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第十六話 ジーニとジェンシー

「面白そうな事件があったのよ」


 俺たちの元へ、ジーニがやってくる。俺は二人がくれたクッキーを一掴みして口に運ぶ。

 ……このクッキー、相変わらずぱさぱさしてやがる。


「無理して食べなくても良いぞ」


 とはいうが、手作りのクッキーだ。一生懸命作ってくれたのだから捨てるのもどうかと思うのだ。

 今日の家庭科の授業で女性はクッキーといくつかの簡単な料理を作ったらしい。男性たちは、訓練をさせられていたのでその状況は知らない。

 作り終わった料理の余りをもらったくらいだ。……幸か不幸か、ジェンシーとジーニは俺のために料理を作ってくれたのだ。どちらも明らかに失敗していたが。


「そうよ。まずは私のクッキーを先に食べてしまったほうがいいわよ? そんな毒は捨ててしまいなさい」

「それは、私のほうがおいしいからだろう? 知っておるか? コールは好きな食べ物は残しておくのだ」

「つまり、今先に食べているのはあなたのよねジェンシー。ということは、私のは口直しとして残しておきたいということではないのかしら?」

「珍しく頭を使いおって……さっきのは嘘だ!」


 ジーニならさっきの言葉で騙せると思っていたようだ。ジェンシーも口喧嘩となると知能が下がるようだ。

 二人が喧嘩を始めそうなので、俺はクッキーの袋を掴んで両方ともをあわせる。


「ああ、もう全部今食ってやるよ!」


 そして、すべてを口に流し込み、がりがりと咀嚼していく。

 ……うう、ぱさぱさしやがる。飲み物で流さなければ、口の中にはクッキーのカスがびっしりとあるだろう。

 ハチがいたら、食わしてやるんだがな。たぶん、ジェンシーには止められるが。


「で、なんの用なんだよ?」


 俺は咀嚼を終えて、依頼書を持ったジーニに訊ねる。


「だから、面白そうな依頼があったのよ。ほら、いつも通り解決するわよ」


 まったく楽しそうな奴だ。脳内がどうなっているのかみてみたいものだ。

 ジェンシーは片目を閉じながらため息をついた。

 無理もないだろう。ここ最近、ジーニはやたらと構ってくるのだから。

 ……その理由に俺のパートナーの件が関わっていなければいいのだが。


「それで、なんだ?」


 ジェンシーは呆れきった様子だ。さっさと終わらせて帰りたいという気持ちがありありと見える。

 そんなジェンシーとは裏腹にジーニはもったいぶるように指を左右に振る。


「ここじゃあ、嫌よ。車に行きましょう」


 ジェンシーは嫌なそぶりを見せながらも席から立ち上がった。

 素直じゃないな。


「まあ、依頼として認可されるのなら、私は構わないのだがな」


 素直ではないが、いい兆候だと思う。ジェンシーもジーニも、普段から誰かと仲良くしているところを見ていない。

 彼女らはある意味、クラスから浮いている。だから、まあ、二人が仲良くなるのはいいことだと思う。


「それじゃあ、行くか」


 駐車場へ移動する俺たちへ奇異の目が集まる。普段から仲の悪い二人が、並んで歩いているのだから無理もないだろう。

 ジーニの車に乗り込み、ようやく俺は安堵して息を吐き出す。残念なことだか、この学園で唯一落ち着ける場所かもしれない。

 ジーニが飲み物を用意してくれ、俺たちはそれに口をつける。


「それでは、これから事件解決に向けて話し合いましょう」


 何その不安な始まり方。俺たちは別に迷宮入りした難事件をときたいわけじゃない。普通でいいんだ。むしろ楽な依頼でさっさと終わらせて駄弁っていたい。

 ジーニは一枚の写真を取り出し、俺たちが囲んでいるテーブルに置く。

 ある部屋を映したものだ。机、ベッド、タンスと日常に必要な品物が置かれている。

 机の上は荒らされていて、部屋の主は片付けを苦手としているようだ。

 ベッドも朝起きたままのようにぐちゃぐちゃだ。

 部屋の一箇所に、血が垂れている。俺はまた嫌な予感がした。


「もしかして、殺人事件か……?」

「いえ、違うわ。もう少しで、殺人事件になりそうだったのよ」

「詳しく説明するのだ」


 ジェンシーが言うと、ジーニはふふんと髪をかきあげる。


「あら、あなたに何かを教えるというのはなんとも気分がいいわね。それじゃあ説明を始めるわよ。小さな耳でちゃーんと聞くのよ」


 またそんな好戦的な態度をとるなって。

 ジェンシーも小さいと馬鹿にされたからか、怒りメーターがノンストップで上昇していく。


「おまえこそ、そのあるのかないのか分からない脳ミソでおかしなことを口走るでない。迷惑極まりないぞ」


 なんでそう、喧嘩をおっぱじめるかな……。

 二人が顔を付き合わせたところで、俺がその間に手刀を下ろす。

 びゅんと風が切れる音とともに、二人は驚いたように顔を離した。

 ここで止めないとしばらく二人の喧嘩を観賞することになる。

 そんな無駄な時間はいやだ。


「やめねぇか。本題に入ろうぜ」


 俺の言葉に意外にもジーニが落ち着いた息を吐き出した。


「……そうね。それではまず、ここがどこか分かるかしら?」


 写真を指差したジーニは場所を知っているからか思わず殴りたくなる笑顔を寄せてくる。

 どこなのよ。俺が知っている場所なのだろうか。


「……学園の寮ではないか?」


 ジェンシーは語尾に迷いを残していたが、ジーニは驚いたように目を見開いた。


「よく気づいたわね。ここは学園の寮よ」

「寮で襲われたのか? 警備はどうなってんだよ」


 仮にも未来を作っていく貴族がかよう学校だぞ。


「犯人は同じ学生の可能性があるらしいわ。被害者は二年のターラ先輩よ。本人に行ったインタビューも残っているわ」


 ジーニは手元のリモコンを操作し、車内にあるテレビを操作する。

 この車便利すぎやしねぇか。

 映し出されたターラ先輩と思われる男は少しばかり頼りない印象を与える線の細い男だ。


『あれは、夜の九時、くらいでした……。部屋に突然誰かがやってきて、部屋にあがりこまれました。そして、いきなり包丁で切られ……どうにか魔法を放って追い返しましたが……ええ、顔は見えませんでした。身長も……僕よりかは高かったかな、という認識しかありませんね』


 そこで映像は途切れ、ジーニがテレビの電源をきる。


「ということよ。ターラ先輩は部屋でいつも通りに過ごしていると、部屋に誰かがきたらしいわ。友人かと思って出たけれど、全身を覆った人がいたそうよ。扉を開けたら突然襲われたらしいわ。犯人については、まったく情報がないのよ」

「それで、何をやるのだ?」

「犯人についての情報収集が仕事よ。または、犯人の特定ね」


 ジーニが取り出した依頼書を、俺とジェンシーが覗き込む。

 確かに言われたとおりの内容が書かれているが、これは難しい。

 俺たちは探偵じゃないし、この写真とインタビューだけでどうにかできるようなものではない。

 俺が寮ぐらしなら、まだ何かわかるかもしれない。

 というか、俺が寮で生活していたら、謎の死をとげているかもしれない。


「ふむ……何か他に情報はないのか?」

「いくつかあるけれど、特に重要とは思えないわね」

「そうか……ならば、私が質問をするから、答えてくれ」

「わかったわ」


 ジーニがこほんと咳払いして、メモに目を通す。


「それ見せてくれたらいいんじゃねぇか?」

「いやよ、私の出番が減るじゃない」

「……そうっすか」


 俺は一度落ち着くために会話から外れる。

 ジェンシーが入れ替わるように訊ねた。


「それで、犯人の性別はなんだ?」


 確かに大事だ。もしかしたら、魔法をぶつけたときに声ぐらいならば聞けているかもしれない。


「わからないけれど、花のような香りがしたらしいわ」

「ふむ……そういえば、コール、おまえはシャンプーの香りをかいだことはあるか?」


 突然、ジェンシーがこちらを向いた。

 その質問にいったい何の意味があるのだろうか。


「誰の?」

「私のだ」


 ……そういえば、花のような香りだった気がするが、それがどうかしたのだろうか。

 ジーニが手元のメモを落とし、マジックストックに手を伸ばす。


「まさか、ジェンシーあなたが犯人だったなんて……私は悲しいわ。さあ、今すぐ出頭しなさい」

「違うわい! シャンプーがそろそろきれるから、どんな香りが良いか聞いてみただけだっ」

「シャンプー? あなたたち、一緒に暮らしているの? それはまた不健全な」


 ジーニの追及するような目に、俺は顔を逸らして黙秘した。

 ジェンシーが頬を紅潮させ、両手をぶんぶん振る。


「な、何を想像しているのだ! 私とコールはそんな仲ではない」


 以前のように話が脱線しているようなので、俺が二人の間に割り込む。


「んなことはどうでもいいからさ」

「どうでもよくなどないっ! 私とコールの仲はそんな一言で終わらせられるようなものではないのだ!」


 勘違いされることを言わないでくれよ……。せっかく話題をそらしてやろうとしたのに、ジェンシーの奴め。

 仕方ない、と俺は少しだけ話をあわせる。


「で、ジェンシーはそのシャンプーから何を話したいんだ?」

「だから、おまえが好む香りとかあったら、そのシャンプーを用意させようと思ったからな。ふふん、正直に言ってみるのだ」


 甲高い声で嬉しいことを言ってくれる。

 俺は別にそんなの気にしないのだが、気にかけてくれることは嬉しい。

 さて、どうするか。

 なんでも良いというのは、相手からすると困る返答だと聞いたことがある。

 昔、俺の知り合いに昼食何を食べる? と聞いてきたので、なんでも良いと答えたら、昼飯を抜きにさせられたことがある。

 だから、なんでも良いというときは、常識の範囲内で、という言葉をつけておく必要がある。

 で、そんなことを言うなら、自分の意見を口にしたほうがよい。

 何でも良いというのは、自分の意見がないみたいに感じるからな。ずばっと伝えることは大切だ。


「俺はフルーツ系の香りが好きだな。もちろん常識の範囲内でな」


 これ、という好きなものはない。

 だが、臭いフルーツなどの香りはやめてほしい。

 俺の言葉を聞いて、ジーニがポケットからハンカチを取り出す。


「これは、オレンジの香りだけれど、あなたは好きということかしら」

「まあ、好きなほうだな」


 鼻を近づけてかぐと、ジェンシーがぺしっとチョップをしてくる。

 なにすんの。


「ジーニ、余計なことをするなっ。話を戻すぞっ。私たちは今重要な事件にとりかかっているのだ」


 おまえが逸らしたんだぞ、とは言わない。心で思っただけでにらまれてしまったから。

 エスパージェンシーだ。


「犯人に向けて放った魔法は分かるか?」

「周囲をなぎ払う風魔法らしいわ」

「それはチャージ済みだったのか?」

「いえ、攻撃されながらチャージを完了させたらしいわ」

「……ふむ」


 ジェンシーが思考に入ったので、俺も聞いておきたいことを質問してみた。


「学園は発表しねぇのか? 寮でこんなことがおきたら、みんな不安になるんじゃねぇのか?」


 不審者に気をつけてください、と掲示板に張り出されることもある。

 しかし、今回の事件について俺は見ていない。第一、寮で襲われたのなら、ホームルームで言われてもおかしくない。

 ちょいちょい、とジーニが手招きをする。眉根を寄せながら耳を寄せると、吐息にくすぐられる。


「……あまり大事にして敵を刺激したくないらしいわ。私もパパに聞いただけよ」

「どういうことだ?」

「まだ、この学園に犯罪者がいる可能性があるのよ。下手に発表して、犯人を刺激したくないらしいわ」

「まあ、そうだけど……なら、生徒たちに被害があるだろ?」

「多少の犠牲を払ってでも止めたいんじゃないかしら?」

「なんか、おかしな話だな。襲われた時間は何時くらいだ?」

「そうね……大体夜の九時くらいね」

「ターラ先輩ってのは、貴族か? 平民か?」

「平民出の生徒ね。けれど、成績はかなり良く、貴族のパートナーをやっているわ」


 多少理解できた。今回の被害者が平民であるなら、犯人の動機は想像しやすい。

 どこか差別的なものがあるからな。

 貴族からすれば犯人を放っておいてその後の行動を見守りたいのだろう。

 例えば、次に狙ってきたのが平民ならば、貴族からすれば好都合なのだ。

 平民が痛い目見るのは、一部の貴族たちのメシウマな展開だからな。

 だったら、貴族と平民が同じ学校に通えないようにすればいいのに、とも思うが、貴族同士で色々な揉め事があるのかもしれない。

 差別をなくそうとするのも、差別を作っているのも貴族だからな。

 そこは俺には関係のないことだ。

 がさごそと、ジーニは動き一枚の写真を取り出す。


「ほら、この子がターラ先輩の勇者よ」


 俺はどこかで見覚えがあったが、思わず女性を見て声を上げてしまう。結構好みの容姿だった。


「おお、可愛い奴じゃねぇか」

「ええ、ありがと」

「なんでお前がそんなこと言ってんだよ」

「この写真は昔の私だからよ」


 俺とジーニの顔が向かい合う。ジーニはニコリと微笑むと、ジェンシーがしゃに向けていた顔を上げる。


「なーにをしているのだ! 離れろっ!」


 ジェンシーは俺に張り付き、ジーニから遠ざけるように引っ張った。

 とはいえ、車内には限界があるし、俺は座ったままなのだから上体が少し動くだけだ。

 ジェンシーのまだ未熟な体が押しつけられる。それを無視せながら、軽くジーニを睨む。

 ……ジーニの奴め。

 今は長髪なのに、先ほど出された写真は短髪だった。あの姿のジーニは一度も見たことがないため、さっぱりだった。

 俺は基本的に髪型と雰囲気でその人を判断しているため、髪型を変えられると一瞬だれかわからなくなってしまうのだ。

 ……長く付き添う友人ならばさすがにわかる。いままでそんな相手はいなかったけどな!


「ほら、こちらが本当の勇者の写真よ」


 次に差し出された写真は、ターラ先輩が映っていたので間違いないだろう。ていうか、服を押し上げるほどに胸がある。ジーニでも、ジェンシーでもないのは明白だ。

 こちらも俺の好みに近いため、嬉々として褒めあげる。


「この勇者可愛いな……そりゃあ狙われるぞ」

「……ならば、その勇者のパートナーになればいいだろう」


 ふん、とジェンシーはそっぽを向いてしまった。

 なぜ怒っているんだ?

 さっきはライバル意識のあるジーニのことを褒めたからだろう。

 だか、今回は関係ない相手だ。

 俺としてはジーニを褒めたことを少しでも誤魔化すためにこの女の子をほめたのだが。

 俺の首の捻りにつぼったのか、ジーニがくすりと笑みを浮かべる。


「あなたの勇者ってかなり面倒な子ね。大変じゃない?」

「……てか、なんであいつは怒っているんだ?」

「あなたもも面倒そうね」

「おまえ分かるのか? 馬鹿なのに?」

「人の感情を察するのに、知能って必要?」

「ジーニは、それさえ出来てねぇだろうが」

「あら、酷いわね」


 おかげで……まあ、なんとなく理解できた。

 ジェンシーは怒っているのだろう。せっかく拾ってやった飼い犬が他の人間にしっぽを振るという行為に。

 まあ、なぜそこまでむくれているのかはわからないが、なんとなくわかるような気がする。


「おーい、ジェンシー、さっきのは冗談だっての」


 両手をあわせ、誠意を見せるために頭を下げる。


「……ふん」


 ジェンシーは腕を組み、そっぽを向いたままだ。

 仕方ない。

 ジェンシーはひとまず置いて、事件解決に向けて頑張るしかない。

 俺が事件に集中すると、ジェンシーはさらにむくれて車の隅で小さくなってしまった。なんなんだ?

 とにかく、今手元にある情報で予想できるのは、犯人の性別、犯人の動機、犯人の目的くらいだろうか。

 まあ、すべて予想になってしまうので、とりあえずは引き続き質問を続けていこうか。


「ターラ先輩の勇者って、かなり人気あるよな?」

「良く分かったわね。実力はそこそこだけれど、その美貌から男性に人気があるわ」

「やっぱりな」


 俺が同じ立場なら、たぶんだめもとで申し込んでいる。

 この勇者のパートナーになれるかも、と思えばそれだけでやる気が出る。

 可愛い、美人な女性の盾になるというのは、憧れるものだ。男は生まれたときから単純な生き物だからな。だから、俺もジェンシーのためにこの事件をさくっと片付けて、かっこよさをアピールせねばならない。


「……胸がでかいのが好きなんだな」


 俺のやる気はすっかり空回りしている気がした。

 ジェンシーがぽつりと漏らした言葉は、事件とは関係のないことだ。

 悪かったって。俺はどっちも好きなだけだっての。

 ジェンシーがすっかり使い物にならなくなってしまったので、俺は自分の考えを伝えてみることにした。


「犯人の候補はある程度絞れたな」


 俺は調子良く笑ってみせる。


「え……? 誰かしら?」

「ここ最近で、ターラ先輩の勇者にパートナー申請した奴か、ターラ先輩にちょっかいをかけた奴はいねぇか?」

「……少し、調べてみるわね」


 とかいいながら、調べるのは運転手のようだ。

 ノートパソコンを操作していた運転手はそのままジーニに手渡した。

 自分で調べましたと、ばかりのジーニの表情に俺はツッコミはやめた。


「いたわ。けれどかなり数がいるわよ? それもすべて男よ?」


 それなりの人数がいるのは予想済みだ。そこから絞り込むことは難しくない。


「男であるのが、何か問題あんのか?」

「花の匂いがするということはないんじゃないかしら?」

「偏見だぞこら。男にだって匂いを気にする奴はいるだろ」

「あなたはどうなのかしら?」

「鼻を押さえんじゃねぇよ。俺は臭わねぇだろ」

「どうかしら、少し嗅がせてもらうわ」


 くんくんと、犬のようにジーニは近づいてくる。

 しばらく嗅いだ後少し目元を緩めてさらに近づいてくる。

 もういい加減わかるよな? 鼻が少し揺れて、ジーニの整った顔が間近に迫る。俺は顔を横に向けると、ジーニはそのまま倒れかかってきた。


「ふぅ……落ち着くわね」

「……あの、だからってしなだれかかるのはやめてくれねぇか?」

「貴様! 人のパートナーにちょっかいをかけるな!」


 ジェンシーが怒った顔とともに、強い引っ張りをみせる。強引に引き剥がしてくれて、正直助かった。

 俺としては……ジーニに下手なことをして機嫌を損ねることはあまりしたくない。色々と隠し事があるためだ。

 復活したジェンシーは人差し指で苛立ったように組んだ腕を叩く。


「コール、お前は私のパートナーなのだからな? あまりそいつに近づくな」


 パートナーという言葉を受けるたびに、俺の心にちくちくと棘が刺さり悲鳴をあげたくなる。

 ジーニは普段ふざけている様子だが、ジェンシーに直接「私もパートナーよ」といわないあたり、空気は読めるようだ。

 ジーニが余裕げに振舞うと、ジェンシーも彼女に当てられたかのように落ち着きを取りもどしていく。

 どっしりと席を沈めるように座った。


「……それで、コールはもう犯人のめぼしはついたのか?」

「いや、名前とかはわかんねぇよ候補がいるってだけだぜ?」

「ならば、任せたのだ。私はまだ少し考えたいことがあるからな」


 どうしたのだろう。

 ジェンシーは眉間に皺を寄せて必死に二枚目の写真を見ている。

 下手な質問をしてまた機嫌が悪くなられても面倒だ。今はジェンシーに従っておこう。


「うっし、話を戻すぞ。男が犯人だっておかしくねぇだろ? さっき言っていたようにシャンプーでも匂いは残るし、どうせ風呂上りだろうぜ、時間的にな。それにやろうとすりゃあ香水でいくらでも匂いはつけられるだろ」

「つまり、香水、シャンプーの匂いの理由を辿っていけば、この中から犯人が絞れるってことね」

「そうだ。んで、犯人の動機はたぶん、ターラ先輩をパートナーからやめさせようってことだろうぜ。だから、本気で殺すつもりはねぇだろうな」


 軽い脅し、程度の気持ちだろう。

 これは俺も似たようなたちいちなので、痛いほどわかる。ターラ先輩となら、友達になれるかもしれない。


「けれど、包丁で攻撃するなんて危ないじゃない。当たり所によっては脅しどころじゃないのではないかしら」

「当たりどころが悪かったら、だろ。危険な部位を狙われなけりゃあ、まあ死ぬような大怪我にはならないんじゃねぇか?」


 そして、犯人は恐らくパートナーで、その程度のことはたぶん出来るだろう。

 または相手が出来なくとも、ターラ先輩だって勇者のパートナーをやっているのだから、咄嗟に急所を庇うような動きをするはずだ。


「……うん、納得したわ。なら、凶器はどこにあるのかしらね」

「凶器については途中でどこかで捨ててるかもしれないが、武器は包丁だったんだろ? ってことは、だ。家庭科室とかにあるんじゃねぇのか?」


 わざわざ殺傷性の低い武器を使っているのが、怪しい点である。

 そして、包丁なんてやろうとすれば結構簡単に持ち出せるだろう。

 家庭科の授業だってあるし、料理部だってあるのだからな。


「……いくらなんでも、それはないんじゃないかしら?」


 さすがのジーニもその状況を想像したくはないようだ。

 ……そういや、今日の昼休みにこいつらが作ったクッキーをもらったな。

 俺もそこまで過敏な人間ではないが、さすがに多少ショックを受けてしまう。


「だが、一度簡単に洗って戻してしまえば、指紋とかも全部なくなるだろ?」

「指紋指紋……?」

「ああ、証拠が残りにくいんじゃねぇのかって話だ」


 実際今日の家庭科の授業で、その指紋はまざりに混ざってしまっているだろう。

 男子だって食器洗いくらいならば手伝っているしな。


「昨日までで家庭科室、または食堂に自由に出入りできるような奴が候補にあがるんだが……男で所属している奴はいるのか?」

「食堂なら、ほとんど全員が利用しているわね。ただ、厨房には入っていないと思うけれど……。料理部については少し調べてみるわね」


 ジーニが指示を出すと、運転手がすぐさま調査を始めた。

 ……調べるってあんた何もしてねぇじゃねぇか。

 俺が彼の苦労をねぎらうため、運転手に軽く頭を下げると、黒服にサングラスの彼は口元を友好的に緩めた。いい人だ。


「……ちょっかいを出した中の三人の生徒が料理部の彼女を持っているわね」

「ほとんど決まったようなもんじゃねぇか」


 その中の三人の誰かが犯人である可能性が高いだろう。

 強く聞けば、そのうち彼女か本人が自白するだろう。拷問なら俺がやってやってもいいが、まあ今回は管轄外だな。


「さくっと解決できたな。後は、本人に聞いてみてくれ。間違っている可能性もあるから、あくまで参考程度に、ということにっていうのも忘れないでくれよ」

「わかったわ。ジェンシー、あなたの出番よ。それっぽくまとめなさい」

 

 そんな強気に命令されたら、またジェンシーが反抗するぞ。

 しかしジェンシーは珍しく黙っていた。

 ジェンシーは未だに、ターラ先輩たちが映っている写真を見ている。まさか、ジェンシーに恋の季節か?

 ……さすがに障害があるんじゃなかろうか。二人はどうみても相思相愛といった様子を感じる。


「ジェンシー、どうしたのかしら? ……ってああ、そういうことね」

「どういうことだよ?」

「私も少しこの勇者の一部に嫉妬しているわ」


 そういってジーニは自分の胸を触ってみせた。

 ……ああ、なるほどね。

 だが、大きいからといって利点があるのかどうかというものだ。

 戦闘のときに動きにくい気もするし、肩が凝るとかも聞いたことがある。男には受けがいいかもしれないが、それくらいじゃないのか?

 まあ、二人とも高校生だ。恋人の一人か二人はほしいのかもしれない。俺は二人の恋を暖かく見守ろうじゃないか。


 そういってジーニは自分の胸を触ってみせた。

 ……ああ、なるほどね。それで、ようやく二人が胸のサイズを気にかけているのだとわかった。

 だが、大きいからといって利点があるのかどうかというものだ。

 戦闘のときに動きにくい気もするし、肩が凝るとかも聞いたことがある。男には受けがいいかもしれないが、それくらいじゃないのか?

 それが一番大事なのか。二人とも高校生だ。恋人の一人か二人はほしいのかもしれない。俺は二人の恋を暖かく見守ろうじゃないか。


「あなたは胸のサイズはどのくらいが好きなのかしら?」

「それってこの事件に関係ねぇよな? さっさと帰ろうぜ」


 俺の性癖なんかどうでもいいだろ。

 しかし、俺の弱みでも握りたいのか、二人はこの話題を終わらせる気がないようだ。


「関係ある!」

「関係あるわ!」


 二人が同時に叫んだ。車の中いっぱいに響き、俺と運転手は耳を押さえる。

 元気が有り余っているなら部活でもすればいいのに。

 それにしてもジェンシーはどどうして、ここまで熱心なのか。

 ジーニは普段からよくわからないやつだからいいが、

 ……まさか、俺が胸の大きな相手じゃないとパートナーをやめるとか言い出すと思っているのか?

 そんな傲慢な態度でいられるような身分じゃねぇっての。第一、そんな身分になったとしても、俺はジェンシーに拾ってもらった恩を忘れるつもりはない。

 まあ、正直に全部伝える必要もないか。

 余計なことを話す男は嫌われるだろう。男は背中で語れともいうしな。


「俺はどっちも好きだな」

「本当かしら?」


 ちらちらと、先輩たちの写真を眼前で揺らしてくる。

 最初に目がいくのは、やはり大きな胸になってしまう。


「あ! 今みたぞ!」


 なんだよ、嘘発見器じゃねぇんだからその写真を使うなっての。

 写真取られた二人も悲しんでるよ。その写真俺が預かってやるから。


「あなた、やっぱり大きいのがいいのね」


 どっちも好き、というのは嘘ではない。いっても、俺も男だからな。大きな胸に目を吸い寄せられるのは仕方のないことだと思うのだ。

 こかに男がいないのが悲しい。これでは俺だけが悪者みたいではないか。 

 運転手がわずかに理解をしてくれているようだが、口に出してくれなければ、意見として反映されない。


「もういいだろ?」

「あ、誤魔化した」

「ちげぇよ。まだ話したいことがあんだよ。いいから、聞けっての」


 むーっと頬を膨らませて顔を覗き込んでくるジェンシーを押しのけ、俺は腕を組む。

 

「一つだけ気になっているんだが、寮でなんでこんなことが出来たんだよ」

「え?」


 ジーニが小首をかしげ、俺は自分の疑問をぶつける。


「寮ってのに行ったことはねぇが、就寝時間とかは決まっているんじゃねぇか?」


 ジーニは顎に手をあて、代わりにジェンシーが声をあげる。


「決まってこそいるが、あくまで決まっているだけだな。誰も守ってはいないぞ」

「となれば、廊下にはそれなりに人がいるんじゃねぇか?」

「……ふむ、そうだな。だが、その日にイベントがあれば、問題ないのではないか?」

「何かあったのか?」

「私も誘われていたのだが……二年生主催の貴族限定パーティーが開かれていたのだ」

「……へぇ」


 俺がジーニを睨むと、ジーニも意外そうに頷いている。お前は知っていたんじゃねぇか?

 ジェンシーも誘われていたのか……。もしかしたら、タケダイ先輩が昼食のときに現れたのはそれが理由かもしれない。

 ……あの先輩とはあまりかかわりたくないからこれ以上思いださないようにしよう。


「にしてもだ。顔が見れなかったような怪しい格好の奴が廊下を歩いているんだろ?」

「そうだな」

「だとしたら、平民の誰かが見かけてもおかしくねぇんじゃねぇか?」

「……ふむ。確かにそうなると、誰か他に手を貸した人間がいる可能性が出てくるな」

「なかなかの難事件ね……。私頭痛くなってきちゃったわ」


 事件を持ってきた張本人は、こめかみを揉み解す。

 別に頭を使った覚えはない。恐らくは彼女の脳が柔なのだろう。分かりきっていたことなので、俺は深く突っ込むことはしない。


「たぶん犯人は貴族だ。これを平民にでも押し付けて、平民を寮から排除しようとしているのかもしれない」


 となると、貴族に恨まれている可能性は高いだろう。

 最近俺も体験しているから痛いほどその気持ちは理解できる。


「……それって、つまり平民全員危険なんじゃないかしら?」

「そうなるな。それに、公表しなかった理由から、たぶん、事件の真相がわかっても犯人はお咎めなしだ。俺たちにはどうしようもねぇな」

「……嫌な事件ね」

「そうでもねぇよ。これで、俺が危険だってのはわかったんだ。もう、ジェンシーから離れないからな」


 彼女のそばにいなければ、俺なんていつやられるか分からない。

 俺が見事にまとめると、ジェンシーが想像以上に素っ頓狂な声をあげた。


「なぁっ!? え、えと……そのっ!」


 ジェンシーはわたわたと両手を振り回している。

 ……どうしたこいつ。俺が何か気に触ることでも言っただろうか。

 

「どうした?」

「い、いや……と、突然そんなことを言われると」


 ジェンシーと一緒にいる限り、俺が狙われることはない。その当たり前の事実を伝えただけなのだが……。

 耳まで真っ赤にしてジェンシーは小さくなってしまう。ジーニがつまらなそうに鼻をならして、それから一枚の紙をジェンシーの前へと滑らせる。


「とりあえず、まとめまし ょうか」


 ジーニは俺を強くにらみながら、そう言い放つ。

 ジェンシーがいつも通りそれっぽく書いて、提出用の紙を仕上げていると、ジーニがぽつりともらした。


「……事件の犯人として、あなたにも疑いがかかっているのよ」

「へぇ、なんでだ?」

「ここ最近で、一番怪しいのはあなた、ということらしいわ。入学した時期的にも、ということであなたを候補にあげている人が多くいたらしいわ」


 ……それは、俺に無理やり罪をなすりつけてジェンシーのパートナーを外側から強制的にやめさせようとしているのだろうか。

 俺の後釜に裏表のない人間が入るのならまだしもな。


「……その候補にあげた奴の名前は分かるか?」

「いくらかの貴族がいたけれど、最初に提案したのはタケダイだそうよ」

「……そりゃあ、また」


 俺への直接的な脅しではなかなか有効な攻撃にならないと判断したからか。

 まあ、拷問とかなら前世のおかげで慣れているほうだから、タケダイ先輩たちの攻撃はそれほど心には来ない。

 俺の心配はジェンシーへの被害だけだ。


「まあ、妥当な線だろうよ」

「学園内にそんな危険があるものなのかね」


「だから、私はこの依頼をあなたたちに解いてもらうことにしたのよ」

「……確かに、それなら俺がボロを見せる可能性もあるしな」

「そんな悲観的に受け取らないで。私はあなたへの疑いを晴らしたいと思ったのよ」


「よし、出来たぞ!」


 ジェンシーが両手で紙を広げ、俺に手渡す。

 流し読みだが、特に不備もなく偉いぞーと俺はジェンシーを褒めながらジーニに手渡す。


「……ジェンシーだけ褒めるのね。ふんっ」

「自分でふんって言うなよ……で、さっきの話はもう終わりでいいのか?」


 だったら帰宅するが。俺が帰り支度を整えて車から降りると、ジーニも一緒に降りて軽く手をあげる。


「……今の国に不満を持つ貴族は多いわ」

「そうなのか?」

「ええ、詳しいことまでは私は理解していないから、隣にいる女の子に聞くといいわ。それじゃあね」

「誰が女の子だっ。またなっ!」


 怒り気味に別れの挨拶を放ち、ジェンシーはずかずかと歩き去っていく。


「俺も大して詳しくねぇんだが……確か十年位前に王が変わってから、平民に近い政治を行うようになったよな?」

「ああ、そうだ。平民と貴族の壁が少しずつ埋まっていっているのだ。……それが良いことかどうかは分からぬがな」

「まあ、全員が平等になるように法律とかも整えられてりゃあいいんじゃねぇか?」

「そこが問題なのだろうな……まあ、私たちに今現在は関係のない話だ」

「だな。今日は家帰ったらどうすんだ?」

「昨日とっておいたアニメを見るのだっ!」


 おっ、いいね。

 ジェンシーの家にはゲームがないため、今の俺はアニメだけが楽しみだ。

 後でさりげなくジェンシーにゲームも勧めてみるしかねぇな。

 そして……アニメを見ながら今日こそ言うのだ。パートナーについてと、俺が本当はジェンシーの鞄を盗もうとしていたことを。


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