に、俺の財布が入っている。

 ……ていうか、こんな覆面男を誰も通報していないのか?

 これで騎士は給料をもらっているのか? 俺も騎士免許獲得のために努力しておけばよかった。

 俺が一歩を踏み込むと、覆面男は鞄を置いてナイフを構える。


「それ以上くるんじゃねえ! おれのナイフが刺さるぞ!?」


 脅しにしては少し情けない。声色から、彼も小心者でこの状況に怯えているのかもしれない。

 刺されば痛いだろう。当たり所によっては死ぬかもしれない。

 だが、関係あるかっ。どうせ金を奪い返せなければ、俺は死ぬ。それだけ切羽詰っている。

 相手はナイフをちらつかせるが、それ以上の動きを見せない。

 本気で傷をつける様子はないように感じる。


 油断してはならない。この世界の人間のほとんどが、俺よりも強いことは小さいときに思い知らされた。

 このままここで時間を稼ぐのもありかもしれない。しかし、そうなれば覆面男に余裕を与えてしまう。

 余裕によって、殺人に対する躊躇をなくしてしまうかもしれない。ならば、迷っている今の間に仕掛けるのが正しい選択だ。

 俺は大きく一歩を踏み込み、距離をつめる。その行動に、覆面男はびっくりしたようでナイフを持つ手を強張らせた。

 俺は隙をつくように身を低くし、小石を拾って握りしめながら顔面を殴りつけた。

 覆面男は体を動かすが、俺のほうが速い。


 一撃は覆面男に避けられる。しかし、俺は左手で覆面男の腹を殴り上げる。

 相手が怯えていたからか、まったく避けられることはなかった。

 鞄に阻まれて、直撃はしていないはずだが、覆面男は起き上がらない。

 俺は小石を捨て、覆面男から鞄をひったくる。


「よかったー、俺の財布っ」


 覆面男の鞄を漁るとすぐに財布を取り出すことができた。

 だが、男の鞄からはもう一つ、可愛らしいピンクの鞄がでてきた。

 ……これって、さっきの公園の女の子のか?

 先ほどの出来事なので記憶に新しい。

 俺以外にも狙っている奴がいたようだ。俺がそれを掴みあげたところで、がしゃがしゃと鎧を揺らす音が近づいてきた。


「見つけたぞ泥棒!」


 俺は気づけば、騎士たちに囲まれていた。

 ようやく仕事をしにきたのか。俺はホッと息をもらして、騎士に近寄る。


「こいつがどろ――」

「油断したなっ!」


 騎士に頭を殴られて、俺は地面に倒れる。

 幸いにも、直撃する寸前に軽く回避したので、殴られたダメージは少ない。が、戸惑いは大きい。

 なんで俺が殴られたの? そんな疑問を感じていると、背中で腕を押さえつけられる。

 そっちの腕は曲がらない。痛みがじわじわと強まっていく。


「探していた泥棒二人を発見した。どうやら仲間割れを起こしているようだったので、簡単に捕まえることができました」


 騎士はどこかに連絡をして、それから俺に手錠をつける。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、誤解だ! 俺はこいつに財布を盗まれてっ」

「なるほどな。仲間に財布を盗まれ、苛立って気絶させた、と。詳しい話は騎士所で行ってもらうからな」

「お、おい! 待てよ!」


 俺は必死にもがいて見せるが、騎士たちが話を聞くことはない。

 無理やりに連れて行かれる途中、公園で出会った女の子と目が合った。

 女の子は、俺に何度か視線を向けたあと、にんまりと笑った。


「そいつは私の鞄を取り返してくれただけだ」

「は、はぁ?」


 騎士がよくわからなそうに首をひねった。

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